四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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新章開幕です。
この話では主に小野塚小町ともう一人、オリジナルキャラクターにスポットを当てて進んでいきます。


第四幕 死神に愛された女
其ノ一


――おねーちゃん、いらっしゃーい!

 

――おう、椿(つばき)。また来たよ。今上がってよかったかい?

 

――うん!()()()()()()()()ならいつでも大歓迎だよ?……待ってて、今お茶入れるから。

 

――手伝うよ。ここに来る前に菓子屋で饅頭買ってきたんだ。一緒に食べようか。

 

――うん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ……ん……」

 

幻想郷、三途の川の此岸(しがん)、その近くにある大岩の上で一人の女性がゆっくりと身を起こした。

彼岸花を思わせる赤い髪が揺れ、目頭を指で揉んでそばに置いてあった大きな鎌を手にもって女性は立ち上がり、大きく伸びをする。

夏の終わりが近い時期、その空気を大きく吸ってその女性――小野塚小町(おのづかこまち)はこれまた大きく息を吐いた。

 

「はぁ~っ、随分と懐かしい夢を見たねぇ……」

「どんな夢です?」

「きゃんっ!?」

 

唐突に直ぐ背後から声がかかり、小町は驚愕し飛び上がる。

その途端脚がすべり、彼女は大岩から転げ落ちて尻をしたたか地面に打ち付けていた。

 

「……ったぁ~~い」

 

尻をさすりながら小町は立ち上がり、恨みがましい眼で先ほどまで自分が寝ていた大岩の上に立つ、少女へと眼を向けた。

緑色の髪を風になびかせ、両手に『悔悟(かいご)の棒』を持ったその少女へと小町は声をかける。

 

「んもぅ、驚かさないでくださいよ四季様ぁ~」

「仕事をさぼってこんな所で昼寝をしているあなたが悪いのでしょう?……毎回のことながら、本当にこりませんね」

 

小町の上司であり、三途の川の向こう、是非曲直庁(ぜひきょくちょくちょう)で裁判長を務める閻魔である少女――四季映姫(しきえいき)・ヤマザナドゥは凛とした表情を崩さぬまま、ひらりと小町の前に降り立った。

そんな映姫に小町は口を尖らせて反論する。

 

「……今日のノルマはちゃんと達成してありますよ」

「ん?……おや珍しい、サボり魔のあなたがどう言う風の吹き回しですか?」

「私だってそういう日はありますよ!人を見かけで判断しないで下さいよぉ~」

「あなた死神でしょうに」

 

腰に手を当てて豊満な胸を張って得意気になる小町に映姫は呆れた目を向ける。

そして小さくため息をつき、再び口を開いた。

 

「いつもそれくらいやる気があれば文句はないのですが……。まあ、今回は私が誤解していたみたいですし、潔く非を認めましょう。すみませんでした」

「え゛!?四季様が謝るなんて珍しい……っていうか、部下に頭を下げないでくださいよ!?」

「こういうことはきっちりと白黒つけるべきなのです」

 

きっぱりと小町にそう答えると、映姫は踵を返し、歩き出した。

それにつられて小町も後を追う。

 

「四季様、どちらに?」

「人里です。私も今日の仕事は終わりましたので、いつもの『日課』に行きます。……あなたも来ますか?」

「あー、私ももうやる事ありませんし、そうしましょうかねぇ~」

 

そう呟くと小町も映姫に連れ立って人里へと向かった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――まったくあなたという人は、妻子持ちであるにもかかわらず、稼いだ金銭のほとんどを酒代に回すとはどう言うつもりですか!大事な家族にひもじい思いをさせて恥ずかしくはないのですか!?お酒が好きで止められないのは仕方ないでしょう。しかし、それにも限度があります!好きなものに熱中しすぎていて、それ以外のことがおろそかになっている。そう、あなたは少しお酒に溺れすぎている!」

「うぅ……申し訳ねぇです……」

 

数十分後、人里のとある酒場に映姫と小町の姿があった。

映姫はそこで昼間から酒を飲んでいた里の男を捕まえるといつもの如く、くどくどと説教をし始めたのである。

丸椅子の上で正座をさせられ、うな垂れる男を哀れに見ながら、「速く終わればいいなぁ~」と小町は思ってしまうのだった――。

 

そうして一時間後に酒場を出た映姫と小町はあてもなく里の中を歩き出した。

彼女たちが出た後、酒場で一人の男がグロッキーになって机に突っ伏していたのは言うまでもない。

 

「……さて、次は誰に……む?」

「どうしました四季様?……ん?」

 

次の説教相手を探して歩いていた映姫の脚がピタリと止まり。

小町も動きを止めて映姫の視線を追う。

そこには多くの子供たちに囲まれて一人の長身の男が何かを語っていたのだ。

黒い髪に着物の上から何故か腹巻をしたその男は、子供たちを相手にどうやら()()を語っているらしく、不気味に笑いながらおどろおどろしくも耳の奥に残るような声をあたりに響かせていた。

 

「……コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ……!乾いた下駄の音が路地裏に響き渡り……女は息を呑んだ。……普通の足音とはどこか違うことに彼女は気づいてしまったからです。……その音はまるで()()()()()()()()()()()()()音をあたりに響かせており、彼女の直ぐ後ろまで迫ってきています……」

 

男の語りが進むにしたがって、子供たちは前のめりになってゴクリと唾を飲む。

 

「……そして背中から『ヒヒヒッ』という笑い声が響き、女は誰かに唆されたかのようにゆっくりと後ろへと振り向いた……そこにいたのは――」

 

 

 

 

「――お前どぅわああああぁぁぁーーーーーーー!!!!!」

 

 

 

 

『っきゃーーーーーーーーーーー!!!!!』

 

子供たちの背後、何も無い所に指をさして叫んだ男の声に、子供たちは一斉に悲鳴を上げて身を硬くする。

それを見た男――四ツ谷文太郎は先ほどとは打って変わって大きな声で笑い出した。

 

「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃあ!!ナイス悲鳴だったぞお前たち!やっぱり怖がらずにはいられなかったみたいだなぁ!!」

「うー悔しい……。次!四ツ谷にいちゃん次だよ!」

 

子供たちの中の一人がそう言い、四ツ谷はにやりと笑う。

 

「おお、いいぞ?今度はもっと怖いのを聞かせてやる!」

 

そう言って四ツ谷は次の怪談を子供たちに語り始めた。

それを映姫と小町が少し離れた所で見ており、子供たちに聞かせている怪談に聞き耳を立てながら、小町が口を開いた。

 

「……あの男、たしかこの前の博麗神社の宴会に来ていましたね?……新参の怪異で確か名前は――」

「――四ツ谷文太郎です。……しかし、なるほど。()()()()()()()とはいえ、中々の話術ですね。能力のこともあって、あの八雲の賢者からはひそかに警戒と同時に重宝もされていると聞き及んでいます」

 

映姫がそう言って怪談を語り続ける四ツ谷をじっと見ると、続けて口を開いた。

 

「……しかし、小さな子供たち相手にあれは少々調子に乗りすぎているのではないでしょうか?大人気ないというか何というか……」

「はあ……」

「……決めました小町。今度は彼にします」

「え!?説教ですか!?」

「言わずとも分かるでしょう?それに彼が幻想郷に来た()()についても私としても思うところがありますしね」

 

そう言うと、映姫は四ツ谷の怪談が終わるまでその場でじっと待ち始めた。

なんとも律儀(りちぎ)である。

小町は映姫に小さく苦笑を浮かべると、自分も映姫同様、四ツ谷の怪談が終わるのを彼女の横で待ち始める。

四ツ谷の怪談に耳を傾けながら――。




この話は短めで終わらせるつもりなのですが、もしかしたら予想外に長くなるかもしれません。

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