四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
椿に告白した男が何者かに襲われ、椿自身もそれを聞いて倒れてしまう。


其ノ五

「……大丈夫。何かしらの精神的ショックを受けて、気を失っただけみたいね。今日一日安静にしていれば元気になるわ」

「ありがとうございます……よかった……」

 

永遠亭の薬師、八意永琳の弟子であり、よく人里へ行者姿で変装して薬を持ってやってきている玉兎の少女、鈴仙・優曇華院(れいせんうどんげいん)・イナバの説明を聞き、薊は安堵の声を漏らし、後ろに控えていた四ツ谷と小傘も胸をなでおろす。

瑞穂は遊びに出かけているらしく、その場にはいない――。

四ツ谷の長屋にいた薊に、「椿が倒れた」という知らせが届き、慌てて帰宅したのだ。

その知らせを薊と共に聞いていた四ツ谷と小傘も椿の容態が気になり、一緒に着いて来ていた。

薊の家にはすでに来ていた鈴仙が()()、布団の中で横たわって眠る椿の様態を診ており、その結果報告を聞いたのが今し方であった――。

安堵から顔が緩む薊、しかしそこで鈴仙が「ただ……」と付け加える。

 

「あなたのお母さんは日ごろから少し無理をして働きすぎているみたいね。疲労からか体のあちこちがボロボロになっているわよ?」

「……ッ!?」

 

鈴仙のその言葉に薊が息を呑み、鈴仙は続けて言う。

 

「見た目病弱そうな人だけど、診断してみて元々は健康的で活発な女性だったと私は思うの。……でも何年も無理に働きすぎたせいで身体に負担が溜まってしまって体調を崩しやすい体質になってしまったのかもしれないわね」

 

そう言いながら鈴仙は自分の持ち物である薬箱からいくつかの薬を取り出した。

 

「とりあえず師匠が作った体力回復薬に節々の関節に効く湿布薬、後いくつかの疲労回復に役立つ薬もここに置いていくわね。お代は後払いって事で良いから」

「……重ね重ねありがとうございます」

 

鈴仙のサービス精神に薊は深々と頭を下げて感謝し、それを受けた鈴仙は笑って手を振って見せた。

その時、玄関のほうから「ちょっと失礼するわよー」と言って数人の女性が薊の家に入ってきた。

それは近所に住むおばさん連中であった――。

おばさんたちの中の一人が薊に声をかける。

 

「こんにちは薊ちゃん。お母さん大変だったねぇ」

「いえ……お騒がせしてすみません……」

「いいのよ……でも薊ちゃん。やっぱりあなたのお母さん、一度博麗の巫女様にお払いしてもらったほうがいいわよ」

「え?どう言うことですか……?」

 

眼を丸くしてそう問いかける薊に、おばさんたちの一人が言いにくそうに少し口を歪めるも意を決して口を開いた。

 

「……知っているわよね?薊ちゃんのお母さんがその……()()()()()()()()()()……」

「っ……はい……」

「……実は彼女が倒れた時、私たちその場に居合わせたんだけど、その時にね……見ちゃったのよ――」

 

 

 

 

「――巨大な鎌を持った赤毛の女が、彼女に駆け寄って抱きかかえるのを……!」

 

 

 

「え!?」

 

その言葉に薊だけでなく、四ツ谷と小傘も反応した。

それと同時に他のおばさんたちも口々に言い始める。

 

「そうよぉ。あれは間違いなく死神だったわ。前に人里にいるのを見たことあるもの!」

「そうそう、たぶんあなたのお母さんに憑いている死神はあの女のことよきっと!」

「間違いないわ。……夕べ誰かに頭を殴られた男がいたこと知ってる?……どうやら彼もあなたのお母さんに言い寄っていたいたみたいなのよ」

 

最後のおばさんのその言葉に、薊は再び驚愕した。

 

「そ、それ、本当のことなんですか!?」

「本当よ!だからあの死神はその男を殺したんだわ!きっとそう!……そしていずれはあなたのお母さんの魂まで刈り取るつもりなんだわ!!そうに決まって――」

「――それはないと思いますよ?」

 

途中から興奮気味にそうまくし立てるおばさんのその言葉にぴしゃりと歯止めを利かせたのは、意外な事に鈴仙であった――。

呆然となるおばさんに鈴仙は続けて言う。

 

「……だって、彼女――椿さんの容態を見てくれって血相変えて永遠亭(ウチ)に駆け込んできたのは、その死神……小野塚小町さんなんですから」

 

そして鈴仙は「それに……」とさらに言葉を続ける。

 

「あなたが言っている男の人……()()()()()()()()()()?」

「え!?」

「重傷ではありましたが、その場に居合わせた仙人の応急処置のおかげで一命は取り留めました。……まあ、まだ昏睡状態ではありますけど……」

 

最後に鈴仙がそう締めくくり、その場に沈黙が降りた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴仙とおばさん連中が帰り、その後、正午になろうとしている時間になって四ツ谷と小傘も引き上げようと腰を上げる。

そして家の前で薊に見送られていた。

薊が口を開く。

 

「すみません四ツ谷さん。今日はもう早上がりということでいいでしょうか?」

「ああ。母親に『身体を大事にするように』と伝えといてくれ」

「はい……」

 

小さく頷いた薊に見送られながら四ツ谷と小傘は長屋へと向かって歩き出した――。

が、その途中で四ツ谷は不意に脚を止めた。それに気づいて小傘も脚を止める。

 

「?師匠、どうしたんですか?」

「……小傘、あの小野塚って奴がよく行く所とか知らないか?」

「小町さんですか?えーと、確かミスティアっていう夜雀が開いている屋台によく行っているらしいですよ?」

「……。その夜雀の屋台ってどこでやってる?」

「今ですか?……確か『再思の道』辺りだったと思うんですが……」

 

小傘の返答に四ツ谷は『再思の道』に関する記憶を頭の中から引っ張り出す。

幻想郷の地理に関して、以前慧音から大体のことを教えられており、大雑把ではあるが四ツ谷は『再思の道』がある大体の場所を把握していた。

頭の中で整理を済ませた四ツ谷は小傘に声をかける。

 

「……小傘、ちょいと寄る所ができた。先に戻ってろ」

「え?今から、ですか?」

「ああ……。少し昼飯に遅れるかもしれんが、早めに戻ると金小僧と折り畳み入道にも伝えといてくれ」

 

「そんじゃ」と言って四ツ谷は持って来ていた妖怪傘を取り出し、それを巨大化させるとそれに乗って空へと上っていった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

その五分後、四ツ谷は上空で一人の少女と対峙していた。

げんなりとした表情を隠そうともせず、四ツ谷は目の前の少女を見据える。

その視線を受けて『悔悟の棒』を持った緑髪のその少女は口を開いた。

 

「随分と嫌そうな顔をしますね四ツ谷文太郎。それ程までに私と会いたくなかったのですか?」

「……そりゃ一昨日(おととい)あれだけ絞られりゃあ顔合わせたいとも思わねーよ。四季映姫殿?」

 

ため息混じりにそう答えた四ツ谷は続けて言う。

 

「……まあ、状況が状況なだけに、あんたにも聞かなきゃならない事があったからな。遅かれ早かれ顔を合わせていたことには違いない」

「そうですか。……それで、私に聞きたいこととは……?」

 

その少女――四季映姫の問いかけに、四ツ谷は小さく首を振った。

 

「……その前に一つ聞く。俺がこっちへ来る事をどうやって知った?あんたどう見ても俺がここへ来る事を知って待ち構えていたとしか思えん」

「簡単な事です。『浄玻璃(じょうはり)の鏡』であなたのことを見ていたのです。閻魔である私の必需品の一つですよ」

「ほう……、ならやっぱりあんたは知ってると見て間違いなさそうだな――」

 

 

 

 

「――薊の母親……椿の周辺で起こった不可解な死の真相について……」

 

 

 

「…………」

 

四ツ谷のその言葉に映姫が押し黙るも、かまわず四ツ谷は続けて口を開いた。

 

「薊は俺の助手二号だ。あいつが俺の片腕として全力で働いてもらえるようにするためにも、あいつの不安材料は根こそぎ払わなきゃならない。……だからこそ単刀直入に聞く――薊の母親、椿の身に起こった事は全て偶然が重なっただけの災厄なのか、それとも……」

 

そこまで言った四ツ谷に、映姫は小さくため息をつくと直ぐに答えてみせた。

 

「……あなたの考えている通り。彼女の周りで起こった事は全て……()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

その答えに四ツ谷は「やっぱりそうか……」とため息混じりに呟き、続けて問うた。

 

「それじゃあ、あんたの部下……小野塚はそのことを知っているのか?」

「いえ、彼女には何も教えてはいません。……()()()()()()()()()()

「?」

「……それに関しては、この後小町本人からにでも聞けばいいでしょう。……彼女と椿の関係も含めて、ね……」

 

映姫のその返答の後、少しの間沈黙が流れる。しかし、それを破るようにして四ツ谷は重たげに口を開いた。

 

「最後の質問だ。……そんなとんでもない事をやらかしたそいつは、一体どこの誰――」

「ストップです」

 

四ツ谷のその問いかけに映姫は手を上げて待ったをかけた。

そして続けていう。

 

「それを教える事は私の立場上、お教えすることはできません。重大な違反になりますからね」

「……そうか」

「――ただ」

「!」

「……どのみち()はもう()()はそれほど在りはしませんので、何人もの人間を手にかけてる故、遅かれ早かれ地獄行きは免れないでしょう」

 

そう言った映姫は沈黙し、反対に四ツ谷はニヤリと口を吊り上げてみる。

 

「シシシッ、いや、いいさ。……それだけ()()()くれれば十分だ。そうかそうか、やっぱり()()()だったか……!」

「……一人勝手に納得している所悪いですけれど、今あなたが頭に浮かんだ人物が犯人かどうかは、私は肯定も否定もできませんからね」

「いやいやいいさ。そこは()()に直接聞くさ」

 

「それじゃあな」と言って四ツ谷は映姫の脇を通り過ぎて、目的の場所へと再び向かおうとする。

しかしその背中に映姫が声をかけてきた。

 

「四ツ谷文太郎。最後に一つだけ聞きます」

「……?」

「あなたに……()()()()を救う事ができるのですか?」

 

映姫のその問いに、四ツ谷は肩をすくめて答えた――。

 

 

 

 

 

「……さぁねぇ。だが俺がやる事は何も変わりはしない。今も、昔も……そしてこれからも、な……」

 

 

 

 

 

四ツ谷の姿が完全に見えなくなったのを見計らい、映姫は首を横に動かし、()()()()()()に向けて声をかけた。

 

「……そこにいるのでしょう?出てきなさい……八雲紫」

 

それと同時に空間が大きく裂け、そこから紫色のドレスを纏った金髪の女性――八雲紫が姿を現した。

 

「……やはりバレていましたか。さすがですね四季様」

「本当なら今この場で説教してやりたい所ですが……今回私は()()()()()()()をする立場故、早々強気には出られそうにありませんから」

「私に頼み、ですか……?」

 

首をかしげる紫に、映姫はその内容を静かに告げた。

その瞬間、紫の目が丸くなる。

 

「……よろしいのですか?四季様がそのような事をなさって……。前回の()()()()()では、新しい怪異が生まれなかったため見逃しはしましたが、今回もそうなるとは……」

「怠け癖があるとは言え、小町は私にとって大事な部下の一人に違いありませんから。彼女の為なら、これくらいの泥はいくらでも被ってあげましょう」

 

「ですから……」と、映姫は紫を真っ直ぐに見つめる。

その視線に根負けしたのか、紫は小さくため息をつくと、

 

「貸し一つ、ですよ……?」

 

そう呟いていた――。




部下に対して仕事と説教には厳しいが、それ以外の個人的な事には甘いというのが自分の考える四季映姫様のキャラ設定であります。

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