ハイスクール・フリート-No one knows the cluster amaryllis-   作:Virgil

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はじめまして。Virgilと申します。
普段は艦これ小説を書いているのですが、ひょんな機会からはいふりを見始めました。

突発的な武蔵小説ですが、宜しければお付き合いくださいませ。

それでは、どうぞ。


Chapter-XX ムサシハココニアリ

 あぁ。きっとこれは罰なのだろう。光の元で生きよう――などと身の丈に合わない願いに対する裁きだ。手の平から零れ落ちていくのは、仲間の命。それら全てを磨り潰して、私は此処にいる。

 

 叛乱艦として。それでも、横須賀に帰る事だけを胸に武蔵は戦ってきた。例え報われないものだったとしても。誰が為すら分からなくとも必死に生きてきた。

 

「まっさか、本当に撃ってくると思いませんよ」

「人魚様も余裕がないのかね、これは」

 

 最後の航海。死にもの狂いの逃避行の締めは、苦虫を噛み潰した砲術長と呆れの混じった航海長の呟きから始まった。

 

 今までの長旅に比べれば、横須賀を目前にして残されたのは僅かな距離。あと少しでこの航海も終わりだ。しかし乗員たちは、それに浮足立つこともなく己の持ち場を守っている。

 

「雷跡、七、八。直撃コースです。副砲長っ!」

《左舷対潜よーい。機銃掃射で、どうにかなれば良いんですけどね》

「取り舵一杯ッ、機関全速!」

 

 武蔵後部の射撃指揮所からは、こんな非常時であっても軽口が返ってくる。そんな様に自然と笑みが零れるが、絶望的な状況には変わりがない。

 

 自動化された25mm三連装機銃。副砲管制員の操る40口径連装高角砲が一斉に砲弾を吐き出し、迫りくる青い牙を叩き伏さんと海を裂く。しかしコンピュータで計算し尽くされた迎撃スクリプトとはいえ、一つでも魚雷に当たれば幸運な方だ。

 

 迎撃したもの、急加速と転進によって艦尾をすり抜けたものを除いて、四発の直撃。幸先の悪いスタートなのは否めない。

 

「左舷に被雷っ、航行はまだいけます! ですが速度がっ」

「右舷注排水区画に注水開始。傾いたら終わりですわっ」

 

 乗員からの報告に、大型直接教育艦「武蔵」の艦長である知名もえか三等航洋士は唇を噛む。手数、速度、火力。最初から分かってはいたが、一対多の戦況を覆せる奇跡など万が一にもありはしない。

 

 勝利条件はただ一つ。入手した■■■■に対するサンプルデータを本土に持ち帰り、身の潔白を証明する事。乗員の誰かを横須賀港に下ろすだけなのだが、口にすれば簡単な筈の所業が無数の壁に阻まれる。

 

「相手から先に撃たせたから問題ありませんね。眉墨砲術長っ」

「巡洋艦の足だけ止めれば良いんでしょう!? また、副長は無茶をおっしゃる」

 

 大和型の最大射程。水平線の向こうまで狙い撃てるアドバンテージを捨ててまで投降の意志を示してきた。その答えがこれか。通信は一切なく、砲雨だけが降り注ぐ。流石にここ一ヶ月間どんな苦境であっても、自分の背を押し続けた眉墨砲術長の頬も引き攣っている。

 

「副砲長、管制員から主砲のコントロールをこちらに」

《了解。終わらせたら、とっとと艦長のサポートに入って下さいよ? 眉墨二士》

「分かってる。航海長、進路を北へ向けてくれっ。これじゃ射角がとれねぇ」

「了解。おも――かーじ」

 

 船体を軋む様に、急速に転舵。四隻からなるブルーマーメイドの艦隊に対し、同航戦に持ち込む。

 

「セオリーガン無視ですと、ここまで無茶が出来ますか。完全に詰めろ(・・・)ですけれど、眉墨砲術長の判断は?」

「同意ですね。今までどおりに難癖つけて、砲を撃つだけでしょう。村野副長」

 

 船体前後に装備された46cm砲三連装計三基九門。敵艦の後部を狙っての砲撃が、一斉に放たれる。結果として一隻の艦尾を抉りとるが、歓声を上げる余裕も彼女らにはない。

 

「弱装弾とはいえ、この威力……惚れ惚れするねぇ、武蔵ちゃんにはっ!」

「『チャンスは一回、撃ったら逃げろ』。教官の薫陶を受け過ぎです、砲術長」

「逆に火薬の量減らしてなかったら、本当に沈めてますからね? 砲術長」

「お前ら、俺を何だと思ってるんだよ!?」

 

 電探が故障している今、頼れるのは己の目と腕だけを信用する他はない。的確に指示を出し初発から当てる砲術長には感嘆するが、それだけでこのワンサイドゲームな戦況が覆るものでもない。

 

 被弾から免れた三隻は、逃げおおせようとする武蔵に未だに追いすがってくる。後部甲板から飛び立つ緋色の物体。風船のようななりをした飛行体は、速度を上げて一直線にこちらに向かってくる。

 

「村野副長っ! 何ですかアレ!?」

「飛行船よろしく、人が降下してくる可能性も捨てきれないわ。知名艦長の判断は?」

「単体による攻撃の意志がない場合には、飛行体には発砲を厳禁。警戒だけは怠らないでっ」

「艦長…………意志もなにも、言ってるそばから艦橋の目の前を陣取りそうですけど!?」

 

 舵を握る航海長は目の前の光景に対して、ホールドアップかのようにヤレヤレと手を振る。航海艦橋一杯に広がる緋色の船体。正直に言わずとも、邪魔の一言で片づけたい存在感である。

 

 貴奴から撃ち放たれたのは、色素を含んだ煙幕。只でさえ機器の故障を誤魔化してきた武蔵にとっては、肉眼での目視を防がれただけで敵の捕捉が困難になる。

 

 限られた視界から敵艦を見据えると、砲撃が続行されているのは分かる。着弾によって揺れる艦内。爆音とともに、上部甲板から火の手が立ち昇る。

 

《四番副砲に被弾ッ。艦長、このままでは危険ですっ。せめて飛行船の撃墜許可をっ!》

「知名三士っ! 撃たれるだけで良いんですかっ! いくら武蔵の装甲でも、これ以上の直撃はっ……」

「武蔵乗員に厳命っ、この状況で飛行船をこちらから撃つ訳にはいきません! 武蔵叛乱のニュースを世間にしらしめたいなら、撃たせるのが目的の筈です!」

 

 私達は、無意識に敵を作り過ぎた。それが■■■■国の差し金であったり、ブルーマーメイドや海上安全整備局の派閥争いに端を発したとしてもだ。

 

 クルーに責任はない。私一人が腹を切れば良い話だ。だからこそ、生贄として晒し首になる必要がある。アームレストを握りしめる。もうこれ以上、私の仲間を傷つけないでと。

 

「第四船速! 邪魔になるなら振り切るしかないっ。進路は北東を維持、何とか港まで持たせて! 煙の外に出る!」

 

 毅然と声を張る知名に対して。航海艦橋にいる面々は、呆れと共に諦めの表情でもあった。

 

「甘い、甘いって考えもあるでしょうけれど。帰った後のリスクヘッジを考えれば当然ですかね」

「横須賀を出港した時はどうなるかと思ってましたけど、肝が据わりましたねぇ。知名三士も」

「違いありません。幸か不幸か、戦闘に事欠きませんでしたからね、この船は」

「……航海長。副長も聞こえてます」

 

 被弾の度に轟音の鳴り響く航海艦橋で、近場の手すりに掴まり衝撃に耐える。申し訳程度の防弾ガラスの先には、こちらに砲を向ける敵艦の姿が見える。

 

 そんな軽口を叩いた彼女らには申し訳がない。しかし武蔵を預かる者として、彼女らに人殺しをさせたくないのは本心であった。と言っても撃ちたくない撃たせたくないの議論は、既に分水嶺を越えて議論の余地などないのだが。

 

 そんな自分の甘さに反発し、それでも受け入れてくれた乗員には感謝以外の言葉はない。しかし、そんな追憶をも戦況は許してくれなかった。

 

「この状況で飛行船……そんな行動で、飽和攻撃を仕掛ける以外のメリット。煙幕展開で役割は果たした筈だ。あんなクソ値が張る備品は、何で動かねぇ? あの型番はどこかの資料で………………ッ!?」

 

 知名の判断に仕方がない――と視線を外に向けていた眉墨砲術長。彼女の悲痛な叫びが、艦橋に響き渡る。

 

「速度を落としてこないっ! 瞳子ッ、艦長を連れて戦闘指揮所にッ…………早くッ!」

「砲術長? 何を……」

 

 振り向いたその目が、驚愕に見開かれているのが知名にも映る。どんな最悪の事態にも、事前に手を打ってきた眉墨二士の怯えと、強迫観念に染まった――――その絶望的な表情が脳裏に焼き付く。

 

 緋色の飛行船――――その正体に一早く気付いてしまった砲術長が、武蔵を敗北させまいと、声を張る。色煙の中を突っ切って現れたのは、そのまさかだった。

 

 幼年学校からの付き合いであったという村野副長の下の名前を、瞬間的に叫んでまで伝えたかった警告。その異常性に察した副長が知名の手を掴んで身を翻したのと、航海艦橋の前方に閃光が煌めいたのはほぼ同時だった。

 

 武蔵の航海艦橋目がけて、緋色の飛行体がのめり込むように突入したのとほぼ同時だった。構造物を削るように、打ちつけた飛行船が内部の火薬と共に爆砕する。鼓膜を破りかねない轟音。艦橋に通じる階段から吹き飛ばされながら。壁面にあちらこちらを打ちつけながら、二人は転がっていく。

 

「…………ご無事ですか……知名三士」

「一体何が…………副長っ!? 村野副長!」

 

 知名自身は軽度の打ち身程度で済んだのだろう。しかし抱えた状態で(・・・・・・)吹き飛ばされた、副長が無事で済むはずがない。

 

 制服が赤く染まり、痛みによる呻き声を堪えるのに精一杯である彼女。肩を貸そうとするが、ありったけの力で跳ね退けられる。

 

「汎用輸送艇に信管を作動させての突撃……こんな初歩的な手段に気付くの……が遅れるだなんて……少し考えれば分かる事でした……ね」

 

 とんだ落ち度だと彼女は嗤う。違う。只でさえ貴重な飛行船を、搭載した水素燃料ごと着火して爆破するなど予想の範疇を超えている。

 

「……お恥ずかしい限りです。これでは、貴女を護るに足りえない」

「こんな時にそんな話を持ち出さなくても……私たちは仲間でしょう!? それだけで、良いじゃないっ!」

「……それじゃあ……駄目なんです、知名三士。幼年学校(あそこ)で叩き込まれたことの全ては、勝利する為に……今は、艦長をお護りする事だけに皆が命を捧げるんで……す」

 

 力を振り絞り、壁に身を預ける村野副長。血糊に濡れた彼女の手が、知名の頬に触れる。

 

「此処でッ…………貴女に死なれる訳にはいきませんっ…………指揮を……私達を踏み越えて、成すべき事を……」

 

 彼女はその言葉を最後に、糸が切れたように動かなくなる。差し伸べられた手は、ただただ床に落ちる。

 

「今のは……!? 艦長っ、副長も!? 何が起きたんですかっ!?」

 

 幸運な事に階下の戦闘指揮所まで、転がり込んでいたらしい。知名の背後から、上ずった乗員の声がかけられる。

 

「知名艦長っ、航海艦橋がっ」

 

 次々と泣き叫ぶような、声が叩きつけられる。振り向いた先にいる戦闘指揮所の乗員たち。顔は緊張の連続で憔悴し、それでも希望を捨てずについてきてくれた。そんな部下を鼓舞し、ここまで助けてきてくれた彼女(ふくちょう)たちはもういない。

 

 だからこそ、もう。頼らない、頼れない――――違う。もう一度だけ力を貸してくれませんか。愚かな私を慮って、最後の願いを聞き届けてくれませんか? 村野副長。

 

 さぁ行け。力なく崩れた彼女の躰が仰向けになる。弛緩した筈の口角は僅かに吊り上がっていた。

 

 うん、行ってきます。最後の言葉にならないよう。別れの祈りにならないよう、もう振り返らない。

 

「全員、持ち場へ。射撃指揮所はどうっ!?」

《こちら副砲長。悪運はさすがに立派ですね、知名三士》

「艦長っ、ご命令をッ! 乗員一同、最後までお供しますッ!」

 

 ここまでくると、いつも軽々しかった副砲長の悪態も笑い飛ばせるようになる。さぁ、撃って来い。私達は此処にいるぞ、人である事を捨てた化け物よ(ブルーマーメイド)

 

「副砲長っ、砲撃管制を一任します。航海艦橋の喪失により、これより戦闘指揮所が指揮を代行します!」

《了解です、知名三士》

 

 もしも私の判断の甘さが彼女たちを殺したのなら、その罪を償おう。託されたものは大きいが、それでも胸を張って武蔵は戦ったと言えるだけの自分に。

 

「機関最大! 何としてでも、横須賀に帰ります!」

 

 この際。なぜ武蔵が叛乱艦として扱われるのかなぞ、さしたる問題ではないのだ。

 

 私達は横須賀に帰りたい。奴らが邪魔する理由は、一兵卒には預かり知らぬ話だ。だが結果として攻撃され、クルーは死んだ。ならば、それ相応の覚悟で戦わねばなるまい。

 

「副砲長、装薬の使用量を適正通りに。敵艦の足を奪います」

《艦長が殺る気とは珍しい。徹甲弾の使用は?》

「許可します。ただし、砲撃する箇所はブリーフィング通りでお願いします」

《どこぞの射撃馬鹿(ほうじゅつちょう)と一緒にしないでください……でも、やりますよ》

 

 難癖を付けられると思いきや、意外にも良い反応を返してくる。小言の一つを言われるかもしれないと思ったが、斜に構える副砲長なりにも仇討ちには賛成らしい。

 

「艦長! ながら型巡洋艦の艦艇図との砲撃リンク、構築完了しましたっ。射撃指揮所に共有開始します!」

《砲術長の置き土産か。味な真似をしますね、あの人も》

「全砲門、開けっ! 目標、敵の先頭艦。攻撃始めッ!」

《了解、撃ちィかたぁー始めッ!》

 

 視界の端に、戦列に加わらず航行を続ける艦艇を見やる。航洋直接教育艦「晴風」その艦橋にいるであろう、少女を思い浮かべ。慌てて脳裏から追い出す。

 

 決して晴風が――――ミケちゃんが助けてくれる筈がない。

 

「ごめんね、ミケちゃん。さようなら」

 

 だからこそ、私は戦う。


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