四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

寺子屋から柚葉は逃げ出し、周蔵は正体不明の白装束の女と対峙する。


其ノ十五

深夜の寺子屋の中――。

そこにある物置として使われていた空き部屋にて、今一人の男と一人の白い女が対峙していた。

一人は柚葉を探してこの部屋までやって来た男――周蔵。

もう一人は今だ名前すら分からぬ正体不明の女、その女が静かに周蔵にむけて()()()()()――。

 

    タッ……

           タッ……

                  タッ……

                         タッ……

                                タッ……

                                       タッ……

 

 

 

 

    ……暗闇に沈んだ部屋の中から足音が響く……。

 

                ……壁を伝って隅から隅へ、歩き回るは異形の死者……。

 

 

 

    ……人に混じりて戯れに、人をからかう無邪気な怪奇……。

 

 

 

 

 

                ……されどその()を止めては成らず、(さまた)げず……。

 

 

 

 

 

                 ……断てばその者禁忌に留まり――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             ……永劫終わらぬ歩みを送る(呪いを貰う)――

 

                                           」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで感情の篭っていない声色で白い女はそう響く。

しかし、周蔵はそんな事意に返さずといった風にフンと鼻を鳴らすとつかつかと白い女に近づいていく。

 

「ハンッ!何わけ分かんねぇ事グダグダ言ってやがる!さてはてめぇだなぁあの妙な呪いだのなんだのといった噂流したのは!?一体何のつもりだよてめぇッ!!」

 

そう叫んで周蔵は女の胸倉を掴むと大きく右拳を振り上げ――。

 

 

 

 

 

 

                   ――そして静止した。

 

 

 

 

 

「……は?」

 

2、3度体を大きく揺さぶる仕草をした後、周蔵は信じられないものを見るかのように、今し方振り上げて()()()()()()()()()()()()()()自身の拳を見上げる。

それもそのはず、すぐさま女に振り下ろそうとしていたその拳――正確には右手から肘にかけての部位がまるで見えない誰かに掴まれたかのように空中で固定され、自身の意志では動かなくなっていたのである。

 

「な、何だよコレ!?」

 

とっさに周蔵は女を掴んでいた左手を離し、空中にピタリと止まった自身の右手を掴む。

その間に女は周蔵から数歩距離を取り、ジッと周蔵を見つめていた――。

それに気づく事無く、周蔵は必死に動かなくなった右手を動かそうとがむしゃらに体全体を揺らす。

 

「クソがッ!どうなってんだよコレ!?何なんだよ一体!!?」

 

どんなに暴れてもビクともしない自分の右腕に、周蔵の顔から段々と焦りが浮かび始める。

 

「てめぇ、俺に何かしや――っ!!?」

 

もしや目の前の女が自分に何かしたのかと考えた周蔵は、再び女の方へ顔を向け怒鳴ろうとし……その顔を見て絶句した。

――白い女はいつの間にか俯かせていた顔を上げており、傍に立っている蝋燭の仄かな明かりにその顔を照らしだしていた。

その顔はまるで死人を思わせるかのような真っ白い肌をしており、周蔵を見つめるその双眸は人の持つ眼とは思えない生気の全く無い不気味な()()()()を宿していたのだ。

そうしてその顔は表情が抜け落ちてしまったかのように真顔で周蔵を見つめ続けていたのである。

その薄気味の悪い面相に周蔵の顔から血の気が引き、自然と生唾をゴクリと飲み込んでいた。

と、同時に周蔵の脳裏に「もしやこの女は、この世の者ではないのでは?」という疑念がふつふつと湧き出してきてくる。

――しかし、それとは別の面では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という思いも薄っすらと浮かんできていた。

何故かは分からない。しかし、この女の顔は以前どこかで見た事がある。そう、声もだ。抑揚の無い声だが、やはりどこかで聞いた事がある。と、この時周蔵はそう感じていた――。

だがそれを深く考えるよりも先に、この状況から生まれた周蔵の『恐怖心』が、真綿で首をじわじわと締め付けるが如く、周蔵の全身へと侵食を開始していた。

そして、それに拍車がかかる――。

 

 

 

 

……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……!

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

今自分たちがいるこの部屋の中から、自分やこの女のモノではない、()()()()()()が静かに響きだしたのだ――。

しかも最初は一つだったその足音が、やがて二つ……そうして三つと段々と増えてきたのである。

 

 

 

 

   ……タっ……タッ……    タタッ……   タッ……       タッ……タッ……

 

          タッ、タッ……タ……           タタタッ……

 

 タッ……タッ……タッ……             タッタ……        タッ……

 

……タッ……タッ……タッ、タッ……………タッタッタッ……タタッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッタッ……タッ……タ……タッ……タタタッ……タッ……タッ、タタッ…………タッ……タッ……タッ……タッ、タッ……タッタッ……タッ……タッ……タッ……タッタッ、タタッ……タッ……タッ……タッ……タッ、タッタッタッ……タッ、タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッタタタタタタタタタタタッッタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ、タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ…………ッッ!!

 

 

 

 

 

 

「……な、なん、だ……?オイ、何なんだよオイこりゃあっ!?」

 

部屋じゅうに響き渡る無数の足音に、周蔵は今この場でただならぬ事が起こっている事をようやく認識する。

されど、それを理解した今となってはもはや後の祭りであった――。

 

「ヒタヒタと……、壁伝いに歩みを続け……隅に佇む同胞(はらから)の……肩を叩きて送り出す……」

 

再び目の前の白い女が抑揚の無い声で響いた。

女は不気味に光る金色の瞳で周蔵を射抜きながら言葉を紡ぎ続ける。

 

「……次の隅も、その次も……そこに佇む同胞の、肩を叩いて繰り返す……。進み止まりを繰り返し、果て無き輪廻を歩み行く――」

 

感情の篭らない女の声が呪詛のように部屋全体へ響き渡る。

その薄気味の悪さに周蔵は喉の奥を震わせるも、それでも強気な態度を崩さず女に向けて声を絞り出す。

 

「……ふ、ふざけんじゃねぇぞ陰湿女ァ!一体誰なんだよてめぇはよォ!?」

 

周蔵のその問いに、女は黙ったままゆっくりと右手の人差し指で周蔵を刺し、静かに響く。

 

「……私は……()()()()()()()()()……。私が()()()()()()()()()を、お前に妨げられた者……」

「は……?」

 

女の言っている事が理解できず、呆けた声を漏らす周蔵。

すると――。

 

 

 

 

 

 

――……『パサリ』……。

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が部屋に小さく響き渡った。

何だ?と思い、部屋を見渡した瞬間――。

 

「……ッ!!?」

 

周蔵は心臓が止まるかと思えるほどの衝撃を受ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――一体いつからいたのか、部屋の四隅――そのうちの三隅に目の前の女と同じく白い着物と頭巾を纏った人影がそれぞれ佇んでいたのである――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が体格からして恐らく女であろうその者たちは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その薄暗い闇の中で一際妖しく白くぼんやりとその姿を現している。

俯き沈黙を守ったまま不気味に立ちすくむその容姿はまるで自分たちがこの世の者ではないという事を強調するかのようであった。

先程まで自分と目の前の白い女だけしかこの部屋にいなかったはずなのに、まるで闇そのものの中から降って湧いて現れたかのようなその三人の白い女たちに周蔵は戦々恐々となる。

そんな周蔵を他所に、目の前にいる白い女は隅にいるうちの一人の女を指差す。

すると、指差された女は俯いたまま壁伝いにゆっくりと歩みを始めた――。

 

 

 

タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ……

 

 

 

歩みだした女の足音が部屋の中で小さく響く――。

そうしてその先の隅に立つ別の女のもとまで歩み寄ると、その肩にゆっくりと手を置いた。

すると、肩をふれられた女は先程まで歩いていた女と入れ替わるようにして、同じく俯いたまま壁伝いに歩き始めた――。

 

 

 

                                         タ

                                         ッ

                                          、

                                         タ

                                         ッ

                                          、

                                         タ

                                         ッ

                                          、

                                         タ

                                         ッ

                                          、

                                         タ

                                         ッ

                                          、

                                         タ

                                         ッ

                                          、

                                         タ

                                         ッ

                                          、

                                         タ

                                         ッ

                                          、

                                         タ

                                         ッ

                                          、

                                         タ

                                         ッ

                                          、

                                         タ

                                         ッ

                                          、

                                         タ

                                         ッ

                                          、

                                         タ

                                         ッ

                                         ・

                                         ・

                                         ・

                                         ・

                                         ・

                                         ・

 

 

 

 

 

壁伝いに女が歩いている間に、周蔵はふと人里で流れている『四隅の怪』の噂について思い出していた――。

 

『……何でも、そいつは『五人目』にあの世へと連れ去られ、そこで他の『死者たち』と共に終わらない『四隅の怪』をさせられるらしい』

 

人里の人間が話していた言葉が、周蔵の脳裏に大きく木霊する。

そして、次に思い出したのは先程白い女が言っていた言葉――。

 

『私が混ざるはずだった儀を、お前に妨げられた者……』

(ま、まさか……!)

 

周蔵はこの瞬間、目の前の白い女が言っていた言葉の意味を理解する。

混ざるはずだった儀とは、おそらくついこの間、今いるこの部屋で行われ、それを意図的にではないにせよ自身が妨害してしまった『四隅の怪』の事だと――。

なら、まさか。目の前にいる女たちは本当に人ではないというのか――?

だとしたら、噂に聞いた()()()()は――!?

生唾を再びゴクリと飲みながらそんな事を周蔵が考えている間に、いつの間にか目の前に立っていた白い女も空いていた四番目の隅へと移動しており、そこからジッと周蔵に上目遣いに静かに睨みつけていた。

やがて二人目の白い女が三番目の隅に立つ白い女の肩を叩き、入れ替わりにその女が俯きながら歩き出す。

 

 

 

 

       ……ッタ,ッタ,ッタ,ッタ,ッタ,ッタ,ッタ,ッタ,ッタ,ッタ,ッタ,ッタ,ッタ,ッタ

 

 

 

 

三番目の女がさっきまで目の前に立っていた白い女――もとい、四番目の隅に立つ女に近づくにつれ、周蔵の心臓の動悸が少しずつ激しくなり、全身から嫌な汗がブワリと吹き出てくる。

そうして三番目の女がついに四番目の隅に立つ女の方に手を置くと、その女はゆっくりと壁伝いに次の隅へと歩みだした――。

 

 

 

 

 

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光源は中央に立つ蝋燭一本という薄暗い部屋に静かに女の足音が鳴り響く――。

彼女たちが動いている間、周蔵は右腕だけでなく身体全体がまるで金縛りにあったかのように動けなかった。

まるでギュッと冷たい手で心臓を鷲掴みにされたかのように身が硬直し、動きが取れない。

そして得体の知れない不気味な『ナニカ』が体の芯の奥からジワジワとせり上がって来る感覚に周蔵は囚われていた。

いつの間にか口の中もカラカラに乾き、息遣いも激しさを増してくる――。

そうやって内心、不安と恐怖に駆られている周蔵の目の前で、四番目の隅にいた女は最初の女が歩みだした一番目の隅へと到達する。

しかし、そこにいた女はすでに二番目の隅へと移動しており、そこには誰もいない。

四番目の女は一番目の隅のすぐ手前で立ち止まると、ジッとその隅を見つめたまま立ち尽くしていた。

数秒、あるいは数分にもなるかとも思える長く短い沈黙が部屋を支配する――。

だが、やがて四番目の白い女が静かに口を開いた。

 

「……この儀は、四人では行えない……続ける事ができない……」

 

そう言いながら、白い女はゆっくりと周蔵へと向き直る――。

感情の抜け落ちたかのような真っ白い顔を周蔵へと見せながら、白い女は静かに右手を上げて周蔵を指差した――。

 

 

 

 

 

 

「……()()()()、必要だ――」

 

 

 

 

 

 

「――ッ!」

 

白い女からその言葉を聞いた時、周蔵はまるで死刑宣告を聞いた死刑囚のように顔面を蒼白とさせる。

嫌な汗が顔からダラダラと溢れ、口の中だけでなく喉の奥もカラカラとなる。

それを合図にしてか、他の三人の女も一斉に周蔵へ指を刺しながら口々に響き始める――。

 

 

 

 

     「おまえだ」

 

                                  「そうだ、おまえだ」

 

 

 

          「おまえが必要だ」

 

                      「おまえ」

 

                                「おまえだ」

 

 

               「オマエ」

 

 

 

 

 

 

 

                  「五人目(おまえ)が、必要だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!!」

 

指を刺しながら一斉に自分を呼んでくる女たちに、周蔵は冷や汗を流しながら歯をガチガチと鳴らす。

もうこの時点で周蔵の精神は弱い方へと流れて行っていた。

されど、それでも周蔵は最後の気力を踏ん張って女たちを弱弱しいながらも睨みつける。

そうでもしなければ周蔵の精神――心がへし折れて屈してしまいそうだったからだ。

そしてそれは、今まで自身の腕っ節だけで様々な境遇を切り抜けてきた周蔵のプライドが許さない事でもあったのだ。

しかし、その最後の悪あがきとも呼べる行動も、直後に水泡に帰す事となる――。

 

「……ふ、ふざけんなよクソ(アマ)ども!こんな事してタダで済むと思ってんのかよッ!!タダで済むと――」

 

大声でわめきながら、周蔵は動かない右腕以外の手足で滅茶苦茶に暴れ始め――。

 

 

 

――直ぐに体と声が止まった。

 

 

 

「がっ……!ご、がぁ……ぁ……!!」

 

顎が右腕同様、見えない力によって固定され、声が途中で止まる。

同時に暴れ始めた身体もまるで金縛りにあったように硬直し、指先一つ動かせなくなってしまった。

自身にとっては理不尽かつ、不愉快極まりない状況に周蔵の顔は怒りで真っ赤になりどうにか声を出そうと必死にお腹に力を入れた。

 

「――ッ!――――ッ!!」

 

されど、もはや声は少しも発することもできず、やがて喉が痛み出し次第に叫ぶ気力が薄れていく。

それと同時に体力の方も尽きていき、周蔵の怒りの感情も彼の中で一回りして沈静化してしまった。

それを待っていたかのように、四隅に立っていた女たちが一斉に動き出す――。

 

「さァ……一緒に行きましょう。……私たちと共に……」

 

 

 

 

 

     「行こう」

                                 「行きましょう」

 

 

 

 

 

 

            「こっちへ……」      「来て」

 

 

                                     「来てくれ」

 

 

 

 

   「来て欲しい」

 

 

                                 「来るんだ」

 

 

       「来なさい」

 

 

                      「来い……」

 

 

                                        「来い」

 

          「こい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                   「来い……!

 

 

 

 

 

ゆっくりとした足取りで四人の女が一斉に動けなくなった周蔵へにじり寄る。

 

(や、やめろ……く、来るなぁ!)

 

叫べなくなった周蔵は心の中で必死に声を上げる。

四人の女が動き出した瞬間、もはや彼の中の怒りが完全に消え失せ、代わりに得体の知れない存在に襲われるという恐怖心が彼の中を一色に染め上げていた――。

もはや恥も外部もなく双眸から涙をボロボロと流しながら周蔵は誰にともなく全力で懇願し続ける。

 

(た、頼む!誰でも良いから助けてくれッ!頼む!何でもするから……っ!!)

 

やがて四人の女が周蔵の目と鼻の先まで近づき、四方から八本の青白い手が周蔵の視界を覆い隠そうとする――。

 

(く、来るな……来るな来るな来るなくるなくるなくるなくるなやめろやめろやめろやめろやめろやめろォあア゛ァぁぁぁぁあ゛ぁぁァァァァヤ゛メ”ロ゛ぉぉぉぉォォォォッッッ!!!!)

 

赤く腫れ上がった両眼をカッと見開き、最後の力を振り絞って心の中で慟哭する周蔵。

何の根拠も無いというのにこの叫びが今の状況を全て消し去ってくれると信じて叫び続ける――。

だがその願いが天に通じる事は全く無く。周蔵の視界はあっさりと複数の手によって一筋の光も見えないほどに塞がれ、同時に周蔵の意識も闇の中へと落ちていった――。

 

 

 

 

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                         ・

 

 

 

 

 

 

 

 

――どのくらい立っただろうか……。

 

ふと、周蔵の意識が覚醒し、辺りを見渡した――。

 

――ど、何処だよ、ここ……?――。

 

そこは部屋の中だった。しかし、さっきまでいた部屋とは違う事を周蔵は直ぐに理解できた。

蝋燭の明かりが一切無い、一面に墨を垂らしたかのようなどす黒い底無しの闇の空間。されど自分や部屋の輪郭がはっきり見えるという不可思議な部屋の隅に周蔵は()()()()()()()――。

見ると他の三隅に先程の白い四人の女たちが立っており、そのうちの一人は壁伝いに歩いていた。

ゆっくりとした足取りで女が歩き、先に立つ女の肩を叩いて入れ替わりにその女が歩き出す――。

暗闇の中でもぼんやりとその姿を白く浮かび上がらせるその女たちはそうやって繰り返し、一つ前の隅に立っていた女が周蔵の元へやって来る。

周蔵は逃げ出そうとするも、身体がまるで自分の物じゃないかのようにビクリとも動かず言う事が聞かない。

やがて女が周蔵の目の前にやって来ると、その青白い手を周蔵の肩に置いた。

 

――ヒッ……!?――。

 

着物越しでも伝わってくる氷の様にひんやりとした手の感触に、反射的に周蔵の身体はビクリと跳ねる。

しかし、本当の恐怖はここからであった――。

 

――な、何だぁ!?――。

 

女の手が肩に触れた瞬間、周蔵の体は持ち主の意思とは関係なく動き出したのだ。

慌てて周蔵は止めようとするも、周蔵の体はまるで別の何かが憑依したかのように一向に本人の言う事を効かない。

そのまま壁伝いに歩くと、その先の隅にいた女の肩を周蔵は自分の意思とは関係なく叩いていた。

そして、その女が動き出すと周蔵の体はまるで地面に縫い付けられたかの様にその場に固定される。

 

――ど、どうなってんだよ、コレ……!??――。

 

激しく動揺する周蔵を他所に、女たちは壁伝いに歩いてそれぞれの肩を叩き、進み止まりを繰り返す。

そして再び、周蔵の肩に手が置かれ、周蔵の体は()()と歩み出す。

 

――や、やめろ!止まれ!止まれっつってんだろォ!?――。

 

懇願するかのように周蔵は叫ぶも、身体は全く言う事を効かない。

 

 

 

……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……。

 

 

 

角にいる女の肩を叩いて止まり、一周して再び肩を叩かれ歩みだす――。

 

 

 

……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……!

 

 

 

休む様子も、終わる様子も全く無く女たちは動き続ける。それは一緒に同じ事をしている周蔵の目には常軌を逸しているとしか思えなかった。

延々と繰り返される行動。それは果ての無い行き着く先も全く無いとてつもない無限回廊が周蔵の目の前に広がっていた。

それを気づき、理解した時、途端に周蔵の恐怖が頂点(ピーク)に達する。

 

――ひ、ヒィィィ……!?い、嫌だ!こんなのは嫌だッ!!助けてくれ!誰か……!!――。

 

壁伝いに歩きながら、周蔵は泣き喚く。

されどその願いは、周りの四人の女にもそれ以外の者にも誰にも届くことは無かった。

それ所か部屋を歩き回る足取りが回を追う(ごと)に少しずつ早くなって来た。

 

 

……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……タッ……!

 

 

まるでビデオの早送りの様に、女たちの動きが少しずつ速くなっていく。それは周蔵も同じであった。

 

 

……タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ……!

 

 

 

――い、嫌だ!もう嫌だ!!止めろ!今すぐ止めろォォォーーー!!!――。

 

 

 

……タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ……!!

 

 

 

漆黒の闇の中、その奥底へと渦を巻いて深く沈み込むように、足音が周る、回る、廻る――。

 

――ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!――。

 

無限に繰り返される歩みに周蔵はついに発狂し、声にならない悲鳴を上げながら、白い女たちとそれを囲む漆黒の部屋と共に闇の果てへと消え去って行った――。




最新話投稿です。

すいません。少し遅くなりました。
今回、初めて特殊タグを使ってみました。

今後の予定ですが、この後2話ほどエピローグを挟みましたら次の章へと向かいます。

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