射命丸は慧音から四ツ谷の事について問いただそうとする。
「あ!赤染傘のにいちゃんだ!」
「ほんとだ!また怪談を話しに来たの?」
その子供たちには四ツ谷も見覚えがあった。以前、赤染傘を聞かせた聞き手の群衆の中にその子たちも居たのだ。
子供たちの声に広場に居たほとんどの者が四ツ谷に気付く。
前みたいにふって湧いた登場はできなかったか、と四ツ谷は小さく苦笑するも子供たちに言葉をかける。
「ああ。今日も怪談をここで語りに来たんだ。……お前らもまた参加するか?」
その問いに子供たちは一斉に頷く。皆、興味津々と言った顔をしていた。
(前回は逃げ出すほど怖がっていたが……。無邪気と言うか、怖いもの見たさと言うか……)
そんなことを考えながら、四ツ谷は子供たちを連れて移動する。
やがて広場の一角に四ツ谷は腰を下ろした。そこには木箱や
準備をする、と言って四ツ谷は持ってきた荷物――風呂敷包みから大きな蝋燭を大量に取り出す。
それに一本一本火をつけ、地面に無造作に立てていった。
四ツ谷がそんなことをやっている間に、彼の前には子供たちの他にも大人たちも集まってきた。
その誰も彼もが四ツ谷には見覚えがあった。そこに来た全員が、前に赤染傘の怪談を聞きに来た者たちだったからだ。
その中の一人が四ツ谷に声をかけた。
「よお、また会ったなにいちゃん。またやるんだろ?怪談。俺たちも参加させてもらうぜ」
「ヒッヒッヒ。前は怖がって逃げて行ったのに、物好きな事で」
「や、やられっぱなしなのは癪だからな。今度は怖がるどころか、こっちが鼻で笑ってあしらってやるよ」
「そいつは良い。俺も語り甲斐がある」
そんな言葉を交わしながら、四ツ谷は次々と蝋燭を立てていった。
(あやや、どうやらまだ始まってはいないみたいですね。間に合ってよかったです)
四ツ谷たちから少し離れた物陰に鴉の新聞記者――
先刻、慧音をいじり倒した彼女は、慧音から全ての情報を搾り取り、その脚で四ツ谷の元にやってきていたのだ。
(……もう少しだけ近づいても大丈夫でしょうかね?)
「それ以上近づかないほうがいいわ。小傘に気付かれてしまうもの」
四ツ谷たちに近づこうとした射命丸の背後から唐突に声がかかり、彼女は反射的に振り向くと眼を丸くした。
そこには妖怪の賢者――八雲紫を先頭にして博麗霊夢、霧雨魔理沙、藤原妹紅というそうそうたる顔ぶれがあったからだ。
「……これはこれは、皆さんも彼の怪談をお聞きにここへ?」
「ええそうよ。さっきも言ったけど鴉天狗さん、それ以上彼らに近づかないほうがいいわ。大妖怪となった唐傘娘が眼を光らせているもの。それでも行くなら入念に気配を消してから行きなさい」
射命丸の問いに紫はそう答え、同時に忠告する。
そこへ霊夢が声をかけた。
「ここに来る前にも妹紅から聞いたけど、本当なの紫?あの小傘がそんなに強くなったって」
「にわかには信じられないんだぜ」
魔理沙もそれに同意する。彼女たち二人は以前、小傘と弾幕ごっこを繰り広げているため、彼女の実力を熟知していたのだ。
小傘の実力は霊夢と魔理沙でも簡単にあしらえる程度だったが故、今の彼女の変化を聞いてもいまいちピンと来なかったのである。
そんな二人を見て紫は小さくため息をつく。
「……本当よ。あの男――四ツ谷文太郎の協力で以前とは比べ物にならないくらいに強い力を持っているわ。……もし、また彼女と弾幕ごっこでもする機会があるなら、そのときは全力で向かう事をお勧めするわ」
紫がそう言った直後、今まで黙っていた妹紅が彼女たちの脇を通り過ぎて、スタスタと四ツ谷たちのほうへ向かい始めた。
それに気付いた魔理沙が慌てて妹紅の背中に声をかける。
「お、おい!お前は近づいていいのかよ!?」
「……私は
そう言って背中越しに手をひらひらと振った妹紅は、四ツ谷を囲む群集の一人に加わっていった。
「ちぇ、何だよあいつだけ」
「そうぶーたれないの。私の境界の能力で彼の怪談を間近で聞いているようにしてあげるから」
ブツブツと文句を言う魔理沙に紫はそう言いながら自らの能力を発動した――。
四ツ谷の怪談に集まった聞き手の数は、前の赤染傘の時よりおよそ半数に落ちていた。
それでもその場にいる者たちのほとんどは以前、赤染傘の怪談を聞きに来ていた者たちであり、聞き手の人数としても十分な数であった。
皆肝が据わってるなぁ、と四ツ谷は思いながら口を開きかけ――それをすぐに止める。
群衆の中に昨晩竹林であった少女の姿を視界に納めたからだ。
長い銀髪に紅いもんぺを纏ったその少女は軽く片手を上げて四ツ谷に挨拶する。
それを見た四ツ谷は不気味にニヤリと笑うと、今度こそ群集全体に向かって声を響かせた――。
「さぁ、語り始めましょうか……貴方たちのための怪談を……!」
太陽が半分、山の向こうに隠れ、辺りが薄暗くなってゆく――。
四ツ谷の周りには無数の蝋燭が立て終えられ、彼の姿をユラユラと下から照らす。
蝋燭の海の中に座る四ツ谷の笑みが、その光源によってよりいっそう不気味さが増していた。
その蝋燭の海を囲むようにして、妹紅たち聞き手は黙って四ツ谷の言葉に耳を傾ける。
「皆さんは最近、幻想郷で噂になっている『折り畳み入道』なる妖怪をご存知ですか……?」
四ツ谷のその言葉に群衆の一人が手を上げて答える。
「ああ知ってるぜ。箱の中に潜んで近づいてきたやつを捕まえて食べてしまう妖怪だろ?」
「……でも、噂になっている割にはありきたりだけどな、その怪談」
隣にいた他の聞き手がそう答え、何人かが「うんうん」と頷いた。
そこで四ツ谷が静かに口を開く。
「……その『折り畳み入道』の怪談ですが――」
「少しだけ……
「……え?」
四ツ谷のその言葉に、群衆の一人からそう声が漏れた。
かまわず続けて四ツ谷は口を開く。
「……折り畳み入道は肌は蒼く、上半身は山伏のような服を纏い、下半身は折りたたまれた帯状の姿だと言います。つまりは……
「……箱を転がして移動している?……否」
「……両手を脚代わりにして這うように移動している?……否」
「……実はその場にとどまって、移動する事などない?……否」
四ツ谷のその語り、リズム・音程・声量そして言葉はその場にいた聞き手たちの頭の中に直接響いてくるようだった――。
まるでその場にいる全員が催眠術にでもかかったかのように静かに四ツ谷の語りに耳を傾ける。それは少しはなれて静観していた霊夢たちも同じであった――。
「――知っていますか?
四ツ谷のその言葉の意味が理解できず、何人かが首をかしげる。しかしかまわず四ツ谷は続ける。
「……葛篭、行李、道具箱、化粧箱、衣装入れなどなど……箱にはさまざまなモノがあり、同時にその中身も多種多様のモノが収納されています。分かりきった事ですがね……しかし――」
「……その箱が蓋で閉じられ、密閉されたとき……
「……密閉された箱の中など、誰も確認する事などできはしません。何も変化などしているわけがない。……そう言う人もいるでしょうが……もし、もしも本当に
「――無数に存在する密閉された箱の中が……
四ツ谷のその言葉に、群集の何人かがゴクリと喉を鳴らした。
その中の一人――妹紅は眉根を寄せて静かに四ツ谷の噺を聞いている。しかしその頬には一筋の汗が流れていた。
四ツ谷の怪談は続く――。
「折り畳み入道はその異界に住む妖怪……。その異界を通って箱から箱へと移動しているのです。……そしてそこから現れ、目の前にいた標的を
「……え?引きずり、込む……?」
群衆の一人、その者の疑問の声に四ツ谷は「そうです」と答え、続ける。
「折り畳み入道は狙った相手を食べるのではなく、箱の中に引きずり込むのです……。何しろ箱の中の異界は折り畳み入道しか存在していません。……彼は寂しがっているのです……自分しかいないその世界で一人ぼっち……だから、
四ツ谷のその言葉に何人かの背筋に冷たいモノが走る――。
「箱の中に引きずり込んだ者を、彼は
「――
両手の指を合わせ、幾分かトーンの落ちた四ツ谷のその言葉に
ジワリジワリと皆の脳の中が四ツ谷の恐怖で支配されてゆく――。
四ツ谷のやや口調を強め、語りを続けてゆく。
「……足りない、まだ足りない!もっと欲しい、もっともっと仲間が欲しいと、かの妖怪は渇望する!そして四方八方、あらゆる箱の中を移動して仲間を集めるのです……!箱の中からカタカタと蓋を鳴らして外をうかがい、近づく相手に己が巨大な蒼い腕を伸ばし捕まえ、自分の世界へ連れ去ってゆく……!!」
そこで四ツ谷はいったん言葉を止め、辺りに静寂が満ちる――。
それと同時に日が完全に山の向こうに隠れ、辺りは暗くなって来る。
その中で唯一、四ツ谷が立てた無数の蝋燭の明かりだけが辺りをうっすらと照らしていた。
数秒とも数時間とも感じる静寂の後、四ツ谷は静かに口を開き、再開する――。
「ほら……聞こえませんか?ヤツが蓋を鳴らして外をうかがう音が……。カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ……!」
カタ……
カタ……
カタタ……!
カタ……
カタ……
カタタン……!
『…………ッ!!??』
乾いたその音が無数にあたりに響き渡り、その場にいた全員が硬直する。
「う、嘘だ……空耳だ……こんなこと……ある訳が……!」
妹紅の隣にいた聞き手の一人である男が、独り言のように呟く。
(空耳……?違う……!私の耳にもはっきりと聞こえている……!私だけじゃないこの場にいる全員が今、四ツ谷の怪談の世界に飲まれているんだ……!)
妹紅がそんなことを思っている間にも、四ツ谷の怪談は続く。
「――やがて蓋を押し上げ、両目だけを隙間からのぞかせて、ヤツは外の様子をうかがう……!」
四ツ谷は両手で顔を覆い、指の間から両目を出す仕草をする。その双眸が唐突にニヤリと歪められた。
「――
ガタッ……!!
「ひっ!?」
突然何かが倒れる音が響き、誰かが小さく悲鳴を上げる。その場にいた全員がその音のしたほうへ顔を向け――そして、
近くに積まれていた木箱の一つ、小さな木箱が倒れており、蓋が開かれたその中から人間のものとは思えない巨大な蒼い腕らしきモノが這い出てくるのを……!
「ひいぃぃっ!?」
「きゃああぁぁッ!?」
腕から一番近くにいた群集の何人かが悲鳴を上げて腰を抜かす。
それを見た妹紅が動こうとした所に、再び四ツ谷の声がかかった――。
「――それを合図にして、
その言葉に妹紅だけでなく、その場にいた全員の動きが止まる――。
何か得体の知れないモノが、いくつも自分たちを見下ろしている……そんな感覚に陥り、全員が一斉に、しかしゆっくりと首を動かした――。
――
まるで周りに置かれているいくつもの箱の中から飛び出してきたかのようにそびえ立つその影たちは、妹紅たちを大きな双眸でギョロリと見下ろし、その大きく鋭い牙を持つ口を歪めゲゲゲッと笑って見せ――。
『----------------------------ッッッ!!!!』
それを見た群集は前回同様、声にならない悲鳴を上げて、散り散りになって逃げてゆく――。
腰を抜かした者たちも這うようにその場を去っていき、その場に残ったのは四ツ谷と妹紅の二人――そして少し離れた所で様子を見ていた霊夢たちだけであった――。
いくつもの黒い巨大な影を見た瞬間、霊夢はお祓い棒と札、魔理沙はミニ
しかしそれよりも先に紫の腕が彼女たちの行く手を遮り、静かにそれでいて冷たさを感じる重い声を響かせる――。
「鎮まりなさい」
その声に彼女たちが止まり、水を被ったかのように頭が急速に冷えていくのを感じた――。
「紫?」
「……よく、見て見なさい」
声をかける霊夢に紫はそう促し、霊夢たちはもう一度、異形たちのほうへ眼を向けた――。
「……え?」
戦闘体勢を取り、両手に炎を纏わせた妹紅も徐々に落ち着いてくると同時にその影たちの正体を目の当たりにする――。
それは
蝋燭の光に照らされた箱や妹紅たちの影が立ち並ぶ家々の壁に大きく映っているだけであった――。
狐に摘まれたように呆然となる妹紅の背後で四ツ谷は笑いながら立ち上がる。
「ひゃーーーっはっはっはっはっはぁっ!!赤染傘の一件で神経が太くなったと思っていたが、そうでもなかったか……!まだまだ俺の怪談のほうが勝っていたようだな……!」
「い、一体これはどう言うことだ!?お前、一体何をした!?」
動揺しながらも妹紅は笑い続ける四ツ谷に詰め寄る。
「あん?前にも言わなかったか?……
「馬鹿な!じゃあさっきのはどうやってやったと言うんだ!?」
「さっきの?」
「今さっきまでいた折り畳み入道の群れだ!!お前も見ただろうが!!」
「……いんや。俺は見ていない――」
「――俺が見たのは、
「な、に……?」
四ツ谷のその言葉に妹紅はさらに呆然となった。
それでもなお四ツ谷に食いつく。
「……じゃ、じゃあ!その前に見た、あの蒼い腕は……!?」
「アレの事か?」
四ツ谷がそう言って指差す方向に妹紅が目を向けると、そこには木箱が倒れており、中から
「あ、あれが……?」
「そ♪あんたたちはアレを腕だと錯覚してたんだろうな」
「で、でも……今、そこに、確かに……なに、か……が……!」
「……あんたたちはナニカを見たみたいだが――」
「――ナニカ居ると……
不気味に笑いながらそう響く四ツ谷に、妹紅は今度こそ何も言えずその場に立ち尽くすしかなかった――。
それは離れた所で見ていた霊夢たちも同じであった。
「……あ、アレが全部幻覚だったって言うの!?」
「嘘だろ!?私の目にも確かに折り畳み入道が見えてたんだぜ!?」
動揺しながら霊夢と魔理沙がそう響き、射命丸は険しい顔で黙ったまま、四ツ谷を見続けている。
そこへ紫の声がかかった――。
「――
その呟きに三人の視線が集中する。それを受けて紫も続けて言う。
「……口先だけで聞き手側を巧みに騙す手法よ。……でも、彼の語りはそんじょそこらのモノよりも次元が違う。……まるで催眠術にでもかけられたかのように、彼の語る全てがあたかも目の前で起こっているかのように錯覚させ、聞き手側を翻弄する……!忌々しくも
「…………。知らず知らずのうちに、この場に居た全員が、ですか……。その言葉を聴く限りだと、まさか……
射命丸のその問いに、霊夢と魔理沙が驚いて紫に眼を向ける――。
紫は小さくため息をつくと、扇を開き、それで口元を隠すと静かに響く――。
「……本当に忌々しいわね。
紫がそう言った直後、四ツ谷の元に駆け寄る一つの影があった――。
「師匠!」
「ん?小傘か……」
四ツ谷は自分に駆け寄ってくる少女――小傘の姿を確認する。小傘は四ツ谷の前で止まると唐突に話を切り出した――。
「……出ました、
半日以上をかけて小説を書いてみました。
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