ハイスクール・フリート-No one knows the cluster amaryllis- 作:Virgil
ファンブックに武蔵クルーの詳細が書かれてて困惑中ではございますが、邁進していこうと思います。
さて、はいふり小説を追いかけている方なら読者も多いと存じますが、キュムラス先生(の中の人)から承諾いただきまして
ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー
https://novel.syosetu.org/86154/
の世界観構築に、時折お邪魔させて頂いております。
パプアニューギニアにおける紛争の行方はいかに。風呂敷はしっかりこちらで畳ませて頂きます!
それでは、どうぞ。
『――――ニューギニア共同炭鉱崩落事故を受けて、慰霊訪問中だったパプア皇国フランシス国王陛下が、何者かによって狙撃されて二日が経とうとしています。現地メディアのパプア通信は、国王陛下の容体は未だ不安定であり、安全のために搬入先は答えられないとの情報から続報はありません。現場はメラネシア=ブーゲンビル侯国との国境沿いにあることから、昨年パプア・ドイツ両国間で結ばれた中立条約に反発する一派の犯行とみられています。しかし――――』
携帯端末から流れる情報は逐一チェックしている。いついかなる時にも、知っていただけで得をするという場面を多く経験しているからだ。今日だって、入学者の主席として海洋実習でのスピーチを任されたというのだから仕方がない。教員との世間話にしかり、何かしらのネタがなければ話すのは苦手だというのも、自分が自分自身のことを良く知っている。
知名もえかという少女は、自己評価の低い人間であり。そしてまた誰にも増して努力を惜しまない人間であった。
寝ぼけ頭に対して、唇を噛み切る勢いで刺激を与える。それでも霧のかかったようなこの意識が覚醒するなど難しい。先程だって、階段から転倒する始末だ。これでは、この先どうなるかもたまったものじゃない。
そんな中、文字通り白みかけた視界を裂いたのは、旧友ともいえる少女の笑顔だった。
岬明乃。私自身が彼女に親友と思われるかが不安だが、私にとっては太陽のような存在。どんな場面であっても、決して陰ることのない光。破顔した彼女が茶色いツインテールを揺らしてこちらを覗き見る。
イヤホン外して――というジェスチャー。入学式直後に服が汚れるのに構わず草っ原で寝そべっていた訳だが、彼女はこんな僻地でも見つけてくれたらしい。埃を叩いて起き上がると、同じ目線まで腰を下ろしてくる。
「勉強熱心だね、もかちゃんは。試験で一位っていうのが分かったんだし、肩の力を抜いても良いんじゃない?」
「……そんなことないよ。こんなのじゃダメ。満点をとれなかった以上、まだ伸び代がある。足りない何かのために勉強するんだから」
「私は、受かっちゃえば良いと思うけどなぁ。だって、知識を活かせるかは実際に船に乗らなきゃ分からないもん」
「そうね。でも、雑学だって役に立つよ。何を他人に聞かれるか分からないから」
「もかちゃんは警戒心の塊みたいだねー。誰も食べたりなんてしないよ」
ガオーと怪獣の真似をする。でも、もかちゃんは可愛いから危ないかも――――そう言って笑う彼女。
私にとっては眩しすぎる。表情は巧く誤魔化せているだろうか。観察眼の鋭い彼女のことだ。せめて彼女の前だけでは、あの頃の知名もえかでありたいものだが。
「それは無理してるって顔だよ、もかちゃん。何か嫌な事でもあった?」
早速ばれている。自分から勝手に引け目だと感じているだけだが、それでも彼女には釣り合わないと思ってしまうのが自分の性なのだが。
「寝不足なだけだよ。入学式もあって緊張してたし」
言葉自体は嘘ではない。安眠できる日なんてそうそうにないし、勉強している方がマシだったりする。だが、こう答えれば彼女はこれ以上追及しないだろう。離れていたとはいえ、長い付き合いだ。他人の不快感も読み取れるからこそ、引き際は心得ているのだから。
「そういえば気になってたんだけど、それどうしたの? 鞄に括りつけてある銀時計」
目をキラキラさせて聞いてくる。そんなに珍しいものかと問うと、彼女の輝きが一層増した。
「表面の細工は、江田島海洋学校のロゴだよ。えーっと、刻み文字でXIII……13!? もかちゃんっ! これどこで拾ったの!? レプリカとかファッション!?」
「み……ミケちゃん落ち着いて。一体どうしたの?」
眠気が吹き飛ぶように肩を揺さぶられる。脳味噌がシェイクする勢いで気持ちが悪い。謝意もあって、落ち着くまでに数瞬を要したが。本当に何事なのだろう。
「江田島海洋学校は知ってるよね? 呉女子海洋学校じゃなくて」
「勿論知ってるけど……安全整備補助学校の一つで、たしか……第七管区の直轄じゃなかったっけ?」
「惜しいけど、ちょっと違うかな。あそこだけは補助学校でも独立してる学校なんだけど、特別ってくらいに伝説が多いところなの!」
夢見る乙女のような表情をされても、こちらとしては困るのだが。興奮を抑えきれないような表情。彼女は畳みかけるように言の葉を続ける。
「その中でも13期生は有名だよ。5年くらい前にあった”暁の日輪事件”。もかちゃんも覚えてない?」
「そっちは分かる……かな。日本の教科書だと、台湾沖海戦のことを指すのが多いけど」
「そう! 呉、佐世保から30隻が参加した台湾沖海戦。その中で遠洋航海から帰投中だった教育艦があったのっ。それに参加したのが」
「その13期生って訳なんだ」
彼女の言葉を遮るように、舌先から思考が飛び出す。
教育艦が実戦。記憶を辿れば確かにあった。中国や朝鮮出身のアジア系海洋民族による国家独立宣言。台湾を制圧したテログループの名前が”暁の日輪”だったはずだ。
独立宣言ならまだしも。日本とユーラシア大陸との間を検閲と言う名目で、略奪を繰り返した立派な海賊である。
日本ブルーマーメイドをはじめ、各国海軍が集中包囲したなかで自称国家様は、何十隻もの艦艇や民間船を屠ってきた。たしか業を煮やした討伐作戦でも、10隻を越える艦艇を喪失したはずだ。
思い出した。遠洋航海から帰投中に、不運にも戦闘に遭遇した民間の輸送船団を守るために戦った教育艦がいたことを。勇敢な少女たちによって救われた命――――などと、メディアがこぞってお涙頂戴と報道していたあの事件は。
「それでね。海上安全整備局が提携してる人魚日誌の……えーと、あった。消される前にサルベージしといて良かったって、覚えてたんだ」
ミケちゃんが取り出した端末には、当時掲載された電子新聞の記事。海上安全整備局側が、委託していた業者に圧力をかけたのではないかというブランクナンバー。その中には『西戎討伐ス! 奇跡ノ海戦!』などと、文章が羅列されている。
そういえば、そんな事件があったかもしれない……だなんて解釈は当然だ。内容の真偽はともかくとして、海上安全整備局がこの事件を隠蔽に走った方がマスコミに叩かれていたのだから。
不沈艦雪風。その名だけが独り歩きしているのは有名だ。今では横須賀に係留されているはずだが、永久欠番のようにその後の目撃情報は皆無という
「話が逸れちゃったかな。それでね。江田島海洋学校の初等科では、各科主席の卒業生に懐中時計を贈る風習があるんだ。小学生のエリートだねっ。だから13期生のってよりも、銀時計があるって方が重要なんだけど……どこかで拾ったの?」
「あーっ、えーとね。入学式の前にちょっと転んじゃってっ! 助けてくれた子の落とし物で、本物かは分からないかな」
「そうなのっ!? じゃあ、本物なら私達と一緒の学校だねっ! そっかぁ、年が一緒だったんだぁ」
彼女をそこまで夢中にさせるのは何なのだろう。戦果を上げた同級生に対する憧れか……いや違う。彼女は真偽はともかくとして、自らを省みず戦った英雄。その人が隣にいるだけで、嬉しいものなのか。
夢にまで見た、ブルーマーメイドの登竜門――横須賀女子海洋学校。そこに生ける伝説がいるだけで、自分が同じ土俵に立てることが重要なのだろう。
そんな彼女の熱意とは対照的に、知名は今朝の邂逅を思い出す。
銀時計の持ち主の燃えるような髪色。背に不釣り合いな上着を羽織る姿。対照的に、背の高い少女の冷たい視線。それでも穏やかな表情を崩さないあたり、あの子は普通の高校生ではないのは事実だろう。明らかに場慣れているれしている雰囲気であった。
ミケちゃんの願望かもしれないが、本当に彼女達がその英雄だったとしたら? それでも、私は対応を変えないだろう。拾ったものは渡さねばならない。それだけに尽きる。もちろん、助けてくれた礼を重ねたいものではあるが。
「そう……雪風のクルーなんだ。あの子」
「……もかちゃん?」
「ううん、何でもない。行こっか、ミケちゃん」
入学式前に渡された、クラス名簿を見据える。
村野瞳子、眉墨明女。あと確か、加藤、加藤――あった、加藤占菜。他のクラス名簿にも加藤の名はないから、電話先の相手が彼女だろう。
偶然の産物か、三人とも武蔵の名簿に名を連ねている。もしミケちゃんの言うとおりに英才教育の塊であるのなら、彼女達は本当に雪風のクルーなのかもしれない。
だが、それだけだ。
渡された成績表に記された、超大型直接教育艦武蔵 艦長知名もえか の文字。組織に組み込まれた人間は、その組織の長に従わねばならない。受験勉強にすら出る問題を履き違えるほど、彼女らは愚かではないだろう。
少なくとも、ファーストコンタクトは良好だった。彼女らとなら、良い上司部下として過ごしていけるだろう。
ミケちゃんに手を引かれ、港内を見渡せる場所まで出る。
遠目に、接舷された艦艇が見える。一際目を引くのは、あのとき見た大和の姉妹艦である武蔵。これから私の家とも言えるべき場所だ。これからの航海に備えて物資の搬入がされる様が、海洋実習に備えて身震いするような獣に見えたのは、私の寝不足に違いない。
イヤホンジャックを引き抜くと、先程の特集でコメンテーターの解説が終わっていたらしい。締めくくるような解説が終わったのが流れてくる。
聞き逃してしまったと後悔しつつ、端末をスリープさせる。しかしその最後の言葉が、なぜか耳から離れなかった。
『――――事件に際して、訪日中だったパプア皇国のフランセス=チャーチル第一皇女は「誠に遺憾であり、オランダ領インドネシア政府に抗議する。皇国の人間としてではなく、ニューギニアの民として、事件の解明を願う」と述べられました』
この時のニュースを見ていれば、少しは結果が変わったのかもしれない。
歪んだ歯車が回り始めたことに、私はまだ気付かなかった。