四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
小町の過去を聞いた四ツ谷は小町たちにこれから椿に憑いた死神を払いに行くと宣言する。


其ノ八

「すみません。私がこんな状態で心配をおかけしてしまったみたいで……」

「いいえ。困った時はお互い様ですよ」

 

布団から上半身を起こした椿は、小傘が持ってきてくれた夕餉のお膳を受け取って小さく笑って見せ、それに小傘も笑って返した。

小町たちと別れた四ツ谷はその日の晩に、小傘を連れて再び薊の家を訪れていた。

そしてお見舞いと称してまたもや薊の家に一晩泊めてもらえるよう取り次いだのだった。

椿と小傘のいる部屋の隣の部屋で薊と瑞穂が夕飯の準備をしており、その部屋の隅っこで四ツ谷だけが何も手伝おうとはせず、床に寝転がって持ってきた本をのんびりと読みふけっていた。

その本はついこの間見つけた、貸本屋『鈴奈庵(すずなあん)』という店から借りた本であった――。

 

「むー、四ツ谷おにいちゃん。晩ごはんの用意、手伝ってくれないのー?」

「おう、悪いが瑞穂。俺は本を読むので忙しい」

「ご本を読むのがお仕事?」

「そうだぞー?俺も忙しいし、お前も忙しい。だからここには怠けているやつは一人もいない。うん」

 

口を尖らせて文句を言う瑞穂に、四ツ谷はそう言って軽くあしらい、それを聞いていた薊は苦笑した。

 

「……それにしても良かったですね。椿さんの、その……交際相手の人、命が助かって」

「ええ、本当に……。彼が死んでしまったら、また私は自分を責めさいなんでいたことでしょう。生きていてくれて良かった……」

 

ためらいがちに言った小傘のその言葉に、椿は心底安堵した顔でそう呟いていた。

そこへ薊が声をかける。

 

「でもお母さん。その人と交際していたのなら、私たちにも言ってくれればよかったのに……」

「ごめんね薊。本当は断るつもりだったのだけれど、必死になって説得してくる彼をどうしても振り切れなくて、今の今まで長引く形になっちゃってね……。結局最後は私のほうが折れることになったの」

 

「でもね……」と椿は続けて言う。

 

「彼、とってもいい人なの。それは間違いないわ。薊と瑞穂の事も大事にするって言ってくれたし。……それに半兵衛さんに借金を作っていた頃、彼のところも厳しい状況だったっていうのに、蓄えや金銭を無償で提供してくれたり、色々とお世話になっていたの……」

「え!そうだったの!?」

 

椿のその話が初耳だったとばかりに薊は声を上げて驚いた。

そこへ四ツ谷が質問を投げかける。

 

「……あの義兵って大家からも、その時何か借りてたりしてたのか?」

 

その言葉には椿は小さく首を振った。

 

「いいえ。私が団子屋で働いていた頃からの知り合いだったけれど何も……。まあでも、あの頃はどこも厳しかったから、そんな余裕なんてなかったでしょうし……」

 

椿のその返答に、四ツ谷は僅かに目を細めた。

それと同時に椿がため息をついて哀愁を漂わせる表情で言葉を続ける。

 

「……でも、頼りっぱなしはやっぱりダメよね。彼に返してもらう必要はないって言われたけど……これから少しずつ返していかないと」

「え?でもお母さんその人と祝言を挙げるんじゃ――」

「彼とは……()()()()()()()()

「えッ!?」

 

椿のその発言に薊は驚き、一瞬遅れて四ツ谷、小傘、瑞穂も驚いた。

悲しげな眼で俯いた椿はゆっくりと口を開く。

 

「今回の事で、ほとほと懲りたわ。やっぱり私は誰かを好きになっちゃいけないんだって……。私が誰かと夫婦(めおと)になれば、必ずその人は不幸になってしまう……。その人との間にできた子さえも……」

「お母さん……」

「薊……私ね、今まで何度も再婚したのは、今までの夫たちが好きだったということや、薊たちのため、っていうだけじゃないの……。私もまた、()()()()()()()()()()()と思う……」

 

「どういうこと?」と薊が問いかけ、椿は続けて言う。

 

「薊、それに瑞穂……。私はあなたたち二人を心の底から愛しているわ。それはこれからだって変わりない……。でも、それでも二人の娘を抱えて女手一つで働きながらあなたたちを育てるのは、苦しかったし、つらかった……。だからこそ私も誰かを頼っていきたかったんだと思う……。その結末がどんなものなのか分かっていたはずなのに、私は心の拠り所を探して、誰かを愛し、夫婦になってそしてその人に甘えて支えてもらい安堵するということを繰り返していたのよ……。ホント……最低な母親よね……」

「お母さん……」

「おかあさん……」

 

弱々しげな椿の告白に薊と瑞穂は母親のそばに座って、ぎゅっと椿の手を握った。

それを見た椿は小さく笑って見せる。

 

「でも……それももう終わり。これ以上私のわがままで誰かを不幸にするわけにはいかないし、これからはどんなにつらくても、私はあなたたちを一人でだって守って生きていくつもりよ」

 

そう言って椿は愛する愛娘二人をやさしく抱きしめる。しかし腕の中にいる薊の顔が晴れやかになることはなかった。

 

「でもお母さん……。今永遠亭で入院している人のことは……?その人はまだ生きてるんだよ?」

「……彼も今回死ぬような目に会ったのよ?私に関われば命が危ない事くらい十分できたはずよ。……もう、私に愛想をつかしたんじゃないかしら?きっと退院しても私の前には二度と現れないでしょうね……」

「……それはどうかなぁ?」

 

そこで唐突に四ツ谷が薊たちの会話に割り込んできた。

薊たちが四ツ谷のほうへ眼を向けたと同時に、続けて四ツ谷は口を開く。

 

「今のあなたの言い方からすると、その男は知ってたんですよね?あなたに関わればどうなるかくらい……」

「え、ええ……。私もそのことを持ち出して私と関わる事を止めるように説得した事もありましたから……」

「……それでもその男はあなたのことをあきらめなかった。それは何故か……?それは彼があなたのことを心の底から愛していたからに他ならない。……だってそうでしょう?今まで何人もあなたの周りで亡くなっているのに、自分にその『死』が降りかからないと誰が自信を持って言えますか?だが彼は、それを理解してもなお、あなたと共に添い遂げるることを選んだ。それは彼があなたを心底愛し、守り、幸せにしたいと想っていたからじゃないですかねぇ?」

 

四ツ谷のその力説に、椿はふと彼の言葉を思い出す。

 

『……どんな手を使ってでも生にしがみ付いて、あなたを守って見せます……!』

 

彼のその言葉を思い出したとき、椿の眼から一筋の雫がこぼれた。

四ツ谷は静かに立ち上がると、はっきりとした口調で響く。

 

「心配しなくても大丈夫ですよ。……もう、誰もあなたの周りで死にはしませんし、傷つく事も在りません。……何故なら――」

 

 

 

 

「――俺があなたに憑いた死神を払うつもりですからね♪」

 

 

 

 

「……え?それはどう言う――」

「――さあさあ、そろそろ晩飯にしましょう。腹へってもう我慢できそうにないですからね♪」

「……マイペースですね師匠」

 

椿の問いかけに重ねるようにして四ツ谷はそう言い、我先にと自分の膳の前にドカリと腰を下ろした。

それを呆れた顔で小傘が見ていた。

 

少し暗い空気にはなったものの、食卓はそれ相応に賑やかになった。

先ほどの暗い雰囲気は吹き飛んで、椿も薊も楽しそうに四ツ谷たちと談笑しながら夕食を食べる。

しかしそんな明るくなった食事会を影からこっそりと見ている者がいた――。

薊の家の格子窓から中を覗き、楽しそうな食卓の光景を見て、その者は鬼のような形相で、歯軋りをする。

特に椿と楽しげに談笑しながら夕食を食べる四ツ谷にその視線が注がれた。

 

「許せん……!」

 

殺意を含んだその言葉を小さく響かせ、その者は夜の闇へと溶け込むようにして姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、誰もが寝静まった時刻に薊の家の戸口に四ツ谷と小傘が立っていた。

椿、薊、瑞穂はとうに就寝しており、薊と椿は居間で、椿はその隣の部屋で寝ていた。

というのも、眼がさめたとは言え、椿の体調はまだ本調子ではないため、彼女に負担をかけないために、あえて今夜は椿以外の者は違う部屋で寝ようということになったのだった――。

小さな寝息を立てながら眠る薊と瑞穂を尻目に四ツ谷は小傘に声をかける。

 

「……それでどうだ?()()は今も近くにいるのか?」

「はい間違いなくいます。少し離れた所でわちきたちを見てますね。夕飯の時もすごい形相で師匠を見ていましたよ?」

「ヒッヒッヒ、やれやれただ夕飯を一緒に食べたってだけでそこまで怒る事かねぇ?何人も殺しているからもう()()()が効かなくなってるのか?」

「のん気な事いってる場合ですか師匠。狙われてるっていうのに……。それと師匠、小町さんの気配も近くにありますよ?」

「お、そうか。やっぱり来たかあの女死神は。まあ、()()()()()()()()が来ないんじゃ洒落にならんか」

 

そう言って四ツ谷は口の端を大きく吊り上げた。重畳、重畳と言いたげな不気味な笑顔である。

だがそこで四ツ谷でも思いもしなかった言葉が小傘から紡がれる。

 

「ですが師匠。どうも小町さん以外にも近くに潜んでいる者が二、三人ほどいるみたいですよ?まあそのどれもが知っている気配なんですけど……」

「何?誰だ……?」

「えっとですね――」

 

小傘がその者たちの名前を四ツ谷に伝え、それを聞いた四ツ谷はうーんと首をひねる。

数秒の沈黙の後、四ツ谷は小傘に声をかける。

 

「……たぶんそいつらは何もしてくる事はないだろうが……一応邪魔が入らないように監視しといてくれるか?」

「分かりました師匠!」

 

そう言ってビシッと小傘が敬礼し、四ツ谷は小さくため息をついた。

そして踵を返すと、先ほどとは打って変わって真剣な顔つきになり、背中越しに小傘に声をかける。

 

「……俺が囮となって()()をおびき出す……。小傘、お前は少ししてから()()()()で配置につけ」

「はっ!」

 

背中越しに小傘の声を聞きながら、四ツ谷は玄関の戸を開き、外の闇へと足を踏み入れる。

その闇に溶け込むようにして四ツ谷の声が小さく響いた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ行くぞ……いざ、新たな怪談を創りに……!」

 




少し遅いですが、皆様明けましておめでとうございます!
前回の投稿から一月近く間を空けて申し訳ありません。
なんとか最新話を書き上げましたので投稿させていただきます。

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