四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

イトハは連れて来られた部屋で、同じく連れ去られてきた子供たちがどのような境遇にあっているのかを知り、怒りに身を震わせる。


其ノ九

「……大丈夫ですか?申し訳ありません。怖がらせてしまって……。もう、何もしませんのでご安心ください」

 

時間を経て震えが収まってきた少女に、怒りを収めたイトハは静かに謝りながら声をかけた。

蹲っていた少女はおずおずと顔を上げ、涙を溜めた瞳でイトハを見つめると、恐る恐る口を開いた。

 

「……ホント?痛いこと、しない……?」

「ええ。これ以上、貴女に嫌な思いはさせません。誓って」

 

自身の胸元にそっと手を置いて柔らかくイトハは微笑む。

イトハのその顔を見つめていた少女は、やがておずおずと小さく頷いていた。

それを見たイトハはフッと笑みを深めると少女と同じ高さに目線を合わせるため、少女の前にそっとしゃがみ込んでゆっくりと声をかけた。

 

「……教えてもらえませんか?先程、あの鬼のお面をかぶった女性が言っていた『お遊戯』について」

 

こいしを発見することができ、他の子供たちも見つかり、そして彼女たちの身に起こっている事も大体理解できた。

しかし、イトハにはまだ分からない事がいくつかあった。

その一つが先程、鬼の面の女が言っていた『お遊戯』であった。

言葉通りであれば、彼女は子供たちと共に何かの遊びをしている事になるのだが。

この現状を見るにロクな遊びでは無い事だけは確かであった。

イトハの質問に少女は俯きがちにぽつりと答える。

 

「……鬼ごっこ」

「鬼ごっこ?」

 

オウム返しにそう聞き返すイトハに少女はコクリと頷き、続けて口を開く。

 

「……お昼になったら、いつもやるの。『鬼』であるアイツから逃げてる間に、()()()()()()()を見つければ、見つけた子は家に帰してくれるって言ってた……」

「!……それを、あの鬼の面の女性が?」

 

イトハの問いかけに少女は再びコクリと頷いた――。

少女曰く、あの鬼の面の女は毎回お昼になると直ぐ、子供たちを『鬼ごっこ』と称して屋敷中を追い掛け回すらしく、自分につかまらず屋敷の出口を探し出せば、見つけた子は解放してくれるという。

 

「……でも、出口が見つからずに『鬼』に捕まっちゃったら、捕まった子たちは酷いこと、されちゃうの……。わ、私も、何回か捕まって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……そこで着物を脱がされて……そ、それから――」

「――もういいです。そこから先は話さなくても……」

 

言葉を吐くにしたがって少女の身体がカタカタと震え、それが次第に大きくなっていくのを見て、イトハはそっと少女の両肩に手を添えてやんわりと言葉を止めさせた。

少女の顔に浮かぶ恐怖の色と怯え、そして先ほど見た彼女たちの体に刻み込まれた傷で、その先に何があったのか容易に察する事が出来たからだ。

 

(……通りでこいし様を始め、この場にいる子供たち全員の着物が不自然なほどに着崩れしているわけです)

 

始めて見た当初から少女たちの着物が少々不格好になっている理由に気づき、(はらわた)が煮えくり返る思いを何とか抑えながら、イトハは落ち着いてきた少女に再び質問を投げかける。

 

「彼女には他に仲間のような方はいらっしゃいませんでしたか?もしくは、彼女に仲間がいるような様子は?」

 

その問いに少女は首を振った。

 

「……見たこと、ない。ここに来てからずっと、アイツしか見てない……」

(……と、言う事はこの一連の事件は高い確率で彼女の単独犯という事になりますね……)

 

少女の言葉にイトハは思案顔になりながら心の中でそう響く。

だが、それだとさらなる疑問が生じる。

イトハは軽く部屋の中を見渡した。――どこも異常の無い、ただボロボロに朽ちているだけの()()()()だ。

座敷牢のように、部屋を格子に囲まれているわけでもないし、妖術などの結界で閉じ込められているわけでもない。

 

「……あの。貴女たちはこの部屋を自由に出入りできる。つまりは、その『お遊戯』が終わって()()()()()()()()()()()()も、貴女たちは()()()()()()()()()()()()()()()はずですよね?」

「……うん」

 

イトハのその質問に少女は少し悲しそうに顔を伏せながらも素直に頷いた。

それを見たイトハは怪訝に眉根を寄せる。

 

(……おかしい。それでもこの子たちは()()()()()()()()()()()()というのですか?例えこの屋敷の中が広大だったとしても、それこそ『遊戯』以外でも時間はたっぷりとあったはず。……ここに連れて来られた以上、どこかに外へと行ける場所が必ずあるはずなのに……)

 

ここにいるのは十歳前後の幼い少年少女がほとんどではあるが、彼らが一致団結して手分けして出口を探すことだってできたはずなのだ。話を聞く限り、それを探す時間だって十分すぎるほどにあった。

それでも子供たちがここにいるという事は、その出口を探し出せなかったという事になる。

 

「……私は繭状態でこの部屋に連れて来られました。私が……もしくは他の子たちがここに連れて来られた時、どこから連れて来られているのか見た子はいないのですか?」

「……いないと、思う。あなたが入っていた、あの繭を最初に見つけたのは私なの……。()()()()()()()()()()、あの繭はここに置かれてて、他の子たちは()()()()()()()()()、どこから連れて来られたのか見てないと思う……。他の子たちの時もそうだったし……」

 

そう、イトハが先程まで入っていた繭を見つめながら少女はそう響く。

それを聞いたイトハはさらに踏み込んで問いかけた。

 

「『起きた時には』……?もしかしていつも、この部屋で()()寝ているのですか?」

「うん……。アイツ、()()()()()()()()()()()()()()()()から……」

「…………」

 

少女からそこまでの話を聞いたイトハは一人、考えを巡らすために黙り込む。

するとその直後、静かにイトハと少女の成り行きを見守っていた子供たちの何人かがゆっくりと動きを見せ始めた。

二、三人ほどの少年少女がのろのろと立ち上がると、フラフラとした足取りで部屋を出て行ったのだ。

そして、それにつられるように、他の子供たちもぞろぞろと部屋を出てあちこちバラバラな方向へと向かって歩き出す。

それを見ていたイトハに少女が声をかけた。

 

「……みんな、出口を探しに行ったの。……全然見つからないけど、ここでジッとしてるよりはマシだから……」

「……確かに、それには同意ですね」

 

イトハもそれに納得し、「よしっ!」と、掛け声を一つ上げると、気合を入れて立ち上がった。

そして少女に視線を戻して口を開く。

 

「……私も今から屋敷内を散策します。どこに何があるのか、案内してもらってもよろしいですか?」

「う、うん……」

 

明るめにそう響くイトハの言葉に影響されてか、少女の先程までの暗い表情が幾分か晴れ、返事にも力が入っているように見えたイトハは、微笑みを浮かべながらゆったりとした動きで少女に手を差し伸べる。

 

「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私はイトハと申します。貴女は?」

「……『尾花(おばな)』。……ねぇ、案内するのは良いけど、押し入れにいるあの子、どうしよう?」

 

そう言って少女――尾花は、こいしのいる押し入れへと視線を向けた。

 

「……少し心苦しいですが、あのままにしておきましょう。あの状態のこいし様を連れまわす訳にはいきませんし、あの鬼の面の女性が『鬼ごっこ』を始めるのはお昼からなら、今はあのままにしておいても大丈夫でしょう」

 

イトハはそう言いながら尾花の手を引っ張って立ち上がらせる。

そしてそのまま尾花と手をつないだままその部屋を後にした。

 

(……もうしばしの辛抱です、こいし様。必ずここから連れ出してみせますから)

 

部屋から去る間際、イトハはチラリと押し入れの中にいるこいしに、そう思いを込めた視線を投げかけた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――地底世界でも、何故か冬には雪は降る。

それは地上と地下を通じる縦穴から、空から降ってきた雪が吹き込んできているのが一説ではあるが、事実がどうなっているのか知っているのは、ほんの一握りの存在だけだろう。

その雪が旧都を一面の銀世界に変えたその日――。

 

――とある『鬼』の日常も変わってしまった。

 

雪が深々(しんしん)と降り積もる、とある寂しげな場所で、厚手の布団のように真っ白な雪を全身に覆い積もらせた、()()()()()()()を目にした瞬間から――。

 

 

 

 

「…………ッ!」

 

掛け布団を引っぺがして跳ね起き、全身から噴き出る嫌な汗を感じながら、その鬼――星熊勇儀は呼吸を整えた。

やがて一息つくと、顔にかかる髪を鬱陶しそうに跳ねのけながら独り言ちる。

 

「……参ったね、相当自分を追い詰めてるのかねぇ、私」

 

そうして壁にかけられた古びた振り子時計を見て、時間を確認する。

 

「ありゃ、もうこんな時間かい……。ちょっと仮眠を取るつもりだったのが、思いっきり寝ちまってたか。……鬼のくせに(ざま)ぁ無いったらありゃしないよ。こんな所、もし萃香にでも見られたら即笑い者にされちまうよ、くっそ……」

 

そうブツブツと呟きながら身支度を整えると、起き抜けの布団をそのままに遊戯は自宅を出る。

そして旧都へと足を向けながら誰に聞かせるでもなく真剣な目つきでポツリと響いた――。

 

「さぁて……今度こそ尻尾をつかんでやるからな。……クソッタレ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最後、ここが台所だよ」

「ふむ……。恐らく朝、持って来たあのおにぎりの山はここで作ったのでしょうが、それにしては随分と調理器具の類が見当たりませんね」

「うん……」

 

イトハの言葉に、尾花も同感だと素直に頷く。

尾花に屋敷の中を案内される事、一時間ほど。

イトハは最後に台所へと案内されていた。五人くらいなら余裕で作業が出来るほどの広さを持った場所であったが、目に見えて随分と生活感が無かった。

と言うのも、大きな作業机に(かま)や食器棚、その中にある数枚の皿はあれど、それ以外の包丁やまな板などといった調理器具が一切見当たらなかったのである。

 

(……まぁ、これも当然と言えば当然でしょう。例え幼子とは言え、包丁とかを武器に一斉に反撃とかをされたら溜まったもんじゃないでしょうし……)

 

そこまで考えたイトハは次に眉根を寄せて険しい顔を作ると続けて思考にふける。

 

(……それにしても、尾花様に案内されて分かりましたが、この屋敷も()()()()()()()になっていますね。造りは日本家屋。ざっと数えても部屋数は大小合わせて百前後。……しかも予想以上に広い。恐らく土地の広さは紅魔館本館の半分ほど。かつてはとても高貴な武家の屋敷だったと思われます。しかし――()()()()()()()()()()()()()()

 

イトハがそう思うのも無理も無い事であった。

屋敷の外周――それこそ普通、外へと通じる場所には当然、正面玄関や庭に出るための縁側があり、この屋敷も例にもれずそれらが普通にあった。だが――。

 

(初めて見た時は驚きましたね。何せ玄関戸を開けたり、縁側に出たらすぐ、目と鼻の先に()()()()()が視界を覆うほどにそびえ立っていたのですから……)

 

そう――。この屋敷全体が一面の断崖絶壁で()()()()()()()()――。

まるで出口の無い、四方八方が自然が作り出した岩の密室の中に屋敷だけがすっぽりと入る形で建つ状態。

それを初めて目の当たりにしたイトハは、あまりに予想外な屋敷の立地に開いた口が塞がらなかった。

縁側から上の方へと目を向けても、視界を岩壁とせり出した屋根が邪魔して屋敷の上部の風景がどうなっているのかすら見当がつかない。これでは子供たちが屋敷から出る事が出来ないのにも納得できた。

 

(……一体誰なのでしょう、こんな所にこんな形で屋敷を建てた珍妙な方は。と言うかどうやって建てたのでしょう?……いや、それ以前にそんな屋敷に私や子供たちをどうやって連れて来たのでしょうか、あの仮面の女性は……)

 

謎が謎を呼ぶこの屋敷の現状にイトハはムムムと一人唸る。

すると唐突にイトハの着物をクイクイと引っ張る者が。

 

「?」

 

顔を上げるとそこには不安げに上目遣いに見つめて来る尾花の姿が。

 

「どうしたの……?急に俯いて何も喋らなくなったけど……」

「ああ、すみません。不安がらせてしまいましたか?」

 

どうやらイトハが思案顔になって急に黙り込むものだから不安になってしまったらしい。

何でもないと、やんわりとそう言い聞かせるイトハであったが、それでも尾花の顔から不安の表情が消えず、それどころか今度はキョロキョロと辺りを忙しなく見まわし始めた。

 

「……?どうかなされました?」

「今……何時かな……?」

 

イトハの問いかけに尾花はそう聞き返す。

今が何時(なんどき)なのか気になっている様子であった。

 

「さぁ……()()()()()()時計はありませんが、こいし様のいるあの部屋を出てからまだ一時間くらいしか立っていないと思いますよ?」

 

イトハのその返答に、尾花はホッと胸をなでおろした。

それを見てイトハが口を開く。

 

「……やはり、怖いのですね。『遊戯』が始まる事が」

 

それに尾花が素直に頷く。

 

「うん……。まだそれまで時間はあるけれど、それでも今もすごく怖い。捕まるのも、追い掛け回されるのも……。だから皆、『遊戯』の始まる時間になったら、あまり逃げ回らないでそれぞれ()()()()()()()()()()()アイツをやり過ごそうとするの……。押し入れとか、葛篭の中とかに入ったりして……」

「へぇ……(でもそれだと『鬼ごっこ』ではなくて、正確には『隠れ鬼ごっこ』ですね)」

 

相づちを打ちながらイトハがそう思った瞬間、()()()()()()()()ハッとなる。

そして、それを確認するためにイトハは尾花に尋ねる。

 

「……尾花様。もしや『遊戯』の時間帯もちゃんと決まっているのですか?」

「うん……いつも、お昼の十二時ちょうどに始まって、そこから三時まで屋敷中を歩いて皆を捕まえていくの。……だから皆、捕まるのが怖いから『遊戯』が始まる()()()()あちこちに隠れちゃうんだけど……」

「……それは、『遊戯』が()()()()()になっても……?」

「うん。……アイツの姿を見るのも、怖いから……多分、他の皆もそう……」

 

尾花のその言葉にイトハは「やはり」と一人納得する。

この台所には無いが、屋敷のあちらこちらにそれぞれデザインの違う『壁掛け時計』が複数飾られていた。

時計は全て振り子式であり、一時間ごとに時計が鳴る仕組みとなっている。

そしてそれは、()()()子供たちに時刻を知らせている事にも容易に気づくことが出来た。

 

(子供たちの自身に対する『恐怖心』と『時計』を使って()()()()『遊戯』前に子供たちを屋敷のどこかに隠れさせ、その(すき)()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()のだとしたら……)

 

イトハがそう考えていた時、台所の近くに掛けられた時計が唐突にボーーーン……と鳴った。

 

「ひっ!?」

 

こんな環境故に時計の音に敏感になっているのか、それを聞いた尾花は小さく悲鳴を上げると思わずそばにいたイトハにしがみ付いた。

カタカタと怯えてしがみ付いてくる尾花の背中をイトハは落ち着かせるように優しくなでる。

着物越しでもはっきりと分かるほど、尾花の背骨が浮き出ているのが理解できた。

 

(……典型的な栄養不足に、『遊戯』と称して子供たちを追い掛け回し、挙句の果てにはそれで捕まえた子供を悪辣(あくらつ)拷問(ごうもん)にかける……。いくら妖怪とは言え、こんな事を続けていれば【衰弱死】するのも当たり前です……!)

 

震える尾花を抱きしめながら、イトハは怒りに顔を歪めギリッと歯を小さく鳴らした。

そうしてしばらく尾花を抱きしめたまま彼女が落ち着くのを待つと、イトハはそっと尾花の両肩に手を添えて彼女との距離をわずかに離した。

そして、未だ涙目の尾花にイトハは決意新たに真剣な顔で語りかける――。

 

「……尾花様。今から屋敷中にいる子供たちを先程おにぎりを食べていた部屋に集めてもらえませんか?」

 

 

 

 

 

――一刻も早く終わらせよう。こんなくだらない『遊び』は。




最新話投稿です。

次回、イトハVS鬼の面の女。

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