オリキャラ、庄三の人生が語られる。
庄三の人生が百八十度変化したのは、『妖怪、金小僧』の噂が立って直ぐの事であった――。
いつものように女郎屋で女遊びに明け暮れ、浮いた気分で早朝に帰宅した彼に待っていたのは、この時間帯にはまだ閉められているはずの正門が全開にされており、入って見るとあちこちで警護の人間が倒れている光景だった――。
一体何があったのかと庄三は屋敷じゅうを見て回る。
警護の人間は全員気絶しているだけであったが未だ伸びており、屋敷は荒らされた形跡が無かったため、盗人が入ったわけではなさそうだった。
そうこうしている内に庄三は半兵衛の部屋にたどり着き、その部屋の隅で縮こまってガタガタと震える父親の姿を見つけた。何故かその部屋の一部の障子が
何があったのか庄三が半兵衛に問いただすも、半兵衛はこの世のものではない何かを見てしまったかのように、しきりに「金怖い、金怖い」と呟くだけであった――。
昨日まで金の亡者たるや里の人間たちから金を巻き上げていた父親が、一晩のうちに金に怯えているその光景に、庄三は信じられない気持ちでいっぱいだった。
そこから先は坂を転げ落ちるかのように、彼の日常が瓦解する――。
庄三が止める間もなく、半兵衛は今まで里の民衆から巻き上げて貯めた金銭を全て返しきり、借用証文なども全部処分してしまったのだ。
もちろんあの薊の家の証文も全てだ。
そして、もう何も見たくないといった様子で部屋に閉じこもり、布団を被ってガタガタ震える毎日を半兵衛は送ったのだ。
半兵衛の変化で一番被害が出たのは彼の仕事である金貸し業であった。
何せ仕事の重要な役目は全て半兵衛がしていたらしく、彼がいなければ仕事が成り立たなくなるのは当たり前の事であった。
かといって息子の庄三に代役ができるわけも無い。最低限の教育しか受けていない彼には金貸しのイロハすら学んではいなかったのだから。
あっという間に家業は傾き、自然崩壊を起こす。
そして一月もしないうちに半兵衛、庄三親子は財産、屋敷、土地、そして配下の人間たち全てを失うこととなった。
変わりに与えられたのは掘建て小屋のような安い借家。
そこに住まうようになっても半兵衛の金銭恐怖症は治る様子を見せず。愛想をつかせた庄三は彼を永遠亭の精神科に半ば強引に入院と称して押し込んで、あっさりと親子の縁を切ったのだった。
実の父親を一切のためらいも無く捨てた。
もともと彼にとって父親である半兵衛は自分が生きていくための
そしてこれからは自分で稼ぎながら楽して生きて行こうと仕事を探すも、何分今までの生き方が生き方だけに、そう自分にあった職は見つからず、ようやく見つかっても直ぐに追い出される日々が続いたのだった。
気がつけば借家生活が始まった時よりもひもじい生活となり、一日三食どころか一食すら得る事ができるかどうか難しくなっていった。
(畜生、どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!!俺は金貸し半兵衛の息子だぞ!?この人里で偉いやつの息子なんだぞ!!)
今はもう過去の話だというのに、彼は未だに自分はまだ天上の人間だと思って疑わなかった。
それ故、一般人相手に対しての態度も変える事が無かったため、周りから馬鹿にされる上にタコ殴りにされることもしばしばあった。
足しげく通っていた女郎屋の従業員や女性たちも今の彼の境遇を知ると、途端に手のひら返し。
文無しなのにやってきた庄三を速攻でつまみ出し、呆然となる彼に今まで彼に対して溜め込んでいた不平不満を洗いざらいその場にぶちまけて去っていったのだった。
日に日に病んでくる庄三の精神。
やがて彼は仕事を探すのを止め、日がな一日人里中をぶらついた。
曇りきった眼で地面に落ちている小銭を探したり、まだ食べられそうな残飯を見つけると家にもって帰ってそれに食らいついた。
姿もどんどんとやせ細り、髪はボサボサ、髭も伸び、頬は痩せこけ、纏った着物も雑巾のようにボロボロになっていた。
乞食のような生活が続いたある日、彼に運命の再会が訪れる――。
いつものように人里を徘徊していた彼は寺子屋の前で談笑する二人の女性を目撃する。それはその寺子屋の女教師である上白沢慧音と彼が以前眼をつけていた薊であった――。
その光景を見た庄三の中で理不尽とも言える憎悪の炎が燃え上がる。
何故、自分の
許せない……。
許せない……!
許せない……!!
物陰から慧音と会話を続ける薊に庄三は理不尽な恨みを含んだ眼で睨みつける。
そして心が完全に闇に支配された時、庄三の中で一つの決意が生まれた。
(――あの娘、汚してやる……!!今の俺よりももっと惨めな姿に変えてやる……!!)
笑顔を見せる薊に庄三は血走った眼を大きく見開いてそう硬く決心したのだった。
その日から庄三は薊をつけ回し始めた。
何とか一人になる時を狙おうとしたが、彼女の近くにはいつも人がおり、なかなか襲う機会が見つからなかったのである。
いつからの知り合いなのか、彼女は黒髪長身の男と、大きな傘を持った娘と良くつるんでいた。
とくに大傘の娘とは仲が良いらしく、朝自宅から出かける時も夕方になって帰る時もいつも彼女に送り迎えをしてもらっていたのである。
いっその事、大傘の娘の時か家に帰ったときを見計らって強引に襲おうかとも考えたが、貧乏生活で体力の落ちている今の自分が複数の女性相手に有利に立てるかどうかわからなかった。
とくに大傘の娘とは真正面からやり合ってはならないと彼の本能が警報を鳴らしていた。
ならば五歳になるというもう一人の娘を人質にしてとも考えたが、彼女がいつも行く遊び場も人目が多く、そこ意外でも母親の目が届くところにいつもいたのでその娘をかどわかす事も難しかったのである。
意外と隙の無い彼女の私生活に、庄三は歯がゆい思いをしながら、今日も彼女をストーカーするのであった……。
庄三の話、後編です。
加筆:文章を少し追加しました。