藤原妹紅は昨晩、迷いの竹林で四ツ谷に会った事を霊夢たちに伝える。
「はぁ……まさか一週間足らずで幻想郷じゅうに噂が広まってしまうとは……」
霊夢たちが四ツ谷の怪談、その最後の実験の情報を知ったその日の午後、慧音はその日の授業を終え、寺子屋の外の廊下をテクテクと歩きながら、そう一人ごちていた。
ため息をつき、空を見上げると太陽は大きく傾き、青かった空は赤みを帯び始めている。もうすぐ夕方だ。
「四ツ谷たち、そろそろ最後の実験に取り掛かってる頃か……」
そうポツリと言った瞬間、慧音の目の前の地面が唐突に
「おわっ!?」
突然の事にどうする事も無く、慧音は土煙と爆風に飲み込まれる。
幸いな事に爆風はそれほど強いものではなく軽くよろける程度の衝撃だったが、それでもそれなりの力はあったようで、慧音の丈の長いスカートを瞬く間に持ち上げて見せ、その真っ白い美脚を露にさせた。
「ッ!!」
それに気付いた慧音は慌ててスカートを押さえ、身をちぢ込ませる。
そしてゆっくりと土煙が晴れると、目の前には小さなクレーターができており、その中心には黒い髪をなびかせた――。
――鴉天狗の少女が立っていた。
背中に黒い翼、白いシャツと黒のスカートを身に着け、片手には八手の団扇、もう片方にはカメラを持ったその少女は、陽気な笑顔を貼り付けて今だスカートを抑えたままの慧音に声をかけた。
「どもー♪毎度おなじみ、清く正しい射命丸でーす!今日は慧音先生に突撃取材を申し出に来ましたー!」
厄介なやつが来た。と、慧音は嫌そうな顔を隠そうともせず、射命丸と名乗ったその少女を見つめる。
そんな慧音の視線を一身に受け止めても笑顔を崩さずに射命丸は口を開く。
「そんな嫌そうな顔をしないでくださいよ♪もうすぐ夕方、夕飯の時間なのでそうお手間は取らせません」
「……夕方なら鴉はもう山に帰る時刻だろ?さっさと帰れ、可愛い七つの子が待ってるぞ?」
「はっはっは!言いますね慧音先生も。しかし未婚者で子供も無く、仕事に生きる私には関係の無い事です!日夜、特ダネを求め東西南北、天上や地下をも駆け回る新聞記者の私には自由な時間など与えてはもらえないんですよ。いや~ままならないものですねぇ~」
(ゴシップ記者が何を言うか)
やれやれと大げさに首を振る射命丸に慧音はジトリとした眼を向けた。
そしてため息をつくと本題に入ろうと口を開く。
「……で?今日はどう言った用件で来たんだ?」
そう慧音が聞いた瞬間、明らかに射命丸の眼の色が変わった。
今だ笑顔を貼り付けてはいるが、眼だけは全く笑っていないのが見て取れる。
それを見た慧音は自分の背筋に冷たいモノが走るのを感じ取った。
一瞬とも永遠ともつかない間をおいて、射命丸は口を開いた。
「……最近この幻想郷じゅうで噂になっている『折り畳み入道』なる妖怪の事をご存知ですか?」
「……ああ、知っているが?」
「今回はそのことで取材をしに参りました」
「……何で私に――」
「赤染傘、金小僧」
「!?」
唐突に出てきたその単語に慧音は息を呑み、それを見た射命丸はニヤリと口端を吊り上げた。
「これは折り畳み入道が広まる前に人里で噂になっていた妖怪ですよね?しかも折り畳み入道同様、全く聞いたことの無い妖怪です。もちろん私もですが」
「…………」
「偶然にしては出来すぎてますよねぇ。短期間でこれだけ聞いたことの無い妖怪の噂が出回るなんて……」
「……私には、何とも……」
「またまたとぼけちゃって。もう誤魔化すのは止めにしましょうよ――」
「――あなた深く関わってるでしょ?」
「っ!!」
確信めいたその言葉に今度こそ慧音は驚きに眼を見開いた。
それにかまわず射命丸は続けて言う。
「……そう結論付けた理由の始まりは、人里に住む金貸しの半兵衛さんの件でしたねぇ。正直あの人のことは私たち妖怪の間でも何とかしたいと思ってたんですよ。人里は私たち妖怪にとっては唯一人間の住む貴重な場所、そこが崩壊する事は私たちにとっても命の危機に繋がります。ですが、なにぶん人間たちの間で起こった問題故、無闇に踏み込む事は妖怪たちが取り交わしたルールに違反する事になりますからね」
事実、人里で中で起こった出来事には外の妖怪たちは干渉してはならないという暗黙のルールが存在していた。
それ故、人里が崩壊の一歩手前となっていたにも関わらず妖怪たちは黙って静観していた。いや、
「……ですがそんな時、唐突に人間たちの間で囁かれるようになった怪談がありました。……金小僧ですよ」
「…………」
「どこからか生まれた金小僧の噂は瞬く間に人里に広まり、そして半兵衛さんの耳にも入りました。……それからすぐでしたね。半兵衛さんの悪行がナリを潜めたのは」
「…………」
「危機が去ったのは私たちにとっても嬉しい事ですが、見知らぬ妖怪の噂が立ってすぐにそれですよ?おかしいと思うでしょう?だから私は色々調べて回ったんです。そしたらついこの前まで人里どころかこの幻想郷では見なかった一人の男の存在が浮上したんです」
射命丸の話を聞きながら沈黙を貫いていた慧音はそこで生唾を飲み込む。
そんな慧音に射命丸は歩み寄ると慧音の顔を覗き込むようにして顔を近づけ小さく呟いた。
「――四ツ谷文太郎」
「!!」
その名が出た瞬間、慧音は半歩後ずさり、射命丸は悪戯が成功したようにニヤリと笑う。
「深く調べた結果、その名の男が関わっている事が分かりました。金小僧だけじゃありません、その一つ前に流れた赤染傘や今流れている折り畳み入道にも彼が関係している。そしてそんな彼に慧音先生、あなたも浅からぬ関わりがある」
「……短期間でよくそこまで調べ上げたものだ」
「……記者の執念、舐めないで下さいよ?マスゴミとかパパラッチとか罵られようと、そこにネタが転がっている限り、固いガードも突破して丸裸にし、公の場に晒しモノにしてやりますよ」
「随分と下品な言葉を使うんだな。ゴシップ記者であることが抜けている気がするが?」
「そこもちゃーんと自認していますよ♪」
そこで二人の間に沈黙が流れる。お互いの眼を見つめて、と言うより睨みあったまま、時間だけが過ぎていく。
やがて慧音はため息をつき、射命丸に背中を見せる。
「悪いがお前に話すことは何も無い。人里を救ってくれた恩人を売るようなマネは私はしたくは無いんだ。……残念だが他を当たってくれ」
そう言って歩き出す慧音の背中に射命丸のため息がかかる。
「……そうですか、しかたありませんね。まあ、生真面目なあなたの性格上そういう事も考慮していましたから、無理には聞き出しませんよ。大人しく他を当たります」
そう言って射命丸もまた飛び立とうとし、思い出したかのように慧音の背中に声をかけた。
「あ、そうだ。ところで慧音先生?先生って結構、
その言葉で歩いていた慧音の動きがビキリと止まった。
そして首だけをギギギっと鳴りそうな動きで射命丸の方へ向ける。
そして問いかける。
「……見た、のか……?」
「ええまあ……私が着地したときにチラッと。でも意外です先生があんな子供っぽい下着を好むとは――」
「どどどどどどうやって見た!?すぐにスカートは押さえたぞ!?」
「私は記者であると同時に幻想郷最速の称号も持っているんですよ?あなたの反射神経よりも速く、スカートの中を覗き込んで確認する事ぐらい朝飯前です♪」
「ここここの変態鴉天狗がっ!!」
「あ。疑うようでしたら今ここでその下着の色や特徴などを答えて差し上げましょうか?……大声で」
「わーっ!!わーーーーっ!??」
顔を真っ赤にした慧音は射命丸に駆け寄ると、彼女の口を両手で塞ごうとする。しかし射命丸はそれをひょいひょいとかわし、涙眼になる慧音を面白そうに見続けていた。
十分後、その場には地面に手をついて精神をへし折られた慧音と、それを勝ち誇った顔で見下ろす射命丸の姿があった――。
夕方になり、太陽が山の向こうに沈み始めた頃、広場の近くにある小さな路地に四ツ谷、小傘、薊、金小僧の姿があった。
四ツ谷は他の三人を見回すと口を開く。
「今から最後の実験を開始する。と言うか今回の実験こそが
その言葉に三人が同時に頷き、四ツ谷はきびすを返し、広場の中心へ向かう。
思えばここで怪談を行うのも赤染傘の一件以来だな、と心の中で思いながら、四ツ谷は怪談開始の決まり文句をいつものように唱えた。
「さぁ行くぞ……いざ、新たな怪談を創りに……!」
次回、四ツ谷の本領発揮回です。