四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
半兵衛が金小僧の怪談を耳にする。


其ノ五

「へえ~、あの男風鈴の音にもビビッてたか……重畳、重畳♪」

 

長屋の端っこの家にて、半兵衛に金小僧を語った民衆の一人の話を聞いて、四ツ谷は満足そうにそう言いながら、手に持った握り飯にかぶりついた。

その場には四ツ谷と民衆たちの他に、小傘、慧音、阿求、薊といったこの一件の関係者が居合わせている。

老人との一件で、四ツ谷はまず自宅に溜め込んでいたなけなしの食料を全て薊に提供し、薊を助手二号として正式に雇い入れ、小傘と薊、そして民衆たちを使って人里に金小僧の噂を流したのだ。

そして、完全に食料を失った四ツ谷は噂が広まっているその間、慧音に自分の食事管理を頼み、食生活の問題を何とか耐え忍んでいたのだ。

だが、慧音は自分が持ってきた握り飯を食べながら、前述の言葉を呟く四ツ谷に首をかしげた。

 

「……なあ四ツ谷。何故半兵衛はそこまで金小僧の噂を恐れているのか私には分からないんだが……。それに聞いている限りじゃ、お前も半兵衛が()()()()()を予想していたように聞こえる」

「んぐ、んぐ……ぷはぁ~。……そりゃそうだろ。なにせ半兵衛がそれほど恐れるってことは=自分が今まで里のやつらにしでかしてきた事への良心の呵責(かしゃく)から来るモノなんだからな」

「何?」

 

握り飯を飲みこみ、そう呟く四ツ谷に、慧音のみならずその場にいたほとんどの者が驚いた。

それにかまわず、四ツ谷は続ける。

 

「やつはちゃんと気付いてたのさ。自分が金を巻き上げる事で、周りがどんな反応を見せているかなんてな。当然だ。もう何人も金で自害に追い込んでいるのに、憎悪を向けてこないやつなんているわけがない――」

 

そこで四ツ谷は一段とトーンを落とし、言葉を紡ぐ。

 

「――だがやつは、それでも他者への良心の呵責より自身の野望を選んだ。……だからあんな護衛を雇ってまで悪行を重ねているんだよ」

「…………」

「まったく。もはや後ろから包丁でグッサリ刺されてもおかしくない状況まで来てるってのに、そこまで金を溜め込んで為政者になろうとしてるのかは俺にもわからんがね。だがこのままじゃあいつが為政者になる前にこの人里が終わるのは間違いないって言うのだけは俺にもわかる――だから終わらせるんだよ」

 

そう言って握り飯を食べ終わった四ツ谷は立ち上がり、その場にいる全員に言い聞かせるようにして声を響かせる。

 

「この人里の為にも、そして()()()()()()()()()()、あの男の精神を野望ごと根元からへし折ってやらなきゃな……!」

 

そう言って不気味にニヤリと笑うと、四ツ谷は阿求に眼を向ける。

 

「……それで、頼んでたものは全部用意してくれたのか?」

「え?ええ……ですが、アレだけの準備で本当にうまくいくのですか?」

「ヒッヒッヒ!任せとけ。……それじゃあ全員に最後通達するぞ――」

 

 

 

 

 

「――決行は三日後、子の刻だ……」

 

 

 

 

 

 

 

「まったく!一体なんだと言うんだ。どこもかしこも金小僧の噂ばかり……!」

 

深夜、立派な屋敷の一室、そこで半兵衛は高そうな壷をきれいに布で拭きながら、苛立たしげに一人呟いていた。

金小僧の怪談を初めて聞いて以来、人里のどこへ行っても金小僧の噂は否応無く半兵衛の耳に入ってきていた。

最初こそ半兵衛は噂を無視し、仕事に打ち込んでいたが、頭の奥底では金小僧の存在がへばりつき、離れようとはしなかった。

それが三日も続き、半兵衛の苛立ちも治まるどころか、ますます持って拍車がかかる。

 

「……くそっ!」

 

半兵衛は拭いていた壷を乱暴にゴロンと転がすと立ち上がり、その部屋を照らしていた一本の蝋燭の明かりを持って、隣の部屋へ続く襖を開けた――。

そこには人里から吸い上げ、今まで溜め込んできた金銭の入った千両箱が山のように積まれており、それを見た半兵衛はにやりと笑う。

 

「クックック!……だが、ようやくだ。長い時間をかけてようやくここまで来たのだ。これだけあればワシが人里の頂点に立つのは間違いない……!」

 

そもそも半兵衛が当初、為政者になろうと思ったのは()()()()()()()()()()()のである。

彼は最初、魑魅魍魎に囲まれた人里が、ただ異形たちの食い物にされているだけの事に不満を抱き、自身が人里の頂点に立って人間を導いていこうと考えたのが事の発端だった。

そのためには資金が必要と思い金貸しとなったのだが、時が立つにつれ、彼の中で変化が訪れる。自分の下に集まってくる金にいつしか魅入られた彼は、やがて目的よりも手段のほうに集中するようになる。つまり、目的を建前に手段で金を集め優越に浸るような人間に成り下がってしまったのだ。

もはや彼の中では目的の為政者になって何をするつもりだったかなどきれいさっぱりなくなっていた。

あるのはそれを言い訳に自身の中の欲望を満たせようという欲求のみであった――。

 

「フフフッ……!」

 

山積みされた己の欲望を愛おしそうになでる半兵衛。だがそこでふいに、またもや金小僧の怪談が脳裏を掠めた。

彼の頭の中で噂の一部が響かれる。

 

 

 

 

 

――金にがめついやつに与えられるのは……『死』だってさ……。

 

 

 

 

「くだらん!なにが『死』だ……!」

 

半兵衛がそう叫んだ瞬間――。

 

「……へえ~、こりゃ傑作だ。金の()()が『死』を恐れるとは」

 

唐突に別の声が部屋に響き、半兵衛は飛び上がらんばかりにバッと背後へ振り向いた。

先ほどまで閉まっていたはずの障子の一部が開かれ、その障子に寄りかかるようにして一人の長身の人影が立っていた。

外の月明かりの逆光で人型のシルエットとしか見えないその人影は、ゆっくりと部屋の中に足を踏み入れる。

 

「だ、誰だ!?」

 

半兵衛は慄きながら手にした蝋燭の明かりを人影にかざす。

浮かび上がったのは黒っぽい着物に腹巻、そして黒い髪を揺らし不気味に笑みを浮かべる顔であった。

その表情を見て半兵衛は一瞬息を飲むも、すぐにその侵入者に向けて怒鳴りつけた。

 

「な、なんだ貴様は!一体どこから入り込んだ!屋敷の周りは見張りで固めているはずだぞ!?」

「ヒッヒッヒ!さぁ~どうしたんでしょうねぇ?大方、金小僧でも見て逃げ出したのかもしれませんねぇ。あの怪談は今里で一番多く囁かれていますから……」

「怪談だと……?まさか、あの下らん噂を流したのは貴様か!?一体なんの目的があってあんないもしないモノの噂を――」

「否。何故いもしないと言い切れるんです……?」

 

人差し指を半兵衛の眼前に突き出し、侵入者――四ツ谷文太郎は否定する。

そして続けて言う。

 

「いますよ金小僧は。しかもやつはもう()()()()()()()()()……」

「な……に……?」

「今晩私がここに来たのは金小僧の結末をあなたに語り聞かせるためです……」

 

そう言って、一拍おいた四ツ谷は不気味な笑みをさらに歪め、部屋全体にその声を響かせた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さあ、語ってあげましょう。貴方のための怪談を……!!」


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