四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
小町は四ツ谷たちに、自分と椿の過去を話し始める。


其ノ七

『あ、小町おねえちゃんいらっしゃーい!』

『今日も来たよ椿。今は家の人はいないのかい?』

『うん!おじさんたちは今日は夕方まで出かける用事があるみたいだから』

『そりゃあいい!私も今日は速く仕事が終わったからね~。今日一日は思いっきり遊べそうだね!』

『うん!』

 

 

 

 

 

『今日はね、ここに来る途中で団子買ってきたんだ。一緒に食べるかい?』

『うん♪』

『はい、これは椿の分だ。ちゃんと噛んで食べるんだよ?』

『パクッ……モグモグ……おいしー♪』

『ははっ!そうかそうか、美味しいか!なら、また今度も買ってきてあげるよ!』

 

 

 

 

 

『えへへ、小町おねえちゃんと銭湯に来るのも久しぶりだね♪』

『そうだね~、椿も浴場で走る事も無くなったから、転んで大騒ぎする事も無くなったし』

『もぅ~、そんな前の事思い出さないで!』

『はははっ……ん~?精神的だけじゃなく、身体的にも成長したみたいだねぇ~?随分と立派に()()()()()じゃないのさ』

『え、そうかなぁ……?小町おねえちゃんのよりも小さいから、まだまだじゃない?』

『いやいや、私のを基準にしちゃあいかんさ。もう大人の女と言ってもおかしくないよ椿のは。成長期に入ってから随分と女らしくなったよぉ~?うりうり~♪』

『きゃっ!?もぅ~、おねえちゃん!変な所触らないで~!』

 

 

 

 

 

『あ、()()()()()。いらっしゃい!』

『来たよ椿。どうだい団子屋(ここ)の仕事のほうは?もう慣れたかい?』

『ええ、なんとか……。でもここって結構忙しいのね。予想以上にお客さんがたくさん来るし……』

『いやそれ、大半が椿目当て……』

『へ?何……???』

『いやなんでも……。それよりも椿聞いたかい?あの女っ垂らしの庄三がまた年頃の若い娘をかどわかして手篭めにしたって……』

『うん……お客さんが話してるの聞いた……。私もいつ、標的にされるか……』

『……させやしないよ。させてたまるものかい。どこぞの権力者だろうが、ボンボンだろうが関係ない。私の妹に手を出すってことがどう言うことか、骨の髄まで教えてやるよ!』

『姉さん……』

『安心しな椿。庄三なんぞの穀潰(ごくつぶ)しに手なんか出させやしない。私が絶対守ってやるから、な?』

『うん……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……およそ十年……長いようであっという間だったよ椿との生活は……。まあ、それ程までに楽しかったって事なんだろうけどね……。でもそんな日々も、ついに終わりが来ちゃってね……」

「あの()が結婚する事になったから?」

 

華扇のその言葉に小町は頷いて答えた。

そして続けて言った。

 

「ある日椿が紹介してきた男は大工見習いでねぇ、他者に対して不器用な面があったが、椿を心底大事に想っている事が十分理解できたよ。私もこの男になら安心して椿を任せられるって思うのにそう時間はかからなかったしね……。そして、あの娘の結婚が決まった時、椿はその男と一緒に私の所に来てこう言ったんだ……『ぜひ、私たちの祝言に来てほしい』ってね……。私はその時了承したけど……結局は行かなかった。……いやだってそうだろう?一生に一度の祝い事だっていうのに、不吉の象徴たる死神である私がその席に出席するなんざ、場違いにも程があるからねぇ……」

 

そこで小町は酒を一口あおって飲んだ。そして再び口を開く。

 

「……それっきり、私は椿に会いに行くのをぱったりと止めた。そしてしばらくしてあの娘の様子を見に、家を訪れたんだ。庭先から家の中を覗くと、ささやかながらも温かい、家族の団欒の光景が広がっていたよ。二人の赤ん坊を大事に両手に抱え、愛する夫と寄り添う椿の顔は幸せに満ちていたねぇ、本当に……。でも、それと同時に実感したんだ。もう椿の隣には私じゃなくあの男がいる。もう私はあの娘のそばにいる必要はないんだ、ってね……。あの男なら私の代わりに椿を幸せにしてあげる事ができる……そう思ったからこそ、私はその時椿たちに声をかけずに去ったんだよ…………なのに――」

 

「――なんで、こんな事になっちまうかねぇ……」と泣きそうな声で小町はカウンターに突っ伏した。

しかし、その状態でも小町は話を続けた。

 

「……椿の夫が死んだ事を聞かされた時、私は真っ先に椿の元へ駆けつけたよ。夫を亡くしたばかりのあの娘は話しかけるのもためらうほど、深く沈んでいてね。周囲の人間もそうだったが、私もあの娘に声をかけることができなかったよ……。だってそうだろう?約束を反故(ほご)にした上、長い事行ってやらなかったのに、今更どの面下げてあの娘と会えっていうんだい……?」

 

小町のその言葉に、今度は四ツ谷が思い出したかのように口を開いた。

 

「……そう言や、昨日薊の家の前であんたを見かけたが……ひょっとして、ちょくちょくあの家へ様子見に行ってんのか?」

 

その言葉に小町はバツが悪そうにそっぽを向き、それを見た華扇とミスティアが呆気に取られた表情を作った。

 

「だ、だってしょうがないじゃないのさ!直接会うわけにはいかないし……そりゃ私だって外の世界で言う所のストーカーまがいな事をしてるって実感してるよ!でも、でもそれ以外に私のできる事が思いつかなかったんだよぉ……」

「全くあなたは……」

 

荒げていた声が段々と尻すぼみになっていく小町の言葉を聴きながら、華扇は呆れた表情でそう呟く。

それに構わず、四ツ谷が再び口を開いた。

 

「……それで、毎回あそこへ密かに様子を見に行っているのは分かったが……それ以外では?」

「いいや何も……あの後長男も死んじまうし……再婚できて家族が増えてもまた誰かが死んでしまうから、里の人間たちから椿が『死神に憑かれた女』だって噂されてますます椿に会いづらくなくなってしまうし……」

「要するににっちもさっちも行かなくなって途方に暮れてしまったわけ?」

 

華扇の鋭い指摘に思わず「うぐ……」と声を漏らす小町。

四ツ谷はそれを見てため息をつくと再び声を上げた。

 

「……それにしても意外だな、まさか小野塚と椿さんが姉妹の契りを交わしてたとは」

「意外なのは私もさ。まさか椿の娘があんたんとこで助手になってたなんてねぇ」

 

そう呟いた小町は四ツ谷に顔を向ける。その顔は先ほどとは打って変わって真剣なモノになっていた。

 

「……それで?こんな話を私から引きずり出して、一体何しようってのさ?」

「んー?いやなに――」

 

 

 

「――あの人に取り憑いている()()()()()()()を払いに行くんだよ」

 

 

 

「「「…………は?!」」」

 

どこか散歩に出かけるような軽い口調で放たれた四ツ谷のその言葉に、その場にいた三人がポカンとなった。

それに構わず四ツ谷はミスティアからとうに出されていたコップ一杯分の酒を一口飲んだ。

 

「ん、美味いなこの酒」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!なにそれどう言うこと!!?」

 

動揺しながら叫ぶ華扇に四ツ谷は静かに響く。

 

「……あんたたちも気付いてるんだろ?あの家族の死が()()()()()()()()()()()()

「……ッ!」

 

その言葉に反応して立ち上がったのは意外にも華扇であった。

当の小町は俯いたまま反応しない。

華扇が四ツ谷に声を上げる。

 

「意図して起こったって……じゃああなたは彼らが死んだのは――」

「――ああ、間違いなく作為的な……ぶっちゃけると『殺し』だよ、間違いなく……。さっき会った閻魔もそれを認めてたよ」

「閻魔って……四季映姫様が!?」

 

驚く華扇の隣で小町がため息をつく。

 

「やっぱりね……そうじゃないかと私も気付いてたんだけど案の定だったか……。ま、四季様が何も知らないわけないもんね。私と椿の関係にも気付かないわけないし。……だからこそ私に何も言わなかったんだろうけどねぇ」

「……ああ、それを話したら最後、あんたが()()()()()()()()()()()……気付いてたんじゃないか?」

 

四ツ谷がそう言い、小町は今度は深くため息をついて頭をガシガシとかく。

 

「やれやれ……死神がまだ寿命の残る生者を殺めるのはご法度(はっと)。それを破ったら消滅させられてしまうからねぇ。……四季様には頭が下がる思いだよホント……」

「……閻魔様のその思惑に()()()()()()()()()()……あんたからも何も聞けなかったんだろ?」

 

そう言った四ツ谷に全部分かっていたかとばかりに「チッ」と舌打ちをする小町。そして険しい顔で四ツ谷を見据え、口を開いた。

 

「……で?その犯人とやらの目星はついてるのかい?」

「ああ……確証はないが、たぶん、な。俺は今晩、そいつに会うつもりだ」

「え、大丈夫なの?危険じゃない?」

 

ミスティアがそう四ツ谷に聞くも、四ツ谷は「ま、何とかなるだろ」と呟いて酒の勘定をカウンターに置くと静かに立ち上がる。

そして小町に向けて問いかけた。

 

「小野塚……あんたも一緒に来るか?」

「私は……やめとくよ……。今更騒いだ所で何かが変わるわけでも――」

「いいのか?あの人不幸にしたままで」

「――ッ!!」

 

四ツ谷のその言葉に小町はビクリと身体を硬直させる。

それに構わず、四ツ谷は眼を細めて問いかけ続ける。

 

「……あんたは自分が椿(あの人)に近づけば彼女の迷惑になると思ってるのかもしれないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「!」

「もう一つ、あの人と一緒にいたときのあんたは……死神としてのあんただったのか?それとも――」

 

 

 

「――あの人の()()としての、あんただったのか……?」

 

 

 

「…………」

「悪いな。余計な世話だったか」

 

言葉とは裏腹にニヤリと四ツ谷は笑うと、手をヒラヒラと振ってミスティアの屋台から去っていった。

後に残された三人はしばし沈黙していたが、ふいに小町は大きく息を吐いて独り言のように響いた。

 

「……ったく、新参者のくせに、生意気な口を利くねぇ……ミスティア、お酒もう一本」

「え?あ、はい……!」

「ちょっとあなた、もういい加減に……!」

 

お酒を追加する小町に華扇が慌てて止めに入るも、小町はそれを手で制してニッと笑って見せる。

その顔がさっきまで酒に溺れていたものとは別のモノだと気付いた華扇も動きを止めた。

小町は静かに告げる。

 

「別に自棄酒の続きをしようってわけじゃないさ――」

 

 

 

 

 

「――この酒は()()()()だよ。ただの、ね……」




今回結構、難航しましたが、何とか書き上げる事ができました。
この話は短めに終わらせるつもりでしたが、まだまだ終わりそうにありません。
もうしばしお付き合いの程、よろしくお願いいたします。
また、年明け前に投稿できてよかったと思います。
今年はこれで投稿収めとさせていただきますが、また新年からもよろしくお願いいたします。
それでは皆様、よいお年を!!

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