四季映姫の説教を受けた四ツ谷と小傘は、薊の家に一泊する羽目になる。
薊の母親、椿が
当時、人里の団子屋で働いていた彼女はその近所では有名な
彼らは彼女に振り向いてもらおうと、あの手この手で椿を口説き落とそうと必死だった。そのおかげで団子屋が大繁盛したのは言うまでもないが。
そして当の彼女は、その中の一人と急接近する事となる。
大工見習いであり、ゆくゆくは棟梁の座を約束されていた最初の夫は不器用ながらも根は優しい青年であった。
椿はそんな彼に段々と惹かれるようになり、一年も経たずに祝言を挙げるまでにいたった。
幸せいっぱいの二人を見て、彼女の心を落とそうとしていた他の男衆が血の涙を流したのはここだけの話である。
結婚した椿は、一年後に彼との間に男児を儲け、その翌年には女子も生まれた。
その女子というのが薊である――。
幸せを絵に描いたような生活、椿と彼女の家族は順風満帆な人生を送っていた。
……しかし、彼女の幸せは唐突に破局する事となる――。
薊が生まれて半年もしないうちに、最初の夫が仕事中に足を踏み外し、建設途中の家の上から転落し、亡くなったのだ。
生まれて間もない子供たちと共に残され、悲しみに暮れる椿であったが、子供たちのためにもいつまでも塞ぎ込んで入られないと、女手一つで家庭を支えていく決意を固める。
そして結婚と同時に辞めていた団子屋の仕事に再就職し、働きながら子供たちを育てていった。
また、同じ時期に彼女を再び口説こうという若者たちの執念も再発する。
二児の母親になったのにもかかわらず、彼女の美貌は健在で、それどころか子供を生んでからの彼女はより一層
そして最初の夫が死んでから三年後、彼女は
彼はとある家具職人の息子で、椿がまだ未婚の頃から彼女に熱烈なアプローチをしていた男であった。
最初こそ断り続けていた椿であったが、彼の必死の説得で最後には根負けし、彼と二回目の祝言を挙げることとなった。
彼は前の夫との間に生まれた薊たちにも優しく、人となりもよいため、椿も彼と共に歩む未来に期待に胸を膨らませていた。
……だが、その希望も唐突に瓦解する。
椿が二人目の夫の子供を身篭ったのが発覚した頃、立て掛けられていた何本もの材木が突然倒れ、たまたまそばを歩いていた二人目の夫はその下敷きとなって亡くなったのだ。
またもや失意のどん底に叩き落される椿。しかし彼女を襲う不幸はまだ留まりはしなかった――。
五歳になったばかりの彼女の息子――薊の兄が川に転落し、溺死したのだ。
愛する家族を立て続けに二人も失い、ショックのあまり呆然と過ごす椿。だが自分にはまだ薊とまだ生まれていないお腹の子が居ることに気付き、自分に喝を入れるかのように仕事に身を投じていくようになる。
一時期流産の危機に陥っていたが、持ち直すのが速かったため、彼女はお腹にいた新しい家族をしばらく後に無事生む事ができた。
二人目の夫との唯一の子供である男児を家族に向かえ、彼女はより一層仕事に打ち込むようになる。
そして、彼女を口説こうとする男衆も――
彼女の周りで立て続けに人が死んでしまったため、その頃には人里の民衆の間で彼女に対する根も葉もない不吉な噂が、
あの女は……
そんな噂が流れると共に、それまで彼女に夢中になっていた男衆は水を被ったかのようにその熱意が冷め、彼女から距離をとるようになる。
そして彼女に対する陰口も人里で小さく囁かれるようになったのだった。
しかし、二人の子供を育てるのに必死な彼女にとって、そういった周囲の変化に気にする余裕はまったくなく。
ただただ残された二人の子供たちと共に今を生きていく事で必死になっていたのだった。
そうした生活が数年続き、彼女や彼女の周囲も落ち着きを取り戻し、平穏な日々が続いていたのだが……。
また、彼女の元へ不幸が魔の手を伸ばした。
二人目の夫との間に生まれていたただ一人の息子が行方不明となり、数日後に
妖怪に襲われたのは明白で、まだ幼いその身体のあちこちが食荒らされていた。
その亡骸を見た椿がどうなったのかは想像に難くない。
発狂こそ何とかしなかったものの、完全に無気力な状態となり、仕事をやめて日々家で塞ぎこむようになった。
まだ十にも満たない少女であった薊もそんな彼女を支えようと必死に身の回りの世話をしていた。
またその様子を見かねて、近所に住んでいる椿よりも少し年下の青年も、毎回彼女の元を訪れ、薊と一緒に身の回りの世話をするようになった――。
二人の思いが通じたのか、椿は日に日に気力を取り戻し、また以前のように働けるまでに回復する事ができた。
また、途中で好意ができたのかその年下の青年は、彼女に結婚の申し出をしてきた。
だが立て続けに夫を二人も失っていた彼女にとってその告白を直ぐに返答する事ができなかった。
しかし彼に何度も説得され、彼女自身も愛する者を失い心身ともに参っていたため、彼に心の拠り所を求めるようにして流されるように彼と結婚したのだった。
そうして
新しい家族ができ、彼女の顔に再び笑顔が戻る。
しかし、そんな彼女を嘲笑うかのように再び悪魔が彼女の幸せを刈り取っていく。
瑞穂たちが生まれたその年、三人目の夫が夜、仕事が終わって家路へと急いでいる時に背後から何者かに刃物で刺され、絶命したのだ。
そしてその数年後――四ツ谷が幻想郷へ来る一年ほど前、双子の姉妹の片割れである穂積も突然この世を去っていく事となった――。
死因は薊の兄同様、川に転落したことによる溺死であった――。
また再び絶望に突き落とされた椿であったが、その時にはもう既に彼女の中には
度重なる愛する者たちの死に彼女の中で当に涙は枯れ果ててしまっていたのだ。
無表情で葬式を行う彼女を見て、周囲の者たちは彼女に死神が憑いているという噂により一層信憑性を持ち、彼女に近づくものは老若男女を問わず激減したのであった――。
「なんっつーか、壮絶な人生を送ったんだな、お前の母親」
「はい……私自身も、何度もくじけそうになりました」
話を聞き終えた四ツ谷はガシガシと頭をかいてそう言い、薊は俯きながら小さく答えた。
そうして二人して仏壇に置かれた十近い位牌へと眼を向ける。
「……しかし、話を聞いてて思ったんだが、やっぱりおかしいだろ?これだけの人数が立て続けに死んでしまうなんて裏で何かしらの悪意が動いているとしか思えん」
「私もそう思います。でも、私一人じゃどうする事もできなくて……それにこんなことお母さんに言ったらまた負担をかけちゃうかもしれませんし……」
そう呟いて薊は俯いて沈黙し、四ツ谷も返答に困り、天井を仰ぎ見ながら押し黙った――。
明確な答えが出ないまま夜が更けていった――。
その翌朝、四ツ谷と薊は小傘と一緒に薊の家の前にいた。
小傘は最初、四季映姫の説教を聞いていたはずなのに、気付いたら薊の家で朝を迎えていた事に驚いていたが、薊の説明を聞いて空笑いを響かせた。
そうして薊に声をかける。
「あははは……今日は本当にごめんね薊ちゃん。ちゃっかり朝食までごちそうになっちゃって」
「いいんですよ。お二人にはいつも良くしてもらっているのですから、これぐらい問題ありません」
そう言って薊はにっこりと微笑んで見せた。
そして続けて言う。
「……またいつでもここにいらっしゃってください。大した持て成しはできませんが、母も妹もお二人と話す事を楽しんでいたみたいですし、来ていただけれるだけでも私も嬉しいですから」
そう言って再び笑って見せる薊。と、そこへ第三者の声が響いた。
「おや?薊ちゃんじゃないか、こんな朝早くから元気だねぇ」
そう言って声をかけてきたのは六十代とおもしき顎に髭を生やした老人だった。
人のよさそうな顔でニコニコと薊たちを見る。
そんな老人に薊も会釈する。
「あ、
「はっはっは!この歳になると朝起きるのが早くなっていかんよ。この老体じゃあ朝からすることなんて何もないというのにねぇ」
大家さんと呼ばれた老人は笑いながら薊にそう返すと、今度は四ツ谷と小傘に眼を向けた。
「……ところで薊ちゃん。そちらの二人は……?」
「あ、こちらは私がお世話になっているお二人で、四ツ谷さんと小傘さんっていいます。……ちょっと昨日、いろいろあって家に泊まってもらったんです」
「へぇ……」
大家が小さく相槌を打ち、薊は今度は四ツ谷たちに向き直って口を開く。
「四ツ谷さん、小傘さん。こちら私たちに家を貸していただいてもらっている。大家さんの
「……義兵です。今後ともよろしくお願いしますね。小傘さん、四ツ谷さん」
そう言って大家――義兵は握手を求めるようにして手を差し出した。四ツ谷と小傘は黙ってそれに答える。
そして握手し終えたと同時に薊が口を開く。
「大家さんはお母さんが子供のときからの古い知人で、困った時はいろいろと助けてもらったりしているんです」
「はっはっは!椿ちゃんはワシにとっては娘みたいなものだし、薊ちゃんと瑞穂ちゃんは孫のようなものだからね。困った時はお互い様じゃよ」
「ありがとうございます。あ、そうだ!大家さん、まだ朝食まだですよね?よかったら家で食べていきませんか?」
「おや、いいのかい?それじゃあ、お言葉に甘えようかねぇ」
義兵はそう言うといそいそと薊の家の中に入っていった。
義兵を招きいれた薊は四ツ谷たちに口を開く。
「それじゃあ四ツ谷さん。また後でそちらに伺います」
「おう、まあゆっくりと来な」
ニッと笑って四ツ谷はそう言い。薊は最後に軽く会釈して家の中に戻っていった。
四ツ谷と小傘だけがその場に残り、数秒間沈黙がその場を支配する。
しかし唐突に四ツ谷が小傘に向かって口を開いた。
「……小傘、気付いたか?」
「はい……。あの義兵っていう大家さん。わちきたちが薊ちゃんの家に一晩泊まったって知った時、一瞬だけだけど、物凄い目つきでわちきたちを睨んでましたね。……いえ、正確に言うと、わちきたちじゃなく、
「うーん?……俺あの大家の気に触ることなんてしたかねぇ……?」
首をかしげながら四ツ谷は自分の長屋に帰ろうと踵を返し――その動きを途中で止める。
視界の端に
しかしそこには何も気になるモノなど
「……?」
四ツ谷は再び首をかしげる。気のせいなどではない、先ほどチラリと見えたモノは今も四ツ谷の記憶の中に鮮明に映っていたからだ。
遠目で物陰に隠れていたとは言え、
先ほどチラリと見えた――彼岸花を思わせる赤い髪、そしてそれを持つあの女死神のことを――。
最新話です。
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