会館にやって来たフランドールと美鈴。
そのフランドールの頼みを聞き、四ツ谷は地霊殿の主、古明地さとりに『会いに行く』事となる――。
幻想郷の地下に広がる世界。その一角に『旧都』と呼ばれる巨大な都市がある――。
別名『旧地獄』とも呼ばれ、かつてはその名の通り、地獄の一部でもあった場所でもあった。
当初そこは地獄の繁華街であったのだが、地獄のスリム化に伴い廃止。切り捨てられたそこを鬼たちが移り住み、忌み嫌われた能力や危惧された能力を持つ妖怪たちを受け入れていくにつれて、拡大化。ついには大都市へと発展するまでに至ったのが『旧都』の始まりであった。
元々、都市発展化に伴い、妖怪の賢者である八雲紫と鬼たちとの間に『地上の妖怪は地底に干渉しない代わりに、地底の方は旧地獄に残された怨霊たちを管理する』という約定が交わされていたが、数年前に間欠泉と共に怨霊が地上に現れた事により、その約定は
そんな旧都の一角にある通りの真ん中を今、
通りの向こうに見える地霊殿を歩きながら見つめて、二人組の片割れの少女――小傘がもう片方へと声をかける。
「いやぁ~、わちき初めて地底に来たけれど、真昼間なのに結構にぎわってるんだね、旧都って」
「そうですね。旧都って朝昼晩とこんな調子なのでしょうか?人里の繁華街でも昼間は落ち着いているというのに……」
「そうだねぇ~。でも、本当に良かったの?わちきに付いて来たりして」
「はい♪……会館にいても
そう言って、
事実、四ツ谷会館でのイトハの扱いは梳同様、居候を住まわせる形であり、会館での仕事の手伝いは最低限の事しかさせなかった。いや、
と言うのも、イトハの持つ『家事スキル』が四ツ谷たちの想像をはるかに上回る『ハイスペック』だったからである。
咲夜が提案した『妖精メイド育成化計画』に首席で合格しただけあって、イトハは四ツ谷会館にやって来た初日に自身の腕を存分に振るい、そして
始め四ツ谷は、会館の特定の場所の掃除をイトハに指示したのだが、イトハはそれを半日もしないうちに終わらせていた。いや、より正確に言うならば、四ツ谷が指示した場所だけでなく、
指示された部屋やそれ以外の部屋や浴室などももちろんの事、小傘が副業で作業する鍛冶の工房までもが誇り一つ無く奇麗に掃除されていたのだ。
しかも、部屋の中に置かれていた家具や備品なども一つ一つ丁寧に手入れまでされた状態で。
これには四ツ谷のみならず、四ツ谷会館の住人全員が唖然となり、開いた口が塞がらなかった。
そんな四ツ谷にイトハは『申し訳ありません。指定された場所がすぐに終わってしまったので、誠に勝手でしたが別の場所も掃除をさせていただきました』と謝罪しながら、言ってきた。
なら、ついでに洗濯もしてもらおうと四ツ谷がそう口を開きかけた時、イトハは四ツ谷の予想を上回る言葉を続けざまに言ってきたのだ。
『……あ、ついでに洗濯ものも全て洗って干しておきましたので。それと昼食の支度も済ませておりますので後の調理は簡単にできますよ?ちなみに献立は白米にほうれん草のお浸し、たくあんの漬物に豆腐の味噌汁、たけのこと鶏肉の煮物となっております』
あのだだっ広い紅魔館を咲夜や他の妖精メイドたちと家事を行っていただけあって、この会館程度の広さの仕事など余裕のよっちゃんだったらしい。一体その幼い体のどこにそんな並々ならない活動力が蓄えられているのか。
イトハのその発言に、四ツ谷は二の句が継げなくなり、イトハを前にしばらく口をパクパクと開閉するだけという珍しい姿をさらしていた。
その後も、イトハは会館にやって来る客の対応や金小僧がやっている事務作業なども少し教わっただけですぐに覚えてやってのけてしまい、結果、会館住人全員がが暇を持て余してしまい、そのあり余った一日の時間をどう使おうかと真剣に考える羽目になってしまったのであった。
それを機に、四ツ谷はイトハにできるだけ仕事を言いつけることは無くなり、イトハも周囲の状況を察してかそれ以後、必要以上に出過ぎた真似をする事は無くなったものの、代わりにイトハが暇を持て余すようになり、一日の大半をぼんやりと過ごす羽目になってしまったのである。
それ故、小傘が地霊殿へ向かう事を聞いた時、いの一番に彼女に同行する事に名乗りを上げたのであった。
四ツ谷が
その為、イトハが同行すると言った時には正直驚き、同時にイトハが所謂『暇つぶし』の為に地霊殿への同行に参加したのにも気づいて、小傘は内心苦笑を浮かべざるを終えなかった。
通りを歩きながら、段々と大きくなっていく地霊殿の建物を見ながら、小傘は「そう言えば……」と、横で一緒に歩くイトハに質問を投げかけた。
「……イトハちゃん。何で折り畳み入道に地霊殿から
小傘のその問いかけにイトハは少し照れ臭そうに呟く。
「あはは……。個人的な事情で申し訳ないのですが、実は私、一度旧都がどんな所なのかとても興味があったんです。地底に住む鬼たちが一から発展させた巨大都市。聞くだけでもすごそうじゃないですか。だから、地霊殿に向かうついでにちょっと軽く見回っておこうと思いまして」
「そう言う事……。まぁ、地霊殿からあんまり離れた距離じゃなかったし、それぐらいならわちきも一向に構わないよ」
「ありがとうございます。……もう、地霊殿は目と鼻の先ですね。私のちょっとした我がままにつき合わせてしまってすみません小傘様。……ですが、何も問題が起こらずよかったで――」
そう響くイトハの言葉が途中で止まり、そして直後に困ったような顔を彼女は浮かべた。
「あぁ……本当に重ね重ね申し訳ありません小傘様。……問題、起きてしまったようです」
「……みたいだね」
小傘もうんざりするかのような顔でそう響く視線の先には、どこから現れたのか二人組の男が小傘たちの行く手を遮るように立ちふさがったのだ。
一応この旧都にいるからには妖怪だと思える二人組の男は、どちらも顔を真っ赤にして僅かに身体をふらつかせながら、小傘たちに向けて
その全身から隠しようのない酒の匂いをプンプンと漂わせており、先程まで男たちが浴びるほど飲んでいたのは明白であった。
片割れの男が口を開く。
「へっへっへ……。お嬢ちゃん、結構かわいい顔してるね。どれ、おじさんたちと一緒に一杯付き合わない?」
「そこの
ありきたりな酒の勢いによるナンパな上、明らかに小傘狙いで言い寄ってきているのがまる分かりであり、小傘のみならず『小っせぇガキ』扱いされたイトハも、絶対零度の如き冷たい視線を酔っ払い二人に向ける。
「……真昼間から絡み酒とはいい御身分だね、この酔っ払いオヤジ共は……!」
「同感ですね。地底世界の妖怪たちはこんな品の無い者たちばかりなのでしょうか?」
小傘とイトハが続けざまにそう言い、それに酔っ払い二人も顔をしかめながら反応した。
「あん?ガキが舐めた口たたいてんじゃねーぞ!」
「オイオイ、嬢ちゃんたちぃ?おじさんたちが優しく言っている間に言う通りにしといた方がいいぞぉ?」
二人の酔っぱらいの凄みを利かせたその言葉にも、小傘とイトハは全く意に介さない。
「オジサンたちこそ、さっさとどっか行ってくれる?わちきらこの先に用があんの。アンタたちみたいな昼間っから酔っぱらってる暇人の相手をしてる時間は無いの」
「着物にアナタたちのお酒臭い体臭が移ってしまいますからそれ以上近づかないでくださいますか?……こちらが
「「ンだとゴラアァァァァッ!!!!」」
典型的な売り言葉に買い言葉。されど酔っ払い二人は赤い顔をさらに真っ赤に染めて、唐突に小傘とイトハにそれぞれ殴りかかってきた。
先に絡んできたのはそっちでしょうにと、ブツブツ毒づく小傘に、片方の男の拳が迫る。
しかし、接触する直前で男の視界から小傘の姿が瞬く間に消え失せた。
「なっ!?消え――」
先程まで小傘が立っていた場所に男の拳が空を切り、驚愕する男の首筋に小傘の鋭い手刀の衝撃が入る。
「がっ――」
何が起こったかもわからないまま男は意識を刈り取られた。
大妖怪になった上、定期的に風見幽香の元を訪れては、そこで彼女にしごかれ、それによって力の制御にも日に日に慣れてきている小傘にとって、この程度の妖怪の相手など赤子の手をひねるよりも簡単であった。
一方、イトハの方も、もう片方の男に襲い掛かられるも、彼女も慌てる事無く持っていた風呂敷包みを脇の地面に置くと、一瞬の合間に男の懐に飛び込んでいた。
「!?」
その動きに驚く男。その間にもイトハは男の胸ぐらをつかみ上げると、自身の体を反転させてそのまま男を一本背負いにて地面にたたきつけていた。
「がはぁっ!?」
見た目にも幼い少女に背中から地面にたたきつけられた男は、衝撃で肺の中の空気が一気に口から吐き出され、そのまま意識も手放す羽目となった。
その光景を見た小傘はイトハに感嘆の拍手を送る。
「おー!イトハちゃんすごいねー!」
「ありがとうございます。あまり見せられたモノではありませんが……」
そう言いながら、イトハは一本背負いで少し乱れた着物をいそいそと正すと、地面に置いた風呂敷包みを手に取り、小傘と共に再び歩き出した。
「ねぇ、さっきの一本背負い、結構手馴れてたっぽいけど、紅魔館で習ったの?」
「はい。護身術の一環として柔道を……。他にも空手に合気道、それと
「も、元武闘派メイド……!?」
「あはは……。でもその反面、弾幕ごっこは苦手ですけれどね」
意外にもイトハが格闘技に精通していた事に小傘は驚きながら、伸びている二人の男にはもはや目もくれず、会話を楽しみながら小傘とイトハはそのままスタスタと地霊殿へと向かうのであった――。
旧都の中でひときわ広大で、大きな洋館がそびえ立つ場所、地霊殿。
その真下には旧地獄の中心だった灼熱地獄跡があり、中庭にはそこへと通じる穴もあるという。
そして、その灼熱地獄跡に棲む怨霊たちの管理を一手に任されているのが、これから小傘たちが会う、古明地さとりであった。
地霊殿の正面玄関に到着した小傘とイトハは、まず来客が来た事を知らせるため、扉に備え付けられたドアノックを鳴らす。
ゴンッ、ゴンッと、二、三回軽く叩いただけだったのに、その音は異様に大きく辺りに響き渡った――。
そうして、しばらく待つ事数十秒後――。
「はぁーい、どちら様ぁー?悪いんだけどうちは今立て込んでるから、大した話じゃないならお引き取り願いたいんだけど……」
そう、ブツブツと呟きながら扉を開けて現れたのは、黒地に緑の刺繍が施されたゴスロリドレスを纏った赤毛の少女であった。
赤毛の髪を二束の三つ編みにしておさげにし、その頭頂部には人ではない事を示すかのように大きな黒い猫耳がピコピコと生えていた。
側頭部にも人の耳が生えているため、実質耳が四つあり、それがますます持って彼女が人ではない事を表すかのようであった。
そんな少女――
「あれぇ?アンタ確か地上の宴会でよく顔を合わせる傘娘じゃん。何でここに?って言うか、そっちの娘も誰?」
言葉を選ばない不躾な口調であったが、その気さくで言葉の中に悪意のようなモノが一切感じなかった事から、小傘もイトハも悪い気分にはならなかった。
小傘が口を開く。
「お久しぶりです、お燐さん。こっちはわちきたちと今、会館で一緒に暮らしている妖精のイトハちゃんです。今日はさとりさんに用があって来たんですけれど……さとりさん、今いますか?」
「あー……いるっちゃいるんだけどねぇ……。悪いねぇ、遠路はるばる来てもらってこう言っちゃ難だけど、私ら今、来客に対応している余裕がないんだよ。せっかく来てもらって悪いけど用があるならまた今度にしてくれるかい?」
申し訳なさそうな顔でそう言う燐を前に、今度はイトハが一歩前に出る。
「古明地こいし様の事で用がある、と言ってもですか?」
「……何?」
イトハのその言葉に、燐の態度が一変する。
声のトーンが一段と下がり、険しい顔つきで小傘とイトハを睨む。
「……アンタたち。こいし様が
凄みを利かせた声でそう問いかける燐にイトハは静かに首を振る。
「いいえ、残念ながら私たちも何も知りません。私たちはとある事情でこいし様の所在を掴むべくここを訪れたのです」
「とある事情?」
「はい。その事も含めてさとり様とお話がしたいのですが……。どうかさとり様にお取次ぎをお願いできませんでしょうか?」
イトハが真摯な姿勢で燐に対してそう説得するように語り掛け、燐は顎に手を置いて数秒間思案顔になる。
やがて、燐が顎から手を放して口を開く。
「……わかった。ちょっと待ってな。直ぐにさとり様を呼んでくるから」
そう言って燐は、小傘とイトハを玄関口からエントランスホールへと二人を通すと、そこで二人を待たせて自身はそばの階段から二階へと駆け上がっていった。
そうして数分としないうちに、燐は二階から一人の小柄な少女を連れてエントランスホールへと戻ってくる。
ぱっと見た感じ、十歳かそれより少し上くらいの見た目をしたその幼さの残る少女は、やや癖っけのある短い薄紫の髪に深紅の瞳を持ち、フリルのついた水色の服にピンクのセミロングスカートを身に着けており、その身体のあちこちには複数の細いコードがくっついており、それらが全て胸元に浮かぶ大きな目玉へと繋がれていた。
その少女――地霊殿の主である
「……お久しぶりです小傘さん。紅魔館の妹さんからの依頼で遠路はるばるここまでご苦労様です。と、言ってもあの折り畳み入道の能力で来たみたいなので、あまり苦ではなかったようですが。始めましてイトハさん、私が古明地さとりです。あのメイド長さんが一から鍛えただけあってとても優秀みたいですね。あの自分の事しか出来ない妖精メイドをここまで成長させるとは感服しますし、それと同時にメイド長である彼女の苦労が目に浮かぶようです」
「………………あーははっ、お、お久しぶりですさとりさん」
「………………」
つらつらぺらぺらと、こちらが地霊殿へ来た目的やその移動方法、さらにはイトハの名前や素性を簡潔に看破されてしまい、相変わらずこっちが話そうとしている事を
そんな彼女たちの心境には気づいているはずなのに、さとりはあえてそれをスルーするかのように小傘に尋ねて来る。
「……所で今日はこいしの件で訪ねてきたようですが、あの吸血鬼の妹さんから直接依頼されたはずの貴女たちの代表者でもある四ツ谷さん本人がこちらに来ていないというのはどういう事なのですか?」
「……あ、えっと実は……」
さとりのその質問に小傘は人差し指で自分の頬をポリポリとかいて口ごもる。
すると、そんな小傘の心を読んだのか、さとりの表情に変化が起こる。
眉根を寄せ、唇を尖らせ、不満でいっぱいですとばかりにムッとした表情を浮かばせたのだ。
「……あー……あーあー、そうですか、そう言う事ですか……。なるほど、理解しましたよ全く……」
「ど、どうかしたのですかさとり様?」
どこか面白くなさそうにそう呟くさとりに、状況を見守っていた燐が恐る恐る彼女にそう尋ねる。
そんな燐の質問にさとりは投げやりに答える。
「……それについては四ツ谷さん本人に
「……へっ?あ、はい……!そこのテーブルの上に乗せても?」
促すようなさとりのその言葉に、イトハようやくハッとなって
それを見たイトハはおずおずと風呂敷包みをエントランスホールに備え付けられていた木製のテーブルの上に乗せると、その結び目を解いて
「これは……」
はらりと風呂敷の中から現れた物を見て燐はそれを凝視する。
――それは一台の、小型のブラウン管テレビであった。
両手で抱えられるほどの大きさのそのテレビには、後から付けられたのが分かる用途不明のごてごてした機械部品があちらこちらに取り付けられており、小型テレビを珍妙な姿に変えてテーブルの上に鎮座していた。
イトハは風呂敷を解いたその流れでテレビの電源もオンにする。
ブゥン、という音と共に、テレビの画面に砂嵐が浮かび上がる。しかし、やがてその砂嵐の画面が少しずつ別の画像へと変わっていき、それと同時にテレビに着けられたスピーカーから
『…………ァ………ァアー…………アー、あー……テステス、マイクテス、マイクテス……只今、マイクのテスト中……ヒヒッ!よぉ、久しぶりだなぁ、古明地さとり。俺の顔が、声が、見えてるか?聞こえているかぁ?』
「……ええ。よぉーく見えてますし、声も聞こえていますよ。
腕を組んで呆れと不満が混ざったような表情で、さとりはテレビ画面いっぱいに映る不気味な笑みを浮かべた元人間の怪異に向けて皮肉気な言葉を投げかけていた――。
最新話投稿です。
今回、小傘とイトハが現場で活躍し、四ツ谷は『テレビ通信』で拠点から間接的に関わっていくという手法をとっています。