ハイスクール・フリート-No one knows the cluster amaryllis-   作:Virgil

8 / 9
皆様、お久しぶりでございます。

劇場版はいふりにやられて、お恥ずかしながら二年ぶりに再び筆を執りました。同人小説とは違う、WEB連載のLIVE感。なるべく早く取り戻したいと思います。

それではどうぞ。


Chapter-06 メクラデハシワタレ

「それじゃー、早速レク行ってみようかぁ!」

 

 追い込まれた状況に不釣り合いで、快活な声を張る深井副砲長。この場にいる全員が実技演習用に持ち込まれたタクティカルスーツに身を包んでいる。それは何かが起きた時にでも、命を護る助けになる――つまりは、危険と隣り合わせという訳で。

 

「しっかし。武蔵は輸送艇を任されただけあって、変なものばかり転がってるわね」

「管理する主計科は大変なんです。遠洋航海に参加するクラス各艦の備品を預かってる訳ですから」

 

 そう口を交わすのは、工藤航海長と加藤主計長。苦労人の二人らしい台詞を返してくる。武蔵は今回の航海実習に当たり、その艦内面積の広さから貨物船よろしく装備を積みに積み込んでいるという事だ。

 

「でも、今回の非常時に対して幸運ね。制圧用のパルスグレネードや、パラライザーまである。防弾チョッキやスタンバトン……って、一体どういう演習をやろうとしたのかしら? 教官達は」

 

 そう言われて木箱を覗くと、やたらと重厚感のある品ばかり。果たして使う機会が本当にあるのだろうか、分からないものばかりだ。

 

「ありがたいねぇ。そして艦長(テロリスト)さんは、これ全部使って止めろって言うんでしょ? あのフネ」

 

 指摘した深井副砲長が嗤う。その目は貪欲で、獲物を前に嬉々とした肉食獣のソレだった。試すように彼女は挑発してくる。

 

 恥ずかしさで沸騰しそうだ。行き当たりばったりの発言が、たまたま上手くいっただけだ。自分だって思い出したくない。しかし売り言葉に買い言葉。責任は持とう。

 

「仮に船員が人質にとられた場合には、何かしらの要求があるはずです。パシフィック・ピンテール号からの通信は?」

 

 そう伝声菅に問いかけると、艦長代行の村野副長からは剣呑な言葉が返ってくる。

 

『特筆事項なしですね。むしろ艦内のダメージコントロールからの報告ばかりひっきりなしで、こちらは休まる時がありません』

「ご苦労様。何かあった時の判断は村野副長に一任します。最悪、突入部隊を置き去りにしても構いません。こちらで最善を尽くします」

『相変わらず無茶をおっしゃる、知名三士は』

 

 そんな会話をしているとニヤニヤと嗤う面々が、後ろから私を見る。

 

「置き去りにして構わないってさ。この艦長やっぱ鬼だねー」

「肝の据わり方は褒めるべきだけど、乗員の安全は第二に考えてね。艦長(テロリスト)さん」

「そこは第一というべきって所じゃない?」

 

 好き放題言ってくれる。そう不服に口を尖らせると、彼女らは遠い目をした。

 

「第一は要救助者の安全確保です。身内は後(・・・・)なんです、知名艦長」

 

 そう拳を軽く握った工藤航海長の表情が、私の脳裏に貼り付いて離れない。再び顔を上げた彼女にはもう負の色は消えていた。

 

「さぁ、特等席でうちの砲術馬鹿の力を見るとしましょうか?」

 

 信用しているのか、しないのか。何かを揶揄するような声色につられて、私達は更衣室を後にする。

 

 

 

 

 

「おー。来たか、お前ら」

 

 後部主砲射撃指揮所に籠っていた眉墨は、いつもの暗緑色の外套を翻して席にどかりと座った。そして、全身のベルトにくまなくカラビナを回してハーネスを固定する。

 

「一体、何を始めるのよまったく。っていうか、アンタ一人? 他の子達はどうしたの」

 

 そう工藤航海長の台詞に口角を上げる砲術長。コンソールを指先で叩きながら、不敵に嗤う。

 

「皆には爆雷投射機……じゃねぁな、即席のソノブイ投擲装置について貰ってる。チャンスは一瞬だ。原子力船に接近する直前に、仰角をめい一杯で放り投げるんだ。やとがみ型は武蔵の機動力が落ちる一瞬を狙って、再装填が終わった魚雷を全部ぶち込んでくる筈だ。その間に推進音を拾って月詠姉妹が解析。三点で居場所を割り出して主砲で狙撃。なぁ、完璧だろ?」

 

 待て。主砲で狙撃といったか、この砲術長は。訝しげに首を捻る私達と、至極当然のツッコミを入れる工藤航海長。

 

「主砲……って、アンタ武蔵の46cm砲の最大俯角を知ってる筈でしょうが!」

 

 航洋艦の小回りが利く対潜砲弾じゃあるまいし、とても武蔵の図体じゃ狙えない。それを何処吹く風で流す眉墨砲術長。

 

「策はあるさ。何せ、知名艦長のご要望だ。仕上げるぜ、俺は」

 

 そうウインクをする男前な彼女。それにどう反応を返したらよいか分からず、愛想笑いで流す私。いつもこうなってしまう。私が何かを率いる度に、周りに迷惑をかけてしまう。そんな人でなしは、艦長になんか相応しくないと……。

 

 その思考を断ち斬るように、眉墨は笑った。

 

「顔に出てるぜ、艦長。心配しなさんな。皆、生きて帰れるさ」

 

 拳を突き出した砲術長に、私も右手を重ねると女性のものと思えない鍛えられた甲に触れた。力強い、頼もしい。それだけを形容する不可思議な迫力が感じられたのだ。

 

「時間だぜ。歯ぁ喰い縛れよ、舌を噛む」

 

 艦橋にいる村野副長が進路を変えたのだろう。波をサーフボードのように斬り分ける船体と、先程の魚雷のダメージなのか軋む鋼鉄の音。

 

 目指すは原子力貨物船。ありえない航路を採りながら、武蔵は進む。急激な取り舵。左へ頭を大きく振った巨体は、激突寸前に艦首の向きを変えた。

 

「ソノブイ撃て、アンカー射出ッ! 応急長ッ、右舷隔壁注水!」

『あぁ、もう! どうなっても知らんでぇッ!』

 

 悲鳴のような応急長の声が返ってくる。そして武蔵の左右上甲板に備え付けられている岸壁係留用の錨が、爆薬の力を利用して文字通りに飛んだ。

 

 その矛先は、まさかのピンテール号。船体へ刺さったのを確認して、ワイヤーが巻き取られる。ついで、高く円弧を描いて着水する聴音機器。

 

「月詠ィ! 魚雷から辿れるだろお前なら!」

『…………算出ッ、ポイント送るのです!』

 

 ただでさえ武蔵がのたうち回っている最中なのだ。その精度はいかほどでもなかろう。しかし、彼女は見事に聴き分けたらしい。

 

 砲術長の目の前のディスプレイに三次元ホログラムが形成され、潜水艦がいると思しきエリアにマッピングされる。それも、同時に三ケ所だ。雑多な情報では絞り切れないにも関わらず、月詠姉妹はここまで割り出した。

 

「眉墨ッ! アンタどれ狙うっての!?」

 

 急な旋回とアンカーで激しく胴体を傾かせた艦内で、手近なポールに掴まった工藤航海長の罵声が飛ぶ。それに意を介さず、眉墨砲術長の目は全部(・・)を見据えて言った。

 

「どれもだぜ、お前ら。魚雷が当たったらラストフェイズだ!」

 

 そして衝撃。おそらく潜水艦から放たれていた魚雷が、位置情報と引き換えにこちらへ迫っていたのだ。爆音と共に船体が更に揺れる。

 

 右に大きく傾いた武蔵が、弾け飛ぶ勢いでつんのめる。

 

「ちょちょッ! ぶつかっちゃうでしょこの距離ぃッ!」

「応急長ッ! 右舷排水急げ!」

『ホンマ無茶言い張る、この人ぉ!』

 

 隣にいる深井副砲長の表情が怯えに染まる。文字通りに転覆寸前にまで振られたのだ。前方の艦橋はこのコースなら辛うじて逃れるだろうが、メキメキと後部の鉄塔やらが接触する。上部構造物の一切が――それもここ後部射撃指揮所も含めてだ。

 

 目の前にピンテール号の胴体が迫る。ギリギリの所で止まった状態で、今度は振り子のように左へと図体を戻す武蔵。

 

 その時の眉墨砲術長の眼は、獲物を捕らえた狩人のソレだった。

 

 スクリーンに映し出された三次元狙撃装置に、ターゲットマーカーが飛ぶ。目標までの距離と座標。武蔵の傾斜と各砲塔の向き。そして三門全てが予測されたポイントに向けて、砲口が寸分違わぬようにピタリと収まったのを示していた。時間差で予測ポイントに着弾せんと、眉墨砲術長はトリガーを引き絞った。

 

「ぶっ放せッ!」

 

 一、二の三。3基9門の一斉射。

 

 傾斜復元中の武蔵が、砲弾を排出して大きく揺れる。爆風を反動に図体を戻した巨艦は、何事も無いように再装填を開始する。遅れて海水が巻き上げられて、雨のようなカーテンが降り注いだ。

 

 嵐にうねる大洋に、眉墨砲術長の声が高らかに響いた。そして、手近なポールに体を固定し唖然とする私達。

 

『こちら上部見張室。恨みますからね砲術長ッ!』

「わぁーってるよ。それで、首尾はどうだって?」

『着弾した模様! ソナーに突破音! やとがみ型、浮上します!』

 

 水測員の雪花二士から報告。私達が呆気に取られている間に、本当に直撃させたらしい。

 

「本当に当てたの砲術長!?」

「いやぁ。むしろ当てちまっただよ、工藤航海長。威嚇のつもりだったんだが……」

 

 なぜと目で問えば、眉墨砲術長は頬を爪で掻いた。

 

「初発で偶然(・・)、戦艦に砲撃されたんだ。こんだけのスペック見せつけちまったって事になる。それに武蔵は完全に手負いだ。さっきの反撃を対価に魚雷も更に貰ってる。まだ沈む程じゃないが……」

「これ以上は打つ手なしって事?」

「水上艦なら何とかなる。喫水線の上からは健在だ。耐えきって砲弾打ち込んで黙らせればいい」

 

 だからやっと本番だ。彼女が胸の前で両手を組んで骨を鳴らす。

 

 回復したモニターには、金剛型戦艦級の黒光りする物体が映し出されている。

 

「だから、ここからはお前らの仕事だぜ。艦長」

「私!?」

「決まってんだろう。こっちが牽制している間に、原子力輸送船に潜伏するテロリストをお抑え込む。あとのドンパチは俺と副長に任せろ」

 

 気付けば、後ろにいる皆はタクティカルスーツのホルスターにパラライザーをセットしている。

 

「アンカーを渡りきったら、船体を切り離す。次に会う時は、全てが終わってからよ。艦長」

 

 工藤航海長が私の肩を叩く。せめて不安にさせまいと、いつの間にか彼女の額がこつりとぶつけられていた。

 

「横須賀に帰る時は皆が一緒よ。私達に任せて」

「……では、お願いします。工藤さん」

 

さん(・・)付けをすると、彼女は困ったように笑う。

 

「副長。突撃班、人質救出に動きます」

『了解した。ええい、こうもシステムに介入してくるか。保ってあと30分だ。それまでにウイルスをばら撒いている奴を締め出せ!』

 

 艦橋でアクセス権限と格闘している村野副長の焦った声。それを背景に、私達は甲板に歩みを向ける。

 

 振り向けば、無残にひしゃげた上部構造物。修理には一体、いくらかかる事やら。だが、まずはこの場を切り抜ける他はない。反省はその後でだ。

 

 何やらL字型の金属を、錨の鎖に渡している。これを使ってスキー場のリフト宜しく下れという事か。

 

「体重が近い順になるかしら。加藤。アンタ艦長と先に行きなさい。最悪フォローするから」

「こういう役回りは慣れていますから。私が良いというまで、しっかり掴んでいて下さいね。艦長」

 

 さぁ、お手を。まるで舞踏会でリードするかのように差し伸べてくれる。案内されるがままに取手を掴むと、せーのの掛け声と共に心の準備が出来ていない私を差し置いて、深井副砲長がドンと私達の背中を押した。

 

 なされるままでいた私を少し時間を巻き戻して殴りたい。そのまま滑り台を下るように重力に任せて鎖を辿っていく。思考を置き去りにする速度でピンテール号が迫る。

 

 ぶつかる。そう恐怖に竦んで腕の力が抜けた。もちろん私の身体は慣性に従って前方に飛ぶが、高さが足りない。

 

 あぁ、このまま冷たい海に放り投げられて一生を終えるのだろうか。そんな自嘲ぎみに振り返ると、禄でもない生活だったように思う。化け物とまで恐れられた母親のように、孤独に死ぬのだろうか。

 

 嫌だ。嫌だ。ただただ藻掻く。空を切る腕。それでもだ。だとしてもだ。無駄だと分かっていても生きたいと願う。ヒトとしての本能には抗えない。思考を御している私だって、恐怖心だけは残っている。

 

 がしりと握られる手。ついで体重全部を支える腕に激痛が奔る。咄嗟に閉じた瞼をこじ開けると、暗闇に必死な顔で叫ぶ加藤主計長が映る。

 

「そのまま壁にはっついて下さい! 靴底の磁石で立てますから」

 

 立てますから。その言葉に従うまま勢いをつけて、ターザンの恰好で船壁に衝突する。ビリビリと各部位が悲鳴を上げるが、何とか持ち堪えているらしい。

 

 こうなる事態まで想定していたのだろうか。加藤の腰には命綱。それだけを信じて身を放り投げたらしい。

 

「船体に挟まれでもしない限り死にませんから、安心して下さい知名艦長」

 

 そう息を整えて、同じ高さまで降りてくる。二人してクライマーのように宙吊りになると、上からロープが垂れてきた。どうやら、予定通りに後から渡り切った航海長が手助けしてくれるらしい。

 

 必死に這い上がった頃には、まるで海水に浸かったかのように汗だくになっていた。息を整える私に対して航海長が迫る。どやされるだろうか。そうビクリと身を竦ませると、彼女はポンと頭に手を乗せてきた。

 

「世話は焼くものよ、艦長。部下を頼りなさい。全力で応えるから」

「失敗するって分かって放り出すって、本当に工藤は鬼ぃいいいいい痛い痛いッ!」

 

 近づいてきた深井副砲長を拳で梅干しをする。ギブギブと手で叩く彼女を差し置いて、状況は進む。充分に離れた私達を見越してか、ボルトが爆砕する。

 

 鎖が切り離された武蔵が、翻すように離れていく。潜水艦とは思えない口径の砲弾を浴びながらも果敢に反撃する。その行く末を見送りながら、物陰から艦内との昇降口を伺った。

 

 見張りはいない。しかし、こちらが闇雲に突入しては返り討ちだろう。

 

「原子力潜水艦なんて、そうそうデータは転がってる訳ないよなぁ」

「下手すれば国家レベルの機密ですよ。ましてや公開なんてしてくれる訳ないでしょう」

 

 月詠風花二士の洗ってくれた情報によれば、排水量と建蔽率。全長と喫水がどこら辺になりそうかくらいだ。

 

 そんな状態で、テロリストと鉢合わせるリスクを背負いながら侵入しなければならない。途方もない労力に頭を抱えながら防水タブレットを睨むと、深井副砲長はニヤリと嗤った。

 

「こーいう時は常識に囚われちゃ駄目なんだよ。おねーさんに任せなさい」

 

 そう彼女は平たい胸を張る。その自信は何処から来るのかと問えば、すんすんと鼻呼吸をする。

 

「皆、犬やら猫やら言うけどさ。こういう時に野生のカンってのは大事なんだよ」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。