四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
子供たちに怪談を語った後、四ツ谷は射命丸と出会い、庄三のことについて情報を得ようとする。


其ノ五

庄三は道端に落ちていた小銭を拾い集めて貯めた分で、久しぶりにまともな食事にありつこうとしていた。

一件の蕎麦屋の暖簾をくぐり、カウンターの席に座る。

浮浪者姿の庄三を見た店主は一瞬叩き出そうと包丁片手に構えるも、庄三が金を差し出してきたことにより、渋々庄三を客と認め、彼のための掛け蕎麦を作り始めた。

そうして出された出来立ての掛け蕎麦に庄三は一心不乱にかぶりついた。

空腹が満たされるに連れて、思考のほうも動き始める。

考える事はやはり、薊の事だ。

 

(くそっ、また()()そこねた……!一体いつになったら一人になりやがる!その時が来たら思いっきり可愛がってやるのによぉ……!!)

 

そんな勝手な事を考えている庄三の背後――蕎麦屋の出入り口からまた客が来店する。

カラン、コロンと下駄の音を立てながら、その客は庄三の隣の席に腰掛けた。

無意識に眼だけをその客に向けた庄三は、客の顔を見るなりすすっていた蕎麦を噴出しそうになった。

黒っぽい着物に何故か腹巻をした長身で黒髪の男が座っていたのだが、庄三はその男の顔を良く知っていた。

何せターゲットとして付きまとっている娘――薊とよく行動を共にしている男なのだから――。

 

(名前は確か……四ツ谷文太郎っつったか……?何でこの店に?……まさか、俺があの娘に付きまとっている事がばれたんじゃ……?)

 

庄三がそんなことを思っている間に、四ツ谷はカウンターの向こうにいる店主に声をかける。

 

「おっさん、掛け蕎麦一丁!」

「はいよー、掛け蕎麦な!……って、お!お前さん覚えてるぜ!確か四ツ谷文太郎っていったか?俺、夏祭りの時あんたの怪談聞いてたんだぜ?」

「ほほぉーう、そうなのか?……で、どうだった?俺の怪談は?」

 

庄三のほうに眼を向けることなく、四ツ谷は店主と談笑を始めた。

それを見た庄三は内心安堵する。

 

(……どうやら俺の事はまだ気付かれてはいないようだな。ただ蕎麦を食いに来ただけか……。にしてものん気な野郎だ。知り合いの娘が危ない目にあおうとしてるってのによぉ)

 

心の中で四ツ谷を馬鹿にして笑う庄三。それに気付かずに四ツ谷は店主と談笑を続ける。

そしてその途中、店主が身を乗り出して四ツ谷に軽い提案をする。

 

「なあ、またあんたの怪談を聞かせてくれよ。蕎麦のお代、安くしとくからさ」

「え?今ここでか?」

「おうよ。……駄目か?」

 

そう言って手を合わせて頼み込む店主に四ツ谷は考えるそぶりを見せる。

しかし直ぐに四ツ谷は店主にニヤリと笑って答えた。

 

「いいぞ。簡単な小話程度なら語ってやる」

「本当か!うれしいねぇ、一体どんな怪談を語ってくれるんだ?」

 

いい歳して目を輝かせる中年店主に対し、四ツ谷はシシッと笑って口を開く。

 

「おっさん、今人里に流れている噂の一つに『折り畳み入道』って怪談があるのを知ってるか?」

「ああ知ってるぜ。それがどうかしたか?」

「ヒッヒッヒ。今から語るのは、その『折り畳み入道』に関する挿話(エピソード)だ……!」

 

そう言って四ツ谷は店内全体に響かせるようにして怪談を語り始めた――。

 

「……ある一人の男が、とある里の娘に目を留めました。……男は彼女の美しさに見惚れ、何としてもモノにしたいと思ったのです……。しかし、肝心の彼女は男に見向きもせず、業を煮やした男は、深夜帰宅途中の彼女を襲い人気の無い場所へと連れ去った……」

 

四ツ谷の語りは店内にいる店主はおろか従業員や他の客たちの動きを止めさせた。

そして自然と四ツ谷の声に耳を傾ける。

それは庄三とて例外ではなかった。

彼は怪談など露ほどの興味も無かった。彼の頭にあるのは女性をモノにするという欲求のみである。それ故、四ツ谷の語りが始まる直前まで彼は聞く耳持たずといった感じで一心に蕎麦をすすっていたのだ。

しかし、四ツ谷の怪談が始まった途端、彼の耳だけが彼の意思から離れたかのように一字一句聞き逃さないとそばだてたのである。

まるですきま風のように耳から脳内へとするりと入ってくる四ツ谷の声に庄三は内心動揺する。

それに気付いているのかいないのかかまわず四ツ谷の怪談は続く――。

 

「……人気の無い場所へ娘を連れてくると、彼女が持っていた()()を剥ぎ取り、それを無造作に捨てる。そして気絶した彼女の衣服に手を掛けようとしたその時――」

 

 

 

 

 

 

「……カタ……カタ……カタタッ……!と、捨てたばかりの娘の荷物から奇妙な音が鳴り響く……。男は不審に思って荷物をあさると、大き目の木箱の蓋がカタカタと動いている光景が飛び込んできました……」

 

 

 

 

 

 

ゴクリと店内にいた誰かが固唾を飲み込んだ。シンと静まり返る店内に四ツ谷の声だけが響き渡る――。

 

「きっと小動物か何かだ……。男は自分にそう言い聞かせ、木箱の蓋に手を掛ける。しかしその瞬間、男の背筋に冷たいモノが唐突に走り渡った……。呼吸は大きく乱れ……蓋にかかる両手も震え始める……。何か得体の知れない空気がその場を支配し、それと同時に蓋の動きも激しくなっていく……!……カタカタカタカタガタガタガタガタ!ガタッガタッガタッガタッ!!ガタッ!!!ガタッ!!!!ガタッ!!!!!……」

 

四ツ谷の語りに()()が出始めると同時に、店内にいる人間はその身を凍りづかせる。

 

「蓋の動きが激しくなってくると今度は箱全体も暴れ始める!!それと同時に男の呼吸も心臓の拍動も激しくなっていく……!!恐怖が男を支配するも、それを振り払うようにして男は意を決して箱の蓋を開けた……!!!」

 

 

 

 

 

 

「――開けて……しまった……」

 

 

 

 

 

 

そこで四ツ谷は語りを止める。店内に静寂が充満し、数秒とも数時間とも思える間が空いた。

そして四ツ谷はゆっくりと続きを語り始める――。

 

「……箱の中は何も無い……ただ無限に続く闇が広がっていた……そしてその闇の深淵……暗闇の奥底に金色に輝く二つの双眸が、男を見上げていた――。二つの目玉は男に向かってニヤリと歪めると、物凄い勢いで男に向かって近づき、暗闇から生やした蒼い巨大な両腕を男に向かって突き出し――」

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタン……!!

 

 

 

 

 

 

 

唐突に大きな音が店内に響き渡り、四ツ谷の語りが中断される。

見ると四ツ谷の隣に座っていた庄三が椅子から転げ落ち、尻餅をついた状態で目を白黒させていた。

そして直ぐに自分が注目されている事に気付いた庄三は「か、帰る!!」と言って店を飛び出していった。

後に残ったのは事態を飲み込めずポカンとする従業員や客たち、そして頭をガシガシとかく四ツ谷だけであった。

 

「あらら~、怖がらせすぎちゃったか……。()()()()()のつもりだったんだがなぁ」

 

独り言を呟く四ツ谷に、店主は目を輝かせて叫ぶ。

 

「そ、それで?それでどうなったんだ!?続きは!?」

「んー?……知ってるか?折り畳み入道は襲った相手を食べるんじゃなく、箱の中へ引きずり込んでそいつも自分の仲間――折り畳み入道に変えてしまうのさ……」

 

四ツ谷が何を言いたいのかその場にいた全員が気付いた瞬間、激しく縮み上がった。

それを尻目に見た四ツ谷は、今度は庄三が出て行った出入り口の方へと眼を向けて、

 

()()()()()()()()()()()()()()……」

 

そう小さく呟いていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四ツ谷という男に出会って以降、ただの人里の娘であった薊の周囲の環境は激変した。

助手として雇ってくれた四ツ谷が実は人間じゃなかった事にも驚いたが、その周りにいる者たちも人間ではなく異形の類だと知り、当初薊は驚愕と恐怖でいっぱいだった。

しかし、一度会話をしてみると、四ツ谷も小傘も金小僧も折り畳み入道も全員、話せば分かる者たちばかりで、会話を重ねていくと共に彼女の中の警戒心や恐怖も日に日に薄らいでいったのである。

そしていつしか、四ツ谷と小傘という二人の怪異に挟まれながらも、笑っている事ができる自分に気が付いたのであった――。

その結果、(四ツ谷)らのいる所が自分のもう一つの居場所になった事を理解した彼女は、毎日足しげく彼らのいる長屋に通うようになる。

そして蕎麦屋で四ツ谷と庄三が会った日の夕暮れ、いつものように長屋で帰り支度をした薊は、その家主である四ツ谷にぺこりと頭を下げる。

 

「それでは四ツ谷さん。今日はこれで……」

「おう、気をつけてな……」

 

そう言って四ツ谷は手を振り、()()()()()()()()薊の背中を見送った――。

そして完全に薊の姿を見失った頃、唐突に四ツ谷の横から声がかかる。

 

「師匠、本当にあの子を一人で帰しちゃってよかったんですか?」

 

小傘だった。最近は薊の送り迎えをしていた彼女であったが、今回は四ツ谷の指示で家まで送る事を止められたのだった。

少々棘のある小傘の言葉に、四ツ谷はため息をついて答える。

 

「……酷なようだがな。これも『立つ鳥跡を濁さず』……薊が平穏に生活できるようにするために、後腐れの無いように決着(ケリ)を着けなきゃならん……。そのためには、(あいつ)には少々危ない橋を渡ってもらわにゃあな……」

 

「それに……」と四ツ谷は小傘のほうへ眼を向けて続けて言う。

 

「……お前も、あんな状況で毎日あいつの送り迎えなんてできるのか?」

「それは……無理です、ね……」

 

段々と声を小さくしながら答える小傘に四ツ谷は「だろ?」と言ってもう一度薊が帰っていったほうへ眼を向けた。

 

「……心配するな、危なくなったらちゃんと助ける。あの野郎の毒牙には絶対にかけさせねーよ。それに――」

 

 

 

 

 

 

 

「――()()はちゃんと伝えた。後はあの野郎の()()()()()だな……」

 

星が瞬きだした空に四ツ谷の声が響いて消えた――。




『折り畳み入道』もいよいよ佳境に入ります。
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