幻想入りを果たした四ツ谷文太郎はそこで博麗霊夢と出会う。
其ノ一
緑に囲まれた一本の小道を一人の男、四ッ谷文太郎が歩いていた。
「人里って言うのはこの道をまっすぐ行けば着くんだよな?」
霊夢から人のいる場所への道順を教えてもらったのだが、もうかれこれ一時間以上も歩き続けているのに、道の向こうには建物の屋根一つ見えては来ず、四ツ谷は少々不安になり始めていた。
(道に迷ったか……もしかしてデタラメ教えられたんじゃないだろうな……?)
そんなことを思い始めたときだった。
不意に誰かに見られているのを感じ、四ッ谷は視線が来る方向へ眼を向ける。
道から外れた林の中、木の陰になってはっきりとは見えないが、複数の影がまるで獲物を見つけた獣のような目でこちらを見つめていた。
(ッ!?普通の獣とは何か違う…!あれが妖怪か……!)
そんなことを思っている間にも、林の中にいた妖怪たちはじりじりと四ツ谷との距離を詰めてきていた。
(俺を食べるつもりか!……く、来るならかかってこい!)
そう心の中で叫びながら両拳を握るも、膝は明らかに笑っていた。
しかし妖怪たちは、林から出るか出ないかの所で動きを止め、四ツ谷の匂いを嗅ぐかのようにしきりに鼻を鳴らすと、やがて興味が失せたかのように一斉にきびすを返し、林の奥へと消えていった。
それを見た四ツ谷はブハーッと息を吐いて一気に脱力する。
「助かった。……だが奴らの様子を見るに、やはり俺は人間ではなくなっているみたいだな……」
自分の目の前に両手をかざして四ッ谷は一人ごちた。
幻想郷は外の世界で忘れられたモノたちが行き着く場所。それは
しかし、幻想入りしたからといって四ッ谷が外の世界の人たちに忘れられたわけではない。これでも四ツ谷には身内がおり、死ぬ直前まで自分を看病してくれた人たちがいたのだ。
それ故、外の世界で人間としての四ッ谷文太郎はいまだ忘れられてはいない。
むしろ忘れられたのは
『怪談、四ッ谷先輩』は四ツ谷が最盛期である学生時代に自分自身を怪異に仕立て怪談として創ったモノであった。
彼自身この怪談が永遠に続くように試行錯誤してきたつもりだったのだが、時の流れとは非情なもの。彼に降りかかる老化現象や時代の移りようにはさすがの四ツ谷も勝つことができなかった。
時と共に風化してゆく『怪談、四ッ谷先輩』。
ある時を境にしてその噂はぷっつりと途切れてしまった。
忘れ去られた怪異としての四ッ谷文太郎の器は人間として死んだ四ツ谷文太郎の魂と融合を果たし、幻想入りをしたのだった。
(……それ故俺の記憶も魂も人間として死んだものではあるが、この肉体は怪異そのものだと言う事になるんだな……)
歩きながら自分の存在について物思いにふける四ッ谷。しかしその足が不意に止まる。
(――と、言うことは、だ。……今のこの俺には人間のときにはなかった超常的、魔術妖術的な能力が備わっているかもしれないってことだよな!?)
いっちょ試してみるか。と、四ッ谷は何もない場所に向かって手のひらをかざす。そして――。
「ハアアアアアアアアアアアァァァーーーーーー!!!!」
奇声を上げながら四ッ谷は手に力を入れる。魔弾でも撃ちだすのではないかと思われる構えだが、肝心の手のひらからは魔弾はおろか非常識的なものは何一つ生まれはしなかった。
「ぐっ!!まだまだぁーーーー!!!!」
その後も四ツ谷は構えを変え、力の入れ方を変え、思いつく限りのことを試行錯誤しながらおこなったが、力を入れるために発した奇声があたりに木霊すだけで、一時間後には小道を肩を落としながらとぼとぼと歩く四ッ谷の姿があるだけであった。
太陽が空の真上に差し掛かった頃、四ッ谷はようやく人里を眼にする。
(あれが人里か……結構大きそうだな)
四ツ谷はそう思いながら人里へと近づいていく。すると人里の入り口らしい門が見えて来た。
(……まずは昼飯だな。それから、これから生活する住処を確保して……ああ、働く場所も確保せにゃならんな)
問題が山積みだなと四ッ谷は頭をガリガリとかいた。しかしそこで再び足が止まる。
すぐ横の茂がガサガサと激しく揺れたからだ。
(何だ?)
また新手の妖怪か?と四ッ谷は身構える。その瞬間その茂みから一つの影が飛び出した。
「おどろけー♪」
恐怖心を掻き立てる所か逆に気が抜けそうな声を発しながら飛び出してきたのは、大きな傘を指した少女であった。
服は全体的に水色を基調とした洋服。髪も水色だが眼は水色と赤のオッドアイ。素足に下駄を履いてカラコロとかわいらしい音を立てていた。
両手に持つ大きな傘は紫色で大きな一つ目とこれまた大きな口からはみ出る赤い舌が特徴的だった。
そんな変わった姿をした少女の登場に四ツ谷はただ――白けた眼を少女に向けていた。
「……あ、あの……お、おどろけー!」
「………………」
気まずい空気の中、少女は再び四ッ谷を驚かせようとぐわーっと両手を挙げて威嚇するポーズをとる。
しかし、四ッ谷は毛ほども微動だにしない。それ所か人差し指を自分の鼻の穴に突っ込むとホジホジと中のハナ○ソをかき出し、それを指で丸めると、唐突に少女の額にピトリとくっ付けた。
「ギャーーーーーーッ!?汚い!ななな何するんですかーーーーっ!?」
「お前はハ○クソだ!!」
額の汚物を払いながら少女は叫ぶも、四ツ谷も少女に指を差して叫び返す。
ええっ!?っと驚く少女に対し四ッ谷はまくし立てる。
「何が『おどろけー』だ!恐怖の『き』の字も感じやしない!お前は本当に人を驚かす気があるのか!!ハロウィンのお化けの格好をしたガキどもの『トリック・オア・トリート!』の方がよっぽど怖さがあるわ!!」
「ふ、ふぇえぇ!?わちき全然怖くないの!?」
「当たり前だ!お前が飛び出してきたときのあまりの恐怖感のなさに一瞬笑い所なのか迷ってしまったぞ!」
「そ、そんな……」
「まったく、これならさっき会った妖怪どものほうがよっぽど怖く感じ……む、どうした?」
ふいにへなへなと座り込んだ少女を見て、四ッ谷は一時的に彼女への罵詈雑言を止めた。涙眼で俯く少女に一瞬言い過ぎたかと感じた四ッ谷だったが、彼女のつぶやき声が耳に入り、どうやらそうではないということが分かった。
「うぅ……このままじゃわちき、
「む?妖怪は何も食べないとすぐに消滅するものなのか?なら、何か食べる物で空腹を満たせば――」
「……あ、違う違う。この場合わちきの言う空腹っていうのは
「畏れ?……ああなるほど」
合点がいったとばかりに四ッ谷はポンと手を打った。
妖怪たちにとって『畏れ』は生命線である。人が恐怖することで畏れが生まれ、それを妖怪が取り込むことで存在を維持しているのだと、四ツ谷も昔、聞いたことがあった。
「うぅぅ……このまま畏れが取れなくなったら……わちき…本当に……」
絶望に沈む少女を見て、四ッ谷は思案顔になる。そして何かを思いついたように顔を上げると、少女の目の前にしゃがみこみ、少女と同じ高さの目線で声をかける。
「……お前、名前は?」
「ふぇ?……た、多々良、小傘……」
「多々良小傘。お前、今から俺の助手になれ!」
「……ふぇ!?」
唐突に告げられた「助手になれ」発言に少女――小傘は眼を丸くする。
それにかまわず、四ッ谷は不敵な笑みを浮かべて続けて言う。
「その代わりといっちゃなんだが、お前に嫌と言うほど畏れを食わせてやる!」
「え、えぇっ!?ほ、本当に!?本当に畏れが貰えるの!?」
「ヒヒッ、ああ男に二言はない!……ただし、色々と
そう言って立ち上がると四ッ谷は人里の入り口へと大手を振って向かってゆく。
その姿はまるで凱旋する王様のようにすがすがしくも堂々とした足取りであったと後に小傘は語る――。
「さぁ着いて来い多々良小傘。いざ、新たな怪談を創りに……!!」
「お題目は――『妖怪、