四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

風見幽香との交渉、決着。


其ノ十一

四ツ谷会館に待機していた面々、金小僧、梳、薊、そして折り畳み入道を呼んだ四ツ谷は、折り畳み入道が入っている衣装箱とは別に、()()()()()()()()を金小僧に持たせて一同、紅魔館の裏庭へとやってきた――。

そこには先に来ていた咲夜、美鈴、小傘の他にも()()()()()()がそこに勢ぞろいをはたしていた――。

 

「こいつはまた……予想以上に多くの人手が揃ったな」

「この紅魔館で働いているホフゴブリンと()()()()()たちよ。これだけの数がいれば、数時間でこの庭園を元に戻すことができると思うわ」

 

四ツ谷の呟きに咲夜が胸を張って答えた。

咲夜の背後、合わせて百人近い人外の者たちがずらりと立っており、その種類は小柄で赤いバンダナと腰巻しか身に纏っていない小鬼(ゴブリン)と、同じく小柄で透明な羽とメイド服を纏った妖精との二種類に分かれていた。

それを見ていた小傘は妖精メイドの方を見ながら不安げに呟く。

 

「でも、大丈夫なんですか?妖精メイドって基本自分たちの食事ぐらいしか用意できない者たちばかりだって聞きましたけど……」

「問題ないわ。ここにいる妖精メイドたちは()()()()()

「特別?」

 

咲夜の言葉に小傘がオウム返しにそう聞き返し、問われた咲夜は力強く頷いた。

そして、一歩前に出ると咲夜は声を張り上げる。

 

「整列!」

 

すると、途端にホフゴブリンの中から妖精メイドたちだけが抜け出し、瞬く間に横一列に整列したのだ。

突然の事に美鈴以外、ポカンとなる四ツ谷たち。

そんな四ツ谷たちの様子も気にせず、咲夜は妖精メイドたちに四ツ谷たちを紹介するべく声を張り上げ続ける。

 

「こちら、今回の計画に共同で行う事となった四ツ谷会館の皆様よ。一同、礼ッ!」

 

そうして、咲夜の号令と共に妖精メイドたちは一斉に、自分たちのスカートを両手で摘むと驚く四ツ谷たちに向けてカーテシーの一礼をして見せたのだ。

それはもう、少しのブレもない完璧に息のあった所作であった。

開いた口が塞がらない四ツ谷たちに咲夜は得意げに言う。

 

「どう?私の育て上げた『妖精メイド精鋭隊』よ」

「よ、妖精メイド精鋭隊???」

 

呆然としたまま再びオウム返しに聞き返す小傘に、咲夜は「そうよ」と強く頷くと、聞いてもいないのにこの妖精メイドたちの事について淡々と語り始めた――。

 

「……まだ、ホフゴブリンがこの館に働きに来ていなかった頃、館には千匹以上の妖精メイドたちがいるけれども、その誰も彼も全て役立たずだったわ。自身の身の回りの事しかできず、実質館の管理、その全てを行っていたのは私一人だけだった。この広大な館の中で私一人だけよ?来る日も来る日も掃除、洗濯、料理にお嬢様の身の回りのお世話……。私の時間停止の能力のおかげでその全てを一日で終わらせる事はできていたけれど、精神と肉体はそうはいかない。時間停止の中で休みながら仕事を行っても、いずれ両方が破綻する事は眼に見えていたわ……」

 

唐突に自身の身の上話を打ち明け始めた咲夜に、四ツ谷たち一同の目が点となり、美鈴は「あはは……」と空笑いを上げる。

そんな彼らの様子に気付いていないのか、咲夜は段々と(こぶし)を固めて力説し始める。

 

「……そんな時、私は一つの計画を立案した!その名も『妖精メイド育成化計画』!!館にいる千匹の妖精メイドに一からメイドとしての教養を叩き込み、(ふる)いにかけながら、生き残っていく妖精たちを一人前のメイドへと育て上げる計画よ!!」

 

自身の拳を天へと突き上げて声に力を入れてそう叫ぶ咲夜。彼女の話はまだ終わらない。

 

「私が企画し、お嬢様の承認ですぐさまこの計画が開始される事となった……。千匹の妖精メイドを私一人の手で一から教えるのは苦難だったけど、それでも私は諦めなかった!物覚えの悪い妖精たちにメイドとしてのマナーや知識、そして主を守る為の護身術等々……数年の時をかけてそれを教え込んだ……。でも、それと同時に私の教習についていけず、脱落する妖精たちが後を絶たなかったわ。気づけば私の指導に着いて来ていた妖精はほんの一握りだけになってしまっていたのよ……」

 

「……でも!」と、両手を広げて一列に並ぶ妖精メイドを見ながら、咲夜は歓喜したかのように叫ぶ。

 

「この総勢()()()()()()()()たちは、私のプロジェクトを見事やり遂げ、完遂した!!私の努力から生まれた原石!血と汗と涙の結晶!この子たちは私の手で一人前のメイドへと生まれ変わった超エリート妖精メイドたちなのよ!!」

 

その時の苦労と成功した喜びを思い出したのか、滂沱の涙を流しながらも歓喜の笑みを浮かべる咲夜。

そんな彼女を四ツ谷たちは冷めた目で見つめていた。

 

「へぇ……あっ、そう……。だが、千匹いたってのに成功したのはたった十匹って――」

「――シッ!それでも咲夜さんの肩の荷を軽くするのに十分な戦力だったのです。水を刺すような事、言っちゃいけません……!」

 

白け顔でそう呟く四ツ谷に横から美鈴が小声でそうたしなめた。

小さくため息をついた四ツ谷は腰に手を当てて周りを見渡しながら続けて言う。

 

「ハァ……。でもこれで、ここにいる奴らの大半がホフゴブリンで妖精メイドが数えるぐらいしかいないのか、よく分かったよ」

 

四ツ谷の言うとおり。自分たちを除いて集められた百人近い紅魔館の下働きの者たちのほとんどがホフゴブリンだったのである。

 

「これも全て私自身の為。ひいては、あの傍若無人なお嬢様の無理難題を完璧に遂行する為。一刻も早い戦力増加が必要だったのよ」

「うん。お前、さり気なく自分の主ディスってんの気づいてる?」

「ちょっ、師匠……!」

 

疲れたようにそう小さく突っ込みを入れる四ツ谷に、小傘が慌てて彼のわき腹を肘で小突く。

その衝撃で軽く咳き込んだ四ツ谷は、今度は大きくゴホンと咳払いを一つする。

 

「……えらく脱線しちまったがそろそろ始めっぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――庭園復活計画。

その最初に行われたのは、太陽の畑から紅魔館へ花を運ぶ運搬からであった。

まず、咲夜および大半の精鋭妖精メイドが、四ツ谷の用意した大きな箱と花の手入れ用具一式を持って太陽の畑へと向かう。

そこで風見幽香監修の下、生息するデイジーを一本一本地面から掘り起こし、それを箱へと入れていくのだ。

箱に入れられたデイジーは折り畳み入道の能力で瞬時に紅魔館の衣装箱へと転移させられ、そこでホフゴブリンや美鈴たちによって裏庭に植え替えられていくという運びとなっている。

ちなみに、四ツ谷たち会館組もそれを手伝う手はずとなっている。

咲夜たちが太陽の畑へと言っている間、四ツ谷を除いて裏庭にいる者たちは、全員でいつでも花を植えられるようにボーボーに生えた雑草を狩り、土を耕して地面を整えた。

一通り下準備が整った時、裏庭に出されていた衣装箱からデイジーの花が太陽の畑から運ばれて来る。

それを箱から取り出し、植え始めた時、太陽の畑の方から咲夜だけが帰還して来た。

帰ってきた咲夜を見つけた四ツ谷は彼女に声をかける。

 

「速い帰りだな。向こうは大丈夫なのか?」

「ええ。風見幽香の指示の元で問題なく作業は進んでるわよ。私が戻ってきたのは、こっちでも問題なく作業が進んでいるのか様子を見るため」

「シッシ!そりゃご苦労さん。……そうだ、帰ってきたついでに銀髪メイド。お前にちょっと頼みたい事がある」

 

そう言って四ツ谷は懐から小さな紙切れを咲夜に渡した。

受け取った咲夜はそこに書かれている文字に眼を走らせて怪訝に眉根を寄せる。

 

「……なに?()()()()()()()()?……確かにもうお昼時だけど、食事ならちゃんとあなたたちの分も用意するからそれまで――」

「――違げーよ。これも『最恐の怪談』に必要な材料の一つだ。あの居眠り門番に聞いて()()()()()()()()()()()()()()を選別したんだよ」

 

手をパタパタと振ってそう言う四ツ谷に、咲夜は僅かに眼を見開く。

 

「何ですって?じゃあ、これは……」

「ああ。できれば()()()()が良いから、作るのは『最恐の怪談』を行う前にしてくれ」

「……分かったわ」

 

真剣な眼でそう言う四ツ谷に咲夜は素直に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食時となり、作業をしていたホフゴブリンたちは入れ替わり立ち代り紅魔館の食堂と裏庭を行き来し始める。

四ツ谷たち会館組も美鈴と一緒に食堂へと向い、そこで昼食をとった。

飾り気を抑えた落ち着いた雰囲気の洋風広間。数十もの大きな木のテーブルが綺麗に並び置かれ、それを囲むようにして複数の木製の椅子が設置されていた。

適当なテーブルの席にそれぞれ座った四ツ谷たちは会話もそこそこに昼食が運ばれてくるのを待つ。

十分近く経過した頃、四ツ谷たちの下にワゴンで料理が運ばれてきた。

同時に、大き目のそのワゴンを一生懸命押しながら、小柄な妖精メイドも一緒にやって来る。

 

その妖精メイドは見た目、十歳前後の可愛らしい少女の姿をしていた。

 

ややクセッ気のある短い黒髪を肩まで垂らし、瞳は燃えるような深紅。幼さが残ってはいるものの整った顔立ちを持っていた。

そして、この紅魔館のメイド服を纏い、背中には半透明の羽を生やしているその少女は自分の身体よりも少し大きめなそのワゴンを、四ツ谷たちの座っているテーブルの横に着けると、今度はワゴンに乗った料理を次々と四ツ谷たちの前にそれぞれ運び始める。

幼い容姿に一生懸命仕事をこなすその姿は、微笑ましくもどこか他者に手伝ってあげたいという気持ちを湧き立たせるのに十分だったため、四ツ谷の隣に座っていた小傘が席から体を浮かせてその妖精メイドに声をかけた。

 

「あの……手伝おっか?」

「あ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

 

小傘の申し出をやんわりと断ったその妖精メイドの少女は、残りの料理をその幼い容姿とは裏腹に、テキパキとした動作で置いていった。

その見た目からは思えないほどのしっかりとした動作に、傍からそれを見ていた四ツ谷が僅かに眼を見張った。

やがて、料理を置き終えたその少女はテーブルの横に立つと優雅に一礼してみせる。

 

「お待ちして申し訳ありませんでした。どうぞ、ごゆるりとご堪能くださいませ」

 

そう響いて厨房に戻っていくその少女の背中を四ツ谷のみならず、そのテーブルの席に座っていた全員がジッと見守っていた

その中で同じテーブルに同席していた美鈴が口を開く。

 

「彼女の名前はイトハ。元は『糸葉百合(イトハユリ)』の花の妖精だったのでそう呼ばれています。……どうもあの子は太陽の畑には行かず、咲夜さんの指示でここで食事の準備をしているみたいですけど」

「……もしかして、あの精鋭隊の?」

 

小傘の問いかけに美鈴は「ええ」と頷いてみせる。

それを聞いた四ツ谷は、そう言えばさっき銀髪メイドに紹介された時にあの中にいたなぁ、と今更ながらに思い出していた。

そんな四ツ谷を他所に、美鈴は言葉を続ける。

 

「あの子、見たとおりの幼い容姿ですけど、精鋭隊の中では一番のしっかり者で物覚えも結構高いんですよ。現に先程咲夜さんが言っていた『妖精メイド育成化計画』でもいの一番に全ての技能習得を終わらせた実力者なんですから」

「ほぇ~……。人は見かけによらないって言うけれど、この場合は妖精ですね」

 

美鈴の説明に小傘は感心したかのようにそう響いた。

その後、四ツ谷たちは配給された紅魔館の昼食を堪能する。

ちなみに今日の献立は和食テイストで、白米に味噌汁、霧の湖で吊り上げた魚を焼いたモノと漬物であった。

人里の日常で見られる様な割と簡素なメニューではあるが、腹が膨れるには十分な量であったため、四ツ谷たちは誰も文句は言わなかった。

そうして食事が終わった後、四ツ谷たちが出されたお茶を飲みながら小休憩をしていると、咲夜がやって来た。

 

「四ツ谷さん。()()()()()()()()()()の下準備はできたわ。裏庭の方も、あと数時間もあれば完成よ」

「……ん?もうそこまできたのか。速いな」

「フフッ、この紅魔館のメイド長である私に抜かりは無いわ」

 

自信満々に笑いながらそう胸を張って答える咲夜。

そしてフゥと、一息つくと咲夜は続けて口を開く。

 

「……これで、全ての準備が整ったわね」

「……あー……まぁ、うん……そうだな……」

「?」

 

何やら歯切れの悪い、予想外な四ツ谷の返答に咲夜はどうしたのかと四ツ谷を見る。

四ツ谷はテーブルに頬杖を着くと何故か喉に骨でも引っかかったかのような複雑な表情で虚空を見つめていた。

それに気づいた小傘が四ツ谷に問いかける。

 

「どうかしたのですか、師匠?」

「あーいや、まぁ、確かに準備も時間の問題で後は『最恐の怪談』を行うだけのはずなんだが……どうにもしっくりとこないんだよなぁ」

 

四ツ谷のその発言にその場にいた全員が眼を見開いて四ツ谷に注目する。

 

「まだ他にも準備しなければならない物があるの?」

「あーいや、今のままでも()()()で成功すると俺も睨んでいる。間違っても失敗する確率は低いだろう……だが――」

 

 

 

 

 

 

 

「――その成功も100%じゃない……。あと一つだけで良い、決め手が欲しい。それも、()()()()()()()()()()()()でな……!」

 

 

 

 

 

 

 

「……奥様関連の代物……ですか……」

 

四ツ谷の言葉に、何か心当たりがあるのか思案顔になって俯く美鈴がそうポツリと呟く。

それを聞いた四ツ谷たちの視線が美鈴へと注がれると、美鈴はふいに顔をあげ四ツ谷に声をかけた。

 

「……私、それに心当たりがあるかもしれません」

「本当か?で、それは一体何だ?」

 

少し急かすかのようにそう問いただしてくる四ツ谷に、美鈴は静かに答えた――。

 

 

 

 

 

 

「――かつて、奥様が生活に使われていた私物……奥様の、『遺品』です……」




最新話投稿です。

昨日に引き続き、速めに完成できたので投稿します。
後、もう一、二話ほど挟んだら、いよいよ『最恐の怪談』へと入っていきます。

では、またw

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