四ツ谷たちは美鈴の記憶から大図書館にて白い花の正体を見つける。
「デイジー。……ええ……ええ、そうです。間違いありません。確かにこの花です私が見たのは……!」
植物図鑑。そこに載せられたデイジーの写真を凝視していた美鈴がそう叫んだ。
自分の記憶の中の白い花と写真の中の花の姿が自身の中でカチリと合致したのだろう。
マーガレットの花の写真を見た時よりもより確信を持った口調であった。
それを見たパチュリーがニヤリと笑い、同時に四ツ谷も口角を吊り上げて口を開く。
「……どうやら、そっちが本物で間違いない見てーだな?なら『最恐の怪談』創作、その第一段階として、今からそっちの花をたくさんかき集めに行くぞ」
「この花を、ですか?でも師匠、この花を集めて一体何を……?」
「ヒッヒッヒ。決まってんだろ?――」
小傘の問いに、不気味に笑いながら四ツ谷が続きを言い放つ。
「――蘇らせんだよ。あの庭を……!」
その言葉にその場にいた全員が眼を見開く。
そして、驚いたまま美鈴が四ツ谷に声をかける。
「蘇らせるって、まさか奥様のあの庭を……!?」
「ああ。それ以外に何があるってんだよ?」
「いや、ちょっと待ちなさいよ。あの庭の広さから見て結構な量の花が必要よ。そもそも、今のこの時期に咲いているような花なの?」
咲夜がそう言って四ツ谷に待ったをかけるも、間髪いれずにパチュリーの方から「問題無いわよ」と声が上がった。
「デイジーの開花時期は二月から五月までの間。十分今が開花時期よ」
「で、ですが問題なのは量です。幻想郷を駆けずり回っても、野生で咲いているのなんてほんの一握りのはず……。人里の花屋の花を買い占めたとしても全く足りはしないわよ?」
そう指摘する咲夜の言葉に四ツ谷が真剣な声を上げる。
「……だが、これから行う俺の『最恐の怪談』を完成させるには、どうしてもあの庭を復活させなけりゃならねぇ。そのためにはあの白い花が大量に必要だ」
「そう言われてもねぇ……」
頬に手を当てて悩み顔になって呟く咲夜。それは周りにいる者たちも同じであった。
全員が悩み顔で沈黙し、思考にふける。
しばしの間、大図書館が静寂に包まれるも、やがてパチュリーがため息と共に口を開いた。
「ハァ……やっぱり、
「パチュリー様も、そう思いますか?」
咲夜にそう問われ、パチュリーが少し疲れたかのように頷く。
「……彼女くらいしかいないでしょ?大量に目的の花を持ってそうな奴って言ったら……」
「……あー、やっぱり、そうするしかないのでしょうか?」
二人が言っている『彼女』という人物に、小傘も心当たりがあるらしく不安を混ぜた困り顔でそう呟いた。
そこに四ツ谷が声をかける。
「誰か持っている奴がいるのか?」
「ええ、まあ……。ですが、彼女は……」
「色々と厄介ですからねぇ……」
小傘が顔をしかめて俯き、美鈴が腕を組んで天を仰ぎ見ながらそうぼやく。
そこまで聞いた四ツ谷も『花』と『彼女』、そして『厄介』というワードでその者の正体に気づきハッとし、同時に顔を少し引きつらせた。
「オイ……。まさか、そいつって……」
以前、何度か宴会などで顔を合わせており、幻想郷縁起でも『彼女』の事が載ってたが故、四ツ谷もその者のヤバさを間接的にだが知っていた。
四ツ谷のその響きに、小傘は困り顔で頷きながら口を開く――。
「はい、師匠の思っている通りの方です――」
「――四季のフラワーマスター。
「師匠~。本当に行くつもりですかぁ~?」
「行く。俺の『最恐の怪談』完成のためだ」
不安げに呟く小傘に、四ツ谷は頑なに答える。
春の晴天の空の中、巨大化した番傘につかまって飛ぶ四ツ谷を先頭に小傘と咲夜が後ろから着いて来る形で飛んでいた。
大図書館での一件の後、(モブ、と言うかほとんど背景化していた)金小僧と折り畳み入道を一度、四ツ谷会館へと帰した。
そこで長らく待機していた梳と既に会館に仕事でやって来ているであろう薊に現在の状況を金小僧と折り畳み入道の口から伝えてもらうためであった。
そのついでとして、折り畳み入道に会館においてあった四ツ谷の番傘を取りに行ってもらい、受け取ったその傘で現在、目的の人物――風見幽香のいる『太陽の畑』へと向かっている最中である。
付き添いとして小傘が、そして一応、レミリアから四ツ谷を監視するように言われていた咲夜がこうして同行しているというわけであった。
先頭を飛ぶ四ツ谷に咲夜が呆れた眼を向ける。
「よりにもよって、彼女から花をもらいに行こうだなんて底抜けの怖いもの知らずねあなた。尊敬するわ」
「……それ、絶対に馬鹿にしてるだろ銀髪メイド!」
「だってそれ、自ら断頭台に上がろうとしているようなもんなんだもの。はっきり言って愚行よ」
「やかましい。それしか花を手に入れる方法が無いってんなら俺は一人だってやるぞ?」
意固地にも飛ぶスピードを緩める様子も無く、そう言い捨てる四ツ谷に咲夜はため息をつく。
「ハァ……。わかったわよ。どの道、下手してあなたにミンチになってもらったら私も困るし、いざとなったら能力使って離脱するけど、そのつもりでいて頂戴」
「へいへい。分かったよ」
「師匠。いざという時はわちきも師匠を守りますよ!」
「おーう、マジで頼りにするぞ?」
やる気に満ちた小傘の声に、肩越しに手をひらひらと振りながらそう答える四ツ谷。
それと同時に、四ツ谷の視界に目的の場所が見えて来た――。
幻想郷の者たちから『太陽の畑』と呼ばれている南向き傾斜のすり鉢状の草原。
そこは夏になると一面見渡す限りの
しかし、今は春。それ故現在、太陽の畑には一本も向日葵は生えておらず、代わりに春の花々が色とりどりに咲きほこっていた。
しかもその花々は、一種類ごとに一塊に密集して生えており、一目見て何処にどのような花が生えているのか分かりやすいように生えていたのだった。
太陽の畑を空の上から一望し、眺めていた四ツ谷はそれに気づき小さくにやりと笑う。
「へえ~。乱雑に滅茶苦茶に生えていたら厄介だったが、これだったら目的の花を一度に大量に見つけられるな」
「降りるわよ。言っとくけど一本たりとも花は踏まないようにしなさい。一本踏んだら彼女に骨一本折られる覚悟はする事ね」
「怖ッ!?」
先陣を切って太陽の畑に向かって降下する咲夜はやや低めの声色で四ツ谷に忠告し、それを聞いた四ツ谷は小さく絶叫した。
そうして、花々の間を縫うようにして伸びる小道の上にゆっくりと三人が降り立つと、唐突に一陣の風がザワリと吹いた――。
途端に、小傘の顔が一瞬にして険しくなる。
「……師匠。どうやら
「……こっからが正念場だな」
僅かに顔を強張らせて小道の向こうを睨みつける四ツ谷。
そうして一分もしないうちに、道の向こうから
クセのある緑の短い髪に深紅の瞳を持ち、傍目からでも分かるほどの抜群なプロポーションの身体に白のカッターシャツとチェックの赤いベストにロングスカートを纏い、手には白い日傘を刺したその女性は優雅に歩きながら、四ツ谷たちの前で静かに立ち止まった。
「……あら?お花ちゃんたちが騒ぎ出したから一体どんな客が来たのかと思ったら……。これはまた、珍しい組み合わせね。あの小娘吸血鬼の所のメイドに、新参者とその下っ端となった唐傘娘なんて……」
ややつり目がちなその双眸で四ツ谷たちを値踏みするかのようにその女性――風見幽香がそう呟く。
ただ立っているだけだと言うのに、幽香のその容姿からは計り知れないほどの威圧感が滲み出しており、四ツ谷の後ろにいる咲夜と小傘は自然と固唾を飲んだ。
だが、そんな威圧に四ツ谷は負けじと気力を踏ん張り、幽香と相対する。
そうして毅然とした態度で四ツ谷は幽香に落ち着いた調子で口を開いた。
「……久しぶりだな。風見幽香」
「ええ、本当に久しぶりね。確か……四ツ谷文太郎とか言ったかしら?前にあったのはあなたのあの
「ヒッヒ。その節はどうも」
四ツ谷はそう言って軽く会釈した。
とりあえずは、前振りであるあいさつから入って行こうという手順なのだろうと、後ろで見ていた咲夜と小傘は四ツ谷を見てそう思った。
「それで?今日は一体何の御用かしら?」
凛とした態度でそう問いかける幽香に、四ツ谷も胸を張って答える。
「お前に頼みたい事があって来た」
「頼みたい事?……へぇー、いい度胸じゃない。この私にそんな言葉を吐くだなんて。……それで?一体何?」
眼を細めて少し面白そうに幽香が笑みを作り、四ツ谷にそう聞く。
四ツ谷はおもむろに懐にしまい込んでいた、パチュリーから借りてきた植物図鑑を取り出すと、デイジーの載った頁を開き、それを幽香に見せながら口を開く。
「
問われた幽香は覗き込むようにしてその頁を見つめると、直ぐに姿勢を元に戻し答えた。
「ええ、咲いているわよ。このお花ちゃんたちなら……ほら、あそこに」
そう言いながら幽香は右手で遠くの方へ指を差す。つられて四ツ谷たちも指の先の方向へと視線を動かした。
そこには、今いる場所から少し遠いながらも太陽の畑の端っこの方に白い花々が密集して咲いているのが見えた。
距離はあれど、四ツ谷たちのいる場所からでもかなりの数が咲いているのが確認でき、十分に必要な量があると認識できた。
それを見た四ツ谷は真剣な表情で幽香へ視線を戻すといよいよ本題へと切り出した。
「……頼みたい事と言うのは他でもない、あの花を譲ってほしい。できるだけたくさん」
「あのお花ちゃんたちを?」
四ツ谷の言葉に、幽香は今一度花の方へとチラリと眼を向ける。
そして、再び四ツ谷に視線を戻すとその瞳を細めて問いかける。
「……一応聞くけど。あのお花ちゃんたちを一体どうするつもり?もし、押し花とかにするつもりなら、あなたの体も押し花みたいにペラッペラにしてあげるから」
僅かにだが、幽香の身体から殺意がオーラのように滲み出て来たのを感じ取り、咲夜と小傘が思わず身構える。
しかし、先頭に立つ四ツ谷はあっけらかんとした口調で、右手をパタパタと振りながら答える。
「しねーよ、ンな事。……ちょっと訳あってな。紅魔館の裏庭に植えるだけだ」
「……?あの
予想外だったのだろうか、幽香の顔が意表を突かれたかのようにポカンとなり、四ツ谷はそんな幽香の問いかけにウンウンと頷いてみせる。
幽香は殺意を消し去ると顎に手を当てて思案顔となり、四ツ谷を見据える。
数秒間、四ツ谷を値踏みするかのように見つめていた幽香であったが、おもむろに口角の端を吊り上げ、口を開く。
「……へぇ、何か訳有りみたいじゃない」
「まぁな。しかも
「あらまぁ。それはまた随分と急な話じゃない」
四ツ谷のその言葉に、幽香は他人事のように返答する。それを聞いた四ツ谷はため息をつきながら口を開く。
「ああ、全く同感だな、その点は。……それで?どうなんだ?」
返答を聞く四ツ谷に、幽香の笑みが僅かに深くなったのを四ツ谷の背後に立っていた小傘は見逃さなかった。
嫌な予感がする。そう感じた小傘の不安がすぐに的中する事となる。
幽香はフフッと小さく笑って見せると四ツ谷に自身の答えを聞かせてみせる。
「……そういう事なら、あのお花ちゃんたちを譲るのもやぶさかではないわ。何をするつもりなのかは知らないけれど、私としてはあの館に植え替えた後もちゃんと大事に育ててくれさえすれば文句は無いわけだしね。で・も――」
そこまで言った幽香はおもむろに四ツ谷の顔を覗きこむようにして顔を近づけた。
突然の事に四ツ谷は僅かに眼を丸くし、反射的に上半身を少し仰け反らせる。
咲夜と小傘が息を呑んで見つめる中、四ツ谷の目の前に来た幽香の整った顔が不気味な笑みに歪む。
「――それ以前に、私があなたの頼み事を聞く義理なんて、無いわよね?」
「……!」
幽香のその冷ややかな発言に、四ツ谷も眼を見開いて息を呑んだ。
そんな四ツ谷を尻目に姿勢を正した幽香は、クルリと彼らに背を向けて距離をとりながら口を開く。
「私が何であなたたちの頼みを聞かなきゃならないわけ?
「な、何ですって……!?」
幽香のあまりの暴言に今まで黙っていた咲夜が反射的に噛み付く。
しかし、直後肩越しに幽香がギロリと咲夜を睨みつけ、その視線を受けた咲夜はそれ以上何も言わずおずおずと引き下がる。
ここで波風を立たせたら、今以上に面倒この上ない事になるのは眼に見えていたからだ。
少し悔しそうに顔を歪めて下がる咲夜に、溜飲が下ったのか目元をニヤりと歪めた幽香は、再び四ツ谷に口を開いた。
「刹那の時を生きるお花ちゃんたちの命はとても尊く、至高とも呼べる価値観をもつ存在なのよ。……それに気づきもしないで、燃やしたり、踏みつけたり、ちぎったり、折ったり、押し花にしたり、あげくゴミにして捨てたり……あなたたちのような植物の偉大さをないがしろにする生物たちの価値なんてあの子たちの足元にも及ばないわ!……そんな底辺価値しか無いあなたたちの頼み事なんて、聞く耳持たないわよ」
四ツ谷に背を向けてそう言いきった幽香は、そこで言葉を止める。
そのタイミング見計らってか四ツ谷は静かに幽香の背中に問いかける。
「……じゃあ、どうすれば頼みを聞いてくれるんだ?……言っとくが暴力的な事は勘弁してくれよ?こんな非力でヒョロイ男、
両手をぶらぶらと揺らしながら、少しおどけたようにそう言う四ツ谷。
それを聞いた幽香は再びクルリと身体を四ツ谷たちの方へ向けると、わざとらしく何かを考えるようにして口元に指を添えながらニヤニヤと笑って呟く。
「んー……どうしようかしら?それじゃあ……そうねぇ……――」
そうして幽香は、咲夜と小傘の眼を大きく見開かせる要求を四ツ谷にぶつけてきた――。
「――それじゃあ
最新話投稿です。
次回、幽香との駆け引き決着です。