四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
夏祭りに四ツ谷は人里の民衆に怪談を語り始める。


其ノ三

幻想郷のとある森の中――。

小さな焚き火を囲んで、数体の下級妖怪たちが持ち寄った酒と肴でささやかな酒盛りを開いていた。

博麗神社で開かれているそれよりも遥かに規模が小さかったが、本人たちはそれなりに楽しんでいるようだった。

だがその内の一体が酒の入ったぐい飲みに口をつけようとして、不意にその手を止めた。

そして訝しげに木々の間から覗く夜空を見上げた。

不審に思った他の妖怪たちが声をかける。

 

『おい、どうした?』

『いや……何か感じねえか?』

『ん?……何だこの感じ。()()()()()()()()()空から降ってきて、俺の体の中に吸い込まれていきやがる』

『ちょっと待て。この感覚、俺覚えがあるぞ?……そうだもう何年も昔、俺が幻想郷に来る前だ……!』

『ん?ああそうだ……そうだそうだ!思い出した!いや懐かしいなこの感覚……!』

『ああそうだな!……何でかは知らんが――』

 

 

 

 

 

 

 

 

『――()()()()()()()()()()()()()()()()()……!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

人里――正確には人里広場から大量の『畏れ』が吹き上がり、天へと上る。そしてある程度の高さまで上ると、そこから四方八方へ散り散りとなり、幻想郷じゅうに降り注がれていった――。

そしてあちこちに住まう妖怪たちに分け隔て無くそれが吸収されていく。

何年も、あるいは何十年何百年も、人から『畏れ』を取っていなかった妖怪たちにとってそれは青天の霹靂であった。

突然、自分たちの身体に命の綱とも言える『畏れ』が入り込んだのだ、驚きや動揺と共に狂喜に湧くのは当然だと言えた。

 

なおも降り続ける『畏れ』の雨――それは博麗神社にも届いていた。

 

「おいおい、なんなんだいこの『畏れ』の雨は?……随分と心地良いじゃないか!」

「信じられない……これほど大量の『畏れ』が降ってくるなんて……一体どうなって……」

「うにゅぅ~~!何だか分からないけどコレ気持ち良い~~!!」

「『畏れ』が振ってきているのかー。そうなのかー」

 

唐突に頭上から降ってきた『畏れ』の雨に神社にいた妖怪たちは驚きはしたものの、すぐにはしゃぎ始めた。

そして今まで以上の乱痴気騒ぎ(らんちきさわぎ)を起こし始め、それが段々とヒートアップしていく。

その反面、その現象について行けず、ポカンと首をかしげているのは人間や妖怪以外の『畏れ』が()()()()()()()()であった。

彼女たちから見れば今まで大人しく飲んでいた妖怪たちが突然立ち上がって、『畏れ』だの何だのと言って人目を省みず楽しそうに踊りだしたのだから無理も無い。

そもそも『畏れ』そのものは眼には見えず、それを感じる事ができるのは妖怪だけなのだから尚更である。

 

そしてその光景を眼下に捉えながら、妹紅は紫に声をかけた。

 

「どうやら、実験は成功みたいじゃないか」

「……ええ、そのようね。四ツ谷さんの能力、その使い方の一つに『演出』を抜いた『怪談』を人間相手に行うと、出てきた『畏れ』は方々に散っていくっていうのがあった……。でもその『畏れ』が空気中で消滅するのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と睨んでいたけど……」

「……予想通りだったってわけね」

 

霊夢がそう言い、紫は頷く。

 

「ええ……いえ、予想以上かもしれないわ。コレほどまでの大量で濃厚な『畏れ』が人里の人間たちから抽出できるなんて初めてのことよ……」

「なに?まさかまた新しい妖怪が生まれるなんて事ないわよね?」

「それは無いわ。『畏れ』は幻想郷じゅうに拡散してるし……むしろ逆にこれらが一つに収束していたら、とんでもない大妖怪が生まれていたかもだけど」

 

詰め寄ってくる霊夢に紫はやんわりとそう返し、静かに人里へと眼を向けて、ため息交じりに続けて言う。

 

「……ほんとに憎らしいわね。私が何年も頭を悩ませていた幻想郷の問題の一つをこうもあっさりと解決するなんて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくつもの怪談が四ツ谷の口からつむぎだされ、それを耳にした聞き手(人間)たちは何度も恐怖に慄き、悲鳴を上げる。

『演出』を抜きにはしてはいるが、彼の卓越した語りは人々から恐怖の感情を引きずり出すには十分な素質を含ませていた。

四ツ谷が今現在語っている怪談は、一つ目小僧やろくろ首などとてもメジャーなモノばかりであった。それこそ幻想郷はおろか外の世界の人間ですら何度も聞いて飽きられているほどの……。

しかし、そんな聞き飽きた怪談でも、四ツ谷の手にかかれば一変する――。

彼は語りだけでなく、時に見ぶり手振りで表現を行いながら、語っている怪談の内容があたかも今現実に目の前で起こっているかのように聞き手たちにそう錯覚させ、彼らから恐怖と悲鳴、そして『畏れ』を同時に引きずり出す事に成功していたのだった。

しかし、一つの怪談を聞き終えても、聞き手たちの中から退出するものは一人もいなかった。

 

彼らは恐怖と同時に魅入られていたのだ。四ツ谷の語りとその語りでつむがれる怪談に――。

 

目の前であたかも本当に起こっていると思わせる四ツ谷のその話術。そして恐ろしいと思いながらもついつい続きを聞きたくなるという自分たちの中から湧き出てくる好奇心が、彼らを突き動かしていたのだ。

もっと聞きたい、もっと聞きたい。と言う欲求が彼らの中で広がり、四ツ谷の怪談に食い入るように聞き入る。

やがて四ツ谷の怪談が全て終わるも、聞き手たちの中からアンコールが沸き起こる。

四ツ谷の怪談に惹かれ、一部始終、怪談の内容に聞き入っていた彼らは完全に四ツ谷の怪談の虜になっていたのだ。

聞き手たちから湧き上がるアンコールの嵐に四ツ谷は一瞬眼を丸くするも、すぐに不気味にニヤリと笑い、その期待に答えるため、あらかじめ用意していた予備の怪談を聞き手である観客たちに語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すげぇ……。人里の中も()も祭り騒ぎじゃないか……」

 

人里だけでなく、幻想郷全体が祭りのような喧騒に包まれている光景を見下ろしながら、魔理沙は半ば呆然としながら呟いた。

そこへどこからか藍が現れ、紫に近づくと小さく耳打ちをする。

それを聞いた紫がやや感心した声を漏らす。

 

「へえー、アンコールまで出たの。彼の怪談結構気に入られたみたいね」

「アンコールですって?……バッカ見たい。怖がってるくせにもっと聞きたいなんて」

「それだけ彼の語りには人を惹きつける何かがあるってことよ」

 

霊夢の呆れたその言葉に、紫はクスクスと笑う。

そこへ今まで人間と妖怪たちの喧騒が溢れる幻想郷を見下ろしていた妹紅が目を細めて静かに口を開いた。

 

「なあ、紫……。もしかしたらあいつ(四ツ谷)に対して警戒しなきゃいけないのは、やつの能力なんかじゃなく――()()()()()()()()()なんじゃないか……?」

「……そうかもしれないわね」

 

妹紅のその言葉に紫は静かに同意した――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪談を語り続ける四ツ谷は歓喜に酔いしれていた。

『最恐の怪談』を語れない事は彼にとって唯一残念なことであったが、それでも今の状況は十分満足のいくものであった――。

自分の怪談に恐怖しながらもそれでも熱心に聞き入ってくる聞き手たち、彼らから悲鳴が上がることで、自分は今この悲鳴の中心にいるのだと、深い感動を覚える。いや、悲鳴だけではない、人里の外では自分が生み出した『畏れ』が幻想郷じゅうの妖怪たちに降り注ぎ、それに喜び騒いでいるのだと思うと、今自分は人里だけでなく幻想郷の中心に立っているのだとそう四ツ谷は思えてならなくなってくるのだった――。

 

しかし、そんな楽しい時間も残念ながら終わりが来る――。

 

最後の怪談を語り終え、四ツ谷は名残惜しげに聞き手たちに声をかける。

 

「……さて、これにて(わたくし)の怪談は終了となります。聞き手である観客の皆々様、長々と私の怪談に付き合っていただき、真にありがとうございました」

 

そう言って頭を下げる四ツ谷に観客たちから「えー」と落胆の声が上がり、またもやアンコールがかかる。

しかし、それに答えず四ツ谷はそのアンコールを手で制す。

 

「……いやいや申し訳ありませんが、本当にコレでネタ切れでございます。したがって今宵はコレで終了となりますが、私もいずれまた別の形で怪談を行おうと思いますので、その時にまた聞きに参って頂ければ幸いです。……それではコレにて幕引きとさせていただきましょう――」

 

そう言って夏祭りの最後を締めくくるかのようにして、四ツ谷は両手を夏の夜空に響くように高々と打ち鳴らした――。

 

 

 

 

 

 

 

「四ツ谷文太郎の怪談祭り……これにて、お(しま)い――」




四ツ谷の名前の『ツ』は大文字ではなく小文字だった事に今更になって気付きました。
しかし、今から修正しようにも時間がかかりそうなので、この作品では四ツ谷の『ツ』は大文字で通していこうと思いますので、読んでいただいてもらっている読者の方々にはどうぞご容赦のほどよろしくお願いいたします。

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