四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

一件が解決し、四ツ谷は紅魔館から報酬として『人材』を一名手に入れる。


其ノ十六 (終)

四ツ谷がイトハを連れて人里へと帰り、幽香も太陽の畑へと帰ったのは、ほんの少し前の事だった――。

太陽が西へと傾き、後もう少しすれば夕暮れとなる時刻。

未だにレミリアとパチュリーは四ツ谷と話したベランダにてゆっくりとくつろいでいた。傍には先程までいなかった咲夜も控えている。

レミリアはテーブルに頬杖を着きながら、庭園にいるフランドールの園芸作業を未だに飽きもせずに見つめていた。

そんな彼女の様子に、読んでいた本から顔を上げたパチュリーが呆れ気味に声を上げる。

 

「……全く、いつまであの子の事眺めているつもり?いくらなんでも長いわよ」

「えー?いいじゃない。減るモンじゃないしぃ」

「……貴女、結構子供っぽい面を表に出すようになったじゃない。……まぁ、今までのお嬢様面だってハリボテ演技だったのだけれど」

「ひどっ!?」

 

ガーン!という擬音が聞こえてくるようなショック顔を浮かべるレミリアにパチュリーはクスリと笑って見せる。

 

「……あの男の『最恐の怪談』の影響で大きく変化したのはフランだけれど、貴女もそれなりに変化はあったようね。……良い傾向だと思うわよ、私は」

「むー、何よそれ」

 

馬鹿にされたのだと思ったレミリアはプクーッと、頬を膨らませる。

それを見たパチュリーは再びクスリと笑って見せた。

レミリアは小さくため息をつくと、人里のある方向へ視線を向け、四ツ谷と共に連れ立っていった()妖精メイドの事を頭に浮かべて口を開く。

 

「……それにしても驚いたわ。あの妖精メイドがあんな事を考えていたなんて……」

「あの一件の最中に、梳……例の外来人の話を耳にしてからそれを考えていたらしいのです」

 

答えたのはパチュリーではなく、傍に立つ咲夜であった。

それを聞いたレミリアは怪訝な顔を咲夜に向ける。

 

「どう言う事?」

「お嬢様……お嬢様と妹様の事を案じていたのは、何も()()()()()()()()()()()()()()……。あの子もまた、そのうちの一人だった」

 

そう響いた咲夜は、その時のイトハとの会話を脳裏に蘇らせる――。

 

 

 

 

 

『……貴女がそう決めたのなら、後はお嬢様の判断次第ってだけで私は何も言うつもりは無いけれど。……けど、本当に良いの?貴女はそれで』

『はい……。私はもう十分、この館の方たちに良くしてもらえましたから……。この幻想郷に始めてやってきた時、右往左往していた私をメイドとして受け入れ、そしてより良く鍛えて強くしてくれたのは、お嬢様やメイド長――貴女たちです。ですから、これくらいの事、私は苦とも思いませんし、今までのご恩を返せられるいい機会だとも思ったのです』

『まるで滅私奉公ね。そんな身売りするような事、お嬢様や私が喜ぶとでも思ってるの?』

『フフッ……貴女がそれを言うのですかメイド長?お嬢様の為なら、自身の心臓すら平気で捧げてしまいそうな、貴女が』

『…………、はぁ……ぐぅの音も出ないわね』

『大丈夫です、心配はいりません。四ツ谷様の性格上、そんな事をするお方とは到底思えませんし、私も新しい職場で平穏無事に元気でやっていきますから♪』

 

 

 

 

 

「……はぁ~っ。今回の事……咲夜やパチュリーたちに迷惑をかけたって気持ちはあったけれど、それだけじゃ治まらなかったみたいね」

「ええ……。恐らく、あの子だけじゃなく、他の精鋭隊のメイドたちや、ホフゴブリンたちも……」

 

咲夜の話を聞いてちょっぴりバツが悪そうに頭を抱えてため息をつくレミリアに、そっと咲夜はそう言葉をかける。

 

「……まぁ、私は別に何とも思ってなかったけれどね」

 

と、パチュリーはそう呟いたものの、顔は明後日の方へと向いており、誤魔化すようにして紅茶をすすっている為、どう見ても見栄を張っているのが目に見えていた。

それを見たレミリアと咲夜は同時に苦笑してみせる。

そして、再び咲夜は口を開く。

 

「……それに、あの子は最後にこう言っていました。――

 

 

 

 

――『恐らく四ツ谷様は、これから先もこういった一件に巻き込まれ、もしくは自ら首を突っ込んでいくはずです。退屈がめっぽう好きではないお嬢様の事、この先も四ツ谷様の動向に眼を見張っていくものと思います。……事が起こるそんな時、紅魔館へその情報を伝える()()()の役目を担った者が彼の傍にいたのなら……何かと便利ではありませんか?』――。

 

 

 

 

――と、無邪気な笑顔を浮かべて……」

「……意外と喰えない性格してたのね、あの子」

 

困ったような笑みを浮かべてそう説明する咲夜に、レミリアは顔を引きつかせながらそう呟いていた。

そんなレミリアに小さく微笑んだ咲夜は、庭で作業を続けるフランドールに眼を向けた。

 

「……でも、本当に良かったです。妹様の、あの様な生き生きとした姿を見ることができて。おっしゃっていましたよ?『これからは、私が紅魔館の全ての庭を手入れするんだ』って。……もちろん、裏庭のあのデイジーの花の手入れも」

「……そう」

 

意外と素っ気無いレミリアのその声に、咲夜は視線をレミリアへと戻した。

レミリアもフランドールの方へを視線を向けてはいたが、その顔はどこか複雑そうであった。

 

「……お嬢様?」

 

怪訝に思い、声をかける咲夜。しかし、そこで本に視線を落としたままパチュリーの声が割り込んできた。

 

「……レミィ、もしかして貴女、()()()()?貴女のお母様が好きだったあの花(デイジー)の事」

 

その言葉に驚いた咲夜は、パチュリーへと眼を向ける。パチュリーは未だに本の文字に眼を落としたままだった。

されど、彼女はレミリアに言葉を投げ続ける。

 

「……私も長い事、この館にいるから分かるのよ。この館に来てから今まで、私は庭に植えられた花をいくつも見て来てはいるけれど、デイジーも、それに似たマーガレットも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

「以前、美鈴に一度聞いた事があるの。この紅魔館の庭に植える花の選別、()()()()()()()()()()()()()()()()()。なのに貴女はあの花を一度も植えようとしなかった。思い出深いあの花を選別から外してたのは、やっぱり――」

「――違うわ、パチェ」

 

そこでレミリアがピシャリとパチュリーの言葉を遮った。

数秒の沈黙後、レミリアは静かに口を開く。

 

「……私は、あの花を嫌ってた訳じゃない。あの花はお母様が愛した花なのよ?あの人が好きだったあの花を、私が嫌う訳ないじゃない。ただ――」

 

そこまで言ったレミリアはおもむろに空を見上げた。

夕暮れ前の空は未だに青く澄んでおり、所々に薄く伸びた雲が浮かび、流れていた。

その白い雲を見つめながら、レミリアは言葉を続ける。

 

「――ただ少し、苦手だったってだけ……。あの花を見ていると、お母様の事がどうしても思い出して……そうなってくると、今まで作り上げてきた紅魔館当主、レミリア・スカーレットとしての肖像が、脆く崩れちゃいそうで……それで今まで敬遠していたの」

「ハリボテなのに?」

「うん。喧嘩売ってるのかしらパチェ?」

 

重箱の隅をつつくが如く、シリアスな空気を呆気なく瓦解され、こめかみに血管を浮き立たせて引きつった笑みを貼り付けながらパチュリーに詰め寄るレミリア。

しかし、パチュリーはそんなレミリアの迫力にもものともせず、ため息を一つこぼすと、視線を本からレミリアへと向けて静かに口を開く。

 

「……まぁ、元々デイジー(daisy)って名前は古英語の『days'eye』=『太陽の目』が変化したモノが語源になってるから、そう言った意味でも吸血鬼である貴女からして見れば苦手な花なのかもしれないけどね」

「えっ!?……そう……なの……?」

 

デイジーの語源を聞いて驚くレミリア。同じくパチュリーの方も「知らなかったの?」と、眼を丸くする。

 

「……貴女のお母様の好きな花だから、てっきりそういう事も知ってるものとばかり思ってたわ」

「わ、悪かったわね」

 

頭を抱えるパチュリーに、少し恥ずかしそうにレミリアは彼女から距離を置いて頬を赤らめてそっぽを向く。

しかし、直ぐにその顔に影が差した。レミリアは俯くと悲しそうな笑みを浮かべてポツポツと呟き始める。

 

「……でも……そっか。確かにそれなら、夜の眷属である私が、あの花に苦手意識を持つのも納得ね……」

「お嬢様……」

 

レミリアの様子を心配した咲夜は声をかけるも、それに構わずレミリアは再び空を仰ぎ見ると言葉を紡ぎ続ける。

 

「……帰りたかったのね、きっと、お母様は。この忌まわしい夜の館から日の当たる故郷の地へと……。でも、私たちなんかを愛してしまったが為に、それを断念せざるを得なくなってしまった……。私とフランが、お母様を“夜”に縛り付けてしまったのね……」

 

空を見上げながら憂いを帯びた瞳をギュッと閉じ、沈痛に顔を歪めるレミリア。

しかしその時、それを見ていたパチュリーが一際大きなため息を吐いた。

 

「ハァ……。レミィ、貴女その様子だと、()()()()()()()()も知らないみたいね」

「……え?はな、ことば……?」

 

パチュリーから告げられたその言葉に、レミリアは呆けた顔を浮かべてパチュリーの方へ眼を向ける。

そんなレミリアを真剣な目で見据えながら頷き、パチュリーは静かに()()を口にしだした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……デイジーの花言葉は、『純潔』『美人』『平和』『希望』。そして、白いデイジーの花言葉は――

 

 

 

 

 

                    ――『無邪気』……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、あぁ……!」

 

パチュリーの言葉が、レミリアの心の奥底へとするりと入っていき、それと同時にレミリアの目が大きく見開かれる。

そんな彼女を前に、パチュリーの言葉は紡がれ続ける――。

 

「……()()()()()()()、彼女は。故郷の地に……。あの白いデイジーが咲き乱れる思い焦がれた家族の住む村に」

 

パチュリーの言葉が優しい旋律のように、レミリアの耳へとスルリと入っていく――。

 

「白い花畑……あの中にこそ、彼女の村が――本物の故郷があったのよ。毎日のようにあの花畑にやって来ては、故郷を思い浮かべ、まだ連れ去られる前の……穢れを知らぬ無垢な少女に立ち戻っていた。不安も何も無い、平穏穏(へいおんおだ)やかな心のまま、思うがままに自由に……!」

「あ……あぁぁ……」

 

レミリアの双眸から雫がいくつも零れ落ちる。

パチュリーは一息つくと、呆然となるレミリアに向けて小さく微笑む。

 

「……そして、その故郷に……レミィ、フラン、そして美鈴。貴女たち三人も一緒に来ていた……。貴女たち三人もまた、彼女の故郷で、彼女と共に在った――。一緒に遊んだり、お菓子を食べたりして……――

 

 

 

 

 

 

 

 

           ――貴女たちは、彼女の故郷に……受け入れられていたのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~~~~~ッ!!」

 

パチュリーの言葉が止まり、辺りには幼き吸血鬼の嗚咽の声だけが小さく響き続ける――。

涙が止まらなかった。溢れ出る涙を両手で必死にごしごしと拭き取り続け、目元を赤く腫らすレミリア。

そんな彼女に咲夜は声をかけようと口を開きかけ――その前に当の彼女が顔を上げていた。

止まらない涙をそのままに、目元を腫らしたまま……彼女は穏やかに笑っていた――。

 

「……あ、あの人の……お母様の(こころ)は……――

 

 

 

 

 

 

 

――……もう、“夜”に囚われる事は無いわ……。暖かな……日が降り注ぐ光の中で……自由に在り続けるべき人なのよ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嗚咽にまみれながらも、穏やかに紡がれるレミリアの言葉――。

それはまるで、この紅魔館に深く染み付いた暗き歴史に、一つの区切がついたかのようであった――。

その言葉を最後に、レミリアはテーブルに泣き崩れる。そして、それを見た咲夜はポケットからハンカチを取り出すと、自身の目元から僅かに溢れ出た雫をそっと拭き取り、パチュリーは瞳を閉じて小さく笑うと手元の本をパタンと静かに閉じたのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹様ー!そろそろ終りにしましょー!」

「うん!今行くー!」

 

紅魔館の玄関先、そこで手を大きく振りながら自分を呼ぶ美鈴に、フランドールも手を振って答えた。

 

「よいしょっと――っ!」

 

作業道具を一式、籠の中に入れてフランドールがそれを持ち上げた瞬間――ふいに、一陣の風が庭を吹き抜けた。

麦藁帽子が飛ばされぬよう、片手で籠を、もう片方で帽子を抑えて、フランドールは一瞬眼を瞑る。

 

「――……ぁ」

 

そして次に眼を開けた時、彼女は思わず声を漏らす――。

 

 

 

 

 

 

――風と共に巻き上げられた花々の花弁。その花弁の向こうで……白いドレスの女性が、優しく笑っているのが見えたような気がした――。




『吸血鬼の花嫁』終了です。

次章も早めに投稿いたします。
その次章の注意点を一つ、ここでお知らせさせていただきます。

ぶっちゃけさせていただきますと、次章は『最恐の怪談』は()()()()()
ですが、オリジナルの怪異は登場する予定となっております。
それでも良いという方は、また気長にお待ちいただける様、よろしくお願い申し上げます。

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