四ツ谷は謎の女と接触し、同じく小傘は魔理沙と共に異常な出来事に遭遇する――。
彼らの知らないところで今、幻想郷に危機が迫っていた――。
「~~♪」
その晩、人里の酒屋で一杯引っ掛けて店を出た自称、仙人の茨木華扇は、程よい酔い加減に気分を良くしながら、家路へと向かっていた。
「……まだちょっと飲み足りないけれど、明日も速いんだし、この位が丁度良いわね」
そんな事を呟きながら、深夜の夜道を歩いていた時であった――。
『いやぁぁぁぁあぁぁぁ!!』
「!?」
唐突に響き渡る、絹を裂く様な少女の悲鳴。
その悲鳴で一気に酔いが醒めた華扇は、何事かとあたりをキョロキョロと見渡す。
『きゃあぁぁぁーーーー!!』
すると、またしても同じ少女の悲鳴が響き渡る。
しかし、その悲鳴である程度の場所を把握した華扇は、その方向へ一目散に駆け出していた――。
「……なーんか、以前もあったわね。これに似た事……」
――以前、知り合いの死神とその義妹が深く関わった事件、その一場面を思い出して華扇はそう呟きながら。
悲鳴が上がった方向を頼りに、華扇がそこへ駆けつけてくると、そこには民家があり、今まさにその民家の玄関から一人の少女が転げ出て来るのが目に飛び込んできた。
「――!……ちょ、ちょっと貴女、どうしたの!?大丈夫!?」
「……ぁ、あぁ……あぁぁぁ……!」
蹲った少女に華扇は駆け寄る。少女は華扇に気づいて何かを伝えようと口をパクパクと開閉するも、よほど怖い目に会ったのか、恐怖で声が出ずにいた。
華扇は少女を落ち着かせるように背中を摩る。
少しして、ようやく少女の顔が落ち着きを取り戻し始めた。その時である。
「
「時恵、……もう、一体何をしているの?」
一組の男女の声が聞こえ、華扇が振り返る。
するとそこには、先ほど少女が転げ出てきた民家の玄関に3~40代くらいの男性と女性が寝巻き姿で立っていた。
「ぁ……。お父さん、お母さん……」
時恵と呼ばれた少女はその男女を見てそう呟く。察するに少女の両親である事が見て取れた。
母親が時恵に歩み寄り優しく抱かかえる。
「時恵、こんな所で座り込んでたら風邪を引くわよ。ああ、着物もこんなに汚して……さぁ、家に戻るわよ」
「――っ!い、嫌!だって、家には――」
「――夢よ、時恵」
「……夢?」
家に戻る。そう言われて
「そう、貴女が見たのはただの悪い夢……。家の中には
「……ホント?」
「ええ……。だから、もう寝ましょう?お母さんも一緒に寝てあげるから」
「…………ゆめ…………夢……?」
母親がそう諭すも、時恵はいま少しまだ信じられないのか、まるで狐に摘まれたような顔で『夢』という単語を繰り返し呟く。
そこへ母親は止めとなる一言を娘に投げかけた。
「そうよ時恵。……それとも、まだ起きて
「――ッ!や、やだ!!
「ええ、分かったわ。明日の朝早く、貴女がまだ寝ている間に捨ててくるから、だからもう安心して寝なさい」
そう優しく囁いた母親は時恵を抱かかえて立ち上がると、ゆっくりとした足取りで家の中へと消えていった。
その背中を見つめる華扇は、未だ外に立つ父親に声をかけられる。
「何処の方かは存じませんが、お騒がせして申し訳ありません」
「ああ、いえ……。あの、娘さんは本当に悪夢を見ただけなのですか?あの様子から見て、とてもそれだけとは……」
「いいえ、悪い夢ですよ。
「……?」
父親のその言葉に、違和感を感じる華扇。しかしそれを問いただすよりも先に、父親は踵を返し、先に入った母娘を追ってそそくさと家の中へと消えていった――。
そうして、家の前で一人取り残される華扇。
「一体、何だったの……?」
そう呟くも答えてくれる者は誰一人としてその場に存在しなかった。
もうここにいても仕方ない。大きくため息をついた今一つ納得できないまま我が家へと歩みだし――。
「……!?」
――はたと気づく。
そして、周囲をキョロキョロと見渡し、それを確信する。
(……おかしい、あの子の悲鳴……結構大きかったのに、周囲の民家から人が飛び出してこない所か、明かり一つつきやしていない……!)
あれだけの大きな悲鳴だ。熟睡していたとしても何事かと飛び起きてしまうだろう。
それなのに、周囲の家々は騒ぐどころか、水をうったかのように静まり返ったままだったのだ。
まるで、この家で
言い知れぬ異様な状況と静寂が、辺りに色濃く漂よう。
何か自分の知らない所で、得体の知れない何かが起こっている。華扇にはそれが、とても不気味に思えて仕方なかった――。
「――ってな事があったのよ」
翌日の昼過ぎ、華扇は博麗神社にて昨夜の事のあらましを霊夢に話して聞かせていた。
「……ふぅん」
気のない返事でちゃぶ台に頬杖をついて華扇の話を聞く霊夢。しかし、その目は真剣みを帯びていた。
霊夢が口を開く。
「……確かに妙な話ね。その子の言動と言い、両親の対応と言い……周囲の様子から見てもおかしい所だらけね」
「でしょ?」
「少し前に魔理沙からも、ついこの間、人里でちょっとした騒ぎがあったって聞いたけど……何か関係があるのかしら?」
「……ああ、それは私も聞いたわ。刃傷沙汰が起こったって聞いたけれど……」
そこまで会話した二人は、はたと黙り込み、思案顔になる。
「「……………」」
霊夢と華扇の沈黙が続く。何かが起きている。間違いなく、自分たちの知らない所でまた人里に何かが。
それは異変にも満たないレベルの、人里内部で解決できる問題だったのなら霊夢たちは気にも留めなかっただろう。
しかし、前述の出来事や、人里で見かける子供たちの数が明らかに減ってきている事が、否が応無く霊夢たちを気にならせていたのだ。
「あー、もう、一体何なのよ!異変なの?異変じゃないの??どっちなのよこれ!?」
「落ち着きなさい、霊夢」
頭をガシガシとかいて唸る霊夢を華扇がそう言って宥める。
霊夢は一度ため息をつくと再び頬杖をついた。
「……アンタが見た一件と刃傷沙汰。そして外で見かける子供たちの減少。これらはここ最近突然起こった事だから、間違いなく繋がりがあるはず。……一度調べてみた方が良さそうね」
「うん、私もそれが良いと思うわ。……なんか、人里ではこれらの事が噂としてあんまり広まってすらないから不気味なのよね。それともこれから噂が広まるのかしら?」
華扇は何気なくそう呟いただけであったのだが、それを聞いた霊夢がピクリと反応する。
「……噂?」
「……え?そうよ。ここに来る前に人里に寄ってみたんだけれど、昨晩の一件がまだ噂にすらなって無くて――」
「そうよ、噂よ!」
突然、霊夢がそう叫んでちゃぶ台にバンッと両手を叩きつける。
それにビクリと反応する華扇。
「……ど、どうしたのよ霊夢?」
「華扇、ここに来る前に人里に寄ったのよね?だったら、なんかわけの分からない噂とかなかった?……例えば、怪談、とか」
「え?怪談って……。ッ!ちょ、ちょっと待って霊夢、この一件に四ツ谷さんが絡んでるって言いたいの?」
驚く華扇に霊夢は強く頷く。
「あの怪談馬鹿も人里に住んでいるのよ?なら、この一件の事も間違いなく耳にしているはず。あいつの性格上、こんなわけ分からない一件に興味をもたないはずは無いわ。いいえ、もしかしたらこの一件の中核にあいつもガッつり食い込んでいるのかも……!」
「それはちょっと考えすぎじゃ……」
「で?どうなのよ華扇!」
半ば呆れ顔を浮かべる華扇に、霊夢は険しい顔で詰め寄る。
しかし、華扇が答えるよりも先に、第三者の声が霊夢たちのいる部屋に響き渡った――。
「……いいえ、霊夢。今回、四ツ谷さんたちは全くの無関係よ」
「!」
「この声は……!」
霊夢と華扇が同時に反応し、立ち上がる。
それと同時に二人の間――天井付近の空間が大きく裂け、そこから金髪の女性が逆さ吊り状態でぬっと現れた。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン♪」
「呼んでなぁぁぁい!!」
逆さまの女性にツッコミを入れながら、霊夢は何処からか取り出したお祓い棒で女性に向けて横一閃する。
しかし、それよりも先に女性は出てきた空間の裂け目にさっと引っ込むと、別の場所に裂け目を作ってそこから何事も無かったかのように出てきた。
「ンもぅ、霊夢ったらぁ、ちょっとしたジョークじゃなぁ~い」
「やかましいわ。猫なで声出すな、気持ち悪い」
身をくねらせてそう言う女性――八雲紫を見ながら、霊夢は嫌そうな顔を隠そうともせずそう返していた。
先ほどよりも深いため息を吐いた霊夢は、改めて紫に向き直る。
「無関係って……本当に何もしてないの?あいつ」
「ええ。彼を監視してるのは私たちなのよ?見逃すわけ無いじゃない。新しい怪談の噂も立っていないはずよ。……そうでしょ?」
紫は霊夢の隣に立つ華扇にそう問いかける。問われは華扇はやや動揺しながらも素直に頷いた。
「……間違いないわ、霊夢。人里でも私はそんな噂聞かなかったし……」
「…………」
華扇にそう言われ、霊夢は思案顔になって押し黙った。
そこへ紫が声をかける。
「ね?霊夢も四ツ谷さんの事、気にしすぎよ。何でもかんでも彼が関ってると思わない方が良いわ。人里の事が気になるんだったら、もっと別の所を当たった方が良いんじゃない?」
「………、はぁ、わかったわよ」
渋々といった霊夢のその返答に、紫は手のかかる子を見るかのように困ったように笑って見せる。
そこへ華扇が声を上げた。
「それで?これからどうするの、霊夢?」
「とりあえず人里に行って聞き込みね。どんなに些細な情報もほしい所だわ」
「大雑把な貴女が妙に細かく調べようとするじゃない。……そんなに深刻に考える事?」
紫にそう問われた霊夢は一瞬沈黙するも、やがてポツリと響く――。
「……あくまで私の勘なんだけど……。とてつもなく、嫌な予感がするのよ……。それこそ、
それだけ言い残すと、霊夢は足早に神社から出て行く。
一足遅れて華扇も霊夢を追って出て行った。
そうして、一人ポツリと部屋に残された紫は片手を自分の頬に添えて、やれやれと再び困った顔でため息を吐く――。
「まったく……ほとほとあの子の勘は厄介極まるものね……」
最新話投稿です。
少々短めですが、きりが良いのであげておきます。