四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
紫たちに捕らえられた四ツ谷は彼女たちに自分の人間時代の頃の話と目標を語って聞かせる。


其ノ二

「幻想郷は全てを受け入れる……それはそれは残酷な事……」

 

稗田邸の広間で紫の声が木霊する。

 

「……これはこの幻想郷のキャッチフレーズみたいなものでね。どんな存在であろうと、どんな悪人であろうと、幻想郷は等しくそれらを受け入れる。だから四ツ谷さん、私はできる事ならあなたのことも受け入れようと思っているわ。でもそれには――」

「――俺の能力は目に付きすぎる……?」

 

四ツ谷の言葉に、紫は頷く。

 

「……今この幻想郷は危ういバランスの上に成り立っているの。妖怪と人間の関係だけでなく、妖怪同士の間でも、ね……。そこへ来てあなたの『怪異を創る程度の能力』は、そのバランスを根底からつつき、崩壊させる恐れがある。あなたの能力で生まれた新参の怪異たちがこの世界に溢れれば、既存の妖怪たちと間違いなく衝突を起こす事になる。……そうなれば、最悪妖怪同士の戦争となり、人里にもその火の粉が飛び火するかもしれない」

「……俺自身、そんな事態にはなって欲しくはないな。殺戮から来る阿鼻叫喚なんぞ俺も願い下げだ。やっぱり悲鳴って言うのは、多くの生者から程よく鳴いてもらうに限る」

 

四ツ谷のその返答に、紫と周りの何人かの眼がジトリとなる。

 

「……動機が不純だけど、まあいいわ。あなたも幻想郷がそんな未来を迎える事を望んではいないみたいだし。……でも、能力発動の引き金になる怪談だけは止めるつもりは無いのよね?」

「当たり前だ。それはさっきのやり取りで十分分かってると思ったが?……まあ、俺も能力が発動しないように細心の注意は行うつもりだし、いろいろと対策も考えるつもりだ」

「それではまだ完全に安心するには程遠いわね」

「……なら俺にどうしろと?」

 

口を尖らせてそう言う四ツ谷に、紫は薄く笑う。

 

「四ツ谷さん……あなたは幻想郷のおかげでこうやって蘇る事ができた。今あなたがここにいられるのも全て幻想郷のおかげ。ならその()()()()()のが人情と言うものではなくて?」

「恩に、報いる……?」

 

首を傾げる四ツ谷に、紫は懐から小さなメモ帳を取り出し、四ツ谷の前に掲げて見せた。そのメモ帳は四ツ谷には見覚えのあるものだった。

 

「!?……それは、俺のメモ帳!いつの間に……!?」

 

驚く四ツ谷を尻目に紫はメモ帳をパラパラとめくる。

 

「先ほどの折り畳み入道の実験から得られたあなたの能力の使い方や仕組みがここには細かく書かれているわ。特に私が気になったのは使い方の()()()()()。そこをうまく活用すれば、あなたの能力はこの幻想郷に大きく貢献する事ができる」

「何……?」

 

疑問符を浮かべる四ツ谷から、紫は今度は慧音に話しかける。

 

「慧音先生」

「ん!?な、なんだ?」

 

今まで静観していた慧音が突然声をかけられ、ビクリと体を震わせた。

それにかまわず紫は慧音に問う。

 

「……確か一週間後に人里で夏祭りが開催されるのではなかったかしら?」

「あ、ああ、そうだ。それがどうかしたのか……?」

 

慧音のその問いに紫は答えず、再び四ツ谷に向き直った。

 

「四ツ谷さん。あなたにはその夏祭りの出し物で『怪談』を行ってもらいます」

 

紫のその言葉に、その場にいる全員が驚く。

四ツ谷も眉間に小さなしわを寄せて口を開く。

 

「……俺は指図されて怪談を語るのは好かんのだが……」

「あら。この世界にいられなくなってもいいの?私の頼みを聞いてもらえれば、この世界にいる妖怪たち、ひいてはこの幻想郷のためにもなるんだけれど?」

 

紫のその言葉に四ツ谷は少し考えるそぶりを見せた後、ため息をついて口を開く。

 

「……背に腹は代えられない、か……。一つ聞くが、俺に拒否権は?」

 

四ツ谷のその問いに、紫は可愛らしくフフッと笑うと――。

 

「もちろん……な・い・わ♪」

 

――そうバッサリと切り捨てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一週間後――。

人里の広場で夜、予定通り夏祭りが開催された。

いくつもの露店が立ち並び、広場の中央には簡易ながらも大きなステージが設置され、何人もの人間が、曲芸や手品などを披露し、観客たちを楽しませていた。

そこから少しはなれたところで、小傘、慧音、阿求の三人が顔をつき合わせていた。

慧音が口を開く。

 

「……四ツ谷は今どうしてる?」

「もう直ぐ出番なので、舞台裏で薊ちゃんに着付けの手伝いをしてもらってます」

 

小傘の答えに慧音は「そうか……」と短く答え、小さくため息をついた。

 

そしてステージのほうへ眼を向け、呟く。

 

「しかし、あの賢者は一体何を考えているのだろうな」

「さあ、わかりません。……ですが、先週の話の最後で、賢者様は『彼を使って私も一つ実験してみる』ような事を言ってましたから、おそらくこの舞台に四ツ谷さんを立たせて何かをやるつもりなんだと思います」

 

阿求がそう言い、慧音が再びため息をついた。

 

「まったく……何の実験を行うのだか……」

 

夏の夜空に無数の打ち上げ花火と提灯の明かりが輝き、どこからか祭囃子も聞こえる中で、慧音は小さくそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、人里から離れた博麗神社でも、人里ほどではないにせよ賑やかな宴会が開かれていた。

境内に赤い敷物があちこちに引かれ、その上に酒や肴の類が乱雑に並べられ、それらを飲み食いしながら幻想郷じゅうから集まった人間、人外の類たちが各々好き勝手に騒ぎ明け暮れていた。ただし、そのほとんどが女性であったが――。

 

「しっかし、こうやって見るとお前らほんと()()()()()()-」

 

境内の一角に、ある敷物の上に座り、酒を飲んでいた魔理沙がそう言った。

その目の前には居心地が悪そうに金小僧と、折り畳み入道がチビチビとお酒を飲んでいる。

そのそばには他にも、霊夢、紫、射命丸、妹紅、さらに少し離れて藍やその式である(ちぇん)と言った面子も座っていた。

 

「……まあ、妖怪としての姿なら間違っちゃいないんでしょうけど、こういった場所でだとやっぱり目立つわよね」

 

魔理沙の言葉に霊夢がそう同意する。

確かに神社内にいるほとんどが女性、しかも人間に近い姿の妖怪ばかりなため、性別的には男性で明らかに異形丸出しである金小僧と折り畳み入道は場違いな存在だといえた。

そんな二体に紫は声をかける。

 

「そう身を小さくしないの。後で慧音先生たちだけじゃなく、四ツ谷さんもこっちに呼ぶ予定だから、それまでの我慢よ。……で、藍。四ツ谷さんの出番はまだなの?」

 

紫が藍にそう聞き、藍は「少々お待ちを」と言って懐から懐中時計を取り出す。そして時間を確認した後、口を開く。

 

「……ん、もう直でございますね」

「そう。では折り畳み入道さん、ちょっと人里にいる四ツ谷さんに準備は良いか確認してきてくれないかしら?」

「……ああ?お、オラに命令できるのは父ちゃんだけ――」

(……ニッコリ♪)

「わ、わかった……!」

 

とてつもなく怖く感じる笑顔を紫に向けられ、気圧された折り畳み入道は渋々()()()()身を隠し――。

――一分もしないうちに再び箱の中から現れた。

 

「……今帰った。父ちゃんが『いつでもOKだって霊夢らに伝えてくれ』って」

『速っ!?』

 

あまりにも早い帰還にその場にいた霊夢、魔理沙、射命丸、妹紅の声が重なる。

それを見た紫はクスクスと笑う。

 

「さすがは『箱から箱へと移動する程度の能力』かしら?大小問わず、目的地に箱の類があるのであれば、瞬間移動のごとき速さで移動する事ができるってなかなか便利よね。……さてとっと♪」

 

まだ酒の入ったお猪口を置いた紫は博麗神社の真上に向かってゆっくりと飛び始めた。

それを見た霊夢、魔理沙、射命丸、妹紅も後に続く。

数十メートル程の高さまで飛ぶと、紫たちはその場で浮いたまま止まった。

目の前には花火と提灯の明かりで照らされた人里の夜景が一望できた。

 

「いよいよ、始まるのね……」

 

紫の隣に立った霊夢の声が夏の夜空に小さく響いた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人里の夏祭りも佳境に入り、ステージで出される催し物も最後となった――。

それと同時に広場の提灯が次々と落とされていく、そして数えるほどの光源だけを残し、辺りが薄暗くなった。

ステージの前の観客席に座っていた人々がざわつき始めるも、直ぐにそれが治まる。

一本の大きな蝋燭を持って一人の男がステージに上がってきたからだ。

黒い羽織に袴を纏った黒髪のその男は用意されていた座布団の上に静かに正座すると、その前に持っていた蝋燭を立てて、深々と一礼をした。

そして観客席を一望すると静かに口を開いた。

 

「この夏祭りに参加していらっしゃる老若男女の皆々様方。こんばんは。(わたくし)今宵の夏祭り、その催し物の最後の締めを任されました……四ツ谷文太郎と申します。以後お見知りおきを……」

 

そう言ってその男――四ツ谷文太郎は再び深々と一礼をする。

どう言ったわけか、マイクも使ってもいないのに彼の声は自然と広場全体に轟き、観客席の人間だけでなく、歩いていた人たちの耳にも自然と入り込み、その脚を止めさせた。

蝋燭の光源で照らされた四ツ谷の顔には不気味な笑みが張り付いており、それを見た何人かの人間が背筋をゾクリとさせる――。

再び四ツ谷が口を開いた。

 

「……さて、今宵私が出します最後の催し物でございますが、おそらくこの場におります何人かは私の顔をすでに知っており、また私が行う催し物、その内容が何なのか薄々気付いていらっしゃるかと思われます。しかしながらまだ私の事をご存じない方のためにあえてその内容を公開させていただきます……」

 

四ツ谷はそこで一呼吸置いて、再び口を開く。

 

「私が行います最後の出し物、それはずばり――『怪談』でございます。……怪談と聞きまして明らかに落胆した方も何人かいらっしゃるでしょう。わかります。何せココは幻想郷、怪談話には事欠かない幻想世界でらっしゃいます。……しかし、一言で怪談と申しましても、私の語る怪談は一味も二味も違うモノでございます。自分で言うのもなんですが、一度聞けば夜も寝られず、仕事中も頭に張り付いて離れないほどといったトラウマ級の恐怖を皆様にご提供できればと思っております。そう言った怪談、そのいくつかを今この場をお借りいたしましてお披露目させていただきたいとう存じます……」

 

再び、四ツ谷の言葉が止まり、今度は人差し指を前に出して響く。

 

「……さて、怪談を始めます前に、私から一つお客様にご要望をお願いさせていただきます。先程申しましたように、私の怪談はとても恐ろしいものとなっております。そのため心臓に持病がある方、何か障害を持っている方々はこの場から退席される事を強くお勧めいたします。もし、私の怪談のせいでショックで死んでしまったといわれても、私は一切責任を持つ事ができませんので、そのつもりでいてください。……さて、今この場にそう言った方々はいらっしゃいますでしょうか?いらっしゃるようでしたら退席される少しの間、こちらは待っていらっしゃいますがー?」

 

四ツ谷は観客席全体にそう声をかける。しばしの静寂後、四ツ谷は観客席にいる人々を隅から隅まで真剣な目で眺める。誰も動こうとする者がいないことを十分に確認すると、四ツ谷は一つ息を吐いて再び観客席のほうへ眼を向けた。

眼は不敵にギラつき、不気味な笑みを張り付け続ける四ツ谷は今度こそその場にいる人々に向けて静かに声を響かせた――。

 

 

 

 

 

 

「それでは観客席、ならびに脚を止めて私の噺に耳を傾けていらっしゃいます皆々様……始めさせていただきましょう――貴方たちのための怪談を……!」




今回さりげなく折り畳み入道の能力を公開させていただきました。

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