ヤマメ、パルスィ、キスメの三人は、旧都へ向かう途中に自警団を引き連れてどこかへ向かう燐を見つける。
「な、何だいこりゃ!?」
自警団を引き連れた燐の後を追ってヤマメたちが辿り着いたのは、切り立った断崖に穿たれた洞窟だった。
その洞窟から崖にそって一本の道がのびており、ヤマメたちは今、その道の上に立ち洞窟を見上げている。
そしてその洞窟の中を先程から自警団の者たちが何人もヤマメたちの脇を通って出入りしており、皆あわただしく動き回りながら何かしらの作業を行っていた。
「……ちょっとヤマメ、あれ見なよ」
「?」
すると、ヤマメ同様にポカンとその光景を見ながら立ちすくんでいたパルスィが何かに気づいたらしくそうヤマメに声をかけていた。
声をかけたヤマメはそれに反応してパルスィの方へと顔を向け、そして続けざまにパルスィが今見ている視線の先を追った。
見ると崖の淵にも数人の自警団が立っており、皆一様に崖の下へと視線を向けてしきりに何か叫んでいる。
少し気になったヤマメたちもその自警団たち同様に崖の下へと顔を覗き込ませた。
見ると崖下には糸状に伸びる川が流れており、更に目を凝らして見るとその川には何隻かの小舟が浮かんでいるようであった。
そして、その小舟の方から小さいながらも自警団たちの叫び声に反応して声が返って来る。
――どうも話の内容から小舟に乗っている者たちも自警団員たちのようで、彼らはしきりに川の底をさらって
しかし、何を探しているのかその会話からいまいち理解できなかったヤマメたちは、いったん彼らの事は置いておいて視線を再び洞窟の方へと向けた。
川底で何を漁っているのか気にはなったが、それ以上に洞窟の奥で自警団たちが何をやっているのかも彼女たちは気になっていたのだ。
自警団が往来する洞窟の中を覗き込みながら、パルスィが横に立つヤマメに向けて声をかける。
「……こいつら一体何やってんだろ?」
「わかんないけど……いっちょ入ってみる?気になるし」
「……てか、勝手に入っていいんかね?」
「さぁ?でも、自警団の奴ら忙しくって私らの事も気づいてないっぽいし、入ってもバレないんじゃない?」
二人がそんなやり取りをしていると、唐突に洞窟の奥から見知った顔がやって来る。
「あれ?アンタら何でここに居るんだい?」
洞窟の奥から現れた燐がヤマメたちの姿を見つけそう声を上げた。
それに反応したヤマメたちは突然の事にどう説明したらいいのか分からずしどろもどろとなる。
「あ、え、え~と――」
「――まあいいや。アンタらもちょっと手伝ってくんない?今は人手がほしいんだよ!」
ヤマメが何か言おうとする前に、燐がそれを遮ってヤマメたちに洞窟の奥に来るように促す。
その言葉にヤマメたちは一瞬ポカンとし、こぞって顔を見合わせると燐に促されるままに彼女について洞窟の奥へと歩き始めた――。
「な、何でこんな所にこんなでっかい屋敷が……!?」
洞窟を抜け、開けた所にそびえ立つ大きな屋敷を目にしたヤマメが反射的にそう声を上げる。
隣に立つパルスィとキスメも同じ心境のようでまたもやポカンとしたまま屋敷を見上げていた。
すると、目の前にある洞窟と屋敷の出入り口らしき穴を繋ぐつり橋の向こうから、あわただしく数人の自警団員たちがやって来るのが見えた。
その者たちは担架のようなものを担いでおり、その上には
「!……皆、邪魔にならないように左右に分かれて!」
それを見た燐は道を開けるようにヤマメたちにそう言う。
慌てヤマメたちが左右に分かれると、その間を担架を担いだ団員たちが風のように通り過ぎで行った。
通り過ぎる直前、ヤマメとパルスィは担架に乗せられた人物を視界に収める。
――そこには
少女の顔色はすこぶる悪く、しかも一瞬の事だったが、
「な、何だ一体……!?」
目を丸くしながらそう呟くヤマメやパルスィ、キスメに構う事なくその少女を担いだ団員たちは洞窟の外へと去って行く。
突然の事に呆然と立ち尽くす一同。
するとつり橋の方が再び騒がしくなり、反射的に彼女たちは屋敷の方へと振り向く。そこにはまたもや同じように担架を抱えた団員たちがつり橋を渡ってヤマメたちの方へとやって来るのが見えた。
――しかも今度は、その担架に縋りいて並走する
「――こいし!しっかりしてこいしッ……!!」
今にも泣き出しそうなほどに顔を歪めて必死に担架に乗っている者へと呼びかけるその少女――古明地さとりのその言葉を耳にしたヤマメたちは、驚いてすぐさま担架へと目を凝らして見る。
そこに横たわるは、ボサボサの長髪にもはやミイラと呼んでも過言ではないほどにやせ細った少女の姿があったのだ。
「嘘……だろ……?あれがこいしだって言うのか!?」
目の前まで運ばれてくる
同じように変わり果てたこいしを見て、パルスィとキスメも言葉を失う。
「さとり様!」
さとりと団員たちがヤマメたちの脇を通り過ぎる直前、燐はさとりへと呼びかける。
それに反応してさとりが顔を上げて視界に燐を捉えると、すぐさまさとりは燐へと指示を飛ばした。
「燐!こいしの事は私に任せて、貴女は
「わ、分かりました!」
燐が頷き、さとりはこいしを担いだ団員たちと洞窟の外へと消える。
それを見送った燐はすぐさま屋敷へと駆け出そうとし――それよりも早くヤマメが燐の肩をガッシ!と掴んでいた。
「オイ、いい加減説明しろ!!一体どういう事なんだこれは!?」
苛立ちを含んだヤマメの声がその場に大きく響き渡った――。
――赤糸の屋敷。
イトハが最初に連れて来られた広い和室で、尾花をはじめとした被害者の子供たちは自警団からの救援を受けていた。
自警団は本部から持っていた毛布を一枚一枚子供たちに貸し与え、同じく本部から持って来た食料を調理して子供たちに食べさせるための食事を作る。
本当なら直ぐにでも子供たちをこの屋敷から連れ出して別の場所へと移したい所であったが、この屋敷で長らく傷つけられ、食事もろくにとらせてもらっていた子供たちはひどく弱っており、その状態で動かすのは困難だと自警団の現場責任者は考えたのだ。
また、幸いにもここに閉じ込められていたイトハからの情報で、この屋敷の主である赤糸がここに帰宅するのにはまだ時間に余裕がある事が分かり、先に子供たちに傷の手当と十分な食事を与える事が優先されたのである。
しかし、異常なまでにやせ細って変わり果てたこいしや大量の毒を受けたイトハは見るからに重篤な状態だったため、その二人だけは緊急を要すると判断され担架に乗せて一足先にこの屋敷から連れ出されたという訳であった。
「……そう言う事だったわけね」
自警団から支給された食事を涙をこぼしながら食べる子供たちを見つめながら、事の一部始終を燐から聞いたパルスィは、ここに居ない事件の元凶に対して怒りを募らせながらぽつりと呟く。
その隣ではキスメも同じように怒りで顔を歪ませている。
しかし一人だけ――ヤマメだけは何か思う所があったようで考えるように俯いていた。
「……?どうしたんだいヤマメ?」
それに気づいた燐がヤマメに声をかける。
するとヤマメは顔をハッと上げると、パルスィとキスメに向けて口を開いた。
「……悪い、二人とも。
「へ?あ、ちょっとヤマメ!?」
そうしてヤマメはパルスィが止める間もなく踵を返すと、元来た道を逆戻りし疾風のように屋敷を後にして行ったのであった――。
――そうして現在。ヤマメは裏口からコソコソと出て来た自警団の男を蜘蛛の粘液で捕らえると、その男の前に立ち不気味な笑みを浮かべながら口を開いた。
「……前にさぁ、勇儀の姐さんから聞いたことがあるんだよ。お糸がアンタと
そう言いながらヤマメはゆっくりと倒れ伏す男の前にしゃがみ込み、言葉を続ける。
「……正直ほとんど当てずっぽうだったけど、なかなかどうして私の勘も意外と冴えてるみたいじゃないのさ」
「な、何だお前は!?何を言って……!!」
「とぼけなくていいよ?子供たちが見つかった途端、人目を避けて裏口から出て来る時点で十分怪しいからね。例え、お糸と直接関係なかったとしても何かしら知ってることがあるんだろ?」
「…………」
ヤマメのその言葉に男は思わず言葉を詰まらせる。その反応がとんでもない失敗だったと直後に男は思い知らされる事となる。
男の反応に目を鋭く細めたヤマメは、人差し指を男に向けながら言葉を紡ぐ――。
「おや、だんまりかい?別にいいけど、私は喋った方が得策だと思うけどねぇ……
「――ッ!!が、はぁっ!?がああぁぁッ!??」
直後、男の体の中を無数の激しい『苦』が襲った――。
気だるさ。息切れ。体温上昇。感覚の麻痺。嘔吐感。寒気。などなど――ありとあらゆる
その苦しみにもがく男を前に、ヤマメは静かに口を開く。
「私の能力はあらゆる病気を操れる……。だからアンタをこのまま永遠に苦しめることだって出来るし、
「――アンタは私に、どうしてほしい?」
「――……ふぅん、あの吸血鬼の妹に頼まれてこいしを探しに遠路はるばるこの地底までやって来たって訳か」
『そういうこった』
「妬ましいわねぇ。自分はほとんど無関係なのに、危険を承知で地底のゴタゴタに自ら首を突っ込んで巻き込まれるそのお人好しさが妬ましい」
『フットワークが軽いと言ってくれ。まぁ、今回の俺は会館に待機中で、実際に動いてくれてんのは小傘とイトハの二人だがな。……それに俺は
「ハイハイ、ツンデレ
『ツンデレじゃねぇし!あとお前、何に対しても妬むのな!』
赤糸の屋敷の広間にて、子供たちが受けた傷の手当てをしながらパルスィと畳に置かれたテレビ通信機越しに四ツ谷がそんな会話をしていた。
少し離れた所でも小傘とキスメ、お燐も自警団の団員たちに混じってパルスィと同様に子供たちの手当てを行っている。
唐突にヤマメが屋敷を出て言った直後、パルスィとヤマメはどうすればいいか分からずに途方に暮れて立ちすくんでいた。
しかし直ぐに、お燐や自警団の団員たちから手伝ってくれないかとお呼びがかかり、流されるままに子供たちの世話に参加したのである。
そしてその時パルスィは、団員たちに混じって宴会でよく顔を合わせる
「お糸の奴……勇儀の目を盗んで陰でこんな事してたなんて……。いけ好かない奴だったけど、勇儀の古い
『…………』
「勇儀に対しても
顔を哀愁に染めて、独り言のようにポツリポツリとそう呟くパルスィのその言葉に、四ツ谷は黙って耳を傾けていた。
そうして、一通りの子供の手当てを済ませるとパルスィは四ツ谷へと向き直る。
「……アンタたちにも、地底の騒動に巻き込んだ事……そしてそれをやらかしたのが私たちの知り合いだったことも含めて、ここは代表して私が謝罪するわ」
『…………』
そう言って静かに頭を下げるパルスィ。四ツ谷は沈黙したまま画面越しにそれを見つめ続ける。
やがて頭を上げたパルスィは真剣な顔つきになると続けて言葉を吐き出した。
「……後は私たちに任せて、アナタたちはあのイトハって
『――待てよ。何勝手に話進めてんだ』
唐突に今まで黙っていた四ツ谷がパルスィの言葉を遮る。
四ツ谷は目をジトリとさせながら言葉を続けた。
『首謀者が分かったしもう俺たちに出来ることは無いからこれ以上深入りせず黙って身を引けってぇのか?……ハッ!冗談じゃねぇ。ここまできてすごすごと引き下がれるわけねぇだろうが』
「引き下がるも何も……後はもう赤糸を捕えるだけで終わりじゃない。他に何があるって言うのよ?」
怪訝な顔でそう聞くパルスィに向けて、四ツ谷はニタリとおなじみの不気味な笑みを浮かべた。
『ヒヒッ!決まってんだろ?――』
『――怪談を、始めンだよ……!』
「……………はぁ?」
パルスィは四ツ谷の言った言葉がいまいち理解できず困惑する。
そんな彼女を前に四ツ谷は画面の向こうで腕を組みながら口を開いた。
『……さっきも言ったはずだぜ?俺は【怪談創作のネタを嗅ぎつけてここに来たんだ】ってな。今回の一件でデカいネタを仕入れることが出来た。……もう俺の中で、その怪談の構想もまとまりつつある。
「は、はぁ???アンタ一体何言って――」
『――それにだ』
「……!」
訳の分からない理屈を並べたてる四ツ谷に反論しようとしたパルスィに向けて、四ツ谷は再びそれを遮って言葉を重ねる。
しかし今度はその声のトーンは数段下がっており、重みが感じられた。
明らかに先程とは違う感覚にパルスィは反射的に押し黙る。
彼女を前に、画面に映る四ツ谷はさっきまでの不気味な笑みが跡形もなく抜け落ち、感情が一切籠っていない真顔の顔つきになっていた。
しかし、その双眸はカッと大きく見開いており、爛々と光っている。
『色々……本ッ当に色々あったが……その毒蜘蛛女はウチの大事な住人をあっこまでボロボロにしてくれたんだ――』
『――このまま何もしないで終われるわけねぇだろ……?』
「――ッ!」
静かに、されど明らかに憤怒の籠った四ツ谷のその声色に、パルスィは思わず息を呑む。
元々、イトハが赤糸に捕まる要因となった囮作戦は、イトハ自身が提案した事だ。それ故、彼女自身がこうなる結果になってしまう事は四ツ谷自身もある程度予想はしていたし覚悟もしていた。
しかし、だからと言ってこのままむざむざと引き下がるほど、四ツ谷は聞き訳の良い性格はしていなかった。
小傘たちと一緒に一つ屋根の下で一緒に生活をし始めてまだ日が浅いとは言え、すでにイトハは立派な四ツ谷会館の一員である。
メイドとして優秀であったが故に、生活内での他者の仕事をうっかり奪ってしまう事は多々あれど、それでも四ツ谷を始め会館住人全員が共に生活をする『仲間』であるととうに認めていたのだ。
そんな彼女をあそこまでボロボロにし、重傷を負わせた赤糸に対して何も思わないほど四ツ谷は冷酷では無かった。
引くにしてもせめて一矢報いなければ気が済まない。
顔には出さないまでも腹の底深くでグツグツと怒りを煮えたぎらせる四ツ谷。そんな彼に意外な所から声がかかった――。
「……怪談って……一体、何をするの?」
四ツ谷とパルスィは同時に声のした方へと振り向く。
そこには今し方までパルスィから怪我の手当てを受けていた少女の姿があった。
「何の怪談かは分からないけど……それをすればあの蜘蛛の女をやっつける事が出来るの?」
『……やっつけられるのかどうかは分からねぇが、少なくとも一泡吹かす事が出来ると、俺はそう思っている』
四ツ谷のその返答に、少女は静かに「そう……」と呟くと続けざまに『ある提案』を口にしていた。
「……じゃあ、私も手伝わせて?」
「えっ!?」
『…………』
少女のその言葉に、パルスィは素直に驚きの声を漏らし、四ツ谷は黙ったままジッと少女を見据えた。
そんな二人を前に少女の言葉がさらに続く。
「……悔しいの。悔しくてしょうがないの。……私たち、何もしてないのに。何も悪いことしてないのに……!いきなりこんな所に連れて来られて、追い掛け回されて、痛い事……されて……!痛くて怖くて泣いて『許して』ってお願いしても……アイツ、私たちを馬鹿にして笑ってるだけだった……」
「…………」
『…………』
「今ここに居る子たちの他にも、ここに連れて来られた子たちが何人もいた。でも、その子たちは何度かアイツに捕まって連れて行かれてからここに戻って来なくなった……!……たぶん、もう……!」
「…………」
『…………』
自身の着物をギュッと両手で握り、唇をかみしめ、悔しそうに言葉を絞り出す少女。いつの間にかその双眸からポタポタと涙を溢れさせていた。
その少女の涙と、言葉を、四ツ谷とパルスィは黙って見つめ続ける。
「何もしてないのにこんな目にあわされて、なのにこのまま終わるなんてヤダ。絶対にヤダ!……だからお願い。何でもするから……手伝わせて……!!」
幼い少女が発したとは思えないほどの魂の
『……お前、名前は?』
「……
『尾花……いいのか?俺に協力するってことは、お前はお前たちに怖い思いをさせたあの女とまた対峙することになる。あの女を前に、お前は平静を保ってられんかもしれん。それでもか?』
真剣な目でそう尋ねる四ツ谷に、少女――尾花は力強く頷く。
その双眸は涙にぬれているものの、瞳に一切の揺るぎは無く強い覚悟で固められていた。
――そしてそれを合図にしてか、今まで小傘たちや自警団の者たちの手当てを受けながら、四ツ谷たちの会話を何気なしに聞いていた他の子供たちからも口々に声が上がる。
「オレにも手伝わせて!」
「僕も!」
「私も!」
「あたしもやる!」
「ボクもボクも!」
「このまま終わるなんてヤダ!」
「あのクモのおばさん許せない!」
「悔しい!」
「このままじゃヤダ!」
「お願い!何でもやるから手伝わせて!」
「あ、アンタたち……」
子供たちのその叫びに、パルスィは呆気にとられる。
それは自警団の者たちや小傘、お燐、キスメも一緒だった。
そんな子供たちを見渡しながら、四ツ谷は『ヒヒッ!』と不気味な笑みで声を漏らす。
『全く、地底のガキ共ってぇのは意外と反骨心が
声を弾ませながら四ツ谷はそう言い、同時に顔に張り付けられた笑みは深みを増して行く――。
『――いいだろう。なら、もう止はしねぇ!一緒に創ろうか、あの女のための怪談を……!!――』
『――お前らを相手に楽しんでた【隠れ鬼】。……そいつを【怪談】という形で、今一度あの女に味わってもらおうじゃねぇか……!!』
狂気に彩られた目を爛々と輝かせ、三日月形に口角を吊り上げた四ツ谷は、その場にいる全員に向けて高らかにそう宣言していた――。
何とか最新話が書けました。
リアルで色々とあって書く余裕がなかなか無く、またもや前回投稿した時から大分時間が空いてしまいました。
しばらくは時間が出来た時に要所要所で少しずつ書き溜めて行く事になりそうです。
また次回の投稿まで長くかかるかとは思いますが、何卒ご容赦のほどよろしくお願いします。