四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

『四隅の怪』が終息し、四ツ谷も霊夢から開放されこの一件は幕を閉じる――。


其ノ十七 (終)

これは、『四隅の怪』の一件が解決した後の、とある二人の後日談である――。

 

慧音と妹紅に保護された柚葉は、二人に永遠亭へと送られ、そこで家族全員と再会する。

そこで柚葉は自身の身に起こった全ての事実を数年前の出来事を含めて家族全員に打ち明けた。

事実を知った柚葉の家族は、最初こそ周蔵や庄三に激しい憤りを見せたものの、すぐにその事に今まで気付けなかった自分たちの不甲斐なさを悔やみ、涙ながらに柚葉に謝罪をした。

それを見た柚葉も先程の寺子屋前での慧音のとき同様、二度目の号泣をする事となった。

翌日、薬師の手によって健二郎の怪我が完治し、翌日の朝に人里へと帰っていった。

周蔵の話を聞いていた柚葉の家族は、二度と柚葉に近づかないように周蔵の元へと押しかけようと考えていた。

さらには、今まで柚葉に与えた仕打ちの分、一家総出で彼を袋叩きにしてやろうとも――。

 

――しかし、不思議な事にあの晩以降、周蔵の姿が()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 

いくら探しても人里の()()()()()何処にもおらず、まるで神隠しにあったかのようにいなくなってしまっていたのである。

柚葉の家族は、何か知っているであろう慧音の所にもやってきたが、慧音本人は「気にしなくて良い」と、首を横に振るばかりであった――。

どこか腑に落ちないながらも、柚葉とその一家はもとの平穏な生活に戻って行く事となった。

やがて数年が立ち、柚葉の心の傷もある程度()えた頃。

彼女が寺子屋に通っていた当時、同級生だったとある男性に交際をもちかけられ、それから長い時間をかける事無くその男性と祝言を挙げ夫婦(めおと)となる。

その男性は柚葉のおぞましいかった過去も全てを受け入れ、彼女を心から大事にして日々を過ごしたと言う――。

柚葉自身も全てを受け入れてくれた男性に心から尽くし、その後子宝にも恵まれる事となり、天寿を全うするその日まで、慎ましいながらも平穏穏やかな生涯を送ったのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、最後に周蔵の事について触れておこうと思う――。

『四隅の怪』の一件後、彼に一体何があったのか……。

菫子たちに頼まれ、寺子屋近くの空き家に慧音の手によって放り込まれた周蔵は朝まで()()にうなされながら夜を過ごした。

そして朝になり、四ツ谷会館の面々と柚葉たち一家が人里へと戻って来る少し前にそれは起こった――。

 

「--------------ッッッ!!!!」

 

見知らぬ空き家の一室にて眼を覚ました周蔵は部屋を見回した途端、まるでこの世のものではない『ナニカ』を見てしまったかのように声にならない絶叫を上げると、転げるようにしてその空き家から飛び出していた。

そして何かから逃げるように大通りに飛び出すと、その中央に立って周囲をキョロキョロと見渡し始めた。

その顔は血の気が失せたように蒼白で、冷や汗をかきながらガタガタと身体を震わせていた。

周囲を往来する人里の住人たちはそんな周蔵に奇妙な者を見る眼を向ける。

まるで何かに怯えるかのように周蔵は周りの人たちを――いや、正確には背後に立ち並ぶ()()()()()に眼を向けて恐怖の色を顔に浮かべていた。

 

「ひぃぃぃ……!!」

 

やがて正気を失ったかのような悲鳴を一つ上げると、周蔵は大通りと走りぬけそのまま人里を飛び出していったと言う――。

その後、何処を探しても見つからなかったため、人里の人間たちは周蔵は何かに気が触れておかしくなり、里を飛び出して妖怪に食われたのではないかという死亡説が一時、(まこと)しやかに囁かれた。

 

――しかし、それは周蔵失踪から僅か数日で霧散する事となる。

 

その日、人里の町を囲むようにして広がる田園地帯。その一角で農業を営んでいる男が、自身の田畑の近くにある小高い小さな丘の斜面で、一心不乱に横穴を掘る一人の男を発見したのだ。

 

――それが、周蔵であった。

 

頬が痩せこけ、全身が土や埃でボロボロになった周蔵は、打ち捨てられていた腕の太さぐらいの木の杭を使って少しずつ斜面を削るようにして穴を掘っていたのである。

何をしているんだ?と、首をひねっていると周蔵がこちらに気づき、歩み寄って来ると、数日の間だけ穴を掘るための農具を貸してくれないだろうかと頼んできたと言う――。

その姿は以前の乱暴な言動が目立っていたのが鳴りを潜め、まるで何かに怯えるかのように大人しかったと、後にその農夫が語っている。

農夫から農具を借りた周蔵は数日かけて一心不乱に斜面に横穴を掘った。

その間は布団も何も無い茂みで野宿をし、食事も近くの川から獲った小魚や雑草を食べて飢えを凌いでいた。

そうして()()()()()()()()()()熊の(ねぐら)くらいの大きさまで穴を掘り、近くに生えていた木を切ってそれを坑木(こうぼく)として穴の補強にすると、知り合いの伝を使って寺子屋の天井裏に置いたままとなっていた自分の生活道具一式をその穴に運び込み、そこを新しい住居としたのである――。

 

所謂(いわゆる)、横穴式住居と呼ぶものであった――。

 

そこで新しい生活を始めた周蔵は、誰かと接する事を極力拒んだ。

住居の傍に小さな畑を作って(たがや)したり、小川に行って魚釣りをするなどが主な一日の暮らしとなったのである。

他者と接するのは時々、農具を周蔵に貸した農夫だけが彼の様子を見に来き、いらなくなった古着や家で作りすぎた料理などをおすそ分けに来たりするだけであった。

その農夫から他の里人たちへと周蔵の生存が伝わるも、彼も半兵衛親子同様、悪評の耐えない人物だったため、誰もこれっぽっちも彼を気にかける事など無かった――。

四ツ谷や慧音たちでさえ、一時期、彼の動向に眼を光らせていたが、人が変わったかのように大人しく、誰にも知られずにひっそりと暮らしているのを知ると、次第に警戒心を解いて最後には気にも止めなくなった――。

 

その後、周蔵は還暦を迎える歳に病気で一人静かに息を引き取るまで、ずっとその住居で暮らし続けたという――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ある日、その住居に農夫がいつもの如く古着をあげに来た時、少しだけ周蔵と会話した一幕がある。

その時、前々から疑問だった事を農夫が彼に投げかけたのだ。

 

――何故、こんなほら穴の中で暮らす事にしたのか?と……。

 

その途端、周蔵の顔から血の気が引き、瞳孔を揺らしながら農夫の顔を見ずに独白するかのように虚空へと語りだした――。

 

――曰く、町にはたくさんの家がある。あんな()()()()()()()()、近づいただけで怖くて頭がおかしくなりそうだ。と――。

 

そして続けて響く――。

 

――何か騒動を起こせば、ふとした拍子にあの町に連れ戻されてしまうのではないか……。そうなってしまうと、もう怖くて怖くてたまらないのだ。と――。

 

農夫はこの時、ここで周蔵に農具を貸してくれと言われた時に、何故力づくで奪いに来なかったのか、その理由が今なんとなく分かった気がした。

あそこで暴力に訴えれば、その後自分の呼んだ里人たちに町へ連れて行かれる。そうなるのが怖かったのだと――。

だが、それでは自分の問いの答えにはなっていないし、何より、『無数の部屋の巣窟』とは一体どう言う意味なのだろうか……?

首をひねる農夫を前に、周蔵は最後にこう締めくくっている――。

 

 

 

 

 

――四角い部屋の中にいると、決まって部屋の隅という隅から……ヒタヒタと……小さな足音が響いてくるのだという――。

 

――そして、その足音を聞いていると――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――どこかこことは違う……別の世界へと、足音がフッと……自分の魂を連れて行ってしまう……。そんな気がしてならないのだと――。




これにて『四隅の怪』終了です。

後日談ですから短めです。

いや~長かった!
この章を書き始めたのが去年の五月頃、そして今は一年後の六月ですw
いやホント長かった!!(大事なことなので二回書きましたw)
でもこれで次の新しい噺を書くことができますw
次も速めに書けるよう頑張りますので、それではw

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