四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
四ツ谷は、薊の家に泊まりこみ。椿に取り付いた()()を誘き出そうと我策する。


其ノ九

(……どうやら、ちゃんとついて来ているみたいだな)

 

宵闇の人里の中を提灯片手に四ツ谷は目的の人気のない里外れへと足を向けて歩いていた。

その十数メートル後を何者かが自分をつけていることに、四ツ谷は気配で気付いていた。

人間だった頃ならば気づくことはなかったであろうその僅かな気配は、怪異となったことでほんの少しだが感じる事ができるようになっているみたいであった。しかし――。

 

(……なんだ、この()()()は?)

 

薊の家を出てから今までの間、四ツ谷は追跡者に対してある疑惑を抱いていた。

今自分は人気のない通りを歩いて目的地に向かっている。そう()()()()()()()()()

今ここに居るのは四ツ谷一人。小傘たちは一足先に目的地にて怪談の準備をしてもらっている。

四ツ谷自身途中で追跡者――()()()が自分を襲ってくることも危惧していたため、懐に短刀を隠し持っていた。さらにはできるだけまだ人気のある通りを歩いているのだが、それでも人気がなくなってしまう場所はいくつかあったのである。

それなのに今四ツ谷をつけている者は人気がなくなった瞬間が今まで何度も会ったのにもかかわらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。

本来四ツ谷は不気味な感覚というものを()()()()()()()なのだが、今は彼自身がその不気味な感覚におちいっていた。

何か()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という思いすら湧き上がってくる――。

 

(……今思えば、薊の家で小傘と分かれた直後……奴の気配が()()()()()()()()だったな……あの時は気のせいだと思って気にはしなかったが、まさか――)

 

四ツ谷がそんなことを思っているうちに、目的の場所へとたどり着いていた――。

人里の外れ、周りは田畑ばかりで、その所々に農具を納めるための小さな小屋や林が点在しているだけであった――。

月明かりと四ツ谷の持つ提灯の明かりだけがその場を照らす中、四ツ谷は自分の周りに複数の気配があることを感じ取る。

どれが誰の気配かなど、四ツ谷には分からなかったが、その中には先ほどまで自分をつけていた者の気配もあった――。

そろそろ怪談を始めるべきか、と四ツ谷がそう考え始めた時だった。急速に自分に向かって来る気配を感じ取り、四ツ谷はすぐさまその方向へ眼を向けた。

するとそこには血相を変えて自分のもとへ走ってくる小傘の姿。

小傘は四ツ谷のそばへ駆け寄ると彼が何かを言うよりも先に開口一番に叫んだ。

 

「師匠、()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「何ッ!!?」

 

その言葉に、四ツ谷は驚いてバッと背後へと振り向いた。

そこには林と多くの茂みがあるだけであったが、かまわず四ツ谷はそこに潜んでいるであろう自分をつけていた者に向かって叫ぶ。

 

「おい!そこに隠れてるのは分かってる!!直ぐに出て来い!!」

 

そう四ツ谷が叫んで数秒後、その茂みの中から一人の男が這い出してきた。

少々酒の臭いを滲み出していたその男は、四ツ谷たちにとっては()()()()()()()であり、そのことに四ツ谷と小傘は驚く。

そんな二人に構わず、出てきた男は少々うろたえながら、口を開いた。

 

「な、何なんだよお前ら!?」

「そりゃこっちのセリフだ!誰だお前は!?俺をつけていたのは、()()()()()()()()()()()!!」

 

珍しく切羽詰った表情を浮かべて叫ぶ四ツ谷に、男は若干うろたえながらも言葉を紡ぎ出す。

 

「……さ、酒飲んだ帰りに途中で()()()()()に出会って、『金を渡すから、ちょっとの間だけあの男(お前)をつけてくれ』って言われて……」

「何だとぉ!?」

 

四ツ谷が素っ頓狂な声を上げたと同時に、周りに隠れていたほとんどの者が姿を現した――。

四ツ谷の怪談の仕掛け人である金小僧と折り畳み入道、そしておそらく様子を見に来たのであろう茨木華扇が姿を現す。

異形の姿をした金小僧と折り畳み入道を見て、四ツ谷をつけていた男は「ヒッ!?」と小さく悲鳴を上げて腰を抜かした。

それに構わず、華扇が四ツ谷に詰め寄った。

 

「ちょっとどう言うこと!?一体、何があったの!?」

「……あの()にまんまと一杯食わされていたらしい。あの爺、どっかで俺が誘い込もうとしていることに感づいたんだろうよ。……だからこんな()()を立てて、自分はまんまと雲隠れしやがったんだ……!」

 

苦虫を噛み潰したかのような顔で四ツ谷はそううめいた。

そんな苦悶に満ちた四ツ谷の様子にも構わず、華扇はさらに詰め寄る。

 

「じゃあ……あなたが本当に怪談を語らせようとしていた相手はどこいったのよ!?」

「知るか!第一こっそり覗き見しようとしていたクセに、偉そうにキャンキャン吼える――」

 

唐突に四ツ谷の声がピタリと止まり、辺りに静寂が満ちる。

真顔になった四ツ谷にその場にいた全員が眉根を寄せた。そして――。

 

「……まさか……!」

 

そう響いた四ツ谷の顔が見る見るうちに険しくなる。

そして次の瞬間、四ツ谷は折り畳み入道に向かって叫んでいた。

 

「折り畳み入道!今すぐ俺を薊の家に戻せ!今すぐだ!!」

「きゅ、急にどうしたんですか師匠!?」

 

小傘のその問いかけに、険しい顔で四ツ谷はそれに「後にしろ!」と口を開きかけるも、その動きが唐突に止まる。

その時になって、今回の怪談に必要となる者が()()()()()()()ことに初めて気が付いたのだ。

 

「おい、()()()はどうした!?」

「え、あれっ!?そう言えばいつの間にか……」

 

四ツ谷の言葉に初めて気付いた小傘は辺りをきょろきょろと見回し、四ツ谷はそれを見て悪態をつく。

 

「クソッ!あの女まさか……一刻の猶予もないぞ、折り畳み入道!速くお前が入っている箱を薊の家に置かれている箱と繋いで、俺たちを送ってくれ!!」

「わ、わかった……!!」

 

珍しく鬼気迫った顔で四ツ谷がそう叫び、折り畳み入道は面食らいながらもでそれに頷いたのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

折り畳み入道の『箱から箱へと移動する程度の能力』は何も折り畳み入道本人だけを移動させるだけの代物というわけではない。

今現在折り畳み入道が使用している箱ならば、大きさにもよるが誰でも入り込む事ができ、任意の場所の箱に繋げる事ができるのだ。

四ツ谷は折り畳み入道が使用している葛篭の中に入り込むと、そこを通って薊の家にとんぼ返りした。

台所においてあった米櫃(こめびつ)の中から飛び出すと、居間に敷かれた布団に寝ている薊と瑞穂の枕元を横切って、椿が寝ているであろう隣の部屋へと向かった。

 

「ぅ……ん……?」

 

静かに歩いたつもりだったが、内心焦っていたせいか意外と足音を大きくしてしまったらしい、四ツ谷が立てた物音に薊が起きてしまった。少し遅れて瑞穂も目を擦りながらゆっくりと起き上がる。

薊は目を覚ました直後、母親の部屋の前に立つ四ツ谷の姿を見て訝しげに声をかける。

 

「……?四ツ谷さん、一体どうしたんですか?」

「……ごめんね薊ちゃん起こしちゃって」

 

それに答えたのは四ツ谷ではなく、小傘であった。

四ツ谷の後を追って米櫃から出てきたのだ。また、小傘の後を金小僧、華扇と続いて出てきていた。

四ツ谷は薊たちが起きたことにも気にも留めず、目の前の部屋の襖をバンッと開け放った。そこには――。

 

「……え?お母さん……?」

「チッ!やっぱりか……!」

 

目を丸くして響く薊の声と四ツ谷の悪態が重なる。

その部屋は()()()()()()()()――。

部屋の中央に敷かれた布団は激しく乱れ、そこに寝ていたであろう人物は影も形もなかったのである。

また四ツ谷が立つ位置から見て部屋の反対側、縁側へ出る面に立て付けられた障子も一枚だけ開け放たれていた――。

 

「……おかあさん、どこいっちゃったの……?」

 

薊の着物の裾を握って瑞穂が不安げに小さく響く。

それに四ツ谷は冷徹に答える。

 

「……悪いな瑞穂、薊。どうやらお前らの母親はまんまと連れ去られちまったらしい……()()に、な」

「そ、そんな!四ツ谷さん……!」

 

焦って叫ぶ薊を四ツ谷は手で制した。

 

「安心しろ、まだ大丈夫だ。……そうだろ小傘?」

「はい師匠!直ぐ近くに()()()の気配を感じます。この家から向かって右斜め向かいにある家屋から、椿さんの気配と一緒に……!」

「……え?その家って……」

 

小傘のその言葉に、何かに気付いたらしく薊が小さく呟く。

だがそれに構わず小傘が続けて言う。

 

「……でもおかしいです。あの二人の気配がその家の()()()()()()感じるんです」

「ほう……()()()()()()()()を作ってたのか……よし、直ぐ向かうぞ。薊は瑞穂とここに残って待っていろ」

 

そう一方的に薊たちに伝えると、四ツ谷は小傘と金小僧を連れて薊の家を飛び出した。

少し遅れて華扇も四ツ谷たちの後に続く。

少し前を歩く四ツ谷の背中に向かって華扇は声を上げた。

 

「ちょっと、一体どうするつもりよ!?」

「……決まってるだろ?」

 

振り返ることなく目的地に向かってずんずんと進みながら四ツ谷は口を開いた――。

 

「……いろいろと予定は狂ったが、『最恐の怪談』だけは何としてもやり遂げて見せる……!」

 

決意を秘めた目でそう響いた直後、視界の端で()()()()()()()()()()()が揺れたのを四ツ谷は確かに見て取ったのだった――。




皆さんお久しぶりです。
いや本当に申し訳ありません。一月以上も間を空けてしまって……。
家の諸事情とかで書く時間があまりなかったのですが、これから投稿ペースを縮めていこうと思います。
いや、楽しみにしていただいている皆様には本当にすみませんでした。

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