四ツ谷はスカーレット姉妹に『吸血鬼の花嫁』の怪談を語る。
「……ねぇ、咲夜。貴女、何か見えた?」
月明かりの中、花畑の脇で、互いを抱きしめあうレミリアとフランドールの様子を見守っていたパチュリーが、隣に立つ咲夜にそう問いかけた。
問いかけられた咲夜は首を振って口を開く。
「いいえ、何も……。ですがお嬢様と妹様には、あの花畑の中に何か見えていたみたいですね」
「あの、咲夜さん。見えていたのは何もお嬢様たちだけじゃないみたいですよ?」
そう呟くのは、パチュリーを挟んで咲夜の反対隣に立つ小悪魔であった。
その小悪魔も、自身を挟んでパチュリーの反対隣に立つ女性に眼を向けていた。
「お゛、お゛ぐざま゛あ゛ぁぁ~~~ッ!!」
美鈴であった。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした彼女は、両手で自身の服をギュッと握り締め、ヒグヒグと嗚咽に喉を鳴らしながら、白い花畑の中を見つめていた――。
眼から鼻からとめどなく溢れてくる体液にまみれたその顔に、隣に立つ小悪魔はドン引きする。
そこでふと、咲夜はとある事に気づいた――。
「あら?……そう言えば、あの男は何処に……?」
「師匠、帰る準備が出来ました」
「おう」
四ツ谷は小傘たちと共に、今日レミリアと咲夜に初めて連れて来られた玉座の間にいた。
その部屋の中央に衣装箱が置かれ、彼らは今まさに、折り畳み入道の能力とその箱を使って人里へと帰ろうとしていたところであった――。
先に薊、梳、金小僧が箱の中に入って会館へと帰り、次に小傘が入ろうとしてその動きを止め、背後にいる四ツ谷に振り返って問いかけた。
「師匠……本当に良かったのですか?レミリアさんたちに何も言わずに帰っちゃっても」
それに四ツ谷が答えようとした瞬間、唐突に部屋の出入り口から声が上がる。
「いたいた、見つけたわ。待ちなさい!」
四ツ谷と小傘が声のした方へ眼を向けると、そこには咲夜が立っていた。
咲夜は四ツ谷に向けて声を上げる。
「あなた。一体、何処へ行くつもり?」
それに四ツ谷は悠然とした態度で咲夜に向き直り、答える。
「……これで俺の役目は終わった。だから、もう帰らせてもらう」
「それは、まだ駄目よ。お嬢様の許可無く帰るだなんて――」
「――いいんじゃない?帰しても」
咲夜の言葉に重なるようにして、唐突に咲夜の背後から声がかかる。
見ると、咲夜に続くようにしてパチュリーと小悪魔が玉座の間へと入ってくるところであった。
自身を止めたパチュリーに咲夜は声を上げる。
「パチュリー様。ですが……」
「咲夜。この一件が解決した以上、もう彼をここに留めておく理由はなにも無いわ。それに、肝心のレミィとフラン……それに美鈴も、しばらくあそこから動きそうに無いしね」
パチュリーのその言葉に咲夜は押し黙る。
しかしその次の瞬間、パチュリーは「――ただ、」と、四ツ谷を見据えながら、続けて言葉を紡ぐ。
「……四ツ谷さん。最後に一つ、聞いてもいいかしら?」
「?」
小さく首をかしげる四ツ谷に、パチュリーは問いを投げかけた。
「あなたは確かに言ったわよね?『怪談を創る』と……。でも、あなたが創ったあの『吸血鬼の花嫁』と言う怪談は正直に言って――」
「――怖くなかった?」
自分の一番言いたかった言葉を、肩をすくめてあっさりとそう響く四ツ谷に、パチュリーは少し面食らいながらも小さく頷いて見せた。
四ツ谷はゆっくりと天井を仰ぎ見ながらそれに答える。
「……俺に言わせりゃあ……ただ『恐怖』をまき散らせるだけが『怪談』の本分じゃねぇんだ……。『怪談』と『ホラー』……この二つは同じなようで、必ずしも
「……それが、あなたの考える『怪談』の本質ってわけ?」
パチュリーのその言葉に四ツ谷は小さく鼻を鳴らす。
「さてね?……ま、俺は怖くて悲鳴の聞ける『怪談』の方が好きなんだけどな♪」
視線をパチュリーたちに戻してそうフヒヒッっと笑う四ツ谷。
それを見たパチュリーは小さくため息をつく。
そして、今一度、四ツ谷を見つめると――。
「ありがとう」
――そう、顔を僅かに綻ばせ、四ツ谷に感謝の言葉を送った。
それを聞いた四ツ谷は、満足そうに再び鼻を鳴らすと、クルリとパチュリーたちに背中を向ける。
そして……一足先に箱に入って帰った小傘を追うようにして、四ツ谷自身も箱の前に立つ。
去り際の一歩を踏み出す瞬間、四ツ谷はパチュリーたちに聞こえるようにして、幕引きの言葉をその場に響かせた――。
「……『
「……まさか、そう日が経たないうちに、またここに来る事になるとは」
――真昼の紅魔館。そこの二階の一角にある広いベランダに、豪華な装飾のテーブルと複数の椅子が置かれており、その椅子の一つに四ツ谷が座って呆れ気味にそう呟いていた――。
『吸血鬼の花嫁』の一件から二日後。いつもの日常を取り戻していた四ツ谷たちの元に、再び咲夜が訪ねてきたのだ。
しかし今回は前回と違い、無理矢理連れて行くことはせず、ちゃんと玄関からやって来た咲夜は、レミリアからお礼も兼ねて紅魔館に改めて四ツ谷を招待したいという旨を伝えてきた。
暇をもてあましていた四ツ谷は、それに二つ返事で了承する。
そして、咲夜の能力で再び紅魔館にやって来た四ツ谷は、レミリアの誘いでベランダでお茶会を満喫する事となったのである。
大きな屋根のあるベランダなため、日中でも平然とした態度でテーブルに置かれたティーカップの紅茶を優雅に飲むレミリア。
そしてその隣では、レミリアと同じく紅茶を飲みながらも、視線は大図書館から持ってきたらしい本の文字に集中しているパチュリーの姿もあった。
その二人を見ながら四ツ谷も用意された茶菓子のケーキと紅茶を堪能する。
そうしてのんびりと時間を費やしていたが、やがてレミリアが四ツ谷に声をかける。
「……四ツ谷文太郎。今回の事、本当に世話になったわね。感謝するわ」
「……俺はただ怪談を創っただけだ。そう改めて感謝されるほどの事はしてねーよ」
素っ気無くそう返す四ツ谷にレミリアは静かに首を振る。
「いいえ。あなたのおかげで私も……そして、フランも変わる事ができたわ。……見て」
そう言ってレミリアはベランダから見える正門側の庭園――その一角へと視線を向ける。
つられて四ツ谷もその視線の先を追った。
――そこには、三人の見知った者たちの姿があった。
「……美鈴。貴女、少し力入れすぎよ。もう少し緩めないとお花ちゃんたちが可愛そうじゃない。フラン、貴女は筋は良いけれど、おっかなびっくりでやってたら気が持たないわよ?」
「「はーい!」」
その内の一人は、今回の一件でデイジーを提供し、大きな貢献を果たした風見幽香であった。
そしてその彼女の前で、おそろいの麦藁帽子とTシャツに軍手と手ぬぐい。そして赤と緑の色違いのオーバーオールを纏ったフランドールと美鈴が、花壇の土いじりに精を出していたのだ。
スコップ片手に汗をかきながら(もちろん、日光を防ぐ日焼け止めクリームも塗って)、一生懸命に花々の世話をこなすフランドールは、以前とはまるで別人のように容姿相応のあどけない顔で作業を行っていた。
「あの二人は正式に風見幽香の園芸術の門下生になったの。指導は厳しめだけれど、フランも美鈴も生き生きとした顔でその指導を受けているわ」
「……どうやら、今の所は『発作』の方は起きてねぇみたいだな」
「ええ……。フランのあんな見た目相応の楽しそうな顔を見るのも、何だか久しぶりだわ……」
園芸作業に精を出す妹を慈しみの眼で見つめてレミリアはそう言った。
しばしの静寂が辺りを包み込む――。
しかしやがて、レミリアはフゥと息をつくと再び四ツ谷に向き直った。
「今回の事……私やフラン、そしてこの紅魔館にとって大きな転換期となったのは間違いないわ。だからこのままあなたに何のお礼も無しに事を終わらせる訳にはいかないのよ」
「……じゃあこの紅茶とケーキが謝礼って事で」
「ふざけてるの?」
適当な事を言う四ツ谷に、レミリアはテーブルから身を乗り出すようにしてジト目で彼を睨みつける。
そんなレミリアに、四ツ谷は肩をすくめて言う。
「そうは言っても、金にはとくに困ってねぇし……。別段、これと言って欲しい物は特に――」
「――『働き手』……など、如何でしょうか?四ツ谷様」
四ツ谷の声に重なるようにして第三者の声がベランダに響き渡った。
その場にいた全員が声のした方へ眼を向けると、そこにはお代わりの紅茶を入れたティーポットをカートに乗せてこちらにやって来る、小柄な妖精メイドの姿があった。
その妖精メイドは四ツ谷も知る者で、思わず口が開く。
「お前は確か……イトハっつったか?」
「その節はどうも……四ツ谷様」
「働き手ってどう言う事?」
ぺこりと四ツ谷に向けてお辞儀をするイトハに、レミリアがそう問いかける。
顔を上げたイトハは、それに答えた。
「はい……実は四ツ谷様の所に居候していらっしゃる梳様が、近々お店を出すとの話を耳にしまして」
「あー……確かにそうだ。なんだ?良い人材の心当たりでもあんのか?」
四ツ谷の問いかけに、イトハは柔らかくニッコリと笑うと、右手を自身の胸元に添えて静かに口を開いた。
「はい、います。……
その発言に、四ツ谷とレミリアは同時に顔を見合わせる。
そして、視線をイトハに戻したレミリアは、確かめるようにして彼女に問いかける。
「貴女が、その店の店員になるって言うの?」
「はい。実はもうメイド長から了承の意をもらっていまして、後はお嬢様が許可してもらえれば……」
「私も別に、貴女が良いって言うのならいいのだけれど……。あなたはどうなの?」
そう言ってレミリアは次に、四ツ谷に視線を向ける。
四ツ谷もイトハの発言にやや面食らった表情を見せるも直ぐに口を開く。
「いや、俺も別に良いが……。本当に良いんだな?何せこの幻想郷で初めて出来る『髪結い処』だ。結構忙しくなると思うぞ?」
「はい、元より覚悟の上です。こう見えても私、物覚えには自信がありますから、梳様の仕事のサポートから身の回りのお世話までそつなくこなして見せしましょう」
ニッコリと笑ってそう言うイトハに四ツ谷は興味深げにニヤリと笑った。
「ほゥ、言ったな?いい度胸だ、気に入った!良いだろう。今ここでお前を採用してやる!」
「是非、今後ともよろしくお願いいたします♪」
ビシッとイトハに指をさして響いた四ツ谷の言葉に、イトハは嬉しそうにカーテシーの動作で深々と頭を下げて見せた――。
最新話投稿です。
次回でこの章は終わりますが、登場するのは紅魔館組のみとなっております。