ただ、そこにいるだけで   作:ふぃあー

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 その時の私は、
 その感情を理解しきれませんでした。
 本当に、“中学生か?”と思いますね。






番外編2

 艦娘になってからしばらくが経過した。

 

 

 

 戦闘にも慣れてきたし、被弾することも少なくなっていた。

 

 

 

 提督や、他の艦娘とも親しくなることが出来た。

 

 

 

 でも、一人だけあまり関わりの無い人物がいる。

 

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

 

「……ん」

 

 

 

 艤装の整備員である緑川さんだ。

 

 

 

 着任当初、叢雲さんが「掴み所がない」とは言っていたが、

 

 

 

 まさかここまでだったとは。

 

 

 

 会話などしたこともなく、目も合わせてくれない。

 

 

 

 いつも工厰に籠っていてなにをしているのかも分からない。

 

 

 

 しかし、彼の整備済みの艤装はとても心地よいのも確かだ。

 

 

 

 するのとしていないのでは全く違う。

 

 

 

 悪い人ではないと思うのだが、

 

 

 

 あまり関わりを持つことはできなかった。

 

 

 

 戦闘で少し被弾してしまったので、彼に渡した。

 

 

 

 相変わらずそっけのない返事だが、

 

 

 

 彼の隣に置いてあった整備済みの艤装を見る。

 

 

 

 新品の車のように輝いていた。

 

 

 

 よく見ると瑞鶴の艤装もある。

 

 

 

 前の戦闘では、失敗して大破してしまったと言っていた。

 

 

 

 本人は無事だが、まさかあのスクラップみたいなものが、

 

 

 

 ここまで修繕されるとは思ってもみなかった。

 

 

 

 恐らく彼の技術はとても高いのだろう。

 

 

 

 たまに別の鎮守府からも整備の依頼が来ることだってある。

 

 

 

 上層部の大和さんが来たときは、

 

 

 

 正直驚いた。

 

 

 

「……どうしたの?」

 

 

 

 いつの間にか物思いに耽っていた。

 

 

 

 緑川さんが不思議そうにこちらを見ている。

 

 

 

 そういえばひとつだけわかったことがある。

 

 

 

 この人が顔を会わせるときは、

 

 

 

 本当に真っ直ぐに見つめてくる。

 

 

 

 私は、その目を見た。

 

 

 

 空の色をそのまま溶かしたような澄んだ水色をしている。

 

 

 

 思わず見てしまう。

 

 

 

「……?」

 

 

 

 緑川さんが眉を潜ませた。

 

 

 

 しまった

 

 

 

 思わず見つめてしまっていた。

 

 

 

 これだと第三者が見てしまったら変な風に思われるじゃないか。

 

 

 

「な、なんでもありません」

 

 

 

「……そう」

 

 

 

 一応納得はしてくれたようだ。

 

 

 

 一安心。

 

 

 

「失礼しました」

 

 

 

 そう言って工厰から出る。

 

 

 

 空を見上げた。

 

 

 

 夏の、空高くそびえる入道雲が目にはいる。

 

 

 

 その後ろの透き通った青も。

 

 

 

 なんとなくさっきの瞳を思い出して、笑う。

 

 

 

 そんなことを思うなど、何だか恋をする人みたいだと。

 

 

 

 彼に対してそんな気分など全く起きないと言うのに。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 翔鶴が去っていった工厰では、

 

 

 

 湊の周りで妖精たちがわめき散らしていた。

 

 

 

 湊には彼ら(?)の言葉は分からない。

 

 

 

 しかし、人間のように表情の変化があるため、

 

 

 

 何となくからかっているのがわかった。

 

 

 

 なんのことかは全く分からないが、

 

 

 

 そのままでは腑に落ちないため、

 

 

 

 一人に軽くデコピンをかましてやる湊だった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「翔鶴姉!」

 

 

 

 しばらく歩いていると、黒いツインテールの瑞鶴が走ってきた。

 

 

 

 元々快活な性格の妹は、

 

 

 

 ここの面々と打ち解けるのも早かった。

 

 

 

 それでも甘えてくる妹が可愛くて、

 

 

 

 ついつい顔が綻んでしまう。

 

 

 

「どうしたの翔鶴姉?一人でニヤニヤして」

 

 

 

「瑞鶴が可愛いと思って」

 

 

 

 頭を撫でると、嬉しそうに笑う瑞鶴。

 

 

 

 何だか甘える猫みたいだ。

 

 

 

「そう言えば、さっき青葉が来たんだけどさ」

 

 

 

 ……青葉?

 

 

 

 嫌な予感がする。

 

 

 

 あの天性のパパラッチ魂は、

 

 

 

 数々の騒動を起こしてきた経緯がある。

 

 

 

「……湊の事が好きって本当?」

 

 

 

「……どうして?」

 

 

 

「翔鶴姉と湊が見つめあっていたって、青葉が」

 

 

 

 という瑞鶴の言葉に、

 

 

 

 おもわず頭を抱える。

 

 

 

 まさか見られてしまったとは。

 

 

 

 数分前の自分を呪う。

 

 

 

 確かに綺麗な瞳だとは思ったが、

 

 

 

 そういった感情は全く無い。

 

 

 

 これは大事になる前に止めなければ。

 

 

 

「ごめんなさい瑞鶴。ちょっと青葉さんを探してくるわね」

 

 

 

 言うが早いか私は飛び出した。

 

 

 

 変な噂がたってしまう前に青葉さんを捕まえなくてはならない。

 

 

 

 深雪さんや摩耶さんなどに聞かれたらたまったものじゃない。

 

 

 

 たっぷり一週間はからかわれ続けるだろう。

 

 

 

 それは避けなくてはいけない。

 

 

 

 鎮守府の玄関を勢いよく開ける。

 

 

 

 すると――――

 

 

 

「は、離してくださいぃ~!」

 

 

 

「……だめ」

 

 

 

「どうしてですか!」

 

 

 

「……事実を塗り替えるなんて、マスコミがやっちゃだめ、だよ……?」

 

 

 

「うぐっ」

 

 

 

 セーラー服の襟首をつかんでいる緑川さんと、

 

 

 

 必死に抵抗している青葉さんだった。

 

 

 

 すると、青葉さんと目が合った。

 

 

 

「これは、翔鶴さん!先程の真実はいかほどに?」

 

 

 

 絞り上げられたとしても取材は止めない。

 

 

 

 ここまで来ると流石だと思う。

 

 

 

 緑川さんの腕に更に力がこめられた。

 

 

 

 絞められている鶏のような声でもがく青葉さん。

 

 

 

 少しかわいそうだが仕方ない。

 

 

 

 訳の分からない噂を流したのは青葉さんの方だったから。

 

 

 

 しかし、緑川さんの対応が早くて助かった。

 

 

 

 さっき懸念したようなことにはならないようだ。

 

 

 

「……さっき、涼風に弄られたんだけど……どこまで広めたの……?」

 

 

 

「えと……青葉が十分で回れる範囲は全てです」

 

 

 

「正直にありがとう……ようするに……鎮守府全域ってこと……?」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

 ……嘘でしょう?

 

 

 

 前言撤回、非常に不味いことになった。

 

 

 

 どうにかしないといけないが、

 

 

 

 その前にやるべき事がある。

 

 

 

 いつの間にか緑川さんに解放され、

 

 

 

 今度は正座の格好をしている青葉さんに目線を合わせる。

 

 

 

 それでも怖がらせるのはいけない。

 

 

 

 笑顔で言わなくては。

 

 

 

「青葉さん」

 

 

 

「ひ!な、何でしょうでございまするか……?」

 

 

 

 何故か怯えてしまっている。

 

 

 

 どうしてだろうか。警戒を解くために笑顔で話しているのに。

 

 

 

「今回のことは事実無根です。分かりますか?」

 

 

 

「分かりました!」

 

 

 

 背筋を伸ばして敬礼をする青葉さん。

 

 

 

 こちらは柔らかく言っているのだから、

 

 

 

 そんなに怖がらなくてもいいのに。

 

 

 

「……さて」

 

 

 

 湊さんが後ろで声を放つ。

 

 

 

 何時もと全く同じトーンだが、

 

 

 

 かえってそれが怖かったりする。

 

 

 

 無表情付きだと尚更だ。

 

 

 

 がしっと青葉さんの肩を掴む。

 

 

 

「……いくよ」

 

 

 

「ど、何処にですか?」

 

 

 

「……工厰」

 

 

 

「ま、さか」

 

 

 

 にっこりと緑川さんが笑う。

 

 

 

 普段笑わない人が、怒りを込めて笑うとこんなに怖いのか。

 

 

 

「妖精さんによる、くすぐりの刑ね……」

 

 

 

「えと、ご慈悲は……?」

 

 

 

「……無し」

 

 

 

 そのまま引きずられていく青葉さん

 

 

 

 諦めがついているのか大して抵抗はしない。

 

 

 

「……翔鶴」

 

 

 

「……!」

 

 

 

 びっくりした。

 

 

 

 名前なんて呼ばれたことなかったから。

 

 

 

「は、はい!」

 

 

 

 そのせいで返事は遅れるし、

 

 

 

 妙に力が入ってしまう。

 

 

 

「……頑張ってね……」

 

 

 

「はあ」

 

 

 

 何をいっているのか分からず、

 

 

 

 気の抜けた返事をしてしまう。

 

 

 

 そのまま緑川さんは外に行ってしまった。

 

 

 

 彼は確かに頑張ってと口にした。

 

 

 

 頑張るとはなんのことだろうか。

 

 

 

「あ、いた!」

 

 

 

 後ろで大きな声がした。

 

 

 

 振り返ると、摩耶さんがいた。

 

 

 

 ニヤニヤといたずらな笑顔を浮かべている。

 

 

 

 とてつもなく嫌な予感しかしない。

 

 

 

 目の前まで来て肩を叩かれる。

 

 

 

「いや~翔鶴さんが湊に惚れるなんてな!」

 

 

 

 ……やはりそれか

 

 

 

 若干呆れながらも反論することにする。

 

 

 

「べ、別に私はそんな、わ、訳じゃなくて……!」

 

 

 

 面食らったような顔になる摩耶さん。

 

 

 

 自分でも違和感を感じていた。

 

 

 

 普通に否定するつもりだったのに、

 

 

 

 どうしてこうも慌てなくてはいけないのだろうか。

 

 

 

 これでは必死に否定する、

 

 

 

 “恋する乙女”みたいではないか。

 

 

 

 摩耶さんの顔が急に優しくなる。

 

 

 

 からかおうと言う、先程までの顔とは違った。

 

 

 

「そうか、頑張れよ。あいつ、そういうのには疎いからな」

 

 

 

「ち、違っ……」

 

 

 

「はいはい、ご馳走さま」

 

 

 

 手を振って去って行く摩耶さん。

 

 

 

 一人残った私は、自分の胸を押さえる。

 

 

 

 凄まじい速度で心臓が脈打っている。

 

 

 

 顔が熱いのがわかる。

 

 

 

「どうして……?」

 

 

 

 別にあの人のことを、

 

 

 

 好きだなんて思ったことなど無いのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 自分でも気づくことの無い、恋心




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