四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

四ツ谷はさとりたちがひた隠しにしていた失踪事件の秘密を知る事となる。


其ノ七

「師匠、イトハちゃんが帰ってきません!」

 

もう日が落ちている時刻だというのに、一向に地霊殿にイトハが戻ってくる気配が無く、小傘は慌てふためきながらそう叫ぶ。

小傘の声が響く地霊殿の応接室。そこにはテレビ通信機越しの四ツ谷以外にも、さとり、燐の二人もいた。

イトハから今日、どこかへ寄り道をするという話は誰も聞いていない。そして、彼女がこの状況で四ツ谷たちに黙ってどこかへ行くなど考えられない。

ならば、考えられる答えは自ずと一つに絞られた。

 

「直ぐにペットの犬たちを連れて来るね!」

 

そう言って燐は足早に応接室を飛び出していった。

それを見届けた四ツ谷は、小傘に指示を出す。

 

『小傘、【受信機】の電源を入れとけ』

「はい、師匠!」

 

そう言って頷いた小傘は、スカートのポケットから手のひらサイズの黒くごつごつとした『何か』の機器を取り出した。

イトハが囮を引き受けたのにあたって、犯人とイトハが接触した場合に備えて四ツ谷たちは、()()()()()を講じていた。

 

一つは、イトハに少し濃度の濃い『匂い袋』を持たせており、その匂いを頼りに犬を使ってイトハおよび、犯人の居場所を突き止めようというもの。

 

二つ目は、河童のにとりに頼んで作ってもらった発信機(これもテレビ通信機同様、にとりは嬉々として作っていた)。これもイトハに持たせ、同じく小傘の持つ受信機で居場所を探ろうというものであった。

 

手に持った受信機を見下ろしながら、小傘は沈痛な面持ちで呟く。

 

「イトハちゃん……。無事だといいんですけど」

『アイツ曰く、結構強いらしいが……犯人と比べてそれがどんくらい強いのか推し量れねぇしなぁ。にしても――』

 

そこで言葉を切った四ツ谷は、今度は呆れ半分、不安半分といった表情でさとりへと視線を向けた。

 

『――本当に大丈夫か?って言うか必要だったのか?()()()

「……()()()、あの子供たちの死体現場を見てよほどショックだったのか、あれ以来普段とはまるで人が変わったみたいに犯人探しに積極的になってて……。それでイトハさんが囮役を買って出てその対策を取っていると聞いた時も、食いつくように自分もそれに参加させてほしいって言って来たんです」

『やる気がある所悪いんだが……正直、俺には()()()に対して不安しかねーよ』

「奇遇ですね、私もです」

 

そんな会話を交わして、四ツ谷とさとりは同時にため息を吐いていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今、反物屋の店主に聞いたら、イトハちゃんはいつも通りここの仕事を終えて帰宅したって……!」

 

夜の大通りに面する反物屋の前。

そこの店主からイトハがとっくに帰った事を聞いた燐は、店の前で待機していたさとり、小傘、そして小傘が抱えるテレビ通信機越しの四ツ谷にそれを伝えた。

そして、それを聞いたさとりは自分が持つ複数のリードを軽く揺らした。

 

「ほら、アナタたちの出番ですよ。前に嗅がせた『匂い袋』の匂いをたどって、イトハさんを見つけてください」

 

そう言ってさとりは、リードの先に繋がれた複数の多種多様な犬たちに指示を投げた。

犬たちはそれに従い、その場の地面に鼻を押し付け、辺りを嗅いでいく。

そうして一分もしないうちに犬たちは地霊殿の方向へとさとりを引っ張るようにして動き出した。

引かれたさとりはもちろんの事、それに続くようにして燐と小傘、四ツ谷も犬たちを追う。

同時に、小傘はテレビ通信機を片方の手で抱えると、もう片方の手で受信機を確認する。

機会につけられたモニターには、地霊殿の方向へ延びる矢印が表示されていた。

今の所、イトハに持たせた発信機は地霊殿の方角にある事が分かる。

犬たちもその方向へと向かいながら匂いをたどっているので間違いないだろう。

そうして、反物屋から地霊殿への道のりの、およそ中間くらいの距離に差し掛かった時だ。

 

突然、犬たちが大通りをさけて、脇にある細い路地へと入って行ったのだ。

 

それを見たさとりたちは顔を険しくさせる。

どうやらイトハはあの路地へと入って行ったらしい。

さとりたちも犬たちに続いて路地へ入ろうとする。しかし次の瞬間、受信機のモニターを見ていた小傘が怪訝な声を漏らした。

 

「……あれ?どういう事?」

『?……どうした?』

 

その声を聴いて四ツ谷は小傘に問いかける。それに小傘がすぐさま答えた。

 

「それが……。この機械のモニターによれば、発信機の場所が()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『何……!?』

 

それに四ツ谷の表情が急激に険しくなる。そして、小傘に問い詰める様にして声を上げた。

 

『……オイ、あの河童の発信機。イトハは何処に持ってた?』

「え?……えーっと、確か結構小さい発信機だったから、無くさないように()()()()()()()()()()()()()()……」

『オイオイオイオイ、まさか……!!』

 

小傘の言葉に瞬く間に青ざめる四ツ谷。その瞬間、路地の奥から先に入って行った犬たちの鳴き声が響き渡った。

 

――バウワウ!!

――ワンワンッ!!

――ヴーーーッ!!

 

それを聞いた四ツ谷たちは一目散に路地の中へと入っていき、先に入っていた犬たちの後方へと追いつく。

そして、犬たちが吠えてた方向へと目を向けた瞬間、その場にいる全員が愕然となった。

 

――犬たちが吠える路地の奥の方、そこ()()()()()()が落ちていたのだ。

 

小傘は慌ててモニターを確認する。するとやはり、発信機も匂い袋がある位置で止まっていた。

間違いなく、四ツ谷たちがイトハに持たせた発信機入りの匂い袋であった。

 

「し、師匠!これは……!」

『古明地さとり!犬どもに匂いの先をたどるように言え!あれだけ濃い匂いのする匂い袋だ。イトハの着物にも多少なりとも匂いはついているはず……!』

 

動揺しながら声をかけて来る小傘に構わず、四ツ谷はさとりにすぐさまそう叫ぶも、それが途中で止まる。

何故ならさとりは、そこに立ち止まったまま、犬たちを見つめて冷や汗を滝のように流しながら青ざめていたからだ。

さとりのその顔を見て、その場にいる全員が最悪の状況を悟る。

それに気づいていないのか、さとりはその場に固まったまま、ただ事実だけを四ツ谷たちに言い聞かせた。

 

「……犬たちに、聞いたら……匂いが()()()()()()()()、って……。これ以上は、分からないって……!」

 

静かだが普段の敬語口調を失うほど、はたから見ていても取り乱しているのが分かるさとりのその言葉を聞いた瞬間、今度こそ四ツ谷たちはその場に呆然と立ち尽くすしかなかった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は数時間前にさかのぼる――。

 

「お疲れ様でーす!」

 

店主に仕事上がりを告げ、反物屋を後にしたイトハは、いつものように大通りを行き交う者たちの波に飲まれて、真っ直ぐに地霊殿へと帰路についていた。

時刻は夕暮れ時。

大通りには、イトハ同様に家路へと向かう者。夕飯の買い出しに行く者。そして今から夜の仕事に向かう者たちで溢れかえっていた。

その往来の中をイトハも地霊殿へと向かっていく。出来るだけ大通りの端っこを歩きながら。

それは人ごみの密集する大通りの中央付近はその密度の濃さ故か精神的に息苦しく感じてしまい、背が低く幼い容姿のイトハにはちょっとした地獄になっていたからであった。

そのため、人通りの多い場所では出来るだけ人ごみの少ない端っこへと避けるようにになってしまっていた。

 

――それが、()()()()()()に絶好のチャンスを与えているとも知らずに。

 

それは反物屋から出て、地霊殿へは後半分の距離に差し掛かった時であった。

 

「――!?」

 

いきなり脇の路地からにゅっと()()()()()が伸びたかと思うと、その手がイトハの腕をつかみ、一瞬のうちにイトハを路地の中へと引きずり込んだのであった。

あっという間の出来事だったがため、周囲の往来人たちは誰一人として幼い少女が一人大通りから忽然と消えたことに気づく者はいなかった。

何が起こったのか理解するよりも先に、イトハは腕の持ち主によって拘束されていた。

叫ばれないようにイトハの口を片手で塞ぎ、もう片方の手をイトハの腰に回して幼い彼女を抱きかかえる。

ようやく状況が理解したイトハはそこで()()()()()をするも、その者の手によってズンズンと路地の奥へと連れていかれ、そして次の瞬間――。

 

「――ムゥッ!!?」

 

唐突にイトハの首筋に鋭い痛みが走り、塞がれた口からわずかに悲鳴が漏れた。

一体、何をされたのかイトハが考えるよりも先に、さらなる変化が彼女を襲う。

急速にイトハの四肢が激しい(しび)れを帯び始め、感覚が無くなってきたのだ。

さらには呼吸も息苦しくなり、意識も薄れていく。

 

(……い、息、が……。意識も……うす、れ……て……)

 

瞬く間に体の自由が利かなくなり、イトハ為す術も無くやがて意識を手放していた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識を失い、力なく自分の両腕にその身を預けて来るイトハに、『その者』は不気味に笑った――。

 

――意外とうまくいった。

――昨日から働いている所を見つけて唾をつけていたが、よく働く子で気もしっかりしてそうだったから少々手間取るかとも思ったがとんだ拍子抜けだ。

――まぁ、妖精なんて所詮こんなものか。()()()()()()()()()()()()()()()

――にしても、初めて見つけた時から可愛らしい顔の妖精だとは思っていたが、近くで見るとまたさらに愛らしい……。

――これは、()()()()()が今から楽しみだ。

 

イトハの背中の着物から出ている妖精の証である透明な羽をおもむろに撫でながら、『その者』は下卑た笑みをその顔に浮かばせた。

そうして一度、イトハを担ぎ直す為に地面にそっと彼女を横たえた時、『その者』は気づく。

 

――ん?この妖精、少し強めの甘い匂いが……香水か?……いや、ちがう。着物の帯締めに引っ掛けたこの『匂い袋』からか。

――可愛い顔してきつめの『(こう)』が好きなのか?これはダメだ。こんなものぶら下げたまま連れて行ったら、()()殿()()()()()()()()()に匂いでたどられる危険性がある。

 

『その者』は以前、地霊殿の覚妖怪が飼っているペットの犬たちを使って子供たちを捜索しているのを見かけていたのである。

それ故、このままイトハを連れていけないと判断した『その者』は、次なる行動に出る。

イトハの帯締めから匂い袋をちぎり取って無造作に地面に放り捨てると、『その者』は身体から()()()()()()()()を放出しだしたのだ。

無数の糸は瞬く間にイトハの全身を覆い、大きな(まゆ)の状態へと変化し、イトハを包み込んだ。

そうして完全にイトハが繭にくるまれると、『その者』は繭と化したイトハを米俵のように肩に担ぎ、上機嫌にその場を後にする。

 

――フフッ……。この『繭』は拘束と目隠しの役割だけでなく、中にいる者の体臭をも一切外に漏らす事が無い。

――これで私の後をつけて来る奴は誰もいはしない。

 

誘拐の痕跡を全て消したと確信した『その者』はしてやったりとにやけ顔でイトハを担いで闇の中へと消えていく――。

しかし、『その者』は最後まで気づくことは無かった。

その一部始終を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に見られていたという事を。

 

「うにゅぅぅ……。怪しぃ奴、みーっけ!」

 

建物の上から全てを見ていたのは、長い黒髪にリボンを結び、白いブラウスとマントに緑のスカートを纏った少女。

地獄鴉事――霊烏路 空(れいうじ うつほ)、通称お(くう)は、獲物を見つけた捕食者の如き瞳で去って行くイトハを担ぐ誘拐犯を睨みつけると、背中から黒い翼を大きく広げて高く舞い上がりて、『その者』の後を追跡し始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

路地でイトハの匂い袋を発見したさとりたちは、いったん地霊殿に戻ると、肩を落として応接室で途方に暮れていた。

しかし、そんな彼女たちは絶望していたわけではなかった。

むしろ藁にも縋る様な視線で応接室の机の上のとある物体に目を向けていた。

 

そこにあったのは、一個の無線機(トランシーバー)であった――。

 

これもテレビ通信機と発信機同様、河童のにとりに作ってもらっていた四ツ谷たちは、この片割れをお空に持たせていたのだ。

お空はまだ地霊殿には帰って来ていない。と、言う事は、お空はイトハがさらわれる現場を目にし、さとりに言われた通りに犯人を追跡している可能性があった。

お空には、もし犯人の住処を見つけた場合、無線機を使って速やかにここに知らせるようにと、さとりはそう伝えている。

固唾をのんで無線機を見つめ続ける一同。しかし、そこにいる全員、犯人の住処が見つかるかどうか以前に、さらに大きな不安をその胸中に抱えていた。

そして、その不安の原因は何を隠そう、お空本人にあった。

 

『……オイ、本当に大丈夫なのかあの()()。お前からの使命を忘れてどっかで遊び惚けてるんじゃねーだろうな?』

「そんな事は……無い、はず……です。他ならぬ私が直接あの子に言い聞かせたのです。……だから、あの子なら必ずやり遂げてくれるはずです……多分……おそらく……きっと……」

 

疑り増しましな目で見つめて来る四ツ谷に、さとりは尻すぼみになりながらもそう呟く。四ツ谷から視線をそらしながら。

それ程までにお空の記憶能力は鳥頭と呼ばれるぐらいに低レベルなモノであったのだ。

身内であるさとりと燐、地霊殿の事はしっかりと覚えているものの、それ以外となると点でダメで、数分前にやっていた事すら奇麗さっぱり頭から消えてしまうという、若年性アルツハイマーにでもかかってるんじゃないかと思えるぐらいの重症ぶりであった。

そして、そんな彼女に重要な役割を与えてしまったさとりもさとりであった――。

 

「……先の子供たちの死体発見で間欠泉地下センター以外で珍しくやる気を見せていたので大丈夫だと判断したのですが……早計でしたでしょうか?」

 

不安げにそう響くさとりに、四ツ谷は深々とため息をついた。

 

『ハァ……。まぁ、仕方ねぇ。どの道、一と二の対策が徒労に終わった以上、アイツに賭けるより方法はねぇんだ。……だから、信じて待つっきゃねぇ』

「そう、ですよね……」

 

四ツ谷の言葉に、小傘は頷いてそう言った。しかしその直後、四ツ谷は真顔で続けて口を開く。

 

『……まぁ、それで本当にどっかで遊んでいるだけだったなら。問答無用で焼き鳥にするまでだ。マジで』

 

その顔を見て、四ツ谷が本気だと悟った一同は、一斉に顔をひきつらせたのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――一方、その頃のお空は。

 

「へっくしゅっ!!……うにゅ?風邪かな?」

 

くしゃみで出た鼻水をズズッとすすりながら、顔を上げる。

そこには、今まさにイトハを担いだ犯人が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そう、四ツ谷たちの不安とは裏腹に、お空はさとりの言いつけ通りに使命を成功させていたのである。

犯人に気取られず、その住処を特定したお空は、褒めたたえられてもよい成果を上げたと言っても過言ではないだろう。

 

 

 

――()()()()()

 

 

 

「フフン♪さーてと、後はこの……なんだっけ?『とらんしるばー』だっけ???……これを使ってさとり様に連絡すれば良いんだよね?」

 

そう響きながらお空はスカートのポケットから無線機を取り出した。

……そうしてしばし、お空は無言で無線機を見つめる。

 

「…………。

 ……………………。

 ………………………………。

 ……コレどうやって使うんだっけ?」

 

地霊殿を出る前に散々四ツ谷や小傘に使い方をレクチャーされたのにも関わらずこれである。

やはり鳥頭な性格は何処へ行っても変えられなかったようであった。

 

「え~う~~っ……ど、どうしよう……。あ!そうか!!()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()!……うんうん、さすが私!よし、そうと決まったら直ぐにでも地霊殿に帰らないと♪」

 

名案だと一人で勝手に納得し、一人で勝手に自身を持ち上げて、一人キャッキャとはしゃぐお空は、さっそうと元来た道を引き返し始める。

しかし、そこでもそうは問屋が卸さなかった。

 

「……う~~~っ、ここって旧都から()()()()()()()()()だから、灯りがほとんどなくて暗くて怖いなぁ……。あ、あれ?私、こっちから来たんだっけ?それともそっち??あっち???……う~~~~~~っ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

――数分後。

 

 

 

 

 

 

 

 

「う゛、う゛あ゛ぁぁ~~ん、迷子にな゛っぢゃっだぁぁ~~~ッッッ!!!!」

 

地底のどことも知れぬ夜の闇の中で、泣きべそをかいた地獄鴉の悲鳴がこだました――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん……んぅ…………?」

 

ズキリ、と微かに残る首筋の痛みの起こされ、イトハは重い瞼をゆっくりと開けた。

最初は視界がぼやけ、覚醒もまだ不完全だったため、自分の身に何が起こっているのか分かっていないイトハであったが、やがて思考も視界もはっきりと定まり、現状を把握するに至る。

 

(……白?)

 

イトハの視界一杯に真っ白な世界か広がっていた。

いや、正確には無数の白い糸が幾重にも重なりイトハの目の前を白一色に覆いつくしていたのである。

 

(……体全体に無数の糸が巻き付いている。……まるで繭の中……!)

 

なんとか白い糸の群れから脱出しようと身をよじるイトハ。すると――。

 

……ベリッ!

 

胸元当たりの糸の壁にあっさりと亀裂が入る。

 

(!……思ったよりも(やわ)い。これならもう少し力を入れれば……!)

 

そう思ったイトハは出来たばかりの亀裂に両手の指を差し込み、一気に力を入れて広げた。

ベリベリベリ!と、繭の壁を破ってそこから見えたのは、見覚えのない天井だった。

どうやら自分はどこかの部屋に()()()に寝かされているらしい事が分かったイトハは、そのままどんどん亀裂を広げ、そこからゆっくりと上半身を起こした。

そうして、部屋の様子を見渡したイトハは目を丸くする。

 

――そこは何処とも知れぬ、畳が敷かれた薄暗い大きな和室であった。

 

天井には申し訳程度に小さなランプが一つ吊るされ、辺りを薄っすらと照らしている。

年季の入った部屋はあちこちボロボロになっており、壁や(ふすま)は穴だらけ。敷かれている畳をあちこちささくれ立って痛みが激しいのが丸分かりであった。

そんな薄汚い部屋の隅っこ――部屋の四方にある壁際や角っこ全てに、それぞれ怯えるように十人前後の幼い少年少女たちが縮こまって震えていた。

皆一様に部屋の中央に寝かされ、さっきまで繭にくるまれていたイトハを見つめている。

そして、子供たちのその眼には不安や()()()と言った感情が見え隠れしているのをイトハはすぐに気づいた。

と同時に、別の事にもイトハは気づく。

 

(……この子たち。ひょっとしなくても、今旧都で行方不明になってる子供たち……?)

 

確認しようと、子供たちの内の一人に声をかけようとイトハが口を開きかけた時――。

スッ……!と、部屋の襖の一つが唐突に大きく開かれた。

 

『ひっ!!』

 

同時に部屋にいたイトハ以外の子供たちが一斉に小さな悲鳴を上げる。

何事かとイトハは襖が開かれた音のした方へと目を向け――そのまま、()()を凝視してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

――大きく開かれた襖の向こう……。そこに一匹の『鬼』が佇んでいたからだ。




最新話投稿です。

ここからしばらくはイトハパートが続きます。
あと、今更ながらに書きますが、今章は今まで以上に長くなるかもしれません。
それでもお付き合いのほど、よろしくお願いいたしますw

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