四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

美鈴から『奥様の庭園』の事を聞いた四ツ谷は、図鑑を手に入れるため、()()()()()へと向かう――。


其ノ八

「……あら?また来たのあなたたち」

 

紅魔館の地下にある大図書館。

そこで本の整理をしていたパチュリーは、先程出て行った咲夜たちが再びここに舞い戻ってきたのを見て僅かに眼を丸くする。

先頭を歩いていた四ツ谷はパチュリーのそんな様子には全く気にする様子も無く、ズンズンとパチュリーの前へとやって来る。

そして、彼女の手前数メートルの場所で歩みを止めると開口一番に声を上げた。

 

「……オイ、この図書館に植物図鑑はあるか?」

「何よいきなり。ここは世界中のありとあらゆる本が納められている場所よ。あるに決まってるじゃない」

 

両手を腰に当てて、何を当たり前な事を?と言いたげに小首をかしげるパチュリー。

そんな彼女の様子に四ツ谷は背後からやって来ている美鈴に親指を肩越しに指しながら口を開く。

 

「今からコイツの記憶を頼りにその本を使ってとある花の事を調べるんだよ」

「とある花?」

 

ますます持って意味が分からないと言いたげな表情でパチュリーはそう言うも、四ツ谷は毅然とした態度で口を開く。

 

「ああ……。今回の一件、その解決への糸口は、()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……レミィたちの母親の故郷の花?」

「はい。あの男、美鈴から話を聞いた直後いきなりその花を調べるといってここに……一体何を考えてるのか」

 

咲夜から掻い摘んだ説明を受けたパチュリーは机に頬杖を突いて、同じく説明を終えてため息をつく咲夜と共にその大元たる男を同時に視界に映した。

その男――四ツ谷文太郎は少し離れた机にパチュリーが用意した植物図鑑を置き、それを傍にいた美鈴に見せている最中であった。

図鑑を受け取った美鈴は少々戸惑いながらもその本の頁をめくり、そこに書かれている文字に眼を走らせていく。

やがて何頁がめくった後、唐突に美鈴の手が止まった。

 

「……あった。()()()この花だったと思います」

 

そう言って美鈴はその頁を開けたまま図鑑を四ツ谷に渡す。それを受け取った四ツ谷はそこに書かれている花の名を口にした。

 

「……『マーガレット』か」

 

その声と共に、四ツ谷の後ろにいた小傘、金小僧、折り畳み入道も四ツ谷の背中から図鑑を覗き込む。

そこには文字と共に写真に載せられた白い花――マーガレットの姿があった。

それを見た小傘は四ツ谷に声をかける。

 

「師匠、この花を調べて一体何を……?」

「……もう忘れちまったのか小傘?俺がこの館に()()()()()()()()()()ってのを」

「え?いえ、忘れてはいませんが……って、師匠まさか」

 

『何か』に思い当たったのか僅かに眼を見開く小傘を他所に、四ツ谷はパタンと本を閉じると、ゆっくりと小傘たちから離れる。そしてある程度距離が離れた所で、四ツ谷は静かに天井を見上げるとゆっくりと()()()()()――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――むかし、むかしのおはなしです。とある地方の小さな村に一人の少女が住んでしました……。

 

――少女は毎日、野山を駆け回り、無邪気な笑顔を振りまきながら日々を過ごしていました。

 

――しかしある時、近くに住む悪魔に眼をつけられ、少女は悪魔の館に連れ去られてしまったのです……。

 

――館に閉じ込められ、無理矢理結婚をさせられたそれからの少女は、毎日悲しみに泣き暮れていました。

 

――やがて少女は、悪魔との間に二人の子供を生み。そのあと彼女自身は不治の病にかかってしまったのです……。

 

――自分の命が残り少ない事に気づいた少女は、悪魔に頼み込んで館の傍に小さな自分だけの庭を作り、そこを自分の居場所と定めたのでした……。

 

――やがて少女が死んだ後、誰も来る事のなくなったその庭で一人の白い少女が一人静かに佇む姿が見られるようになりました……。

 

 

 

 

    ――はらり。

 

 

 

                                 ――ひらり。

 

 

 

         ――はら、ひらり……。

 

 

 

 

 

 

 

 

――純白のウェディングドレスを思わせる白い服を身に纏い、夜風と共に天空へと舞い上がる白き花弁。

 

――時にその花弁を相手にダンスを刻むかのように、一点の穢れの無い清廉潔白なその少女は、白い花畑の中で、一人静かに舞い踊る――。

 

――悪魔に見初められ悲劇の結末を迎えた少女。……その少女が自身の死後もその庭に留まり続けてまで願い続ける――。

 

 

 

 

 

                  ――その想いとは……?

 

 

 

 

                                           」

 

 

 

 

 

――そこまで語られた四ツ谷の噺は、そこで唐突に終りを向かえる。

まるで童話を思わせるような物語。いきなり語り始めた四ツ谷に周囲の者たちは困惑するも、四ツ谷が語り終えるまで誰も声を上げる者などいなかった。

まるで、自身の意識が現実世界から切り取られ、別世界の物語の中に連れて来られたかのような錯覚。

実際に見えているはずが無いと言うのに、四ツ谷の言葉が耳から脳内に入った瞬間、まるでその物語の光景が実際に目の前で起こっている。そんな気分にその場にいた全員が()()()()()()()

そうして、四ツ谷の語りが終わると同時に、その場にいた全員が現実へと引き戻される。

しばしの沈黙。

しかし、やがてハッとなった小傘は、固唾をのんで四ツ谷におずおずと問いかける。

 

「し、師匠……。まさか今のは……」

「その『まさか』しかねーだろ?」

 

そう言って不気味にニヤリと笑った四ツ谷は、この場にいる全員に宣言するかのように声を上げた。

 

「……今回の怪談の『聞き手』は、この紅魔館に住む()()()()()()

 

……フランドール・スカーレットと()()()()()()()()()()()()()()……!

 

……そして怪談の題目は、この館の先代――その吸血鬼に無理矢理妻にされ、そして死んでいった悲劇の女性の物語――。

 

 

 

 

 

 

 

 

        ――『吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)』だ……!!」

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

「……ッ!?」

 

四ツ谷のその発言に咲夜と美鈴が絶句し、他の者たちもポカンと目と口を開けっ放しで四ツ谷を見つめた。

しかし、今度は直ぐに咲夜と美鈴が怒りを露にし、四ツ谷に噛み付いた。

 

「どう言う事なの!?お嬢様から怪談の『聞き手』は妹様だけと言われたはずよ!何故お嬢様まで……!!」

「……私も聞き捨てなりません!奥様をネタに怪談を創るなど言語道断です!!私はそんな事の為に昔話をしたわけじゃない!!」

「お、落ち着いてください!咲夜さん、美鈴さん!!」

 

怒りに身を任せて四ツ谷に詰め寄ろうとする咲夜と美鈴に、小傘は慌てて四ツ谷を庇うようにして四ツ谷と咲夜、美鈴の間に割り込んでそう叫んだ。

しかし、四ツ谷はそんな二人の怒りにまるで意に介さないとでも言うかのように、静かに口を開く。

 

「今回の怪談……『吸血鬼の花嫁』は、妹の方だけに聞かせたんじゃ意味が無いんだ。姉であるあのお嬢様にも立ち会って聞いてもらう必要がある」

「ふざけないで!お嬢様を廃人にすると分かっていて、おいそれとそれを見過ごすわけが無いでしょう!?」

「ちょっ、失礼な銀髪メイド!俺は怪談に対しては真面目だ!ふざけてやるなど断じて無い!!」

「この……!」

 

小傘を押しのけてさらに詰め寄ろうとする咲夜。しかし、それよりも先に四ツ谷が口を開く。

 

「……それに。怪談を行えなけりゃあ、あの吸血鬼姉妹はこの先も救われる事はねーぞ」

「お二人を廃人にするつもりのくせに救われるも何もないでしょう!?」

「誰が()()()()()()()()()()?」

「……え?」

 

四ツ谷のその言葉に咲夜の動きが止まり、少し遅れて美鈴も動きを止めてぽかんとしたまま四ツ谷を見る。

その視線を受けて四ツ谷は「何言ってんだ?」とばかりに怪訝な顔で続けて言う。

 

「俺は怪談を語るつもりではあるが、あの二人を廃人にするつもりなどこれっぽっちも無い」

「……で、でもあなたの『最恐の怪談』は、『聞き手』を恐怖のそこに突き落とし、廃人にするって聞いたわよ?」

 

動揺しながらの咲夜のその言葉に、四ツ谷は「まさか!」と鼻で笑ってみせる。

 

「俺の『最恐の怪談』が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……あ!」

 

四ツ谷のその言葉に、小傘はハッとする。確かにその稀なる例を以前に一度、見た事があったのだ。

それは去年の秋の初め、『とおりゃんせ』の一件の時に……。

 

「……本当なの?」

 

その時、第三者の声が辺りに響き、その場にいた全員の視線がその声の持ち主へと集中する。

先程まで自身の愛用の椅子に座っていたパチュリーがゆっくりと立ち上がり、ジッと四ツ谷を凝視していた。

何の感情も浮かべてはいない真顔。されどその目は真剣で、四ツ谷を視線で貫かんばかりに見つめていたのだ。

パチュリーはゆっくりと続けて四ツ谷の問う。

 

「……本当にその『最恐の怪談』とやらで、レミィたちの(いさか)いを解決する事ができるの?」

「当然だ。俺に二言は無い。もし失敗しちまったら、煮るなり焼くなり好きにすりゃあ良い」

「ちょっ、師匠!?」

 

さらりととんでもない事を約束する四ツ谷に、小傘は慌てて止めに入ろうとする。

しかし、それよりもパチュリーが「……そう」と小さく呟くと、視線を咲夜と美鈴に移し、口を開く。

 

「……咲夜、美鈴。この件、このまま彼に任せましょう」

「パチュリー様!?」

 

そう叫ぶ咲夜に、パチュリーはピシャリと言ってのける。

 

「もともとこの男を連れて来るように言ったのはレミィなんでしょ?言いだしっぺの彼女が連れて来るだけ言って何もしないというのは理にかなっていないとは思わない?発案者なんだから責任持って立ち会うのが筋と言うものでしょう?」

「で、ですが……」

「パチュリー様、私はまだ何一つ納得していません。奥様を怪談とやらの道具にするなど、私は決して……!」

 

語気が弱まる咲夜とは正反対に、美鈴はまだ全く折れてはいなかった。当然と言えば当然と言える。

彼女は一番間近でレミリアたち親子を見てきたのだ。今は無き心から仕えていた女性を怪談のネタにするなど、そうそう納得できるわけがなかった。

しかし、パチュリーはそんな美鈴に冷徹な質問を浴びせる。

 

「美鈴、一つ聞きたいのだけれど。レミィたちの母親は本当に()()()()()()()()()()()?」

「……え?」

 

いきなりのパチュリーのその言葉に、美鈴のみならずその場にいる全員が呆然となる。

それに構わずパチュリーは続けて口を開く。

 

「だって考えても見なさい。話を聞く限りじゃその奥様とやらはレミィたちの父親に無理矢理ここに連れて来られて手篭めにされた挙句、レミィたちを生んだのでしょう?……好きでもない、ましてや自分から全てを奪った憎しみすら抱いてもおかしくない男との子供に、どうして愛情なんて注げられるの?」

「そ、それは……」

 

美鈴は俯き唸るようにそう呟く。その両腕は僅かに小刻みしながら震えていた。

それに構わずパチュリーはまくし立てるように言葉を続けていく。

 

「一番傍にいたあなたでも、あの二人を育てている間、彼女がレミィたちに憎しみを抱かなかったという証拠がどこにあるというの?帰る故郷を失い、自由を失い、この館の中で下僕や鼻つまみ者同然の扱いで暮らしていた彼女が、あの二人に母親としての眼を向けられるわけ――」

「そんな事はないッ!!!!」

 

大図書館に美鈴の怒りを含んだ叫び声が轟いた。

突然の事にその場にいた全員が言葉を失い立ち尽くす。

シンと静まり返る大図書館。しかし、直ぐに美鈴の静かな声が響き始めた。

 

「……確かに、奥様のお心の内の事は私にも分かりません。ですが私が見る限り、奥様がお二人に憎悪の眼を向ける事は一度もありませんでした……!旦那様の妹様への凶行の時、真っ先に身を挺して庇ったのはあの方です。それだけじゃない。あの庭だって、私やお嬢様、妹様以外の者たちには誰も入れさせようとはしなかったのです。お嬢様たちを嫌悪していたと言うのであれば、あの大切な庭に迎え入れるなんて事すると思いますかパチュリー様?」

「…………」

「……お嬢様たちを育てている時も、あの庭でお二人と子供のように遊んでいる時も、奥様は本当に幸せそうでした。私は……奥様のあの笑顔が嘘偽りのものだったなんてどうしても思えない――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私は……あの笑顔を信じたいのです……!」

 

 

 

 

 

 

自身の服を両手でギュッと握り締め、涙眼で真っ直ぐにパチュリーを見つめる美鈴。

その視線を受け止めながら静かに美鈴を見据えるパチュリーは、やがて小さく息を吐いた。

 

「……悪かったわね美鈴。その奥様に対して暴言が過ぎたわ。ごめんなさい」

「……いえ、私の方こそすみませんでした。いきなり大声出してしまって……」

 

俯きながら小さくそう謝罪する美鈴。しかし、そこでパチュリーは真剣な目つきで美鈴に話しかける。

 

「でも、美鈴。だからこそそこの男の計画に乗ってみるべきだと私は思うのよ。あなたが言うように、本当にレミィたちの母親があの二人を愛していたと言うのなら、今のレミィたちを見てこのままにして置くなんて事はしないでしょう?」

「…………」

「フランを身を挺して庇った精神を持つその彼女なら、例え自身が怪談の中の怪異にされようとも、あの二人を救う道を選ぶんじゃないの?」

「パチュリー様……」

 

小さく笑いながらそう諭すパチュリーを美鈴が見つめる、その目は心なしか視界が開けたかのように澄んだものへと変わっていた。

と、そこへ四ツ谷が声を上げる。

 

「……話し合いは終わったかい?」

「ええ。この私にここまでの事をさせたんだから、ちゃんと成功させなさいよね」

「シッシッシ!もちろんだ。言ったろ?責任はちゃんと持つって」

「その責任、私も片棒を担ぐわ。咲夜と美鈴をたきつけてあなたの怪談に賛同させたんだから当然でしょ?」

 

腰に両手を当ててそう言うパチュリーに「意外と律儀だな……」と四ツ谷が小さくそう響くと、両手をパンと鳴らし、大図書館内の空気を一変させる。

 

「さぁて!そうと決まれば準備開始だ!まずはさっき図鑑に載ってた『マーガレット』の花を集める!」

「『マーガレット』の花を?」

 

小傘にそうオウム返しにそう聞かれ、四ツ谷は強く頷く。

 

「ああ。まずはその花を集めて――」

「――ちょっと待ちなさい、四ツ谷文太郎さん」

 

行動に移そうとしていた矢先、四ツ谷の言葉を遮ってパチュリーが待ったをかけた。

いきなり出鼻をくじかれる形となり、嫌そうな眼をしながら四ツ谷がパチュリーを見る。

 

「……何だよ?」

「その花の事なんだけどね。……ねぇ美鈴、あなたがその庭で見たって言う花は本当にその花なの?」

 

パチュリーは言葉を紡ぎながら、四ツ谷から彼が持っていた植物図鑑をひったくるようにして手にすると、先程開けたマーガレットの頁を見せながら美鈴にそう問いかけた。

その頁の写真を見ながら美鈴はやや困惑しながら口を開く。

 

「へ?え、ええ……。確かにこの花だったと思うのですが……」

「いいえ。たぶん、違うと思うわよ?」

「え……?」

 

困惑が深まる美鈴を尻目に、パチュリーは己が『知識』をひけらかすかのように、その場にいた全員に説明をし始めた。

 

「……マーガレットは、元は大西洋のカナリア諸島という群島が原産地でね。そこからヨーロッパへと渡ったとされているのだけれど、その時期が大体()()()()()()()()()()()()()だと言われているの」

「何……?」

 

その説明を聞いて何かに気づいたらしい四ツ谷がピクリと反応する。

それを見たパチュリーはニヤリと小さく笑った。

 

「気づいたようね……。そう、レミィたちが生まれた五百年前は、まだ『マーガレット』がヨーロッパに渡るか渡らないかの頃、レミィが生まれるよりも前にヨーロッパに生息しているというのは、まず考えられないのよ」

「で、でも、私が見た白い花は確かにこれだったような……?」

 

そう動揺しながら呟く美鈴にパチュリーは静かに首を振る。

 

「たぶん、あなたが見た白い花はマーガレットによく似た別の花よ」

「別の花、ですか……?」

「ええ……。もっとも、その花はマーガレットに似てるが故か、国によってその名で混同されたりとしてたりするんだけどね」

 

そう言いながらパチュリーは植物図鑑の頁をペラペラとめくると、とある頁に手を止める。

 

「……そうなると、あなたの見たというマーガレットに似て、かつ五百年前より以前からヨーロッパに生息していたという白い花は……おそらく、こっちの花じゃないかしら?」

 

静かにそう響いたパチュリーはその頁を美鈴の目の前に掲げて見せた。

 

「これは……!」

 

眼を見開く美鈴の背後から、四ツ谷たちも全員、頁の中身を覗き込む。

そこにはマーガレットによく似た白い花の写真が写っていた。

全員の反応を一瞥したパチュリーは、少し得意気に呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『デイジー』。別名、雛菊(ヒナギク)と呼ばれる多年草の一種よ」




最新話投稿です。

過去話は一旦終りですが、この後四ツ谷たちに最大の難関が待ち受けます。

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