四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

デイジーを大量に手に入れるため、四ツ谷たちは幽香のもとを訪れ、交渉を行う。


其ノ十

突然の幽香のその発言に、その場の空気が一瞬にして凍りつく。

数秒の沈黙後、咲夜が幽香に食って掛かった。

 

「……な、何言ってるの?いくら花を手に入れるためとは言え、この男がそんな事する訳……!」

「フフフッ……。嫌ならいいのよ、別に。私はどっちでも良いしね?」

 

意地悪げな笑みを浮かべ悩ましげにその身をくねらせて挑発してみせる幽香。

しかし、直後に彼女のその笑みが凍りついた。

 

 

 

 

 

「なんだ、そんな事で良いのか?」

 

 

 

 

 

「……え?ちょっ、師匠!?」

 

何とでもないかのようにそう小さくつぶやいた四ツ谷は、小傘が止めるよりも先に地面に土下座をすると地面に額を押し付けて幽香に懇願するように口を開いた。

 

「……お願いします。あの花を俺に譲ってください……。これで良いか?」

 

呆気にとられる小傘と咲夜に気づかずにはっきりとした口調でそう言った四ツ谷は、幽香の様子を見るために顔を上げる。

見ると幽香も小傘たち同様、眼を丸くして四ツ谷を見下ろしていた。

 

「?」

 

まるで自分がついた嘘が本当になったかのような幽香のその顔に、四ツ谷は首をかしげる。

四ツ谷のその様子を見た幽香は直ぐにハッとなり、少し複雑そうな口調で口を開く。

 

「……少し、驚いたわ。しないと思っていたのに……。まさかこんなに易々として見せるなんて……あなた、プライドってものがないの?」

「?……あるぞ?多分、人並みぐらいにはな」

 

そう言った四ツ谷は「だがな……」と、続けてそう呟くとゆっくりと立ち上がり、幽香と同じ高さの視線で真っ直ぐに見据えながら、彼女に静かに問いかけた。

 

「風見幽香。お前はさっき言ったな?『生物の価値は花の足元にも及ばない』と……。つまり、お前にとって植物は生きとし生ける他の生物たちよりも遥かに尊く、極めて崇高な価値を秘めた存在なんだな?」

「……ええ、そうよ。植物たちに比べたらあなたたち生物の命なんて吹けば飛ぶ塵みたいなものと私は思ってるわ。それで?それが一体、何なのかしら?私の言葉が気に触った?」

 

眼を細めて下等生物を見るかのような顔で四ツ谷を見下す幽香。

しかし四ツ谷は、一度静かに眼を閉じると、その顔に不気味な笑みを浮かべて眼を見開いた。

 

 

 

 

()()()()

 

 

 

 

「……!?」

 

短く、あっさりとした四ツ谷のその言葉。されどまるで得体の知れない闇の奥底から響いたかのようなその声色に、幽香は一瞬、背筋をゾクリと震わせていた。

そんな幽香の様子に気付いていないのか、四ツ谷は静かに続きを口にする。

 

「風見幽香。お前が花に他の生物以上の価値観を持っているように、俺も『怪談』に自分の命以上の絶対的な価値観を持っている。『怪談』は俺にとって生きる(かて)であり、何ものにも変え難い、無くてはならない必要不可欠な存在なんだよ」

「……私のお花ちゃんたちへの愛が、あなたのその怪談への情熱と同等だと言いたいの?」

「さァな。だが、少なくとも俺は怪談のためなら自身のちっぽけなプライドなんぞ喜んでそこいらの犬にでも食わせてやるよ。何度でも言うが、『怪談』は俺の生きる意味であり、全てだ。『怪談』の為なら、俺はなんだってやってやるよ」

「それは、自分の命をもかけて良い。って事なのかしら?」

「ああ、もちろんだ♪――」

 

 

 

 

 

 

「――それが、俺が『怪談』へと向ける愛と情熱だからな……!」

 

 

 

 

 

 

 

そう即答して不気味に顔を歪めて笑顔を向けてくる四ツ谷を幽香はジッと見据える。

手刀を軽く振っただけであっさりと首を飛ばせられるほど無防備かつ警戒心の全く無い男……吹けば簡単に命を散らす事のできる目の前の脆弱なその男に幽香は眼を放す事ができなかったのだ。

そして、いつの間にか幽香の胸の内には彼への好奇心が芽生えだし始める。

幽香が花のためなら他の生命を簡単に奪う事にためらいが無いように、この四ツ谷という男もまた、『怪談』のためならどんな事だってする覚悟を持つ異端者。

自分とはまた違った、異質な価値観を持つこの男の生き様に、幽香は興味を持ち始めたのだ。

 

 

――故に、面白い。

 

 

この男がこれから先、この幻想郷でどんな事をしでかすのか、それを想像するだけで幽香の口元が小さく、されど愉快そうに吊り上った。

 

「……ふふっ、ふふふふふっ♪何とも……呆れるほどに変な男ね、あなた」

「シッシッシ……♪」

 

お互いに笑い合う幽香と四ツ谷。しかし、二人の間には得体の知れぬ混沌とした空気が渦巻いているのを、傍から呆然と見守っていた咲夜と小傘が、何となくではあれどそれを感じ取っていた。

 

――だが次の瞬間、その場の空気がケロリとした軽いものへと変化する。

 

幽香は四ツ谷から視線を外すと、持っている白い日傘をクルクルと回しながら四ツ谷たち三人から数歩距離をとると、その視線を背後の咲夜へと移す。

 

「いいわよ。お花ちゃんたちを持っていく事を許可するわ」

 

さっきまでの歪んだ笑みは何処へやら、自然体の柔らかい笑みを小さく浮かべてそう呟く幽香に、咲夜は一瞬面食らうも、直ぐに確認するかのようにおずおずと口を開く。

 

「本当に、いいのね……?」

「ええ、いいわよ。ただし、二つほど条件があるわ。……一つはあのお花ちゃんたちの植え替え時には私を監督として立ち会わせる事。あなたたちに任せたままにして、もしもお花ちゃんたちが傷つく事になったりしたら堪らないから」

「……もう一つは?」

 

咲夜のその問いかけに、幽香は眼を細めて咲夜の隣に立つ小傘へと眼を向ける。

 

「事が終わった後でも良いわ。ちょっとの間だけ、彼女を貸して貰える?」

「……へ?私ですか?」

 

自分を指差して首をかしげる小傘。それをチラリと肩越しに見た四ツ谷は幽香に問いかける。

 

「……何をする気だ?」

「別に獲って喰おうって訳じゃないわ。……ただちょっと()()()()()()()()()って思ったのよ」

 

フフッと小傘を見ながらそう言って笑う幽香。小傘はその笑みに何やら薄ら寒いものをゾゾッと背中に感じるも、直ぐに頭を振って真っ直ぐに幽香を見つめながら力強く口を開く。

 

「わ、分かりました。これも師匠の『最恐の怪談』の為です!私でよければ何だって受けて立ちます!」

「まぁ、ふふふっ♪ちょっと前のあなたじゃ考えられなかった言葉ね、気に入ったわ♪」

 

覚悟の決まった小傘のその真摯な眼に、幽香も満足げに微笑む。

そんな小傘と幽香を傍から見ていた四ツ谷は、「全く、俺の許可も無く勝手に決めていきやがって……」とブツブツ文句呟きながら軽く肩をすくめると、幽香に声をかける。

 

「助手一号がああ言った以上、俺も断る気はねーよ」

「結構。交渉成立ね♪」

「シッシ。感謝するぜ、風見幽香」

「フフッ♪それで、これからどうするの?」

 

いつもの不気味な笑みを浮かべながら、そう感謝を述べる四ツ谷に、幽香はニッコリと微笑みながらそう問いかける。

その問いかけに四ツ谷は答えた。

 

「これから()()()()()()()()を取りに一度戻る。早めに太陽の畑(こっち)に戻って来るつもりだからそんなに時間はかからん」

「あらそう?なら、私も一度家に戻るわ。あなたたちが戻って来るそれまでの間、優雅にティータイムと洒落込もうかしらね」

 

そう呟いて「じゃあね」と軽く片手を振った幽香は四ツ谷たちに背中を向けると、来た時と同様に優雅な足取りで小道の向こうへと去って行くのだった――。

そうして、幽香の姿が四ツ谷たちの視界から完全に消え去ると、咲夜と小傘が大きく息を吐く。

 

「はぁーっ、全く内心冷や冷やしたわよ」

「同じく……。でも良かったですね師匠。交渉が上手くいっ……師匠!?」

 

やれやれと肩を落とす咲夜に同感し、四ツ谷に声をかける小傘の声が、途中で驚愕に変わる。

小傘と咲夜が見ている前で、背中を向ける四ツ谷の身体が大きくバランスを崩し、尻餅をついてその場に座り込んでしまったのだ。

 

「し、師匠!大丈夫ですか!?」

 

慌てて四ツ谷に駆け寄る小傘。四ツ谷は俯きがちにいつもの不気味な笑みを顔に貼り付けてはいたものの、その顔全体に脂汗を噴出しており、呼吸もやや荒くなっていた。

 

「ヒッヒ……。全く、寿命が縮んじまったぜ。向こうは何もしてないってのに、終始喉下に刃を突きつけられているかのような息苦さだったぞ」

 

疲れきったかのような声でそう響く四ツ谷に、咲夜も疲れきった声で口を開く。

 

「それでもあの風見幽香の前で堂々と張り合っていたのには、正直感心したわよ。あの威圧感の中で臆する事無く真正面から彼女と交渉するなんて、大した者じゃない」

「……それ、馬鹿にしてんのか銀髪メイド?」

 

首を背後に向けて捻り、怪訝な顔で自分を見上げる四ツ谷に、咲夜は苦笑を浮かべながらため息混じりに呟いた。

 

「……いいえ。ちょっと悔しいけれど、今のは心からの本音よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は、正午少し前――。

早々に紅魔館に戻ってきた四ツ谷たちは、早速行動を開始する。

まず四ツ谷は、()()()会館に置いてある葛篭と()()()()()()()()()()()()()()()、小傘たちが紅魔館に来るときに使った衣装箱を使い、折り畳み入道を呼び出した。

衣装箱の蓋を三回四ツ谷がノックすると、ゆっくりと蓋が開かれ、中からのっそりと折り畳み入道が顔を出す。

四ツ谷を視界に納めた折り畳み入道は嬉しそうに口を開く。

 

「おぅ、父ちゃん。帰って来たのか?」

「今し方な。さっそくだが折り畳み入道、頼みがある。会館に梳や薊はまだいるな?……できるだけ速く会館にいる従業員全員をここに連れてきて欲しい。これから人手がたくさん要るんだ」

「んー?分かったぁ。会館の方も父ちゃんの指示待ちで待機しているから直ぐに連れて来れると思う」

 

そう言い残すと折り畳み入道は再び衣装箱の中へと戻って行った――。




最新話投稿です。

少し短いですがキリが良いのでここで投稿させていただきます。
お盆休み前であったため仕事が忙しく投稿するのが遅れて申し訳ありませんでした。
次は速めに投稿できるよう努力いたします。

後一つお知らせなのですが、この章の『其の三』の最初に出てくるレミリアの独白にて一部文章を改変させていただきましたのでよければそちらも見ていって下さい。

それではw

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