四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

失踪事件の子供たちの中に殺害されている者もいると知ったイトハは、四ツ谷に休暇を貰い、とある行動に出る。


其ノ五

地霊殿でのさとりとの会談から三日後の昼時――。

 

「はぁーい、お客様三名様ですねー!そこのお席が空いておりますのでお座りください。あ!注文ですか?……かしこまりましたぁ。すみませーん!こちらのお客様に鮎の塩焼き定食を一つー!あと食後の甘味として杏仁豆腐(あんにんどうふ)も追加をー!」

 

旧都のとある一角にあるとある食堂にて、着物の上に割烹着(かっぽうぎ)を身に纏ったイトハが店内を忙しなく動きながら仕事をこなしている光景があった。

注文(オーダー)も給仕も、一切ミスが無かったのはもちろんの事、客受けもよく、どんな客の対応でも難なくこなしていた。掃除も皿洗いも完ぺきで、何十枚と出た食後の汚れた皿も、まるで外の世界の食器洗浄機にかけたかのように短時間で汚れ一つ無く洗い落としてしまっていた。

 

「ひぇ~っ、い、イトハちゃん、一昨日(おとつい)入ったばかりなのに飛ばし過ぎだよぉ!私の仕事がなくなっちゃう!」

「こりゃ近い内に厨房にまで手を出しかねねぇなぁ。俺らもうかうかとしてらんねぇよぉ!」

「ほんとに……あのちっこい体の何処にこんなエネルギーが溜まってんのかねぇ」

 

鬼神のようなイトハのその働きっぷりに他の給仕の女性や厨房の料理人たちが恐れ(おのの)き、お客の方も見た目に反して他の従業員顔負けな動きを見せる彼女に目を見張っていた。

そして、その店内の一角の席で、小傘もイトハのその働きっぷりを注文で出されたお茶とみたらし団子を頬張りながら見つめていた。

 

(……しかも、この店だけじゃなく()()()()()()()()してるんだから、とんでもない子だよねぇ~)

 

客や従業員の声が耳に届いていた小傘は呆れた目でイトハを見つめてそう心の声を漏らす。

そして今度は先程とは一転して()()()()()でイトハを見つめると、小傘は三日前のイトハの宣言を思い返していた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おとり捜査だぁ?』

 

応接室にテレビ通信機の中の四ツ谷がそう響き、それにイトハがニッコリと微笑みながら「はい!」と答えていた。

そして自らの胸元にそっと手を置きながら、イトハは続けて口を開いていく。

 

「……私を(おとり)にして犯人をおびき出そうと思っています。自分で言うのもなんですが、私もこの通り幼い容姿ですから犯人の目につきやすいと思うんです」

『……そのために旧都で()()()()()働いてみたい、と?』

「はい!目立った行動をとれば、それだけ私を狙う可能性が高まるでしょう?」

 

四ツ谷の問いかけにイトハは微笑んだまま答え、それを小傘が止めにかかる。

 

「危険だよ!もし、犯人を捕まえるのに失敗してイトハちゃんが連れ去られたりしたらどうするの!?」

「大丈夫ですよ小傘様。もしそうなったとしても、私、これでも()()()()()()()()()。何かあったらすぐに全力で逃げてきますので」

「でも……!」

 

やんわりとそう言うイトハに小傘はなおも止めようと口を開きかけ――、それよりも先にさとりが口を開いていた。

 

「……正直な所、その提案は願ったり(かな)ったりですね」

「さとりさん!?」

「さとり様!?」

 

さとりの衝撃的な発言に小傘と燐は同時に驚き叫ぶ。

そんな二人の視線を無視し、さとりはジッとイトハを見据えながら呟く。

 

「……事実、子供たちの捜索や()()()()()()()()()()()()()()暗礁(あんしょう)に乗り上げていると言っても過言ではありません。ですが既に失踪した子供たち数人の命が失われ、こいしも巻き込まれているかもしれない以上、このまま手をこまねいているわけにもいかない。……ならば、いかなる手段をもってしても一刻も早く犯人を特定しこの一件を解決する必要がある」

 

そこまで言ったさとりはそこでフゥッと、小さくため息を一つ吐いた。

 

「……ですが本来なら、その囮となる役目を地上の住人である貴女に担わせるべきではない。元々は地底の問題なのですから当然です。……本当なら私がその囮役を買いたい所なのですが、私は地底(ここ)では有名人。犯人に顔が割れている可能性が高い。間違いなく直ぐにバレて警戒されてしまうでしょう。けれど貴女は地上の住人でなおかつ地底に来たばかりなためここでの面識は薄い。……なら、結局貴女に頼み込むしかない……!」

 

そうしてさとりはゆっくりとイトハに向けて深々と頭を下げた。

 

「私たちも全力でサポートします。何かあった時、責任も全て私が持ちます。……ですからどうかこいしを……()()、よろしくお願いいたします」

 

静かだが力のこもったさとりのその言葉に、イトハも優雅に一礼して返して見せる。

しかし、まだ納得できない小傘はそんな二人に噛みついてくる。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!二人だけで話を進めないで!わちきはまだ納得してないよ!?」

『落ち着け小傘』

「でも師匠……!」

 

テレビ通信機内の四ツ谷が小傘を止め、小傘は四ツ谷に目を移す。

それを見た四ツ谷はニヤリと笑って見せた。

 

『ヒヒッ!……いいじゃねぇか』

「えっ!?」

『どの道、行き詰まりならそれに賭けてみるのも悪くはねぇ……。それに、あっち(さとり)は一切の責任を請け負うって言ってんだ。……大事なウチの住人を預けるんだ、それだけの事を言ってくれなきゃ困る』

 

『その分、全力で働いてもらわにゃあなぁ』と付け足し、四ツ谷はヒッヒ!と再び笑って見せた。

 

「ありがとう」

「…………」

 

頭を上げたさとりは素直に四ツ谷に感謝を述べる。しかし何故か四ツ谷は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 

「うぅ~っ、……あ、危なくなったら絶対助けに行くからね、イトハちゃん!」

「……はい!」

 

断腸の思いでそう絞り出すように響く小傘に、イトハは柔らかく笑って見せた。

と、そこへ四ツ谷が唐突にイトハに声をかけた。

 

『……所でイトハ。囮として活動するんなら、夜じゃなく()()()()()()()()、そんで夕方ぐらいになったら真っ直ぐ地霊殿(こっち)に帰るようにするんだ』

「……?何故にございますか?誘拐を企てるなら『昼間』より『夜』が行動しやすいと思いますが?……まぁ、ここは地底ですので地上と同じような生活基準なのかは分かりかねますが……」

 

小首をかしげながらそう問いかけるイトハに、四ツ谷ではなくさとりが補足するようにそれに答えた。

 

「いいえ、そこは地上と大差ありません。基本、地底にも時計などの現在時刻を知る方法がありますから、それを見ながら地底の者たちは行動しています。ですから、太陽が見れなくても、規則正しい生活が地底でもできているのです。……で、それがどうかしたのですか?」

 

それを聞いた四ツ谷はニヤリと笑みを深めた。

 

『ヒッヒ、それを聞いてなおさら確信が強くなったなぁ。……古明地さとり、さっきお前はこう言ったな?「いなくなったガキ共は皆、一人で出かけてる時にさらわれてる」、「さらわれたガキ共のほとんどが見た目相応の年齢」だってな』

「ええ、それが何か?」

地底(ここ)での生活習慣が地上と大差ないって言う上に、さらわれたガキ共のほとんどが見た目相応の年齢ってんなら……一人で出かけるのは大抵遊びに行く、()()()()()()。夜も行動する大人共の時間帯に子供一人が出歩くなんざ、ほぼあり得ない』

「……!」

 

四ツ谷のその発言に、さとりは目を大きく見開く。そして、そばで待機していた燐にすぐさま声をかけた。

 

「……お燐!私の書斎の机の上に『行方不明者の報告書』が置いてあるわ。それを取ってきて!」

「は、はい!」

 

燐は慌てて応接室を飛び出し、しばらくして分厚い紙束を手に部屋へと戻って来る。

さとりは燐への(ねぎらい)いの言葉もそこそこに、彼女から半ば奪うように分厚い紙束の報告書を手にすると、周りの目を気にする余裕もなく次々と(ページ)をめくってはそこに書かれている文字に目を走らせていく。

すると次第にさとりの目が徐々に見開かれ全ての報告書を読み終えた時には、半ば呆然としたまま口を開いていた。

 

「……確かに……行方不明者の子供たち全員、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

『ヒヒッ、やっぱりな。……お前、報告書持ってたんなら気が付かなかったのか?』

「……悔しい事に、気づきませんでした。何せ消えた場所や友人関係、身内との血縁関係の繋がりまで全てバラバラ……。消えた時間帯も、()()()()()全部バラバラだったので、時間関連も関係ないものだと深く考えてはいなかったのです。……私とした事が、浅はかでした……!」

 

心底悔しそうに、さとりは唇をかみしめてそう(うめ)くように呟いた。

そこへ小傘が不思議そうに首をかしげる。

 

「……でも、どうして昼間だけだったんでしょう?夜なら確実に人目につかない瞬間も多いし、行動しやすかったはずなのに……」

「さぁ?子供たちが夜に外に出歩く事があまり無かったからじゃないの?」

 

燐はあっけらかんとそう言うも、テレビ通信機の中の四ツ谷は真剣な顔つきで口を開く。

 

『……あるいは、()()()()()()()()()()()()、か』

「「……?」」

「夜に……」

 

四ツ谷のその言葉に、小傘と燐が同時に首を傾げ、さとりは何かを考える様に顎に手を当ててそう呟く。

短い沈黙の後、イトハは四ツ谷に向けて声を上げる。

 

「……いずれにせよ。旧都で働いた後、私は日が暮れる前にこの地霊殿に戻ってくればよいのですね?」

『まぁ、そういうこった。後は犯人(むこう)の出方次第だな。……どう出るか分からん以上、ばっちり対策は取らねえとな!』

 

四ツ谷のその言葉には、満場一致だったらしくその場にいる全員が一斉に強く頷いていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――回想が終わり、小傘の意識が現実へと引き戻される。

昼のかき入れ時が終息し、客の出入りが落ち着いてきたのを見計らって小傘も静かに席を立ち、店を後にした。

もうすぐイトハはあの店での仕事が終わり、次は反物屋(たんものや)の店員としての仕事が待っている。

反物屋まで客として様子を見に行くわけにもいかず、小傘はひとまず地霊殿へと帰る事にしたのだ。

ちなみに、小傘とイトハはこの三日間、四ツ谷会館には帰らず、ずっと地霊殿に居候(いそうろう)していた。

特にイトハは、旧都で働いた後も続けざまに地霊殿でもその家事能力を存分に振るい、さとりを含めた地霊殿の住人全員の度肝を抜かせていた。

イトハ曰く、情報提供および協力してくれる事へのせめてもの礼なんだとか。

そして小傘も、そんなイトハを置いて一人帰る事が出来ず、そのまま地霊殿でお世話になっているのであった。

そんなこんなで地霊殿へと帰る道すがら、小傘はふとあることを思い出した――。

 

(……そう言えば、今日出かけに師匠が、さとりさんたちと何か話があるからテレビ通信機は置いていけって言ってたけど……何だったんだろ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――時間は再び少し巻き戻り、小傘がイトハの様子を見に出かけた後の話になる。

小傘が働いているイトハの様子を見に行くと言った時、四ツ谷は何故か彼女にテレビ通信機を置いていくように仕向けたのだ。

訳も分からないまま、言われるがままに小傘は退出し、応接室にはテレビ通信機越しの四ツ谷とさとり、そして燐だけが残されていた。

怪訝な表情で燐は、お互いを見据える四ツ谷とさとりを視界に収める。

すると、さとりが四ツ谷に向けて口を開いた。

 

「……それで?私たちに話とは一体何ですか?」

『……とぼけんなよ?』

 

さとりの問いかけに四ツ谷がすぐさま声を上げた。

静かだか幾分重くトーンの下がったその声に、さとりと燐が同時にピクリと反応する。

そんな二人を前に、テレビ通信機越しの四ツ谷は頬杖を突きながら目を細めてさとりたちを睨み――。

 

『……お前ら、一体何隠してやがる?』

 

――そう、切り出していた。




最新話、投稿です。

昨日も投稿しようと思ったのですが熱中症で体調を崩してしまい、出来ずじまいとなってしまいました。
そして今回も、もう少し長く書こうかとも思っていたのですが、前回同様、キリが良かったので投稿させていただきました。
状況があまり変わらず長々となっていますが、次回あたりから急展開を見せる予定です。

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