四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

宇佐見は四ツ谷からとある『マニュアル』を託される。


其ノ十一

「ねぇねぇ聞いた?先日寺子屋に出たって!」

「『四隅の怪』ってやつだろ?怖いよなぁ、寺子屋ってそんな怪談あったのか?」

「聞いた感じじゃ、一種の『降霊術』らしいな。誰かが面白半分に寺子屋でそれやって、そんでホントに出ちまったって話だぜ?」

「実際、慧音先生がいる前で起こったんだって」

「方法からしても信じられねぇよなぁ。部屋ン中グルグル回るだけでそんなのが出るモンなのか?」

 

人里にじっとりしっとり、紙に垂れた墨がゆっくりと広がるように、『四隅の怪』が広がってゆく――。

里にひしめく無数の言葉、噂が噂を梯子して、次第に大きくなってゆく――。

日中、日の高いうちにも関わらず、大通りのあちこちでその噂は囁かれていた。

歩いているだけでも嫌でも耳に入ってくるその噂に、先日柚葉や運松に手ひどい乱暴を行っていた(くだん)の男はくだらないとばかりに大きく舌打ちをする。

そんな怪談あるわけがない事は男自身がよく知っていた。

 

何せ今噂になっている『四隅の怪』の『五人目』の正体は、何を隠そう『自分』なのだから――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その男――名を『周蔵(しゅうぞう)』と言い。かつて一年近く前まで、人里で金貸しをしていた半兵衛に雇われていた用心棒の一人であった――。

また周蔵は、半兵衛の息子である庄三とも仲がよく、用心棒をする傍ら、彼と共に女遊びにはまってもいた。

時に庄三の命令で標的にした女性をかどわかし、庄三と共に毒牙にかけたのも一度や二度ではなかった。

もっとも周蔵は決まって庄三のおこぼれを頂戴する形ではあったが、雇われている身であるが故、文句など言えるはずは無かった。

されど、周蔵は腕っ節に自身があったため用心棒の仕事はまだ楽な方で、女遊びもおこぼれを我慢すればとても充実したものだったため、周蔵自身は偉く気に入っていたのである。

しかし、先の『金小僧』、『折り畳み入道』の一件で半兵衛、庄三親子は失脚。

金貸し業が廃業となると同時に半兵衛の用心棒たちも仕事を失う事となった。

それは周蔵も例外ではなく、行き場を失った彼は仕方なく次の仕事を見つけようとするも、なにぶん今までの生活が生活だっただけに、庄三同様、そうそう身の丈にあった仕事が見つからず、手に入ったとしても長続きしない状況が続いた。

そしてついに、今まで使っていた借家の家賃すら払えなくなり、大家に家財をほとんど取られて追い出されてしまった。

途方に暮れる周蔵であったが、そんな時運悪く彼に眼をつけられてしまった者がいた。

 

それが柚葉であった――。

 

()()()()()周蔵は柚葉を脅迫し、自身の棲家を用意するよう強要した。

実家に上げるわけにも行かず、困り果てた柚葉は仕方なく自宅の隣にある()()()()()()()に彼の住処を用意したのであった。

柚葉は家族から怪しまれない程度に少しずつ家のお金を削っては、それを周蔵の生活用品に変え、寺子屋に人がいない夜の時間帯や休校日を狙って、それらを寺子屋の屋根裏へと運んでいったのである。

そのうちに寺子屋の天井裏には必要最低限の生活空間ができ、周蔵は子供たちの学び舎の直ぐ頭上にて、悠々自適の第二の生活を始めたのであった――。

一段落した周蔵は、柚葉から生活費を恐喝、もとい工面(くめん)してもらう傍ら、寺子屋の備品をちょくちょく拝借するようになった。

例えば、小腹がすいたという理由で職員室に教職員が置いておいた弁当や茶葉、()()()を盗む事も――。

そんな柚葉の『ヒモつき』となっての生活がしばらく続きはしたものの、突然にその生活に大きな転機が訪れた。それもつい先日の事である。

 

柚葉から工面(という名の恐喝)で手に入れた金銭で、夜通し女郎屋で遊び呆けた周蔵は、余った金で酒を買い、翌日には一日じゅう住処である寺子屋の天井裏で寝酒を楽しんだ。

それ故、女遊びと酒の効果で熟睡した周蔵が次に眼を覚ました時、すでに夕方に差し掛かる時刻であった。

天井裏、(はり)(はり)に渡された薄く、されど強度が強い四畳半分にまで広く敷き詰められた板の上に、さらに安物の布団が敷かれており、その周囲には小物類や酒瓶、衣類などが散乱していた。

周蔵はその布団からのっそりと起き上がる。

二日酔いとまだ寝起きであった為、頭の中はまだ少し朦朧としていたものの、周蔵は今いつ時かを確かめる為に一度背伸びをすると、いつも自分が天井裏へと行き来している張り板へと向かい、それをずらした。

そして、その下に見えるはずの空き部屋に差し込む日の明るさで、今現在の時刻を知ろうとしたのだ。

しかし、空き部屋の光景を見て周蔵は目を丸くする――。

 

そこは一面墨を垂れ流したかのような無限の闇が広がっていた。

 

一体どういう事だ?長く寝すぎた感は確かにあったが、もしや夜まで寝続けてしまったのか?

周蔵は寝惚けた頭の中でそう考え、一度下に降りようと自身の身体をゆっくりと空き部屋の床へと下ろしていく――。

だがやはり、この時の周蔵は酒と寝起き直後の状況で思考が鈍っていたようであった。

この時彼に、もう少し警戒心があったのなら、真っ暗な空き部屋の中から響いてくる()()と何人かの()()()()に気づけたはずなのである。

周蔵自身、それにようやく気づけたのは両脚を空き部屋の床につけた直後であったが、その時には全てが遅すぎた――。

 

「……誰よ、アンタ……?」

 

突如、乱暴に着物を掴まれ、それと同時に殺気の含んだ少女の声が耳元で響かれた。

 

「!?」

 

部屋に人がいた事を認識した瞬間、周蔵も瞬く間にパニックにおちいった。

唐突に殺気を含んだ声を浴びせられ、反射的に掴まれた手を振り払ってしまう。

それと同時に部屋の隅という隅からまた別の少女たちの声が聞こえ始め、周蔵のパニックはうなぎ登りに上昇していく。

 

「待ちなさいッ!!」

 

背後から先ほど掴みかかってきた少女の声と気配を感じ取り、周蔵は必死に跳躍しながら手探りで先ほど自分が出てきた天井の穴を探す。

その時には周囲にいた少女たちもパニック状態になっていた。

壁や他者に身体があちこち当たり、混乱の渦へとおちいっていく。

だがそんな中、天が周蔵に少しだけ味方をする。

何度目かの跳躍で彼の手が天井の穴のふちに触れたのだ。

一瞬安堵の表情を浮かべる周蔵。しかし、それが直ぐに変化する。

混乱で魔理沙たちにもみくちゃにされた霊夢が苦し紛れに自身のお祓い棒で周蔵の背中を思いっきり殴ったのだ。

 

「――ッ!!」

 

声にならない悲鳴を口の中で押し殺し、痛みに顔を歪めながらも手に触れた穴のふちを放す事無く、そのまま懸垂(けんすい)の要領で身体を天井の穴の中へと滑り込ませ、直ぐに穴に蓋をする。

極度の混乱状態となった周蔵は一先ず、嵐が過ぎ去り落ち着くまで天井に身を潜めることに徹する事にしたのであった。

その間も、少女――霊夢に与えられた背中の激痛は少したりとも治まる様子は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……チッ!!」

 

人里に満ちる噂話で、先日起こった事の全容を知ることとなった周蔵は再び大きな舌打ちをした。

何故彼がそんなにも気が立っているのか。それは結果的ではあれど自分が『四隅の怪』とやらの『五人目』、つまり怪談として人里の人間たちに知れ渡ってしまい、それが気に入らない事もそうなのだが、その噂を耳にする度にその時に与えられた背中の激痛が記憶と共に蘇ってしまい、さらに彼の精神をささくれ立たせる要因となってしまっていたのである。

『四隅の怪』の噂を耳にする度に彼の心にイライラが積み重なっていく。

だがふいに、周蔵はその噂の中に妙な(ハナシ)も一緒に混ざっている事に気づいた。

 

「……?」

 

眉根を寄せて歩みを止め、道端で噂話をする里の人間たちの声に耳を傾ける。

 

「……でもよぉ、実際()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……はぁ?何言ってんだお前?」

 

とある里人の男のその言葉に、その場にいた他の里人たちは皆怪訝な顔を向ける。

皆のその様子に「あれ?お前ら知らないの?」と眼を丸くして語り始めた。

 

「『四隅の怪』は、実際『五人目』が出るか、しばらく立っても出てこなければ中断しても問題はないんだが。……もし儀式をやっている者たち以外、例えば外部からの第三者の妨害などによって無理矢理中断させられた場合、『五人目』は怒って妨害した者に『呪い』をかけちゃうってハナシだぜ?」

 

初めて聞く『四隅の怪』のもう一つの顔にその場にいる小さく全員が生きを飲んだ。

そして、恐る恐るそのうち一人が問いかけた。

 

「……『呪い』って、どんなのだよ?」

 

問われた里人の男は一拍間を置くと、静かに語りだす。

 

「……何でも、そいつは『五人目』にあの世へと連れ去られ、そこで他の『死者たち』と共に()()()()()『四隅の怪』をさせられるらしい」

「お、終わらないって……」

「言葉のまんまだよ。密閉された四角い空間で他の死者たちとぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる……。そこから出るどころか儀式を止める事もできず未来永劫、永遠にそれを繰り返し続けなければならない……終り無き無限螺旋が待ってるのさ……」

 

「ひぇ~」と誰かが小さく囁き、その場に沈黙が流れた。

そこまで聞いていた周蔵は何かを振り切るかのようにその場を離れる。

 

「くだらねぇ……!」

 

イライラを含んだ足取りで周蔵は一人そう毒つく。

されど、何故か彼の頭の中では今し方の話がしっかりとこびりつき、離れようとはしなかった――。

自分が怪談のネタにされた事と先ほどの話で、周蔵の機嫌はますます悪くなっていた。

まだ日は高いが、憂さ晴らしに今から女郎屋に行って女遊びとしゃれ込むか。などと考えていると、目の前に見知った女性が立っている事に周蔵は気づいた。柚葉であった。

柚葉は周蔵に背を向ける形で誰かと話し込んでいた。

丁度良い。と、周蔵は下卑た笑いを浮かべた。

 

(遊ぶ金をせびるついでに、久しぶりに拝ませてもらおうかねぇ)

 

ねっとりとした視線を柚葉の身体に這わせながら、周蔵はどんな声で鳴かせてやろうかと今から妄想を膨らませて柚葉に近づいていき……直ぐにその動きを止めた。

ここに来て周蔵は、柚葉が話し込んでいる相手が誰なのかようやく気づいたのだ。

 

それは、上白沢慧音だった――。

 

周蔵にも気づかないまま、慧音と柚葉は二言三言何かを会話すると、慧音は柚葉を連れてその場を立ち去っていった。

後には周蔵だけがぽつんと取り残され、ポカンとなっていた周蔵はやがて怒りに顔を歪めていく。

 

「クソッ!!」

 

うまく行かない事に腹を立てた周蔵は、そばの店先に立ててあった看板を力任せに蹴り飛ばしていた――。




最新話投稿です。それと同時に記念すべき100話達成です!

いや~、何とかここまで書き続けていくことができました。
これからも書き続けていく所存ですので、これからもよろしくお願いします。
そして、記念すべき100話目なので何か番外編をやろうかと最初思ったのですが、すみません。やっぱりこのまま本編を継続させていくことに決めました。
ですが、気が向いたらもしかしたら後々やるかもしれませんので、期待せずに待っていてくださいw

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