四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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第三幕突入です。


第三幕 折り畳み入道
其ノ一


金小僧の一件から数日後、人里を財政ひっ迫の危機に貶めてきた金貸し半兵衛は、その悪質な荒稼ぎをピタリと止めた。

それにより、里の財政は日に日に回復し、半兵衛が悪行を行う前の活気溢れる里へと戻り始めていた。

しかしその反面、その立役者を担った四ツ谷の家には重たい空気が漂っていた。

その場には四ツ谷をはじめ、小傘、薊、慧音、そして()()()()――。

皆一言も口を開かず、沈黙だけが辺りを支配し、ただただ時間だけが過ぎていった。

だが不意に玄関の戸が開かれ、そこから阿求が顔を出す。

皆が阿求に顔を向けると同時に、阿求が口を開いた。

 

「すみません。今戻りました」

「いや、大丈夫だ。……それで、どうだった?」

 

慧音の問いに、阿求は静かに首を振った。

 

「ダメでした。今まで書いた『幻想郷縁起』を全て読み返してみたのですが……やはりこの幻想郷に金小僧が実在したという記録はありません。()()()()()()までは、ですが……」

「……そうか。ならやはり()()()()()が言ったとおり、あの晩、四ツ谷の怪談で生まれた妖怪だということになるのだな……」

 

ため息をつきながら慧音は部屋の一角に眼を向け、言う。つられてその場に居た全員もそこに視線を集中させた。

そこには全身を金色に染めた大きな顔の大男が鎮座していた。片手には鈴も持っている。

 

「……まさか金小僧が、師匠の怪談と半兵衛から生まれた畏れで、実体を持って顕現しちゃうなんて……師匠、一体これはどう言うことですか?」

「知るか。どう言うことなのか俺自身が聞きたいよ」

 

小傘の問いに、四ツ谷はそっけなく答える。すると慧音が口を開いた。

 

 

 

 

「――程度の能力……」

 

 

 

 

その呟きに、その場に居た全員が慧音に集中する。

 

「……幻想郷では時折、特殊な能力に目覚める者が人妖問わずいる……。『空を飛ぶ程度の能力』や『心を読む程度の能力』、『運命を操る程度の能力』など、な……。おそらく四ツ谷もそういった特殊な能力に目覚めていたのだろう」

 

慧音がそう言った直後、それを引き継ぐかのようにして今度は阿求が口を開いた。

 

「……そもそも妖怪などの怪異は、そう言った噂が広まり、それを聞いた人々から畏れが少しずつ生まれ、それが長い年月を経て集まり、形作られた上でようやく妖怪となって実体を持つようになるのです。そのときの畏れの多さによってその力も大小と変わってくるものだと聞きます……しかし――」

 

そこまで言って阿求は険しい顔つきで四ツ谷を見る。

 

「――四ツ谷さんの能力は、()()()()()()()()()()()()()()()()……!それも下級妖怪から大妖怪クラスまでの実力を持った妖怪たちを自在に生み出すことができる……!」

「さしずめ、四ツ谷の能力を幻想郷風に名づけるのなら――」

 

 

 

 

 

 

「「『怪異を創る程度の能力』だな(ですね)……」」

 

 

 

 

 

 

慧音と阿求の声が重なり、再び部屋の中に沈黙が降りた。

しかし、すぐに小傘が声を上げる。

 

「ちょっと待って。師匠は金小僧の怪談の前に赤染傘の怪談を語った事があるんだよ?……でも、あの時は赤染傘なんて妖怪は生まれなかったんだけど……」

「……それは簡単だ」

 

小傘の問いに答えたのは意外な事に四ツ谷本人だった。四ツ谷は小傘に言う。

 

「赤染傘の怪談は小傘、()()()()()()()()怪談だからだ」

「え?」

「元々赤染傘はお前を元にして創った怪談だからな。おそらくそれであの時生まれた大量の畏れが全てお前に吸収されたんだろうよ……しかし、とんでもない能力を持ってしまったなこりゃ……」

 

そう呟いてため息を吐く四ツ谷。そんな四ツ谷に今まで黙っていた金小僧が口を開く。

 

「……父上。父上がそう悩む必要などありません。我輩が邪魔なようでしたら父上の為、どこへなりとも去りましょう」

「そうはいくか。俺が創り出したって言うなら最後まで責任を持つのが創作者の義務だ。そう簡単にほっぽり出せねーよ。……あと『父上』て呼ぶのやめろ。俺はお前の父親になったつもりは無い」

「そうは言っても父上。父上を父上と呼んで何がいけないのですか?我輩は父上が父上だから父上と呼んでいるのですから気にする必要は父上にはなにもないと思うのですが――」

「『父上』連呼すな!何、ワザとなの?ワザとだよな、おい!?」

 

「……そもそもだ!」と言って四ツ谷は立ち上がる。

 

「俺には伴侶はおろか恋愛対象となった異性など、人っ子一人いやしないんだ!何せ怪談のネタ集めに奔走するあまり、学校卒業はおろか、婚期まで逃がした男だからな!……もちろん、生涯独身!童貞すら捨て切れなかったゴッドハンドマスターだぜ!イェイ!!」

「それ自慢話になりませんよ師匠!?少しは異性に興味持ったりとかしなかったんですか!?」

「俺の恋人は怪談と他人の悲鳴だ!!!」

「言い切っちゃったよ!!?」

 

いつの間にか四ツ谷と小傘の漫才ショーと化したその場であるが、ただ二人、慧音と阿求は深刻な顔を崩す事はなかった。

それもそのはず、四ツ谷の持った能力は人里はおろか、幻想郷全体を大きく揺るがしかねない脅威を孕んでいたからだ。

もしこの男が能力を乱用し、多くの新しい怪異を生み出して勢力を拡大してしまったら、妖怪たちの間で何とか均衡を保っているパワーバランスもあっさり崩壊してしまう。それどころか新しい怪異が多く幻想郷にいつ居てしまったら、今まで居た既存の怪異たちは外の世界同様、幻想郷の片隅に追いやられてしまうかもしれない。

そんな事になってしまえば、博麗の巫女はおろか、あの()()()()()が黙っているはずが無いだろう――。

 

(どうする?四ツ谷は人里の経済危機を救ってくれた男だ。そんなやつを敵に回すようなことは私にはできない。かと言って四ツ谷の能力をあの賢者が見過ごすわけが無い。未だに何の接触も図ってこないのが不気味だな。……まだ四ツ谷の存在に気付いていないのか、それとも……)

 

そんな事を考えながら、慧音は四ツ谷に声をかけた。

 

「四ツ谷、しばらく怪談を創るのを止めて、普通に生活してみてはどうだ?」

「何っ!!?そんな事できるか!!俺から怪談取ったら一体何が残るって言うんだ!?あれは俺のライフワークだ!!例え誰がなんと言おうと、それだけは譲れんね!!」

「だが、お前の能力はこの幻想郷には脅威的過ぎる!未だ自分の能力を扱いきれていないお前がそれを多用したら、幻想郷全体を敵に回すことになりかねないのだぞ!?」

 

慧音がそう叫んだと同時に四ツ谷は押し黙り考え込む仕草をする。

 

(わかってくれた、か……?)

 

そう思った慧音であったが、四ツ谷が次に発した言葉で、そうではなかったと気付いてしまう。

 

「たしかにこの能力を扱いきれてないままじゃ、次の怪談を創るには危険かもしれんな。……よし、()()()()()()!」

「……は?いや、え、ちょっと待て。お前今なんて言った!?」

「ん?だから実験だよ実験!俺の能力がどこまでだったら発動し、どこまでだったら発動しないかの検証を行うんだよ」

「け、検証って、どう言うことだ!?」

 

動揺しながら聞き返す慧音に四ツ谷は何事も無いかのように口を開く。

 

「ほら、俺金小僧の一件の時、その噂流すために川岸で怪談を語っただろ?なのにその時は金小僧は生まれなかった。何故か?」

「そう言えば……」

 

四ツ谷のその言葉に、薊が同意する。

続けて四ツ谷が言う。

 

「……それで思った。もしかしたら俺の能力は、()()()()()()()()でしか発動しないんじゃないかってな」

「だから実験なんですね。……ですがそのためにまた新しい妖怪を創るというのは……」

「もちろん実験で使う怪談は一つだけだ。もしその実験中にまた新たな怪異ができたとしても、一体だけならまだ許容範囲だろ?」

 

阿求の言葉に四ツ谷はそう返答し、阿求は押し黙る。それは慧音も同じだった。もはや何を言っても考えを曲げるつもりは無いと、二人はにやりと笑う四ツ谷を見てそう直感していた。

四ツ谷は振り向き、そこに居る小傘、薊、金小僧を一望すると声を響かせる。

 

「今回は実験的に行う怪談なため、どうなるかは俺もわからないが、とりあえずこの実験で使う怪談だけは教えておく――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お題目は――『妖怪、折り畳み入道(おりたたみにゅうどう)』だ!」


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