美鈴の部屋を訪れた四ツ谷たちは、そこで奥方の『遺品』を見せてもらうと同時に、思わぬ収穫を得る事となる。
太陽が空の天辺から大きく西へ傾いた時刻――。
「ちょっと、そこ。隣のお花ちゃんと接触させすぎよ。もうちょっと等間隔で植えなきゃ。あ!ちょっとあなた。そのままじゃ根っこ傷つけちゃうじゃない。そこのあなたも、肥料はもうちょっと
紅魔館の裏庭、皆が今もなおデイジーの植え替えに勤しんでいるその中で、太陽の畑からやって来た風見幽香の姿があった。
太陽の畑からデイジーをあらかた運び終えた彼女は共に作業をしていた妖精メイドたちと一緒に紅魔館へと向かい、今度はそこの監督役としてその場にいる一人一人に指示や注意を促し、作業を進めていた。
それを傍から見ながら作業を一旦止め、ホフゴブリンが用意した簡易の小さな椅子に座って小休憩を取っている二人の少女の姿があった。
――それは、今回の一件で騒動から置いてきぼりをくらい、四ツ谷からの説明もそこそこにデイジーの植え替えを手伝わされる事となった、梳と薊の二人であった――。
二人は会館に戻ってきた金小僧たちに、この紅魔館で『最恐の怪談』をする事になったという事以外、ほとんど何も聞かされてはいない状況であったが、当の二人にとっては一番心配していた四ツ谷の安否が分かった、ただそれだけで十分であったのだ。
それ故、その後に紅魔館に連れて来られた際に四ツ谷と再会した時も、四ツ谷の『最恐の怪談』の協力要請に二つ返事で承諾したのであった。
デイジーの植え替えでかいた汗をホフゴブリンたちから配給された手ぬぐいで拭くと、おもむろに薊が呟く。
「……もう直ぐ、完成しそうですね」
「うん、そうだね」
梳も裏庭の現状を見ながら、それに頷く。
するとそこへ、二人の横からお盆に乗せられたお茶の入ったグラスが二つ差し出された。
「お疲れ様です。どうぞ、粗茶ですが……」
「あれ?あなたは……」
その者の顔を見た梳は、無意識にそう響く。
お茶を差し出してきた妖精メイド……その顔には梳も薊も見覚えがあったのだ。
それは、つい数時間前に食堂で自分たち、四ツ谷会館組とここの門番である美鈴に食事を運んできてくれた、イトハと呼ばれたあの妖精メイドであった。
驚き半分に梳と薊は彼女からお茶を受け取る。
梳と薊はゆっくりとお茶に口をつける。
よく冷やされた茶色の液体が、口からのどの奥へと心地よく落ちてゆく――。
――と、そこへイトハが二人へ声をかけた。
「あの……お聞きしてもよろしいですか?」
「うん、なに?」
そう聞き返した梳に、おずおずとイトハは言葉を続けた。
「『最恐の怪談』……だったでしょうか?メイド長からお聞きしたのですが……本当にそれで、お嬢様たちの長年の心の傷を癒す事ができるのでしょうか?」
「……あー、ごめん。実は私も四ツ谷さんが
梳が言う事は事実であった。
彼女はほんの数日前に起こった『四隅の怪』の一件で、博麗の巫女に拘束された四ツ谷に成り代わり、『最恐の怪談』の語り手――その代役を担った。
そして、それ以前からも四ツ谷が会館の壇上や、人里の道端にて子供相手に『怪談』を語っていたのは度々見ていたのだが、『最強の怪談』を四ツ谷が直接行うところを見るのはこの一件が初めてだったのである。
それ故、梳はその事に詳しいであろう、自身の隣に座る少女――薊に助けの眼を向ける。
その視線を受けた薊は直ぐにそれの意味に気づき、小さく苦笑しながら梳と入れ替わるようにしてイトハに声をかけた。
「大丈夫ですよ、心配入りません。館長さんがそう言ったなら、絶対に上手くいきますから」
イトハの不安げな顔に「大丈夫です」と柔らかい笑みを向けてそう呟く薊。
事実、彼女は四ツ谷の『最恐の怪談』がいくつもの一件を解決する所を何度も見てきた。
それ故、今回の一件もきっと四ツ谷と『最恐の怪談』が何とかしてくれるとそう信じ、薊自身も裏庭の復活に全力で協力しているのだった。
そこで薊はふと、思い出したかのようにやや眉間を寄せながら呟く。
「……あーでも、この一件が終わったらあの咲夜さんってメイド長さんには一つ約束してもらわなくちゃいけませんね。もう館長さんを拉致して来るのは止めるようにって……」
「……えっ!?メイド長、そんな事しちゃってたんですか!?」
初耳だったのかイトハは驚きの声を上げ、薊はそれに頷く。
「そうなんです。朝ごはんの時にいきなり現れて館長さんを無理矢理連れて行ったみたいで……」
薊が会館に来たのはその直後だったらしく、後で梳や金小僧たちにことの仔細を知らされた時はその横暴っぷりに少し憤りを感じたほどであった。
そう薊がイトハに説明している途中、梳の方も唐突にハッと顔を上げ、口を開く。
「朝ごはん……そうだ……この一件が終わったら
『朝ごはん』というキーワードで自分が出そうと計画している店の事を思い出し、そう呟く梳の言葉を聞き取ったイトハは彼女に尋ねる。
「?……お店を出される予定なのですか?」
「……へ?あ、うん、そう……まだ、思いついて間もないんだけれど、理容店を出そうと考えてるの。……でも、店を建てる費用は大丈夫だけど、人員がね……。何せ初めて
「大丈夫ですよ。きっと来てくれます。……人里の人たちって、結構目新しい物には興味津々なんですよ」
そう、苦笑交じりに説明する梳を薊がそう励ましの言葉を投げかけた――。
夕方の時刻となり、空が茜色に染まると同時に元々紅かった紅魔館も、変色した景色の赤に溶け込むようにしてさらに紅く染まっていく――。
そんな紅魔館の厨房で今、メイド長の十六夜咲夜と門番の紅美鈴が、二人並んで今回の『
「咲夜さん、
「うん、いいんじゃないかしら?後は形を整えてオーブンに入れれば、
「よかった。……それにしても、結構大掛かりになってしまいましたね」
「本当よ。ここまでしたんだからあの男の『最恐の怪談』とやらには是が非でも成功してもらわなくちゃ困るわ」
そう毒つく咲夜に美鈴は少し苦笑しながら続けて言う。
「……それにしても、意外ですよね。私も咲夜さんも、最初は四ツ谷さんの『最恐の怪談』をお嬢様たちに聞かせる事を頑なに拒んでいたのに……。今は二人共、あの方に協力してしまっている……」
「……私の場合、『聞き手』にお嬢様も加えられなければ、
大図書館で四ツ谷に美鈴と共に詰め寄ったときの事を思い出し、咲夜はそう呟く。
そして、続けて言葉を紡いだ。
「……でも、私の知らなかったこの紅魔館の過去をあなたの口から聞いて……色々と考えが変わったわ。妹様もそうだけど、お嬢様も妹様に対する考えを改めなければならないと思う……。お嬢様にとって妹様は唯一残された家族……例え妹様から嫌われていたとしても、やりようはまだ他にもあったはずだもの……」
しんみりとそう呟く咲夜に、美鈴はジッと横目で彼女を見つめた後、
「咲夜さん。咲夜さんは、妹様がお嬢様を一方的に嫌っていたように見えていたのかもしれませんが……。実はお嬢様の方も、少なからず、
その言葉に、咲夜は作業手のを止め、驚きながら美鈴を見る。
「お嬢様が、妹様に嫉妬……?」
「ええ。……例の家族の肖像画。あれを見ていれば分かると思いますが、妹様は母親である奥様に容姿がよく似ておられました」
言われて咲夜は、あの肖像画のフランドールと奥様の二人を脳裏に映し出す。
金色の長髪に、顔立ち……確かに、そうであった。
親子であれば父親か母親、あるいは両方に似るのは当たり前である。
フランドールもその常識にもれず、母親の血を色濃く引き継いでいるのだろうと……。
そこまで考えた咲夜は、直ぐにハッとなり、その顔を見た美鈴は苦笑しながら続けて響く。
「気づかれたようですね咲夜さん。……妹様は、奥様の容姿に似通っておられました。ですが、お嬢様は……
咲夜は自身の主の容姿を思い浮かべる。青みかかった銀髪はとても奥様の髪とは似ておらず、加えてあの性格とカリスマ性は、話で聞く奥様には無かったモノである。
ならば、それらは一体誰から遺伝したモノか?……そんな事、子供でも分かる
「……お嬢様は先代主様に似た自分の容姿をとても毛嫌いしておられました。一時期、自分の髪を奥様と同じ色に染めようとするまで……」
「お嬢様は、そこまで……」
「はい……。ですが、先代主様が死に、お嬢様がこの紅魔館の当主になると、お嬢様のその自身のコンプレックスはなりを潜めました」
「……お嬢様が当主となった事で、その仕事に着手するようになり、自身のコンプレックスが
咲夜のその問いかけに、美鈴は頭を振る。
「……と言えば聞こえは良かったのでしょうが、お嬢様のあれはむしろ『開き直り』に近かったかと思います。自身の性格や容姿はそう簡単に変えられるものでは無い。ならば、忌み嫌う父親の血を受け入れ、その能力を生かして紅魔館を先の時代以上に繁栄させて見せると、お嬢様はそう意気込んでおられました」
「…………」
「ですがやはり……、自身のそんな苦悩を露とも知らず、奥様の容姿を受け継ぎ、当主の重みも全く知らない妹様に、思う所があったのも事実だったのかと……」
「……メイド長としても、従者としても失格ね私は。妹様だけでなく、一番傍にいたお嬢様のそんな心にも、私は気づく事ができなかった……」
ため息混じりにそう響く咲夜に美鈴も「咲夜さん……」と小さく響く。
しかし次の瞬間、美鈴は「でも……」と続けて口を開いた。
「……それでも、お嬢様は妹様を心の底では愛しているんだと思います。だからこそ……あの
「それって……『
咲夜の問いかけに美鈴は顔を上げて咲夜を見ると、今度は強く頷いて見せた。
「はい……。咲夜さんは、お嬢様が何故あの異変を起こしになったのか知ってますよね?」
「ええ。あの霧で幻想郷全体を覆えば、日中でも自由に外で動き回る事ができるとお嬢様はお考えになられて……」
「そうです。でも、あれにはもう一つ目的があったのです――」
そう言いながら美鈴は手元の作業を再開し、続けて言葉を紡ぐ。
「――異変が成功すれば、自分だけでなく妹様も自由に外で遊ぶ事ができる。そうすれば、狂気にとらわれていなかったあの頃の妹様に、また戻る事ができるのではないかと……お嬢様はそう思ったのです」
「!……お嬢様はそこまでお考えになられて……」
「まぁ……結局、あの異変も霊夢さんたちに阻止されちゃいましたけどね。……でも、それがきっかけで妹様の発作も軽減され、何もかも失敗、というわけではなかったのですが……」
再び苦笑を浮かべてそう呟く美鈴。
しかししばしの沈黙後、その表情すら消し、再び咲夜に口を開く。
「ですが……今になって妹様の発作が悪化してくるだなんて思いもしませんでした……。『紅霧異変』の一件後、パチュリー様がお嬢様たちの為に『日焼け止めクリーム』を開発してくれたおかげで、お二人は日中でも自由に外へ出歩けるようになられた。……これなら妹様も、近いうちにまた容姿相応の何の陰りもない笑顔を見せてくれる。私は、そう思っていました。……そう……思っていたんです……」
段々と消え入りそうになっていく美鈴のその声に、咲夜は何と答えて良いのか言葉に詰まった。
二人の間に重い沈黙だけが流れる。
しかし、やがて咲夜が一言だけ、搾り出すように美鈴に声をかけた。
「……必ず、成功させるわよ。あの男の『怪談』……」
「はい……」
咲夜の言葉に、美鈴は短いながらも、はっきりとした口調でそう返した――。
――太陽が山の向こうへと隠れ……闇に彩られた空にポツポツと星が浮かび始める――。
その宵闇の中、紅い色に染められた館にて、今……二人の幼い吸血鬼が同時に眼を覚ました――。
「……ん。ふわぁぁ~~~っ」
薄暗い地下の自室にて、フランドールは上半身を起こすと、背伸びをしながら大きな欠伸を一つする。
そうして寝惚け眼で、壁際にある木製のボロボロのチェストの上に乗った、これまた壊れかけの置時計を見つめた。
時刻はとっくに日の入りを通り越し、夜になっていた。
「んぅ~?もう、こんな時間?いつもなら咲夜が起こしに来てくれるはずなのに……」
そう言いながらのろのろとベットから這い出ると、寝起きのおぼつかない足取りで部屋を出て、地下の通路を歩いていく。
先の姉妹喧嘩でボロボロになっている地下を通り、フランドールはその時たどり着けなかった大図書館へとあっさりと足を踏み入れていた。
「……?……パチュリー?小悪魔?」
いつもここにいるはずの魔女と下級悪魔の姿が見えない事に、フランドールは首をかしげた。
シンと静まり返った大図書館には二人は愚か、誰かがいる気配が一切無かったのだ。
「二人とも、上にいるの……?」
まるで自分だけがこの世界に取り残されたかのような錯覚を覚え、フランドールはやや不安げにそう呟くと、大図書館から地上のエントランスへと続く階段を登り始めた――。
「……ん。ふわぁぁ~~~っ」
薄暗い自室にて、レミリアは上半身を起こすと、背伸びをしながら大きな欠伸を一つする。
そうして寝惚け眼で、壁にかけられた豪華な装飾の振り子時計を見つめた。
時刻はとっくに日の入りを通り越し、夜になっていた。
「……え?ちょっと、もうこんな時間?咲夜ったら何してるのよ?」
いつもならもうとっくに起こしに来てくれているはずのメイド長に対し、ブツブツと文句を言いながら、レミリアは机の上に置いておいた呼び鈴を鳴らす。
チリリリリィィン……。と綺麗な鈴の音が部屋に響き渡る。
いつもならこの音で咲夜が部屋にやって来るのだ。
「……?」
しかし、今回は何故か彼女がやって来る気配はいつまでたっても無く、レミリアはその後も何度か呼び鈴を鳴らした。
だが、それでも咲夜が来る様子は全く無く、レミリアは怪訝に首をかしげた。
「咲夜ったら、いないのかしら?……いや、でもあの男を見張っているように言いつけたから紅魔館の中にはいるはず……」
とにかく、ここでボーっとしているわけにはいかないと、レミリアはベットから這い出ると、自身の洋服ダンスからいつものドレスを引っ張り出し、それに着替え始める。
服の袖に腕を通し、次に首を出すと、レミリアは服の中に入ったままの髪を外に出そうと両手を首の後ろへと回し――その動きを途中で止めた。
「…………」
その姿勢のまま、レミリアは自身の視界に垂れる、己が前髪を睨みつける。
レミリアは、自身のこの髪の色をとても嫌っている。正直に言って大嫌いだ。
それだけではない、自分のこの性格も、そして持って生まれたカリスマの素質も、何もかもだ。
それらは全て、あの忌々しい父親から受け継いだものであると、自覚していたからだ。
自分の中にあの男の血が流れていると考えるだけでも虫唾が走ると言うのに、あの男の髪や性格まで似ているとなると、もはや反吐が出るレベルであった。
それこそ自己嫌悪に陥り、自分で髪の色を染め変えようとするほどに。
だが、それでも……
口に出すのもおぞましい、最後まで散々な目に合わされ続けた男に似通ってしまった自分を、だ……。
彼女が自分に向けてくる裏表の無い、純粋な笑顔を思い出す度に、レミリアの心は安らぎに満ち、と同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
妹と平等に自分に注いで来る彼女の母親としての愛情を、レミリアは心から感謝していた。だが、どうしても彼女が自分を通してあの男に内心怯えているのでは、と言う一抹の疑心が拭いきれずにいたのだ。
だからこそ、最愛の母親の容姿を受け継いだ、今唯一の家族である実妹に微かな嫉妬心を抱いていたのも事実であった。
(どうして、私があんな男の血を受け継いで、あの子が
そんな事が頭によぎったレミリアだが、直ぐに強く首を振った。
止めよう。今更そんな事を考えたって仕方の無い事だというのは、自分がよく分かっている。
思考から眼を背けるように、レミリアは着替えを終えると、足早に自室を後にする。
そうして彼女も、
「「!?」」
全体が赤いエントランスホール。そこに吸血鬼の姉妹が鉢合わせをした――。
自室からやってきた姉は、同じく地下から上がってきた妹とばったりと出くわし、双方共に眼を丸くする。
しかし直ぐに、先程起きて最初に出くわした相手が、よりにもよって今一番会いたくない者だと分かると、双方が共に顔をしかめた。
今、二人の脳内には、就寝する前の先の大喧嘩の記憶が蘇っていたのだ。
シンと静まり返ったエントランスに、幼い吸血鬼二人が相対する。
しばしの沈黙後、姉の方からその静寂が破られた。
「おはようフラン……ここで一体何をしているの?」
誰でも行う寝起きのあいさつ。されど、その声は幾分か棘が含まれていた。
それを感じ取ったのか、フランドールは顔をさらにしかめると、直ぐにすまし顔に変えてそれに答える。
「おはよう、お姉様。……私が何処にいようが私の勝手じゃないの?」
「最近のあなたは傍から見ても眼を放せられないほど危険な状態。そんなあなたを一人にしておけるわけないでしょ?」
「はんッ!何よ今更……『紅霧異変』や他の異変……宴会とかでも私に内緒で自分だけ楽しい事していたクセに!」
フランドールがそう叫んでレミリアを睨みつけるも、当のレミリアはため息交じりに反論する。
「異変はどんな相手が絡んでるか分からない、先の読めないモノなのよ?そんな危険な事にあなたを巻き込めるわけ無いじゃない。……それに、宴会は言いかえればあれは『お酒の席』よ?あなたお酒飲めないでしょ?」
「……お姉様はいつもそう!危ないから、できないからって私に何もさせようとしてくれないじゃない!」
「……あなたが自身の『発作』を自力で抑えられるようなら、私も無理に強要なんてしなかったわよ。……フラン、あなたも自分の事だから分かってるんでしょ?ここ最近の自分の言動に歯止めが効かなくなってきている事に」
鋭いレミリアのその指摘に、フランドールは俯いて唇をかんだ。レミリアの言うとおり、それはフランドールが一番理解していたからだ。
だが、理解はできていても納得出来るかと言えば、それは違った。
フランドールも数百年は生きてはいるものの、その精神は今だ子供のままである。
紅魔館の地下に幽閉されて
「どうでもいいじゃない、もうほっといてよッ!別にいいじゃない、気に入らなければ壊せば良いだけなんだし!私の好きなようにやらせてよ!!」
「何言ってるのよフラン!!そんな事、許せると思ってるの!?今、あなたを野放しにすれば、霊夢たちですら見逃せない事態に発展するのは目に見えているわ!!あなたにもしもの事があれば、お母様にも顔向けできな――」
「いい加減にしてッ!!!!」
一際、大きなフランドールの怒声がエントランスに響き渡り、その迫力に気圧される形でレミリアは眼を見開いて言葉を詰まらせる。
硬直するレミリアを前に、両腕をブルブルと震わせながら涙眼で彼女を睨みつけるフランドールの姿があった。
「お母様、お母様って何よッ!!言ったじゃない、私はお母様の顔も
レミリアの「お母様」と言う言葉で怒りが頂点に達してしまったフランドールは呆然となるレミリアを前に、怒りのままに言葉をぶつけ続ける。
「私はお姉様と違って、お母様との思い出なんか何一つ思い出せない!!私の中には最初っからお母様の存在なんて有りはしなかったのよッ……!!それなのに、お姉様は何度も、何度もッ……!!もう、いい加減にしてよ……」
「フラン……」
小さく声をかけるレミリアに、フランドールは力なくうな垂れながらもそれでも言葉を続ける。
その双眸からポタポタと雫を床に滴らせながら――。
「今だってずっと……ずっと、お母様と交わした『約束』を思い出そうとしているのに……頑張って思い出そうとしているのに……これっぽっちも思い出せやしない……。大切な『約束』だったはずなのに……少しも……。今一番腹が立つのもお姉様じゃなくて、その『約束』すらも思い出せない私自身だって言うのに……」
「…………」
消え入りそうなフランドールのその独白に、レミリアは今度こそフランドールにかける言葉を失ってしまう。
えぐ、えぐ、とすすり泣くフランドールの泣き声がエントランスに静かに響き渡った――。
「――そして、幼き吸血鬼姉妹は口論の果て……言葉を交わす力を失い、意気消沈となってしまいました……」
「「……!?」」
唐突にエントランスに第三者の声が木霊し、レミリアとフランドールは同時に顔を上げ、声のした方へと眼を向ける。
「……されど、彼女たちの頭から、未だに母親への未練は断ち切れません……」
エントランスから伸びる廊下の一つ……その奥の暗闇から、カラコロと下駄を鳴らして現れる長身の男が、歌うように、囁くように、そう言葉を紡ぎながら二人の前に現れる――。
「――『記憶』という混迷の闇の中……それでも少女たちは必死に『答え』を探し求める……。だが、その時ふと……一陣の生ぬるい……嫌な風が、少女たちの間を吹き抜けた――」
「お、お前は……!」
「誰……?」
飄々と言葉を吐き続けながらいきなり現れたその男を前に、レミリアは唖然とそう呟き、
そんな二人の様子を気にする事無く、その男――四ツ谷文太郎は、いつもの不気味な笑みを顔に貼り付けながら不敵な視線で二人を見下ろすと、悠々とした態度で開幕の言葉を解き放った――。
「――さァ、語ってあげましょう。
最新話投稿です。
ちょっと時間がかかり、またもや一万字近くとあいなりましたw
今回は次回の『最恐の怪談』回への繋ぎ回と見てもらえれば分かりやすいかとw