四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
人里の入り口で多々良小傘と出会い、彼女を使い四ツ谷は怪談を創ることを画策する。


其ノ二

博霊の巫女、霊夢が言うにはこの幻想郷に住む人間は妖怪たちに比べるとほんの一部に過ぎないという――。

しかしその人間たちが唯一住む集落、人里は意外なほど広かった。

 

(結構人がいるなぁ。もう村っていうレベルじゃないな。町と言ってもおかしくないかもな)

 

そんなことを思いながら、四ツ谷は先ほど出会ったばかりの唐傘妖怪、多々良小傘と共に大通りを歩んでいた。

「まずは下ごしらえだ」そう言って四ツ谷は目に付いた古着屋へと入っていった。小傘も後に続く。

四ツ谷は古着屋の店員に自分が今着ている下着以外の制服や履物全てを売り払い、代わりに安物の着物と腹巻、下駄を購入した。

 

「何で腹巻も?」

「腹冷やしたら困るだろうが」

 

小傘のツッコミに四ツ谷は涼しげな顔で即答した。

制服を売り、着物を購入したがそれでも結構多くのお釣りが残った。

古着屋を出た二人は今度は近場の立ち食い蕎麦屋で簡単な昼食を取る。

腹が膨れた二人は次に食材の並ぶ小売店、生活用品が揃う道具店と次々と来店する。

小売店では主に晩御飯の調達、道具店では紙で出来た真っ白い番傘と大量の赤い絵の具を買い込んだ。

道具店を出てすぐ、恐る恐る小傘は四ツ谷に声をかけた。

 

「あのー、四ツ谷、さん?わちきはいつ頃畏れを貰えるのでしょうか?」

「まあ待て。お前が活躍するのは今日の夕方、降魔時(おおまがどき)と呼ばれる時間帯だ」

「え?何でその時に?」

「もちろん……『演出』の為に、さ」

 

そう言ってニヤリと不気味に笑い四ツ谷は続けて言う。

 

「なぁ多々良。『最恐の怪談』ってどんなモノか分かる?」

「最恐の……怪談……???」

「最恐の怪談……それを創る為には三つの条件が必要となる――。語り手、聞き手そして――演出だ……!」

「……その最恐の怪談を創るための条件である演出の為に、夕方に事を起こす必要があるってこと?」

「そのとおり。まあ本当なら聞き手を()()()()()()()()()()()()()前振りとして怪談を噂話にして流すことも考えたんだが。……ここは幻想郷、怪異とは常に隣り合わせの世界だ。怖い話には外の世界の人間たち以上にこっちの人間は信じ込みやすいと俺は踏んだ」

 

「しかし……」と四ツ谷は顎に手を当ててなにやら考え込む。

 

「その演出ももう一押し何か足りないんだよなぁ~」

 

空を見上げながら四ツ谷はつぶやくも、すぐに顔を前に戻す。

 

「ま。まだ予定の時間には十分に余裕がある。――先に今晩の寝床を確保しに行くとするか」

「寝床?それならわちき心当たりがあるよ。この先の寺子屋の先生なら良い場所知ってると思う」

「ほぅ?」

 

小傘が先導し、四ツ谷がそれについて行く。

その先には小さな寺子屋がたたずんでいた――。

 

 

 

 

「私に用があるというのは君か。はじめまして、この寺子屋で教師をしてる上白沢慧音だ」

「これはご丁寧に。四ツ谷文太郎と言う。今日、この幻想郷にやってきた者だ」

 

寺子屋を訪れた四ツ谷と小傘を迎え入れたのは銀髪の長い髪を持った驚くほどの美人だった。

上白沢慧音と名乗ったその美女は服の上からでも凹凸のはっきりとした体型を持っていた。

服の裾から除く深い胸の谷間に眼が行きかけた四ツ谷だったが、すぐに眼を慧音の顔に戻した。

四ツ谷のそんな視線に気付いていないのか慧音は四ツ谷の顔をまじまじと見つめながら呟く。

 

「外来人か……。ん?いやだが、君から漂うこの気配は……」

「ヒヒッ、お察しのとおり、俺は人間の姿をしているが中身はまるっきり違う存在でね」

 

四ツ谷のその返答に、そばにいた小傘は驚き、慧音は少し眉根を寄せ警戒心を見せ始める。

だが四ツ谷は慌てて二人に弁解する。

 

「あーだがご安心を。人ではないが別に人にあだ名す特殊な能力とか、この人里に危害を与える気とかもないですから(怖がらせはするがね♪)」

「……む、そうなのか?」

「ええ。中身は違いますが、それ以外は普通の人間と変わりないですから」

 

四ツ谷のその言葉を聞いて、慧音は警戒心を薄めた。

そこへ再び四ツ谷が言葉をかける。

 

「今日ここへ来たのは他でもありません。住む場所を探してて、ここに来ればいい所を教えてくれると聞いたんですが」

「ああ家を探しているのか。……わかった、いくつか心当たりがあるからあたってみることにしよう。少し時間がかかるからまたここに来てくれれば助かる」

「わかりました。それじゃあ適当に時間をつぶしてきます」

 

そう言って四ツ谷は慧音に軽く会釈すると小傘をつれて寺子屋から去っていく。

しばらく歩いた後、小傘は四ツ谷に声をかけた。

 

「四ツ谷さんて妖怪だったの?」

「んー?いんや、正確には元人間の怪異だな」

「元は人間だったの!?……でもどうして今はそんな存在に?」

「ヒッヒッヒ、何大した事じゃない。外で自分を怪異に仕立てて怪談として噂を流したのさ。それが忘れ去られて幻想郷に流れ着いたってだけのハナシさ♪今の俺の存在はそれが原因かな?」

 

四ツ谷のその返答に小傘は吐いた口が塞がらなかった。

 

 

 

 

 

「……さて、あらかたやることは全てやったが……やっぱり演出にもう一つ何かが欲しいところだな」

 

日が傾きかけた人里の中を小傘と歩きながら四ツ谷は独り言を呟く。

それを聞いて小傘も口を開いた。

 

「それが何なのか分からないと怪談が成功しないの?」

「んー、成功はするだろうが、百パーセントじゃないな。どうせなら完璧な形で怪談を成功させたいし」

「『赤染傘』……だっけ?その怪談を行えばわちきは本当に畏れが貰えるんだよね?」

「もちろんだ。何せその妖怪、赤染傘は()()()()()()()()()()

「……へ?今なん――きゃあっ!?」

 

問いかけようとした小傘の言葉が途中から悲鳴に変わる。

すぐ横の民家の柱に繋がれていた犬に吼えられたからだ。

ガウッガウッ!!と大きな声で吼えられ小傘は反射的に飛びのいていた。

しかし反対に四ツ谷はその犬に興味を持ったようでゆっくりと近づいていく。

 

「ほぅ~元気のいい犬だ。どら、さっき小売店で買った干し肉だ。旨いぞぉ~」

 

そう言いながら干し肉を取り出すと犬の鼻先に近づけた。

犬はそれをバクリと噛み取ると、クチャリクチャリと音を立てながら食べ始めた。

それを見た小傘は恐る恐る近づいていく。

 

「び、びっくりした~。……もう、妖怪を驚かすなんてとんでもない犬だよ」

「アホか。妖怪ならこれぐらいのことにビビッてどうするんだ。……それよりも喜べ多々良」

「……え?」

 

旨そうに干し肉を食べる犬を見ながら四ツ谷の顔が不気味に歪んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『妖怪、赤染傘』……完成したぞ」




少し短めですが、投稿しました。

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