金小僧の噂を知った半兵衛の前に四ツ谷が現れる。
時刻は子の刻を回り、シンと静まり返った大きな屋敷の一室で、二人の男が対峙していた。一人はこの屋敷の持ち主の金貸しの半兵衛。そしてもう一人は突然この部屋に現れた奇妙な語り部、四ツ谷文太郎であった。
四ツ谷を睨み付けながら半兵衛は叫ぶ。
「ふ、ふざけるなよ若造が!金小僧が来ているだと!?馬鹿もやすみやすみ言え――」
「――なら半兵衛さん。何故あなたは今そんなにも――」
「――
「……え?」
「何故あなたは今そんなにも、怯えているのですか……?」
四ツ谷の指摘に半兵衛は一瞬何を言われたか分からず呆然となり、そこに再び四ツ谷が繰り返し問いかけたのだ。
しばしの静寂後、また四ツ谷は口を開く。
「……わかっています。あなたが今一番恐れているモノ、それは今まであなたが蹴り落とし、追い詰めて破滅させてきた者たちから来る恨みつらみ、憎悪、そしてその復讐が自分に降りかかる事……それがあなたを怯えさせる全ての元凶……!」
「……ッ!!」
「金小僧はそんな彼らの恨みを一身に背負い、あなたを殺そうとする、言わば復讐の代行者にあなたは見えるのでしょうね……」
「ば、かな……里のやつらのこと、など……!」
「なら……アレを見ても、そう言えますか……?」
そう言って四ツ谷は障子が一面に立つ方へ指を向ける。次の瞬間――。
バンッ!!
「ひぃっ!?」
唐突に障子の外側から
見るとそこには、月明かりに照らされてうっすらと人の顔と両手のシルエットが障子に張り付いていた。
それを見た半兵衛は息を呑む。それと同時にまた――。
バンッ!!
バンッ!!
ババンッ!!
バンッ!!
バンッ!!
バンッ!!
バンッ!!
バンッ!!
「!!?」
障子一面に人の顔と手のシルエットが無数に現れ、中を覗き込むようにして障子に張り付いてきたのだ。
たまらず、半兵衛は腰を抜かし口をパクパクと開閉させる。
だがそれとは正反対に四ツ谷は何事も無いかのように呟く。
「……おやおや、あれはどうやらあなたに
「ッッッ!!!」
「どうやらあなたに会いたがっているようだ……せっかくですから、会って上げてはいかがですか……?」
「な、なにを言って……!」
そう言って半兵衛は四ツ谷に目をむけ、そしてまた障子の方に目を戻すと――。
――顔のシルエットは全て消え去っていた。
「……?」
半兵衛は這うようにして障子に近づき開くと、恐る恐る外を見た。
そこには何の変哲も無い夜の庭先が広がっていた。
「消えた……のか……?」
そう呟いて安堵しそうになる半兵衛に四ツ谷は無情な言葉を投げかける。
「いいえ、消えてはいませんよ彼らは。その証拠に聞こえませんか……?」
「……こちらへと近づいて来る……鈴の音が……!」
チリーン……
「ひぃっ!??」
自分の耳に入ってきたその音色に半兵衛は再び戦慄する。
チリーン、チリーンと鈴の音は四ツ谷の言うとおり、この部屋に近づいてくるようだった。
それと同時に――
ズルリ……!
ズルリ……!
まるで大きな巨体を引きずるような足音が部屋へと近づいてくるのを半兵衛は確かに聞いたのだった。
「……知ってますか?金小僧のその姿は、小僧とは名ばかりに大判のような巨大な顔を持つ金色の大男のようなのだと……」
四ツ谷の説明を聞いてか聞かずか、半兵衛は部屋の隅に縮こまってガタガタと震えだした。
それと同時に月が雲の向こう側に隠れ、蝋燭の光源以外がその場を闇で支配された。
四ツ谷はその蝋燭を持って、いまだ震え続ける半兵衛に歩み寄り、耳元でそっと囁いた――。
「……これはあなたが生み出した怪異だ。……あなたが作った憎悪と恨みを一身に背負ってやってきた怪異だ。……どこへ逃げようとあなたの前に必ず現れる。金小僧となって現れる――」
「――ほら……もう来ましたよ……半兵衛さん……」
最後にそう響いた四ツ谷は唯一の光源となった蝋燭の炎をフッと息で吹き消した――。
完全なる暗闇の世界が生まれ、一寸先すらも何も見えなくなった――。
「あ、ああああああああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーッッッ!!!!」
半兵衛はパニックになり部屋中を転げまわる。逃げなくては一刻も早くこの場から逃げなくては!だが、そうは思ってもどこへ行けばいいのかも分からず、半兵衛は手探りで出口を探す。
するとその手にピトッと硬い何かが触れ、半兵衛の動きが止まる。
それは硬くもひやりとした
ドクン、ドクンと自分の心臓が大きく聞こえ出し、それと同時に半兵衛は誰かに唆されたかのように顔をゆっくりと上げる。
荒い息を吐き、全身に冷や汗を流しながら見上げた先には――
――
大判のような大きな顔で半兵衛を見下ろすその男は、腹に無数の顔を浮かばせながら半兵衛に向かって小さく響く――。
ヤロウカァ……?
ヤロウカァ……?
「い、いらな……い……。いらない!いらない!!いらないいらないいらない……!!!いらないいイィィィィーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!」
叫び声を上げながら障子を突き破り庭先に転げ出ると、半兵衛は屋敷を飛び出してまだ明かりの灯る人里の繁華街へと向かって走り出していた――。