ハイスクール・フリート-No one knows the cluster amaryllis-   作:Virgil

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Chapter-01 ソノナヲモトムルカ

 暗闇の中、あるのは剣山のみ。四方は血の海で染まり、蛇が首をもたげる。汗ばむ手には、似つかわしくない……いや。不釣り合いと言うべきか、自分が憧れた形見が黒光りする。部屋に飾り続けた拳銃は私の感情を後押しするかのように不気味に蠢いた。

 

 私の母は、遺品がこんな形で使われるとは夢にも思ってもいなかっただろう。まさか、実の娘が父親を殺す為に引き金を引こうなどとは。

 

 夢の中にいるような感覚。走馬灯のように流れていく景色は、自分の思い出したくないものばかりを描き出していく。今見えるモノは、確かあの日の大雪だっただろうか。自分の感覚だけが追想する。

 

 閉じ込められていた部屋から、あるだけの布を手繰り寄せる。外套には似つかない、不恰好な様で窓から飛び降りる。

 

 用心深い父親が仲間共に酒を呑む時だけが、有一の脱出するチャンスだ。文字通り口を封じない代わりに知名もえかの存在そのものを隠蔽することで、彼らは己の罪を隠している。交代の見張りなどご苦労な事だが、今までやってきたものと比べれば神経質になる理由も分かる。

 

 だからこそ私はこの家から脱出することが有一の目的であり、この世に生を繋ぐ僅かな願いだったのだから。

 

 鳥籠の中の自由。そして恭順を示した自分の行動を対価に、ある程度の道具はかき集めている。窓枠の格子はかなりの時間をかけ腐食させ、部分的であれば自分のひ弱な腕でもひしゃげさせられる。

 

 首の皮一枚で繋がっている部分をプラスドライバーを捻り、取り外した鉄格子を階下の雪原に放り投げる。この荒天だ。多少の物音を立てたとて、近所の住民からも屋根からの落雪だと勘違いされるだろう。といっても、父親たちにはバレた前提で行動するにこした事はないが。

 

 事前に裂いたシーツは、既に縄の様に繋げ補強してある。括りつける先があの(・・)忌々しいベッドであることに、笑いを禁じ得ない。文字通りこの家に縛ってきた枷でしかない家具が、自分の脱走を手伝おうなどとは。

 

 ビニール袋に詰め込んだ武器(・・)をシーツのもう端に結び付けて、重石とする。手早く垂れさげたシーツに手をかけ、窓から身を躍らせた。自分の全体重を両腕だけで支えるのは、なんとも酷な話か。せめて小学校の昇り棒であればと思うが、背に腹は代えられない。

 

 見込みが甘く、長さが足りない分を飛び下りる。先程よりも大きな音が響いたのは言うまでもない。そもそも三階相当の家なのだ、軽い打ち身で済んだだけ遥かにマシだ。

 

 足裏が凍傷にならないよう、先に落としたスリッパを足にガムテープで巻きつける。そもそも自分の下足など、この家に来た時点であったかどうかも疑わしい。

 

 母が死んでから、狂ったように人柄が変わった父親。これは罰なのだと。叫びながらの所業に怯える日々であったが、死んでたまるかと言う根性だけが私の全てだった。

 

 雪駄もなく、ありあわせの装備で雪原を走る。裏口を越え、あとは門から出るだけ。その気の緩みが、自分の甘さなのだったと再認識する。

 

「アレ……もえかちゃんじゃん。先輩もこの娘を逃がしたらヤバイことくらい分かってんのに、なぁにサボってんすかね」

「っ!?」

 

 父親が良く連れてきた後輩と呼ばれた男。父親の言う罰に加担した者の一人であるし、私としても恨むべき相手の一人だ。

 

 しかし思いがあろうとなかろうと、ひ弱な少女でしかない自分が大の大人に勝てる訳がない。駆け抜けようとした矢先に片腕で担ぎ上げられ、もう片方の手が玄関先のチャイムに伸びる。

 

「あー、先輩? 約束通りに迎えに来たンすけど。ちょうど、もえちゃんが家出しようとしてるのを取っ捕まえましたぜ…………あぁん? 逃がしたのはそっちの不手際でしょう!? というか、この娘逃がしたらココにある荷物(・・)がバレるでしょっ。 こんなカワイイ娘は殺しちゃ勿体無いんだから、またお部屋に飾っとk」

 

 両腕で抱えるように押し付けて、遺品の引き金を引いた。手で保持しきれずに明後日の方向に飛んで行ったが、男の肩を抉るには十分だったようだ。最初は何が起こったのか分からなかった男が、顔を顰めて知名の体を取り落とす。

 

「……痛ぇ、痛ぇ、イテェ、イテェよ。この餓鬼っ、俺を殺そうとしやがったっ」

 

 銃声を聞きつけたのか、家の中からゾロゾロと仲間達が出てくる。倒れた男に駆け寄る者。残りは知名を逃がすまいと、怒りの形相でこちらを取り囲む。

 

「コイツっ、コイツだけは殺すっ! 先輩の娘だからって容赦しねぇ。生きていられたのが俺らの気まぐれってのが分からねェのか馬鹿がァ! 外でヤる(・・)のがお望みなら、お前をこの場で裂いてやろうかァッ!? あの時みたいによォ!」

 

 のたうちまわる男が断末魔のように叫ぶ。それを諌めながらも、他の仲間は何としてでも事態を収束させようと知名ににじり寄る。

 

 髪の毛を掴まれ、頭をブロック塀に叩きつけられる。痛みにはもう慣れっこだ。この程度で気を失えるなら、今までどれ程幸せだったのだろうか。

 

「誰か………………助けて」

「助けなんか来る訳がない。ここに拠点を構えたのだって、一帯を口利き出来る奴がいるからだ」

「誰か、助けてっ!」

 

 助けが来ない? 意味がない? そんなものは知るか。助けを呼びたくて何が悪い。

 

 締め落とす様に、首元が掴まれる。酸素を求めて脳味噌が警告をだすが、もがく様に腕が空を斬るだけだ。

 

――――ダレカ…………タスケテ

 

 この言葉が誰かに届いたのかは、今なお分からない。

 

 

 

 

 

――――ダレカ…………タスケテ

 

 その思考が中断したのは、後頭部に叩きつけたような痛みが広がったからだ。

 

 閉じた目を開く。仰向けの姿勢で、青空が見える。

 

 現状を整理しよう。横須賀女子海洋学校の入学式に向けて歩いていたのはいい。前日に緊張しすぎて結局眠れなかったのも原因だ。気を抜いた直後に、ふと世界が暗転したのも覚えている。階段を上る最中で転んだのか。

 

 体を支えようと、両腕を突っ張ったところで違和感。地面はこんなにも軟らかかっただろうか。

 

「ッ!? 悪ぃ、御嬢さんっ。 起きようって気も分かるんだが、俺の体を触るのは勘弁してくれ……」

「…………っ!? すみませんっ!」

 

 首を傾けると、自分の体は誰かをクッションに倒れ込んでいるようだ。捻るように転がると、潰されていた人物も起き上がり暗緑色のジャケットを叩き埃を払った。

 

 一目で判断すれば、近寄りがたい人相。目つきが悪いのかこちらを睨むように一瞥したが、目を合わせた頃合いに、相手の灼けたような髪が第三者に叩かれた。

 

「明女っ、初対面の相手に眼付けてどうするのっ!? 自分から転がってくる女の子に突っ込んでいった結果が、何て様なのよ」

「うるせぇ、瞳子。無意識で煉瓦に当たるのと、痛み覚悟で下敷きになるなら後者の方が軽微だ」

 

 叩いた青みがかった黒髪の少女の指摘に対して、赤みを帯びた茶髪の子からは心地の良いアルトで返す。そのやり取りを見られたのが気恥ずかしかったのか、少女が気まずそうに頬を掻く。

 

「えっと。助けて頂いてありがとうございます……でしょうか?」

「まぁ、お互いに大事でなけりゃ万々歳だ。かすり傷なんて、唾付けときゃ直る」

 

 意に介したような素振りもなく、照れ隠しに似たぶっきらぼうな口調で返ってくる。

 

「これから入学式ですか? でも、ここの近隣なら横須賀女子海洋学校しかありませんけれど」

「あり…………やっぱり、俺って男に見える?」

「明女の言動が男勝りなだけですよ。もう少しお洒落に気を使うべきですね」

「やめろよ……化粧なんて専門外なんだ」

 

 勝気な振舞と、オブラートに包めばスッピンな茶髪の少女は盛大に肩を落とした。よくよく思い返す、身を起こす際に残っていた感触。うん、あれは確かに女性独自の軟らかさであった。

 

 それでも身の丈にあわない暗緑色の軍用ジャケットを羽織っている様は、背伸びをして軍人を目指すような様で何だか微笑ましい。

 

 私に視線に気付いたのか、明女と呼ばれた灼け茶色の髪を揺らして振り返る。

 

「ともあれだ、これも何かの縁だな。横須賀女子海洋学校第二十一期生、砲雷科の眉墨明女だ。これから宜しく」

「同じく二十一期生、村野瞳子です。海洋中学では水雷科専攻でした」

「知名もえか……です。私は航海科だけど、よろしくお願いします」

 

 男勝りな方に対して、村野と名乗った少女は仰々しく礼をする。差し出した手を握り返すと、二人も笑って返した。

 

「航海科か……カリキュラムが違うのが残念だな。一緒ならレポートの処理だって楽だったろうに、学年主席殿とのコネは大事だよなぁ」

「その『書類から逃げる癖』はいい加減にしたらどうです? 初等部でも加藤二士に泣きついてただけじゃないですか」

「全部が全部書類社会な、日本の海洋防衛組織の根幹に問題があると思いまーす。村野二士。なぁ、知名主席もそう思うだろ?」

 

 海洋実習を除けば座学は学科別であるから、彼女の言い分も間違っていない。しかし適性と学力別によって、搭乗艦がクラス(・・・)として分けられる海洋学校の特異な例を鑑みれば、こういったところで親交を深めるのは悪い話ではないはずだ。

 

「偶然とはいえ、ご挨拶遅れました。知名艦長。この度はご入学おめでとうございます。武蔵クルー一同。全力でお供させ頂きます」

 

そう仰々しく頭を垂れる村野さん。そういえば、むらのとうこ(・・・・・・)を漢字で起こせば見覚えがあった。

 

今朝渡されたクラス名簿の中に、確かにいた筈だ。順位は次席。つまりは私が勝った相手であり、その地位に甘んじなければひっくり返されない成績でいる生徒という事だ。

 

あぁ。これは微妙に気まずい。友好的かどうかの判断はどこですべきか。齢が二十にも満たない私にとって、その経験はまず欠けていると言ってもよい。

 

 何か逸らす話題はないかと思いを巡らせたところで、誰かの端末に着信音。慌てて取り出したのは、眉墨さんだった。

 

《眉墨ぃ! お前、第三ヤードの前で集合って件を忘れてないか!?》

「すまん加藤っ。瞳子とすぐ行くから3分待って! 悪ぃ、主席殿。話はまた後でなっ」

《さんざん横須賀の教官に迷惑かけるなって言ってるだろっ! いい加げn……》

 

 通話先の怒声を断ち切るかのように、端末を閉じる彼女。そして何事もなかったかのように、一礼と共に眉墨は村野の手を引いて風の様に去っていく。

 

「じゃなっ! 知名艦長! またホームルームでなー」

「…………忙しい人達だったね。あれ?」

 

 ちょうど、階段下の部分。朝日を照り返し、鈍く輝く光沢が見える。拾い上げるとペンダントの様に吊り下げるチェーンが切れているが、それ以外の部分も多くの傷がついていること分かる。

 

「懐中時計……かな。それも、結構古いものだし」

 

 ちゃんと時は刻んでいるようだし、大事に扱われているのは伝わってくる――――問題は誰のであって、なぜコレがここにあるのかだが。

 

「これって、彼女達の……だよね」

 

 風のように去っていった二人組のもので間違いはなかろう。大人しく学校の事務部に届けるべきか。それとも名前と顔と学科は知っているのだから、直接届ける方が早いのか。

 

 その択を考えとして移す前に、思考を断ち切るチャイムが鳴り響く。

 

 このままでは、不味い。入学式。そして登校初日に遅刻する訳にはいかない。

 

「ミケちゃんもいるかもしれないし、急がないとっ!」

 

 握った銀時計を鞄に押し込み、赤レンガへ向けて走り出す。


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