四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
四季映姫と小野塚小町は人里へやってきた時、子供たち相手に怪談を語る四ツ谷を見つける。


其ノ二

「またねー、四ツ谷にいちゃーん!」

「おーう、気をつけて帰れよー」

 

怪談を語り終えた四ツ谷は家路に向かう子供たちに向かって別れを告げ、さて自分も帰ろうかと踵返そうとした時、唐突に自分の手が何者かに掴まれる。

なんだ?と思って捕まれた手のほうに顔を向けると、そこに見知った顔が――。

 

「小傘?どうし――」

「――師匠!今すぐここから逃げますよ!!」

「……は、はあ?!お前いきなり現れて何言って――」

 

ふって湧いたかのように現れて、いきなり自分の手を掴んで引っ張る小傘に四ツ谷の頭の中で『?』マークが飛び交う。

だがそれに上乗せするように更なる混乱が四ツ谷を襲った。

小傘に引っ張られて走り出そうとした方向へ回り込むようにして、身の丈はある巨大な鎌を持った赤髪の女が現れたのだ。しかも小傘同様、()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

赤い髪の女は大鎌を小傘に向け、口を開く。

 

「おっと、そうは問屋が卸さないよ忘れ傘!四季様はその男に用があるんだ。怪談が終わるまで待っててやったのにいきなり現れて連れて行かれちゃあこっちが困るってモンさ!」

「……いや、いきなり現れたのはお前もそうだろ?っつーかお前誰だ……ん?いや、違う。どこかで見たことあるな?……確かこの前の神社の宴会にいなかったか?」

 

まだ内心動揺しながらも問いかけた四ツ谷に対し、赤い髪の女は意外といった表情を作る。

 

「へえ~、覚えてくれてたのかい?あの時は軽く自己紹介しただけだったのにさ。……それじゃあ改めて自己紹介といこうかね?私は小野塚小町。三途の川の渡し守もしている死神さ。そしてあんたらの後ろにいるのが、地獄の最高裁判長である四季映姫様さ!」

 

そう言って赤い髪の女――小町は四ツ谷と小傘の背後へと眼を向け、二人もその視線を追って振り返る。

そこには緑色の髪を持ち凛とした表情でたたずむ少女がいた。

それを見た小傘は「あちゃ~」と小さく響いて頭を抱える。

対して四ツ谷は未だに状況が飲み込めず顔に『?』マークを浮かべていた。

そんな二人の前に緑の髪の少女――四季映姫・ヤマザナドゥが歩み寄った。

そして一礼すると口を開く。

 

「始めまして……いえ、また会いましたね。ご紹介に与りました、地獄で閻魔をしております、四季映姫・ヤマザナドゥといいます。以後お見知りおきを……。ちなみに『ヤマザナドゥ』は役職名に当たります」

「……あんたが、閻魔?……なんかイメージと違うんだけど」

 

四ツ谷の疑問はもっともである。外の世界で絵図などで伝えられている閻魔と今目の前で閻魔を名乗る少女を照らし合わせても、とても同一人物とは思えなかった。

しかしその疑問にも四季は淡々と答えてみせる。

 

「違っていて当然です。私は元々十王様方から中途採用されてこの幻想郷担当となった、言わば派遣された閻魔なのです。あなたの想像する閻魔はおそらく十王様方から来ているものでしょう」

「そ、そうなのか(なんかちょっとホッとした)……。俺の名は……もう知っていたよな?あんたもあの宴会にいたはずだし……」

「四ツ谷文太郎でしょう?ええ、覚えておりますので自己紹介は不要です。……それにしても――」

 

映姫は四ツ谷の背後にいつの間にか隠れていた小傘に眼を向け、続けて言う。

 

「多々良小傘。まさかあなたがここまで力をつけていたとは驚きです。(四ツ谷)の近くにいた私たちよりも離れた所にいたのにもかかわらず、私たちが動くよりも先に瞬時に彼との距離と縮め、彼を連れて逃げようという算段だったみたいですが……。いかんせん、小町の()()を前にして四ツ谷文太郎を連れて逃げるなどできはしませんよ?」

「うぅ……」

「……とは言え、一瞬でも私たちより先に先手を取った事は『見事』と認めますが」

 

うめく小傘に映姫はそう締めくくると再び四ツ谷に眼を向けた。

 

「……さて、四ツ谷文太郎。今回あなたに声をかけたのは他でもない、あなたに説教するためですよ」

「……は、はあ?何で俺が……!?」

「あなたは自分の創った怪談で他者を恐怖に落としいれ、悲鳴を上げさせそれに酔いしれている。……それ自体が悪い事だとは申しません。しかしあなたには幻想郷に影響を及ぼす『怪異を創る程度の能力』があり、『怪談』はその能力を発動するトリガーの役割を持っています。だがあなたはそれを知っていてもなお怪談を語るのを止めようとしない」

「…………」

「……おまけにその怪談に他者を平気で巻き込む傾向がある。そう、あなたは少し自己中心的すぎるのではないですか?」

「…………」

 

映姫の説教に四ツ谷は黙って耳を傾けている。その間も映姫の言葉は続く。

 

「……それにあなたが今怪異としてこの場に存在している事にも異議があります。本来ならあなたの魂はとおの昔にあの世に送られ、裁かれていなければならないのに……。まあそのことに関しては偶然が重なった結果でありますし、強く責めはいたしませんが。それを抜きにしてもあなたはもう一度自分を見つめなおす義務があります」

 

『悔悟の棒』を四ツ谷に突き付け、映姫はそう締めくくる。

しばしの沈黙後、四ツ谷はゆっくりと口を開いた。

 

「……言いたい事は、それで終わりですか?閻魔様」

 

丁寧な口調でそう言って四ツ谷は不気味に笑い映姫を見据えた。そして続けて言う。

 

「俺は何も変えるつもりはありませんよ。昔も今も……そして未来(これから)も、俺がやる事は何も変わらないし、怪談も止めるつもりは無い」

「……何故かお聞きしても?」

「簡単だ。それが俺――()()()()()()()()()()。俺から怪談を取ったら何も残らないし、生き甲斐も消える。そんなのはただ生きた死人と変わりない。だからこそ誰から何を言おうと絶対に止めはしない――」

 

 

 

 

 

「――例えそれで、()()()()()()()()()()()、だ……」

 

 

 

 

「…………」

 

四ツ谷のその返答に、映姫は沈黙し、彼を見つめる。

自分がどうこういったところで、彼は考えを改めるつもりは毛頭ないことは今の言葉の中でひしひしと伝わってきたからだ。

なんとも『我』が強い。そう思ったとき、彼女の中で少し前にこの人里を脅かしていた一組の親子の顔が浮かんだ。

金貸し半兵衛とその息子の庄三である。

彼ら二人には映姫も手を焼いた。何度訪れて説教をしても、彼らは少しも心を入れ替える様子は見せなかったのである。

彼らは気付いていたのだ。映姫が説教をするだけで()()()()()()を一切しないことを。

彼岸の住人であり、魂を裁く映姫は生者である半兵衛たちに手を上げる事はできないのだ。

それ故、彼らも彼女の言葉に耳を傾けず、悪行を続けたのだった――。

 

(……だからこそ、あんな結末になってしまったのは些か悔やまれますが……)

 

後に半兵衛親子の末路を部下から聞かされた時の事を思い出しながら、映姫はそう感じていた。

欲と我の強かったどうしようもない親子であったが、少しでも救える道があったのではないか、と……。

まあ結局は彼ら同様、同じく我の強い目の前の男(四ツ谷)に精神をへし折られる形になってしまったのは、なんとも皮肉な話である。

 

(……まあ、今となってはもう終わった話ですね)

 

内心で自己完結すると小さくため息をついて、映姫は四ツ谷と目線を合わせる。

不気味な笑みを貼り付けてはいるものの、意志の強い真っ直ぐとした眼を彼女は見据えた。

 

(……私個人の願いではありますが、できることなら彼にはあの親子と同じ末路を辿らないで欲しいですね……)

 

そう思いながら一瞬小さく笑うと、映姫は四ツ谷に言葉をかけた。

 

「……あなたの言い分は分かりました。ならば私ももうこれ以上そのことに関してはなにも言いません。思うように自分の意志を通していくとよいでしょう」

「ヒヒヒッ、言われなくてもそうする――」

「――で・す・が!」

 

四ツ谷の言葉に重ねるようにして再び映姫が声を上げ、悔悟の棒も再び彼に突きつけた。

その迫力に一瞬四ツ谷はたじろぐ。

それに構わず、映姫は悔悟の棒をブンブンと振って、四ツ谷に言葉をぶつける。

 

「それでもあなたは自分の楽しみの為、野望の為に聞き手のほうを些かないがしろにしている節がある。それに先ほど『やる事はこれから先も何も変わらない』とおっしゃいましたが、その保障はどこにあるのですか?ないでしょう!?」

「うっ……」

「いい機会です。あなたの意思、その基盤をしっかりとするためにも、今からたっぷりと多々良小傘と一緒に説教してあげましょう!!」

「ふぇっ!?私もですかぁ!??」

 

今まで会話の外だったのにもかかわらず、いきなり会話の中に引っ張り込まれた小傘の仰天する声があたりに響き渡った――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それから後の四ツ谷の記憶は途中からスッパリと無くなっていた――。

小傘と共に道端に正座をさせられ、マシンガンのように激しくもそのどれもが正論という映姫の説教を聞いていたのだが、よほどそれが精神的ダメージになったらしく、次第に意識が遠のき、気を失ってしまったのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……や…さ、ん……。よ……や…さん……。……しっかりしてください、四ツ谷さん……!」

「……うぅぅ……ん……?」

 

自分を呼ぶ声が聞こえ、闇の中にあった四ツ谷の意識が浮上していく。

そしてゆっくりと眼を開けるとそこには見慣れた顔が心配そうに自分を覗き込んでいる光景が飛び込んできた。その後ろには五歳くらいの少女がキョトンとした顔で立っている。

 

「……薊か?」

「ああ……気がついたんですね?よかった……」

 

薊がホッと胸をなでおろし、四ツ谷はムクリと上半身を起こした。

意識を手放すまではまだ昼間だったが、今はもう夜になっていた。

満点の星々と月が辺りを薄っすらと照らしている。

映姫と小町はとおの昔にどこかへと去った後だった。

四ツ谷がふと横を見ると、そこには先ほどの四ツ谷と同じように気絶して倒れている小傘の姿があった。

目頭を指で押さえて眠気を取る四ツ谷に薊は声をかける。

 

「一体どうしたんですか?二人してこんな所で倒れているなんて……」

「……お前の方こそ何でこんな夜に外、出歩いてるんだ?」

「妹と一緒に銭湯に行ってたんです。……その帰りに近道しようと思ってこの道に入ったら四ツ谷さんたちが倒れていて……」

 

なるほど、と四ツ谷は内心納得し、薊とその妹である瑞穂を交互に眺めた。

薊は最近外出時に必ず木箱を背負っており、今日もそれを背負っていた。だが今回はそれに追加して右手に提灯を、左手には石鹸と手ぬぐいが入った風呂桶を持っていた。瑞穂も同様である。

二人ともつややかな黒髪がしっとりと濡れており、顔や着物の間から覗く肌も風呂上りなためか上気していた。

まだ幼い瑞穂はまだしも、薊は普段よりいっそう色っぽくなっている。

そんな薊に顔を覗きこまれ、四ツ谷は内心ドキドキしなから薊から視線を外す。

そして直ぐにハッとなって薊に確認する。

 

「薊、今何時だ?」

「え?えっと……さっき()()()()()が鳴ってましたから、おそらく……」

「……マジか、もう()()()()()()()()!?一体どんだけ長い説教だったんだよ!?こうしちゃおれ……っとと!」

 

時刻を確認した四ツ谷は慌てて立ち上がるも、まだ説教でのダメージが残っているのか足元が少しふらついた。

大丈夫ですか、と薊が歩み寄るも四ツ谷はそれを手で制す。

 

「大丈夫だ。……それにしてもまっずいなぁ、今日の晩飯の買い出しまだだったのに、もう店はどこも閉まってるだろうしなぁ……」

 

ため息をついて頭をガシガシとかいて呟く四ツ谷に薊が声をかける。

 

「あの、夕餉の買い出しまだだったんですか?」

「ああ……いろいろあってなぁ……。それにまだ本調子じゃないから今から小傘連れて家に帰り着けるかどうかもわからん……くそっ」

 

悪態をつく四ツ谷に薊は俯いて何か考え込むと、次の瞬間顔を上げて四ツ谷に一つ提案していた。

 

「――あの……よかったら私の家に泊まっていきませんか?……家はここから程近い所にありますから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し迷ったが、四ツ谷は薊の提案に甘える事にした。

未だ意識の戻らない小傘を半ば無理矢理肩に担ぎ、ゆっくりとした足取りで薊の家に向かう。

その途中、薊の木箱の中に入っていた折り畳み入道を通して、四ツ谷の長屋にいる金小僧に今日は薊の家に泊まっていくことと、夕飯は残り物で我慢して欲しい事を伝えた。

その時折り畳み入道に、「()()()()()使()()()()()()()()()()?」と提案されたが、何分気力も体力も限界に来ていた四ツ谷は、この状態で小傘を連れて()()()()()()()()()()()()()と考えた。それに家に帰ってももう一人分の食べ物しか残っていないため、ここで無理に折り畳み入道の能力を使って帰るよりも薊の厚意に甘えた方がいいだろうと思えたのだ。

小さな小屋のような薊の家に着くと、先に薊と瑞穂が家に入り、そこにいた母親に事情を話した。

母親は以前から薊に四ツ谷たちの人となりを聞いていたため、あまり悩むことなく家に二人を招き入れた。

そしてその家の一室を貸し与えてもらい、布団まで用意をしてもらった。

 

「なんか……悪かったですね。突然押しかけてきた上、布団まで用意してもらえるなんて……」

「いいえ。……薊から聞いております。あなたのおかげでこの里の経済危機が救われたのだと……私たちもあなたのおかげで生活が楽になりましたし、これぐらいなんてことはありませんよ」

 

頭を下げて言った四ツ谷の言葉に少々体が弱そうなその母親はニッコリと微笑み、四ツ谷にそう答えた。

なんとも恐縮してしまう四ツ谷を尻目に母親は静かに部屋から出て行く、が不意にその脚が止まり、四ツ谷へ顔を向けて口を開いた。

 

「そう言えばまだ名乗ってませんでしたね――」

 

 

 

 

 

 

「――私の名前は椿()といいます。……薊の事、これからもどうぞよろしくお願いしますね」

 

 

 

 

 

 

そう言い残すと今度こそ薊の母親――椿は静かに部屋から出て行った。

四ツ谷は今だ肩を貸していた小傘を布団に寝かしつける。

すると今度は薊がいくつかの握り飯とお茶を持って部屋に入ってきた。

 

「あの、お腹すいているようでしたらこれ食べてください。残り物で作ったモノですけれど……」

「お。ありがたい」

 

そう言って四ツ谷は薊の持ってきた握り飯にかぶりついた。二、三個ほど食べてお茶で流し込むと四ツ谷は一息つき、何気なく部屋を見渡す。

するとある一箇所に眼が留まり四ツ谷訝しげに眉根を寄せた。

そこにあったのは仏壇だった――。

ただ普通の仏壇だったのならそれほど気には留めなかったのであろうが、四ツ谷から見てその仏壇は少々異常だった――。

それはその仏壇に並べられた()()()()――。

十近い数の位牌が小さい仏壇に所狭しと並べられていたのだ。

 

「――なあ、あの仏壇の位牌……」

「……え?」

 

四ツ谷の指摘を受け、薊も仏壇に眼を向け、そして明らかに顔を曇らせる――。

少しの間をおいて薊が小さく響いた。

 

「……あれは亡くなった私の家族の位牌です――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母さんのおじいちゃんとおばあちゃん……そして()()()()()()()と私の兄弟たちの――」




久しぶりに長めに書けたような気がしますw

加筆:この四幕は何かと矛盾が目立ったため、この話だけ少し加筆修正いたしました。

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