四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
椿の見舞いに行った後、四ツ谷は小傘と別れ、一人小町を探す。
そしてその途中、四季映姫と出会った――。


其ノ六

「ミスティアー。お酒、もう一本おかわりー」

「……小町さん、もうそこまでにしたらいかがですか?もう在庫切れそうですし、まだ昼間ですよ?」

 

『再思の道』、その近くの林の中に屋台が置かれ、そこに店主のミスティア・ローレライと客として訪れている小野塚小町の姿があった。

小町は既に大量の酒を飲み干しており、ぐでんぐでんに酔っ払っていた。

いつもとは違って狂ったように酒を飲み干していく小町にさすがのミスティアも待ったをかける。しかし小町はをれをパタパタと手を振って拒絶する。

 

「いいのいいのー。代金の事なら心配ないよ?お金はたーっぷりと持ってきてるんだからさー」

「そういう事を言ってるんじゃ……」

「……なぁ頼むよぉ、今日はもう……何も考えず……とことん飲みたいんだよぉ……」

 

そう響きながら小町はゆっくりとカウンターに突っ伏した。それを見ながらミスティアは小さくため息をつく。

そこへ新たな来客が訪れ、小町の隣にドカリと腰を下ろした。

そしてその来客は突っ伏している小町に冷ややかな言葉を投げかけた。

 

「真昼間から酒浸りとは良いご身分じゃないの」

 

聞きなれたその声に小町は腕の間から片目だけを出してその来客を見た。

ピンク色の髪を持った片腕に包帯を巻いた女が自分を冷ややかに見下ろしている姿が映り、小町は再び目を腕の中に隠し小さく響いた。

 

「なんだ、華扇(あんた)か……。ほっといてくれよ……」

「いいの?またあの閻魔様に見つかっても知らないわよ?」

「……大丈夫だよ、今日は有休とってあるから。四季様も文句はないはずだよ」

「……あっそう!まあ、私もあなたの事を気にかける義理なんてないし、別にいいんだけど……一応報告だけはしておこうかなって思ってあなたを探してたのよ」

 

少し苛立たしげにそう言う華扇に小町はわずかに顔を上げた。それと同時に華扇がミスティアからお酒を一本注文し、再び言葉を紡ぐ。

 

「……夕べ誰かに殴られて怪我をした男いたでしょ?……その人を見つけたのが私でね、応急処置のかいがあって何とか命拾いしたよ」

「……そうかい。まあ、()()()()()()……」

「……あの男、気を失っている間もうわ言が多くてね、しきりに『椿さん』、『すまない』なんて言葉を何度も繰り返してたのよ」

「…………」

 

華扇のその言葉に、小町は何も返さずただ沈黙を貫く。そこへ華扇が険しい顔で小町に顔を近づけた。

 

「ねぇ、椿って昔あなたが()()()()()()()()()()()()椿ちゃんのことよね?……あの()が結婚してから余り会わなくなったみたいだけど、一体何があったのよ?あの娘も、あなたも……!」

 

華扇は昔、小町と椿がよく一緒に人里を歩いている姿を何度も見ていた。椿が結婚する以前の話である。()()()()()()()()()()()()笑いあう彼女たちを見て、意外だとばかりに眼を丸くした事は今でも覚えていた。

だからこそ椿の家族が相次いで亡くなった時、小町が彼女の元へ駆けつけることなく、ただ距離を置いて彼女を見守るだけにとどめていた事に華扇は信じられずにいたのだ。

小町と椿の関係など華扇は深くは知らない。

だが、二人がお互いを深く信頼しあっていたのは傍からでもよくわかったのだ。

沈黙を続ける小町に、華扇がさらに詰め寄る。

 

「ねえ、黙ってないで何とか言って――」

「――そいつは俺も聞きたいなァ」

 

唐突に第三者の声が響き渡り、小町と華扇は同時に声のした方へ眼を向けた。

いつからいたのか小町をはさんで、華扇とは反対側の席に黒い髪を持った長身の男がそこに鎮座していた。その片腕には畳まれた傘を引っ掛けて――。

突然ふって湧いたかのようなその登場にその場にいた三人は面食らうも、その男の事はそこにいた三人全員、面識があった――。

代表するかのようにして小町がその男の名を呟く。

 

「四ツ谷……文太郎……」

「よ。随分と辛気臭い顔をしてるなァ?酒の飲みすぎで腹でも下したかぁ?」

 

片手を上げて不気味に笑いかける四ツ谷に、小町は嫌そうな顔を隠そうともせずそっぽを向く。

それに構わず、四ツ谷も華扇同様、ミスティアから酒を注文する。

そして再び小町に向かって口を開いた。

 

「悪いが、俺の大事な助手二号の家庭の危機だ。あいつが俺のために思いっきり働けるようになるためにも、さっさとあいつの不安要素を取ってやりたいのさ。そのためには小野塚……あんたが知っている事を全部話してもらう必要がある。……洗いざらいしゃべってもらうぞ?でなきゃ俺も帰れねーからな」

「……ったく、なんだってんだいどいつもこいつも……!」

 

苛立たしげにそう呟いた小町は空いたガラスのコップに酒を並々と注ぎこむと、それを一気にあおった。

そしてぶはぁーっと、息を吐くと再びカウンターに突っ伏した。

そんな彼女に華扇は声をかける。

 

「……いいから、話してみなさいよ?あんなに妹みたいに可愛がっていたのに、ケンカでもしたの?」

「……さっき『気にかける義理はない』って言ってたくせに随分と積極的じゃないか……。あと、妹みたいに、じゃない――」

 

 

 

 

 

 

「――()()()、椿は私の……」

 

 

 

 

 

 

「「え!?」」

 

唐突なその発言に華扇とミスティアは共に驚愕の声を漏らし、四ツ谷も目を丸くした。

だが、直ぐにそれは解消される。

 

「……と言っても血の繋がりは無いがね。ま、当たり前さ私は死神、あの娘は人間だからね」

「……どう言うことよ?」

 

華扇の問いかけに小町は観念したかのように「どこから話したもんかねぇ」と響いた後、ポツリポツリと話し始めた――。

 

「……あれはもう、二十年以上も前の話になるねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小町と椿が出会ったのは()()()()()()()であった――。

当時、魂たちの渡し守の仕事をしていた小町の前に幼い少女が現れたのだ。

十にも満たないその幼女は『川の向こうへ行かせてほしい』と小町に懇願してきた。

だが小町はそれを許可するわけにはいかなかった。

何故なら幼女は霊体ではあったが、()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()

通常死んで三途の川を訪れる者たちは全員魂の姿となって口も利けなくなってしまうからだ。

それなのにその幼女がまだ人の姿で喋れるということは、まだ肉体との繋がりが途絶えていないということ、つまり――()()()()()()()()()()()()()()ことを意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

「……その幼女が当時の椿でねぇ、彼女は()()()()から仮死状態となって三途の川へ現れたのさ。まあ、いわゆる臨死体験ってやつだね……」

 

 

 

 

 

 

その後小町は、彼女を現世に戻すべく、その手続きをするために映姫の所へ連絡した。

しかし間の悪いことにこの頃、外の世界で大きな戦争でもあったのか、大量の死者が是非曲直庁になだれ込んできており、映姫は猫の手も借りたいほどに多忙な日々を送っていたのだった。

もちろん、その影響は三途の川にも出ており、川岸には舟を待つ死者たちの魂でごった返していた。

そのため、小町に帰ってきた映姫の伝言は「仕事がひと段落次第、手続きをしますので、その間その子の面倒はあなたがすること」というものだった。

映姫の指令に従い、小町は自分の仕事を他の死神に代わってもらうと、その日は一日中彼女と共に遊んだ。

最初こそ不安げな顔で小町と共に行動していた椿であったが、小町の明るい性格に影響されてか次第に心を許していき、小町に笑顔を見せるようになった。

それを見た小町も気を良くして思いつく限りの遊びを彼女と共にやり明かした。

やがて二人は遊びつかれて大きな岩の上に腰掛けると、小町は持っていた水筒を椿に差し出した。

そして、もうそろそろ映姫が仕事をひと段落させ、椿を現世へ帰すための手続きに入った頃だろうと思った小町は、椿に現世へ帰れることを明かしたのだ。

しかし、返ってきたりアクションは小町の予想外のものであった。

先ほどまで日の光の中で咲く花の如く笑っていた彼女の顔が、小町のその言葉で急激にしぼんでしまったのだ。

面食らう小町に椿は俯きながらポツリと呟いた。

 

『帰りたくない。天国に行ったお父さんとお母さんに会いたい……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞けば椿の両親はその一年前に流行り病で二人とも亡くなっていたらしくてね。両親が死んだ後、彼女は親戚中をたらい回しにされながら生活していたみたいなんだよ。……幸せとは程遠いその生活に、ある日椿は思い余って近くを流れていた川に飛び込んで両親の後を追おうとしたのさ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このまま死んだ両親の元に行かせてと懇願する椿であったが、小町はそれを聞き入れることはできなかった。

仕事という理由もあったが、個人的にも椿の要求は聞き入れがたいものだったのだ。

今まで数え切れない魂たちを彼岸へと連れて行った彼女は話はできずとも、その魂たちがどんな思いで死んでいったのか、長く死神として存在していた小町にはなんとなくではあるが、感じ取れるようになっていたのだ。

中にはもっと生きたいと切実に願う者たちも少なくは無く、小町はそんな魂たちの叫びに身につまされるものを胸中に響かせていた。

それ故、椿の願いがあまりにも酷なものに感じ、受け入れがたいものと思えてならなかったのである。

なんと言われようと彼女は両親の分まで生きなければならない。だが、今彼女を現世に送り返したら、また今日と()()()を繰り返す事は明白だった。

さんざんに考え、迷った挙句、小町は椿に生きる希望を持ってもらうために、()()()()を彼女にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホントに……今になって考えるとどうして私はあの時()()()()をしようと思ったのか不思議でならないよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

椿が現世へ送り返される直前、三途の川の岸辺にて、小町と椿が向かい合ったまま直接地面に座り込んでいた。

その二人の間には酒の入った瓢箪と、小さな杯が二人分置かれていた。

それを見ながら椿は小さく響く。

 

『きょうだいさかずき?』

『ああそうさ。まあこの場合は兄弟じゃなく()()()になるけどね。この杯を飲み交わした二人は同時に兄弟の契りを交わす事となり、家族と同等かそれ以上の絆を結ぶ事になるのさ』

『……じゃあ、それをすれば小町おねえちゃんは私の()()()()()になるの……?』

『はっはっは!そういうことになるねぇ。死神と家族になるのは嫌かい?』

 

小町のその問いに椿はブンブンと首を振る。そして確かめるように小町に聞き返した。

 

『ホントに……ホントにもう私は一人ぼっちじゃなくなるの……?これからはずっと……小町おねえちゃんがそばにいてくれるの……?』

『……ああ、ずっと一緒さ。……さすがに死神辞めるわけにはいかないから、椿と一緒に暮らす事はできないけど、仕事が終わったら毎日お前に会いに行ってやる……!』

『ホントに?毎日ずっと……?』

『ずっと……ずーーーっとさ!約束する……だから――』

 

 

 

 

『――もう死のうなんて、思うんじゃないよ……?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんのちょっと飲むだけでいいって言ったのに、その時椿のやつ、注いだ酒を一気に飲み干しちゃってさ。酒に耐性の無い幼女がフラフラになって現世へと帰っていく姿が面白くって思わず笑っちゃったよ。ハハッ……!」

 

その時の事を思い出したのか小町が小さく笑って見せる。少しの間笑い声を上げた小町は、また再び落ち着いた口調で話し始めた。

 

「……でも、その日からなんだよね……。私と椿の……楽しい『家族ごっこ』が始まったのは……」




最新話、投稿いたしました。
それと少し遅いかもしれませんが、皆々様メリークリスマス!

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