老人に川に突き落とされた四ツ谷は、打倒半兵衛を誓い。
金小僧の噂を里に流し始める。
――ねぇねぇ、知ってる?妖怪、金小僧の話。
――え?知らない?
――なら……誰にも言っちゃダメだよ?あのねぇ…………。
「ま、待ってくれ!その箪笥や布団を持っていかれたら明日からどうすれば――」
「うるさいのう!ちゃんと金を返さん貴様が悪いんじゃろうが!恨むんなら自分を恨む事じゃの!」
そう言って民家から屈強な男たちを使って家具を運び出しているのは、今噂になっている金貸しの半兵衛その人だった。
彼はいつものように借金を作らせた相手の家に押しかけ、金が返せないと分かると代わりに家の家具を半ば無理やり差し押さえて、家具を奪っていくのである。
「ふん、古臭いが少しは金に換えられそうじゃわい」
荷車にくくりつけた家具をポンポンと叩き、半兵衛は一人ごちた。
そしていざ家具を運ぼうとしたとき、半兵衛は遠巻きに見ている周囲の人間たちが、皆一様に恨みがましい眼を自分に向けていることに気付いた。
「なんじゃお前たち。ワシに文句でもあるのか!!あるならはっきり言ってみろ!!」
屈強な護衛を背後に立たせ、半兵衛は周囲に怒鳴り散らす。
いつもはこうやると皆一瞬にして沈黙するのだが――。
「はん!金貸しの半兵衛がまた悪どく稼いでるぜ!護衛がいなけりゃ威張り散らせもしねえ小悪党風情が!」
「なんじゃと!?貴様今なんて言った!!」
群衆の一人が大声で言ったその言葉に、顔を真っ赤にした半兵衛が噛み付く。
それでもニヤニヤと笑うその者に苛立ちを覚えた半兵衛は護衛の一人を向かわせて、暴力を持って黙らせようと考え、口を開くも、それよりも先にその者が声を響かせた。
「そんなことばっかやってると、いずれお前の所に金小僧が現れるぞ!」
「……金小僧?」
聞いた事のない言葉に半兵衛は首をかしげ、それを見たその他の群衆の一人が口を開いた。
「知らないのか?今、里じゅうで噂になってる妖怪のことを?」
「妖怪、じゃと……?」
「そうさ。金小僧は使われず溜め込まれたままの金銭が、長い年月を経て妖怪化した、言わば金の
「……ほう?そんないい妖怪がいるなら、ワシも是非ともあってみたいものじゃ」
もしそんな妖怪が本当に入るのなら、自分の野望をかなえるための足がかりになってもらおうと、半兵衛は内心そう企むも、悪そうな笑みを浮かべた群衆の一人の言葉にあっさりと崩れ去る事となる。
「だが半兵衛、あんたん所に来る金小僧は
「何……?」
「金によって不幸に落とされた者、金によって命を絶ってしまった者、そんなやつらの怨念や憎悪を金小僧は吸収し、その元凶となった者の前に現れる。そして、他と同じように『やろうかぁ、やろうかぁ』と声をかけてくるが、『ほしい』と言って与えるのは財宝などではなく、金によって死んでいった者たちの『呪い』そのもの……つまり――」
「――お前の『死』だああああっ!!!」
「ッ!!?」
群衆の一人のその叫び声に、半兵衛はビクッと反射的に飛びのいた。
途端に周囲から笑い声が続々と上がる。
「ハハハッ!本気でビビリやがったぞ半兵衛のやつ!いい歳した男が情けねえな!」
「き、貴様らよくもワシに恥を掻かせたな!全員顔は覚えたぞ!近いうちにこの借りは返させてもらうからな!覚悟しておけよ!!」
半兵衛は群集に向かって怒鳴り散らすと、護衛の男たちに荷車を押させながら、大股でその場を去ってゆく。その背中にまたもや群衆の一人の声がかかる。
「あ、そうそう。『死』を与える金小僧には、腹に金で死んだ者たちの顔が浮かんでるんだってよ。覚えていて損は無いぞー?」
半兵衛はそんな言葉に反応せず、護衛を連れてその場から消えた。
「ふん、馬鹿馬鹿しい。何が金小僧だ。そんなモノ、今まで聞いた事もないぞ。大方、ワシを良く思っておらん里の者たちのでっち上げだ!」
群集たちから離れ、しばらくした後に半兵衛は一人毒付いた。
護衛を連れてドシドシと歩く彼の表情は、この上なく最悪だと言う事は見て取れた。
しかし次の瞬間――。
チリーン……
「!?」
耳に響いてきたその音に、半兵衛はビクリと反応し、その顔は慄きに変わっていた。
だが、そこにあったのは民家に吊るされた風鈴が風に揺らいでいるだけだった。
「な、何だ風鈴か……くそっ、驚かせおって……!!」
風鈴如きにビビッてしまった自分に半兵衛はやり場の無い苛立ちを隠そうともせず、仕事に戻っていった。
そして、その様子を少し離れた所で見ていた者たちがいる。
それは先ほど半兵衛に金小僧の怪談を聞かせた里の民衆たちであった――。
今回は少し短めです。
追記
今回四ツ谷は出番無しです。