美鈴の口から語る紅魔館の過去(その2)が語られ。
先代当主の結末が四ツ谷たちの知る事となる。
美鈴の過去語りが一旦終り、その場に重苦しい沈黙が流れる。
だが、その空気に流される事なく口を開く男がいた。
腕を組み何かを考える素振りをする四ツ谷は、その疑問を美鈴に吐き出す。
「……なぁ、ちょっと妙に思ったんだが。お前らの所の妹様が狂気にかられたのって五百年も地下に幽閉されていたからなんだよなぁ?幻想郷縁起にもそう書いてあったし……。だが、お前の話だとその地下にはお前やあのお嬢様も一緒に過ごしてたんだろ?お前ら二人がついていてもそうなっちまったって言うのか?」
「それは……。情けない事に、そうです。……旦那様は妹様を地下から出すのをかたくなに拒んでおりました。先ほども言ったように、それほどまでに妹様を恐れていたのだと思います。ですがその反面、私やお嬢様へはあまり警戒心を抱いておらず、地下への出入りも自由なものとなっておりました」
そう響いた美鈴は、小さくため息を吐くと続きを口にする。
「……私やお嬢様が自由に外へと出られる事に、その頃の妹様は幼心に何か思う所があったのかもしれません……。何度か私たちを
そう言って美鈴は再びため息をつくと、天井を仰ぎ見ながら呟く。
「……思えば、
「あの時?」
咲夜がオウム返しにそう問いかけ、美鈴はそれに答える。
「ええ……。実は奥様がご存命の頃、幽閉されたばかりの妹様を何度か外へ連れ出した事があったのです。……その時は決まって旦那様が外出し、館の警備が手薄くなる時でした。遊び癖のあった旦那様は館を留守にする事が多く、それを見た奥様は旦那様が出かけられた時を見計らってお嬢様と共に妹様を地下から連れ出し、毎晩のように
「ご自身の庭園って……。
「え?……ああ、違いますよ咲夜さん。咲夜さんが言っているのって、この館と正門の間にあったあの庭の事を言ってるんですよね?……あれは、旦那様の死後、私がお嬢様の許可を得て作った庭園です。今までの紅魔館の様相を一新させる、その一環として……。私が言っているのは
ブンブンと両手を振って咲夜の勘違いを訂正する美鈴。その言葉を聞いた四ツ谷が口を開いた。
「裏庭にかつてあった?今はもう無いのか?」
「ああ、はい……。なんでしたら、見に行きますか?今から」
「いいの?美鈴。裏庭ってお嬢様にとって奥様のお墓もあるから特別な場所なんでしょ?」
咲夜がそう問いかけ、美鈴は小さく笑いながら頷く。
「気づかれなければ大丈夫ですよ咲夜さん。……それに、あそこを見てもらえればもっと奥様の事を知ってもらえると思いますし……」
かつて奥様の自室だった掃除用具入れ前から再びエントランスに戻ってきた四ツ谷たちは、今度は正門玄関とは正反対に位置する扉の前に立っていた。
そこで美鈴を先頭に、一行は裏庭へと足を踏み入れた――。
「ここが……裏庭……?」
「そうです。咲夜さんは始めて見るでしょうけれど、正門玄関前の庭とは雲泥の差でしょ?」
美鈴の言うとおり、紅魔館前の庭とこの裏庭とではまるで印象が違っていた。
春の日差しを浴びながら、輝くように花々が咲き乱れる館前とは正反対に、裏庭は誰も手入れをしていないのが丸分かりなほどに荒れ果てていた。
見渡す限りに雑草が伸びに伸び、敷き詰められた石畳もその隙間から雑草が生えて押し上げられたのか、かつては綺麗に整えられえていたそれがあちこちに乱れが生じていた。
四ツ谷たちは、美鈴を先頭にしてその荒れた裏庭を奥へと向かって進んでいく。
そして直ぐに、唐突に開けた場所へと出た。
そこは、小さな木が一本だけ生えており、その周辺だけは雑草の類が一本も生えておらず手入れも行き届いているようであった。
その空間の中央付近に
十字架を模した形のその墓石は、木の根元付近に作られており、朝の日の光がその木で遮られて作られた木陰の中にその存在を静かに佇ませていたのであった。
「……このお墓が?」
「はい……」
咲夜の問いに美鈴は短くそう答え、墓石の前に歩み寄ると、その前にしゃがみ込み静かに手を合わせ黙祷した。
四ツ谷たちが見守る中、美鈴は短い黙祷を済ませるとゆっくりと立ち上がる。
そうして墓石に語りかけるように響く。
「……奥様、もう少し長居をしたい所ではありますが、今はこれで……。近いうちにまたお参りに来ますので……」
そう呟くと美鈴は咲夜たちに向き直る。
「……その庭園はもう直ぐそこです。……こちらへ」
そう言って再び美鈴は歩き出し、皆も後からそれに続く。
そうして美鈴の言うとおり、その墓石から目と鼻の先の距離に目的の場所があった。
しかし、そこはもう『庭園』と呼ぶには程遠いほどの風景になってはいたが。
「ここが……あなたの言う『奥様の庭園』があった場所?」
「はい……もう、見る影もありませんが……」
咲夜の言葉に美鈴は俯きながらそう答えた。
その場所は先程裏庭の出入り口付近から見た場所と然程変わりばえの無い、雑草まみれの風景が広がっていた。
とても庭園とは呼べない状態の場所。しかし、その雑草の隙間から薄っすらと石造りの細い溝が見えており、今はもう枯れてはいるものの、かつてはそこに水路があった事がうかがわれた。
「……ここが、かつて奥様がお作りになられた庭園であり、
美鈴のその言葉に咲夜たちは全員彼女に注目する。
小傘が美鈴に問いかける。
「第二の、故郷……?」
「はい……。妹様を産んでしばらくしてからの事でした……。奥様は旦那様にたった一度だけ深く願い込んだ事があったのです。……それが、この場所に奥様だけの庭園を作ることでした。最初こそ渋っていた旦那様でしたが、この場所は旦那様にとってあまり意識していない場所であったため、最後には奥様の願いを聞き入れてくれました。……私の手伝いのもと、奥様は一年以上かけてこの場所に水路を引き、土を整えると、そこにとある白い花を植えていったのです。……その花は奥様の故郷の村の周辺に自生する花で、村にいた頃、よくその花の中で遊んでいた事を奥様は私に話してくれたのです」
「……そう言えば、さっきも言ってたなそんな事……。そうか、だから第二の故郷か……」
「ええ……。その花に囲まれて生まれ育った奥様にとって、花の姿は故郷の風景、花の香りは故郷の匂いそのものだったのです。……庭園ができて直ぐ、奥様は毎日のようにここへ足を運ぶようになりました。そうして、庭園の手入れをしながらこの場所を眺める奥様の顔は、それはもう安らぎに満ちたもので、館の中にいる時とはまるで別人のように穏やかな笑顔を零していたのです」
四ツ谷の言葉にそう言った美鈴も、その時の事を思い出したのか嬉しそうに顔を緩めた。
「……奥様にとってこの場所はもうあの狭く苦しい自室とは違い、かけがえの無い自身の居場所。『ふるさと』以外の何物でもなかったのです……。やがて奥様は、旦那様が外出している間、お嬢様と妹様を連れてこの庭園にやって来ると、手作りの紅茶やお菓子をお嬢様たちと一緒に食べながら、ささやかではあれどかけがえのない時間をお嬢様たちとこの場所で過ごすようになられたのです。……まぁ、かく言う私も一緒になって奥様からお菓子をもらっていた次第ではあるのですがね」
そう小さく苦笑する美鈴。そうしてかつて庭園だった場所を遠い目で見つめながら続けて言う。
「でも……。あの頃の奥様は本当に幸せそうでした。月下に風に舞う白い花畑の中……お嬢様と妹様と一緒に戯れる奥様はまるで過去の事なんて無かったかのように、無垢な少女のような笑顔を二人に振りまいて一緒に遊んでおられました。そしてそれはお嬢様たちも一緒で……。それを見た時、私は本当に嬉しくて……嬉しくて……っ」
言葉の最後が震え、同時に美鈴の眼から雫が流れ落ちた。
咲夜たちが見守る中、美鈴はそれを手の甲で拭い、続けて口を開く。
「……でもっ……ですが、やがて奥様が病気で倒れこの世を去られると、旦那様はこの庭園までも配下の者たちに命じて、この庭を取り壊してしまったのです。もう主のいない庭など必要無いと言って……っ!」
「美鈴……」
怒りに震わせる美鈴の両肩を咲夜はそっと手を添えた。
しばしの沈黙後、四ツ谷が美鈴に問いかけた。
「……その奥様の故郷の花ってのは、もう植えていないのか?」
「はい……。正門の方の庭園にも植えていません。……お嬢様が奥様の事を思い出すからと言ってその花を植える事を拒み続けていましたから……」
そう答える美鈴の両肩に手を添えていた咲夜は、かつて庭園だった目の前の荒れ果てた土地をジッと見ながら、ポツリと呟く。
「……今日、ちょっと前に妹様の発狂を止める時に、妹様こう言っていたのよ……お母様の顔なんて少しも覚えていないって……あの肖像画を見ても実感を持てなかったって……」
「……無理もありません。あの頃の妹様はまだ物心つくかつかないかの頃……あの後直ぐ奥様は他界し、この庭園も壊されてしまいましたから……。でも、それだと
「約束って……?」
美鈴のその言葉に、咲夜はオウム返しにそう問いかける。
「……実は、奥様が亡くなる少し前。奥様はお嬢様と妹様を最後にもう一度、自身の庭園へ連れ出した事があったのです。病気に蝕まれた身体を引きずりながら、私がお止めするのも聞かずに……」
そう言いながら美鈴は眼を閉じて、その時の事を脳裏に蘇らせた――。
――日に日に病気に蝕まれ、すっかりとやせ細った奥様は、ある晩何かを思い立ったかのように突然ベットから身を起こすと、レミリアとフランドールと連れて自身の庭園へと向かって行った。
慌てて美鈴が彼女の容態を気にかけ、止めようとするも、彼女はそれをやんわりと断り、フラフラとした足取りながらも、その歩みを止めようとはしなかった。
美しい満月の下。庭園に着いた美鈴は、少し離れた所から彼女たち三人を見守った。
白い庭園……その花畑の中で、奥様はレミリアたちと視線の高さを合わせるようにしゃがみ込むと、レミリアとフランドールにそれぞれ優しく『何か』を語りかけていったのである――。
「……残念ながら私の立っていた場所からでは、奥様がお二人に何を語ったのか……その詳細を聞き取る事はできませんでした……。後で奥様に何をお話なされていたのかお聞きしましたら……『二人とちょっとした約束を、ね……』と、そう言うだけで……」
「……その約束の内容が何なのか、聞かなかったの?」
「ええ……。それ以上聞くのは野暮だと思いましたので……。でも、こんな事ならあの時無理にでも聞きだしておけば良かったのかもしれません……」
咲夜の問いにそう答えてシュンとまた俯く美鈴を見つめる小傘。
しかしその視線が直ぐに『別のモノ』へと向いていく。
「師匠……?」
いつの間にか四ツ谷は、美鈴からかつて庭園だった土地へと視線を向けており、ジッとその場所を見据えたまま立ち尽くしていた。
その瞳には、先程まで無かった鋭利の刃を思わせる真剣さを宿して――。
「「……?」」
咲夜と美鈴も四ツ谷の様子が変わった事に気づき、彼に視線を向ける。
しかしその瞬間、四ツ谷は美鈴へと視線を移し口を開く。
「……ここに植えられていた花ってのは、今も覚えているか?」
「へ?え、ええ……。名前はもう忘れちゃいましたが、どんな花だったのかは覚えています。……植物図鑑で調べれば分かると思いますが……」
先程までとは打って変わって真剣な口調でそう問われ、一瞬面食らう美鈴であったが、すぐにそう答える。
四ツ谷は「図鑑か……」と、小さく一言そう呟くと、踵を返し紅魔館へと歩みを進み始めた。
突然の四ツ谷のその行動に、周りの者たちは一瞬遅れて彼の後を追う。
「し、師匠。一体どうしたんですか?」
「門番は着いて来てるな?今から図鑑を用意するから、そいつにどんな花がそこに咲いていたか調べさせんだよ」
「……へ?そんな事をして一体どうするつもりなんですか?」
歩みを止めない四ツ谷のその背中に、小傘はそう問いかけるも、四ツ谷からその返答が返ってくる事は無かった――。
最新話投稿です。
少し遅くなりました。
文章も前回より短めです。