ハイスクール・フリート-No one knows the cluster amaryllis-   作:Virgil

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Chapter-03 ギヨクセキヲアツメ

「知名かんちょー。搬入作業はほぼほぼ予定通りなのですよー。ヒトゴー・マルマルには、各自持ち場につけそうです!」

「分かったわ、月詠さん。こっちも手続きを済ませたら合流すると、村野副長に伝えてくれる? 多分、航海艦橋で出港準備を進めてくれるはずだから」

「まっかせなさい! 電測でも雑用でも、もっと頼ってくれていいんだから!」

 

 港湾付近の屋舎。そこで事務手続きを済ませていた知名たちに対して、外から声を張り上げられた。窓から階下を覗くと、似姿が近しい茶色の髪を持つ双子が、両手に段ボールを抱えてこちらを見上げている。

 

 予定表通りであれば武蔵のクルーはそれぞれ備品や私物の搬入を済ませている筈だが、わざわざ戻らない私達を探しに来てくれたらしい。

 

 報告をそこそこに駆け出していく二人を見て、隣にいた眉墨明女砲術長がその様を見て叫ぶ。出会った時と違い眼鏡をかけ、焦点を合わせるように目を細めていたのが驚愕の色に変わっている。

 

「コラっ、月詠姉妹! 前向け前ッ! 港とはいえ、そう歩行スペースに余裕がある訳じゃねぇんだから……って、聞いちゃいねぇ」

「えーと。元気があるのは良いんじゃないかなって……」

「だと良いんだがな……月詠姉妹の妹、あーポニーテールの方ね。月詠雪花(ゆきか)二士の方は、だいぶドジッ子でなぁ。って言わんこっちゃない!?」

 

 遠目で見ると、他艦のクルーと衝突しかけたのか箱の中身を散らかしてしまっている。慌てて、ショートカットに赤い髪留めが映える少女――――姉の月詠風花(かざはな)二士が助け起こしている。

 

 姉妹の仲が睦まじいなと眺めていた知名に対して、隣に立つ眉墨は呆れ顔だ。どうも彼女たちとの付き合いも長いらしく、こうしてすれ違う武蔵のクルーに関して教えてくれるのがありがたい。何せ、これから皆を引っ張っていかねばならない。そのためにも、同輩に関しての情報は欲しかったところだ。

 

 そんな折に職員用の部屋での要件を終えたのか、廊下で待つ知名たちに近づいてくる者がいた。銀にも見えるような白髪。それを粗暴に右後方に束ねた彼女から、事務連絡の様に簡潔に報告が述べられた。

 

「主計科も、概ね予定通りです。ご確認ください、知名三士」

「衛生用品、食料品その他。はい……確認しました。えーと……加藤さん?」

「……覚えて頂き、恐縮です。加藤占菜と申します。そこの馬鹿(ほうじゅつちょう)との会話は冗談半分くらいに流すのが身の為ですよ。知名艦長」

「馬鹿って何だよ馬鹿って!?」

「中等部で被った被害その他を今ここで論じるなら結構。むしろ当然の事と自覚して下さい。放っておいてそれでは武蔵に戻りましょう、艦長」

 

 船を支える縁の下の力持ち。主計科を束ねるのが、目の前にいる加藤占菜二士だ。艦長の知名が手が回らないところをフォローしてくれた辺り、非常にありがたい。この場にいるのも、指示で出ずっぱりだった自分の代わりに奔走してくれた彼女に追いつくためだった。

 

 プイと顔を背けるように振り向いた加藤に対して、眉墨が追いすがるように続く。慌てて知名も屋舎を飛び出し、船に戻ろうとする二人に並ぶ。

 

 帳面を見て呟く加藤二士に対して、先程の気まずい件もあるため声をかける。

 

「さっきはごめんなさい。一つ訊いて良いかしら。機嫌を損ねていたのであれば、謝ろうと思ったから……」

「恐縮です。元から、笑うのが苦手なもので。決して怒っている訳ではありません」

「加藤主計長の顔はシベリア級だからなぁー」

 

 要らぬ発言をした所為で、盛大にヘッドロックを仕掛けられた眉墨砲術長。触らぬ神に何とやらだ。

 

 そんなに表情が硬かったですか? と言わんばかりの視線。反応を見る限り、特に触れられたくない話題ではないらしい。感情の機微にだけは敏感でありたいと思うが、申告通りに彼女は怒ってはいないようだ。

 

 ようやく首締めから解放した彼女が何かを思い出したかのように、知名へ向き直る。

 

「そういえば、言伝を頼まれていました。武蔵の専属教官である、北条教務主任補が急用でお暇を頂いているようです。カリキュラムの都合上で出港を遅らせる訳にはいかないので、武蔵はこのまま時間通りに予備生のみで航行せよとのこと」

「えっ、ちょい待ち。学生だけで行って来いって!?」

「その台詞は北条教官他、教鞭を執る方に言ってください。あらかた身内にご不幸があったりでしょう。仕方がありません。とはいえ、武蔵の教導を引き継がれるのは古庄教官です。ご愁傷様です、知名三士。教務主任が直々にご指導くださるそうですよ」

「教務主任。古庄教官かぁ……穏和そうだったんだけどなぁ」

 

 入学式で並んでいた際にも、目に入ったので覚えている。正直、恐れ多いと言うのが率直な感想だ。

 

 戦場が主計科な自分には、関係ありませんが。そう言わんばかりの加藤二士。確かに教官が変わろうが、艦橋と違って接点は少ないだろう。

 

「あー、俺も後部の射撃指揮所に籠っちゃダメ? あの人苦手なんだよなぁ」

「眉墨さんは、古庄教官の事を知ってるの?」

「何度か、中等部で世話になったことがある。救難支援部門のエキスパート。宗谷校長の引っこ抜きがなかったら、今でも現役で名を馳せていたんだってレベルでチート。叙勲式何回出てたっけあの人」

「そっか。お手柔らかにして欲しいかな……」

「お陰様で難破船の救助やらはお手の物よ? 俺達。何回スクランブルで実戦経験を積まされたことか……」

「思い出したくもない……」

 

 サイズの合わない暗緑色の上着を捲りつつ、腕っぷしを見せる眉墨。対して、視線を漁っての方に向け現実逃避をしようとする加藤。そんな二人の様を見て、口元が綻ぶ。

 

「二人は、中学でも仲が良かったんですか?」

「腐れ縁ですよ。腐れ縁。村野副長がいなかったら、いくつ命があっても足りません」

「そんな言い方ないだろっ! いつ俺がそんなことしたよ!?」

「たとえば、初等部六年の海洋実習の話をしようか? 知名艦長、対潜水艦模擬戦闘の話なんですけどね。眉墨二士は爆雷が足りないからって、模擬弾の炸薬をドラム缶に詰めて重石と一緒に沈めました。ところが発火装置つけ忘れたのを投下してから気付いて、慌てて対潜砲弾で爆砕してますから。フォローにまわった艦長は、大笑いしてましたけどね」

「アレは機関長が悪乗りしたからだぞ!? 第一、俺が元凶っていうのは納得がいかない!」

 

 眉墨砲術長は、かなりアグレッシブな子だと再認識。勝手をやらせるとマズイ事は分かった。

 

「まぁ、二人とも。せっかく一緒に武蔵に乗ることになったんだから、仲良くしましょう……ね」

「一癖も二癖もあるような連中とつるまなきゃならないなんて、幸か不幸かどちらでしょうかね」

「俺は、加藤の手腕とレポートの支援はアテにしてるぞ?」

「前言撤回です。馬鹿と天災(・・)は紙一重だ」

 

 赤茶けた髪色の眉墨の呟きに唸る白髪の加藤から、怒気と言うか湯気が立ち上るのは錯覚と信じたい。そんな風に歩くうちに埠頭へ辿り着く。

 

 要塞の様にそびえ立つ戦艦武蔵。戦闘行動が情報化された現在では、艦艇の乗員は計器を眺めるだけになりつつある。しかし長年の航行に関するノウハウは絶えさせてはならぬと、私たち横須賀女子海洋学校の生徒はいる。自動化された事によって、通常航行は両手の指で足りるくらいにまで効率化されている。それでもこの黒鉄(くろがね)の城を動かすのは、ヒトに他ならない。

 

 タラップを駆けあがり、甲板に出る。乗員が目まぐるしく駆け巡り、出港準備を整えていた。持ち場へと移動する加藤主計長と別れ、ラッタルを昇り砲術長と一緒に航海艦橋へ。そこには教室で顔合わせしたメンバーがずらりと並び、知名たちの到着を待っていた。

 

「艦長、お疲れ様です!」

「主役は遅れて登場。おー出ましってね」

 

 真面目な声もあれば、軽口のようなラフな言葉も飛び出る。それぞれが座学や実技両面に優れた精鋭たち。同時に一癖も二癖もあるに違いない。そう言う自分も、言わんことではないが。

 

「悪い、待ってたか? 村野」

「主役は貴方じゃくて艦長よ。とっとと持ち場につきなさい、眉墨」

 

 軽く手を上げて艦橋に入った眉墨に対して、村野副長から呆れを含んだ嗤いが返る。知名の姿を認めた副長が、礼を返す。

 

「これで、全員揃いましたね。村野副長、状況は?」

「では、口頭で失礼します。乗員30名。体調不良等、報告はなし。教導艦さるしまからの連絡通りに、同乗予定だった北条教官を待たずに出港する準備を整えました。現在は古庄教務主任の権限で管理されています。万が一にですが、戦術統合システムの再起動には三士のIDでは不可能です。ご注意ください」

 

 自分たち航洋士は、民間船舶を操る準公務員だ。もちろん、入学当初には備品である艦艇は動かしてはならない。だからこそ教官から委託される形で操艦を行うのだが、出港処理だけ済ませて後は放免とは。いささか管理が甘いのではないかと思う。

 

「眉墨砲術長。模擬弾や、各種艤装に関しての報告を」

「短期間ですが、火器管制員に出港前のチェックをかけさせました。艤装コントロールも良好。おおむね問題はねぇぜ」

「機関運転室。缶の調子は?」

《はっ。問題ありません、直ちに出港できます!》

 

 整備を担当する各科に感謝。出航シークエンスを進めつつ、各員に確認をとる。

 

「航海長。海洋実習用の航海データの同期はどうですか?」

「問題ありません。西ノ島新島行きは、各艦ごとにルートが違うので注意してください。既に集合するまでや、それ以降の航路は登録されています。また、マリアナやマーシャル近海のデータが含まれてます。教導艦から合流後に、追って詳細が知らされるかと」

 

 4月7日までは、各艦が訓練の為に別々の航路が設定されている。武蔵は比較的大回りなルートをとるため、遅れがちになりそうなのが気にかかる。おまけに遭難しようものなら、目も当てられない。

 

「後部射撃指揮所、火器管制員はどうか?」

《はいはーい。こちら、後部射撃指揮所。主砲、副砲管制員。全員が壮健ですよーっと》

「次、主計科は集合を済ませてる?」

《こちら主計科詰所、加藤です。艦長、炊事係が『夕ご飯は何がいいですか?』だそうです》

「そうね。せっかくの門出だし、腕を振るって欲しいと伝えて」

《了解! お任せですっ!》

 

 知名からの回答と朗らかに割って入った声に、航海艦橋はクスリと控えめの笑い声が木霊する。

 

 アイスブレイク。これくらいの会話は、真面目であっても許されるだろう。

 

「舵中央。両舷微速。教育艦武蔵、出航!」

 

 軽快に武蔵の船体が進み出す。後方には、比叡をはじめとした横須賀女子海洋学校所属艦艇が、団子の様に連なってくる。

 

《こちら横須賀女子海洋学校所属、教育艦武蔵。武蔵より、横須賀海上交通センターへ。航路の安全を確認したい。航路ナンバー118は空いているか》

《こちら横須賀海上交通センター。航路ナンバーを照合する…………118に船舶、移動フロートなし。良い旅を、リトルマーメイド》

《感謝する…………横須賀航路118クリアー》

「リトルマーメイドだってさ。艦長?」

 

 対応していた電信員の通信に対して、航海長が振り返りウインク。それに対して、知名も笑みで返す。

 

 幼き人魚であるならば、それも良しとしよう。願わくば、悲劇として祀り上げられる姫にはなりたくないものだが。

 

「面舵45度、進路を145度へ」

「了解。面舵45度、進路を145度へ」

 

 武蔵が西ノ島に向けて、海洋を滑り出す。


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