四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

フランドールとの一戦を退けたレミリアは『文々。新聞』を読んで一計を案じる。


其ノ二

「――ンぁ?」

 

四ツ谷文太郎は呆けた声をあげた。

今彼がいるのは、何処を見ても赤一色のだだっ広い広間。そんな部屋の中央で彼はあぐらをかいて座り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という状態だった。

傍から見ても奇妙な状況なのだが、こうなってしまったのにはちゃんとした理由がある。

 

それは、ほんの数分前の出来事であった――。

 

 

 

 

 

 

 

「……店を出したい?」

「……はい」

 

そう聞き返した四ツ谷に梳ははっきりとうなずいて見せた。

 

その日の朝、四ツ谷会館ではいつもの如く全員で朝の食卓を囲んでいた――。

仕事で使っている職員室の隣、そこには厨房と食堂があり、四ツ谷会館の面々はその食堂で食事を取るのがいつもの習慣となっていたのである。

ちなみに薊は会館の職員ではあるものの、食事は向かいにある自分の家でとっていた。

そしてこの日も、朝起床して食堂に集まった(薊以外の)面々は、調理担当の金小僧が作った朝食が用意された大きな机を囲んで座る。

そうしていざ食事を取ろうとする直前、会館の居候である梳が四ツ谷に「自分の店を持ちたい」と相談を持ちかけたのであった。

(あご)に手を添えて梳をジッと見つめる四ツ谷。

そんな四ツ谷を梳も強い視線で見つめ返す。

数秒そんな膠着(こうちゃく)が続くものの、唐突に四ツ谷の方から口を開く。

 

「……店っつーとやっぱ床屋か?」

「はい。でも理容店としての面だけでなく、主に女性受けのする美容院としての面も取り込んだ店を出したいのです」

「……その理由は?」

「この幻想郷では髪は主に家族や自分自身で切って整えるという話を聞いたのが主な理由なのですが、この人里……特に女性は美容に対してほとんど無頓着な人が多いと思ったのです。人里の外、人外の女性の方たちはどうなのか分かりませんが……」

 

事実、梳のこの指摘はあながち間違いではない。

人里に住む人間たちは老若男女問わず、生きるために日々働いて稼いで暮らしを立てている。

それ故、人里の女性もその傾向が強く、女として自身を磨く事は二の次状態になっていたのである。

 

「それでお前は自分の理容師としての能力をここで生かそうと思ったわけだな?」

「はい。理容師の卵として、私はそうするべきだと思いました。それに――」

 

そこで言葉を区切った梳は俯いて、やや言いづらそうにその先を口にする。

 

「――いつまでもこの会館でおんぶに抱っこで暮らしていくのは、私自身心苦しいと思っていたのも、事実です……」

「梳ちゃん……」

 

小傘が心配げに梳を見つめるのを尻目に四ツ谷は再び梳に問いかけた。

 

「……お前にはまだ外の世界へ帰るという選択肢も残ってるぞ?そっちはいいのか?」

 

それに梳は静かに首を振った。

 

「私にはもう外へ帰っても迎えてくれる人は誰もいません。頼れる親類もいませんし……。なら、それならいっそ――」

 

 

 

 

 

「――この幻想郷で第二の人生を歩み、自分が本当にするべき事は何か?……それを探し、見つけ出そう。そう思いました……!」

 

 

 

 

 

顔を上げた梳の顔は決心に満ち溢れており、四ツ谷は黙ってそれを見据える。

しばしの沈黙後、四ツ谷は梳から顔を逸らし、眼を()じて静かに鼻を鳴らした。

 

「分かった。お前がそう決めたのなら、俺はもう何も言わん」

「……ありがとうございます……!」

 

その場の空気の緊張が緩み、それと同時に梳は感謝の意を述べた。

そして、続けて言う。

 

「それでは今日はこの後、新しい仕事先を探してきます。そこで働いて店を出す費用を――」

「その必要はねーよ」

「――え?」

 

今後の予定を口にしていたのを途中で遮り、四ツ谷にそう言われた梳は、驚いた顔で四ツ谷を見た。

そんな梳に、四ツ谷はニヤリと笑い、口を開く。

 

「費用は会館(こっち)が出してやる。お前が新しい生き方を見出したその門出……祝い金だと思ってくれ」

「え?え??で、でも居候させていただいた上、そこまでしていただく訳には……!」

「――梳ちゃん」

 

そこへ小傘が梳に声をかける。

顔を向ける梳に小傘は微笑みながら言う。

 

「遠慮しないで受け取ってあげて?何だかんだ言って、師匠も梳ちゃんが自立する決心を固めたのが嬉しいんだと思うから」

「ハッ、言ってろ」

 

そっぽを向いて嫌そうに舌を出す四ツ谷を小傘はくすくすと笑って見つめ、それを見た梳も唖然としていた顔をゆっくりと綻ばせた。

ほがらかとなった食堂の空気。それに便乗して四ツ谷は再び声を上げた。

 

「ま、なんだ。詳しい話は食べてからにするぞ?」

 

四ツ谷の言葉にその場にいる全員が頷き、朝食を前に全員が手を合わせる。

 

『いただきます』

 

そうして四ツ谷が自分の前に盛られた白米の茶碗と箸を持ち、いざ口にしようとした、その瞬間――。

 

 

――唐突に、四ツ谷の頭上に影が落ちた。

 

 

「?」

 

何だ?と思い、四ツ谷が顔を上げると、そこには青と白を基調としたメイド服に身を包んだ銀髪の美しい女性が柔らかい笑みを浮かべて自身を見下ろしている姿があった――。

宴会やこの会館創立の祝いの席で何度か顔を合わせて知ってはいたものの、突然ふって沸いたそのメイドの登場に、四ツ谷は呆気に取られる。

一瞬遅れて四ツ谷の周りにいる者たちもメイドの存在に気づき、呆然となる。

だが、この中で一番彼女を見知っていた小傘だけは直ぐに反応し、声を上げた。

 

「あ、貴女は紅魔館の……!?」

 

その直後、そのメイドはおもむろに右手を上げて指を鳴らし――。

 

 

 

――パチン……!

 

 

 

――そして、次の瞬間には四ツ谷はこの赤い大広間で箸と茶碗を持って呆けて座っているという現在に至ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が起こったのか分からず、呆然となる四ツ谷の目の前――玉座だと思われる椅子にガウン一枚で足を組んで座る羽の生えた幼女が、四ツ谷の様子を見て眉根を寄せて彼の隣に立つメイドに声をかけた。

 

「……あら?咲夜、あなた食事中に連れて来ちゃったの?」

「はい。不躾だとは思いましたが、お嬢様から『今すぐ連れて来る』ように言われましたので、そちらを優先させました」

「それで問答無用で連れて来ちゃった訳?……あなた、もう少し気配りと言うか、融通を利かせるべきだと思うわよ。……命令した私が言うのもなんだけど」

 

四ツ谷を置いてきぼりにして会話をする幼女とメイド。

しかし、その会話である程度の状況を察した四ツ谷はその会話に割ってはいる。

 

「オイ、何だよコレは?こっちが朝飯にありつこうって矢先に無理矢理つれてきやがって!」

「箸の先をこっちに向けながら怒るの止めてくれるかしら?……まぁ、無理矢理連れて来た事は悪かったけどね」

「お嬢様、お嬢様が謝る必要はありませんよ?」

「実行犯が何を言うか」

 

ジト目でそう非難する四ツ谷だったが、当のそのメイド――咲夜はつんと澄まし顔で軽くスルーする。

それを見た四ツ谷はこれ以上は無意味と判断し、一つため息をつくと玉座の幼女――レミリアへと向き直った。

 

「んで?一介の怪異に何の御用ですかレミリアお嬢様?」

 

多分に棘を含んだ言葉を投げかけたつもりであったが、当のレミリアは面白いものを見たと言いたげにフンと鼻を鳴らして笑うと、口を開きかけ――それが途中で止まり、四ツ谷と咲夜の向こう側にある部屋の出入り口の扉を凝視する。

それに気づいた咲夜もハッとなり、自身のスカートの中に手を入れて一本のナイフを取り出すと、それを構えながら同じく扉を見据えた。

今度は何だ?と四ツ谷もつられて扉の方へと視線を運び――。

 

 

 

「師匠ぉおぉぉぉーーーーーッッッ!!!!」

 

 

 

聞きなれた少女の雄叫びと共に、その扉が木っ端微塵に吹き飛んだ――。

 

『!?』

 

四ツ谷、レミリア、咲夜が同時に眼を丸くする中、吹き飛んだ扉の向こうから、ゼエハアゼエハアと肩で息をしながらこちらを睨みつけ仁王立ちになる小傘の姿があった。

一拍遅れて彼女の背後から、金小僧と金小僧が抱える大きな箱から出てきた折り畳み入道が現れる。

その折り畳み入道が出ている『箱』は恐らくこの館の私物だろうなぁ、と四ツ谷が割りとどうでも良い事を考えていると、横から四ツ谷と同じものを見た咲夜が、小傘に叫ぶ。

 

「ちょっと、それはお嬢様のドレスを仕舞っている衣装箱よ!何勝手な事をしているの!?それに許可も無く勝手に館の中へ入って来ないで頂戴!」

「先に会館(こちら)に無断で踏み込んで来た上に、師匠を拉致(らち)して行った人に言われたくありません!!」

 

そうぴしゃりと正論を小傘に吐かれた咲夜は「うっ」と、二の句が告げなくなる。

そんな咲夜を他所にレミリアは突如乱入してきた小傘に臆する事無く、ジッと彼女たちを観察するような視線を向けながら口を開く。

 

「折り畳み入道……。なるほど、そいつの能力を使ってここへ乗り込んできたのね。その箱が置いてあったのは隣の部屋だし。……どおりで来るのが速すぎるわけだわ。館の周りも中も何も騒ぎが無いのもそのせいね。失念してたわ」

 

そうして、レミリアは再び四ツ谷へと視線を戻し、続けて言う。

 

「でも、その怪異たちや多々良小傘の大妖怪化も、元をたどれば全てあなたの怪談が成し得たモノ……。あの賢者や霊夢たちが危惧するのも裏付けるわ」

「……何が言いたいんだ?」

 

四ツ谷のその問いにレミリアは小さくニヤリと笑う。

 

「あなたのその能力を見込んで、仕事を依頼したいのよ」

「依頼だぁ?」

「そう――」

 

 

 

 

 

 

「――創って欲しいのよ。あなたの言う『最恐の怪談』を……。そしてその『聞き手(ターゲット)』を私の実の妹、フランドール・スカーレットでね」

 

 

 

 

 

レミリアのその言葉にその場が沈黙する。

小傘たちは驚きに言葉を無くし、咲夜は眼を閉じ無言を通す。四ツ谷はジッとレミリアを見据えていたが、静かに口を開いた。

 

「本気か?俺の『最恐の怪談』がどんなモンか知ってて言ってんだろうな?」

「ええもちろん。今までの奴らの大半が廃人となって永遠亭のお世話になっている事はね。本当に容赦ないわね。でも、その容赦の無さが今の()()()には必要なのよ」

「……どう言う事だ?」

 

「私たち」という言葉に含みを感じた四ツ谷はレミリアに問いかける。

聴かれたレミリアは眼を細めて四ツ谷に静かに語りだした。

 

「……フランの凶暴性が少し前からまた表に出てきたのよ。しかも、日増しに強くなってもう私や咲夜……いいえ、もう紅魔館の有力者を結集しても手に負えない所まで来ているの。……このままじゃ近いうちに紅魔館が崩壊し、その火の粉が外へと飛び火するのは目に見えてるわ。だから――」

「――そうなる前に俺の『最恐の怪談』を使って黙らせる、と……?」

「分かってるじゃない」

 

正解だと言わんばかりに笑顔でレミリアは四ツ谷を指差す。しかしそれに対して四ツ谷は険しい顔をレミリアに向ける。

 

「……気が乗らねぇな」

「あら、どうして?あなたの大好きな怪談を好きなだけ語らせてあげるって言ってるのよ?」

「怪談を語れるのは嬉しいが、姉であるお前が実の妹をその餌食にさせようってのが気に食わねぇ。お前の身内だろ?何とも思わないのか?」

「……これも紅魔館のため、ひいてはフラン(あの子)のためよ。自力でなんとか出来ないのであれば、もはやこうするしか方法は無いわ。狂気に駆られたあの子がやがて正気を取り戻した時、真っ先に見るのが自分が作り出した更地の世界だったのなら、一番深く傷つくのは他でもない、あの子自身よ。それに――」

 

レミリアはそこまで言うと身も凍るような冷たい視線を四ツ谷に浴びせながら声のトーンを落として再び口を開いた。

 

「――そこまではあなたに関係の無い事よ。あなたはただ黙って()()()()()()()怪談を創ってくれさえすればそれで良いの。余計な事に口を挟まないでくれるかしら?」

「……俺が怪談を創るのを断ったら、どうするんだ?」

「あなたに拒否権は無いわ。これはもう決定事項だもの。何故って?ハッ……それはもちろん、私がそう決めたからよ。……それでもあなたが嫌だって言うのなら、こちらも実力行使をするだけだけどね」

「そっちがその気なら、こっちも……っていうか、後ろの奴らが黙っちゃいないと思うけどな」

 

そう言って四ツ谷は肩越しに自分の背後、部屋の出入り口に立ち既に戦闘体制をとっている小傘たちへと親指をクイクイと指して見せた。

それを見てもレミリアは何とでもないかのように呟く。

 

「まだ今の状況が分かってないの?あなたの殺生与奪は他の誰でもない、この私が握っているのよ」

 

それと同時に四ツ谷の首筋に冷たいモノが触れる。目線だけを動かすと、いつの間にか横に立っていた咲夜がこちらにかがみ込んで、その手に持ったナイフを四ツ谷の首筋に押し当てていたのだ。

「師匠!」と背後で小傘がそう叫ぶ声を聞きながら、四ツ谷はレミリアを睨みつける。

かく言うレミリアは冷笑を顔に貼り付け、愉快そうに四ツ谷を見下ろして響いた。

 

「……で、どうするのかしら?『百奇の語り手』さん?」

「…………」

 

短い沈黙。しかし、やがて四ツ谷はため息と共に言葉をこぼした。

 

「……わかった、引き受けてやるよ。流石に幻想郷(ここ)が更地になっちまってしまったんじゃあ、悲鳴も何もあったモンじゃねぇしな」

「フフッ、分かってくれて嬉しいわ♪」

 

箸と茶碗を持ってホールドアップする四ツ谷を見て、溜飲が下がったのかくすくすと笑いながらそう呟くレミリア。

そして「さてと♪」と呟いた彼女は玉座から立ち上がると、優雅な足取りで四ツ谷の脇を通り過ぎ、小傘たちのいる出入り口へと歩いていく。

その間もレミリアは四ツ谷に声をかける。

 

「期限は今日の夜まで、それまでに『最恐の怪談』を完成させなさい。適当なの創ったら承知しないわよ」

「オイオイ、えらく急だな。ゆっくり創る暇すら無いのかよ」

「さっきフランの様子、言ったでしょ?こちらもそんなに時間はないのよ。速く帰りたければ四の五の言ってないでさっさと創る事ね」

 

そう言ったレミリアは次に咲夜へと視線を向ける。

 

「咲夜。この男の監視、お願いね。彼から何か必要な物があるのであれば、用意してあげるのよ。……私はこれから寝るわ。もうとっくに夜は明けてるし……。着替えも自分でやるからあなたは先の任務に従事して」

「かしこまりました」

 

スカートを摘んで優雅に一礼する咲夜、それを横目に四ツ谷は欠伸(あくび)をかみ殺しながら部屋から出て行こうとするレミリアの背中に、皮肉交じりに声をかける。

 

「話を聞く限りじゃこの館の一大事みたいなのに就寝とは、夜行性であっても少し気が緩んでるんじゃねーか?」

「夜更かし、もとい――()更かしは女の肌の大敵よ。吸血鬼なら特にね。それに、()()()()()()()()もう寝る時間なの」

「チッ……こういう時だけ子供ぶるのかよ」

「『私』だからこその特権よ」

 

忌々しげに舌打ちをする四ツ谷にレミリアは背中越しに小さくウィンクすると、悔しそうに顔を歪める小傘たちの脇を通り過ぎて玉座の部屋を出ると、廊下の奥へと消えていった――。




最新話投稿です。

いやー、速めに投稿できてよかったです。

次も速く投稿できるよう頑張ります。

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