ただ、そこにいるだけで   作:ふぃあー

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少しずつ動いてゆく、二人。




「秋祭りに行きましょう!」

 

 

 

 珍しく、子どものように目を輝かせて翔鶴は言う。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

「鎮守府秋祭りです!今年も行きましょう…………い、一緒に」

 

 

 

 後半、尻すぼみになっていくが、

 

 

 

 翔鶴は、伝えたいことをきちんと伝えることができた。

 

 

 

 鎮守府の近くで行われる秋祭り。

 

 

 

 毎年、大変な賑わいを見せる祭りだ。

 

 

 

 湊達も毎年赴いているものの、

 

 

 

 翔鶴は瑞鶴と回ることが多かったし、

 

 

 

 湊は淡々と一人で回るだけだったので、

 

 

 

 今年こそはと翔鶴が声をかけたのだ。

 

 

 

 因みに、誰にも言われることなく誘って見せた。

 

 

 

 翔鶴、大躍進である。

 

 

 

 しかし、

 

 

 

「……今年は、ちょっと良いかな……」

 

 

 

「え…………」

 

 

 

 なんだかんだ言っても毎年行っていたのだ。

 

 

 

 どうしてそんなことを言うのだろうか。

 

 

 

 翔鶴には見当もつかなかった。

 

 

 

 いや、可能性が一つある。

 

 

 

「私と回るのが嫌なんですか……?」

 

 

 

 言っていて悲しくなる。

 

 

 

 そうならば、仕方ないかと思う自分もいることを、翔鶴は自覚していた。

 

 

 

「っそんなわけない!」

 

 

 

 突然大声を出されたため、翔鶴の肩が跳ねる。

 

 

 

 自分が、らしくないことに気づいたらしい湊は、

 

 

 

 顔を赤らめて、口を押さえる。

 

 

 

「ごめん……でも……嫌いなんかじゃ……ない……から……」

 

 

 

 何時もより更に歯切れが悪い。

 

 

 

 翔鶴の方を見ずに、赤い顔のまま目線をずらす。

 

 

 

 翔鶴は何時もと少し態度の違う湊に、胸が高鳴るのを感じていた。

 

 

 

「じゃあ……」

 

 

 

「うん、回ろう。一緒に」

 

 

 

 一転して、翔鶴の表情がぱっと明るくなる。

 

 

 

 それを見た湊の表情も、柔らかくなった。

 

 

 

 無意識だろうか。

 

 

 

 ルンルンしたステップで自室に戻っていく翔鶴を見た湊は、

 

 

 

 すべての表情が抜け落ちていた。

 

 

 

 拳を握りしめる。

 

 

 

「……ごめん」

 

 

 

 微かに、そうとだけ呟いた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ここから鎮守府までは移動だけで丸一日かかる。

 

 

 

 その為、彼らは祭りに行くために泊まり込みになるのだった。

 

 

 

 二人でカバンの中に宿泊用の荷物を詰め込んで行く。

 

 

 

「今年は……さ……」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

「僕は、鎮守府には泊まらないと思う……」

 

 

 

 何故だろうか。

 

 

 

 湊が儚げな顔をしている。

 

 

 

「何か、悩みごとがあるんですか?」

 

 

 

「いや……」

 

 

 

 嘘だ。

 

 

 

 表情の変化の乏しい湊と言えど、

 

 

 

 ずっとその顔を見続けてきた翔鶴が気づかないはずがなかった。

 

 

 

「あるんですね?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 そもそもおかしいと思っていた。

 

 

 

 何時もは何も言わずとも秋祭りには必ず参加していたのに、

 

 

 

 今回は急に行かない等と言い出したのだ。

 

 

 

 何かあることなど明白だった。

 

 

 

「言えないんだ……ごめん」

 

 

 

「そうですか、仕方ないですね」

 

 

 

「……隠し事、気にしないの……?」

 

 

 

「隠し事の一つや二つなんて、私は気にしませんよ」

 

 

 

 そもそも、翔鶴自身がおおきな“隠し事”をしているのだ。

 

 

 

 それも数年ものの。

 

 

 

 湊を咎めるつもりなど、

 

 

 

 端から翔鶴には無かった。

 

 

 

「……ねぇ、翔鶴」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

「……どうして、その……今年は僕と回ろうと思ったの……?」

 

 

 

「いや、えっと、その……」

 

 

 

 目線が左右に泳ぎ出す翔鶴。

 

 

 

 不味いことになった。

 

 

 

 言い訳を全く考えていない。

 

 

 

「な……内緒です!」

 

 

 

「……そう」

 

 

 

 どうしたのだろうか、

 

 

 

 翔鶴の目には湊が少し落ち込んでいるように見える。

 

 

 

 何か気にさわるようなことでも言ったのかと考えるが、

 

 

 

 どうもそうではない気がする。

 

 

 

 鎮守府にいる頃から、湊のことはずっと見てきたのだ。

 

 

 

 湊の大抵の事は分かる自負はしてきたが、

 

 

 

 今、目の前にいる湊の顔は、

 

 

 

 翔鶴の見たことのない表情だった。

 

 

 

 どうも、今日の湊は様子がおかしい気がする。

 

 

 

 何処が、とはっきりとは言えないが、

 

 

 

 行動の一つ一つが翔鶴の胸を高鳴らさせる。

 

 

 

 ……いつものことなど思ってはいけない。

 

 

 

 原因は何となくわかっていた。

 

 

 

 自分と回るのは嫌かと問いかけたときに、

 

 

 

 声を荒げて否定してくれた。

 

 

 

 何だかすごく嬉しかった。

 

 

 

「……そんなに祭りが楽しみ……?」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「すごく……ニヤニヤしてた……」

 

 

 

 しまった。

 

 

 

 無意識に笑ってしまっていたようだ。

 

 

 

「み、見ないでください!」

 

 

 

 笑いをこらえようとするが、

 

 

 

 そうしようとすればするほどニヤニヤが抑まらない。

 

 

 

 咄嗟に顔を背けた。

 

 

 

 自分の変な顔を見られたくなどなかったから。

 

 

 

「……準備しよ?」

 

 

 

「はいぃ……」

 

 

 

 翔鶴はちらりと湊へ視線を向ける。

 

 

 

 とっくに準備を終了させていた。

 

 

 

 元々物をたくさん持っていく気は無いのだろう。

 

 

 

 カバンはほとんど膨らんでいない。

 

 

 

 と言っても、翔鶴もすぐに準備を終わらせることができたが。

 

 

 

 時刻は午後1時13分。

 

 

 

 明日の秋祭りに間に合わせるためには、直ぐにでも出発しなければならない。

 

 

 

「そろそろ……出発しないと」

 

 

 

 移動手段は電車だ。

 

 

 

 飛行機で行った方が格段に早いものの、

 

 

 

 お金もかかるし、何より湊が時間をかけて行く方が好きな性格をしているため、

 

 

 

 いつも、鎮守府に行くときには電車を使っている。

 

 

 

 それに、翔鶴も湊と二人で電車に揺られる時間は好きだった。

 

 

 

「あ、少し待っててください。準備をしてきますから」

 

 

 

「うん」

 

 

 

 翔鶴が化粧をしに洗面所へ向かう背中を、

 

 

 

 湊は、じっと見つめていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ……ああ、洋ちゃん?僕だよ。

 

 

 

 うん、どうしても……行きたいって。

 

 

 

 そうだね……気づかれないようにはする……

 

 

 

 ……洋ちゃんの方も……話を合わせてて

 

 

 

 ……いいよ

 

 

 

 全部、僕の責任なんだから……

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「湊さん、準備、終わりました」

 

 

 

「……ああ、うん、それじゃあ行こうか……」

 

 

 

「……あの、もしかして電話中でしたか?」

 

 

 

 一瞬、間が空く。

 

 

 

 なんとなく、本当に微かだが嫌な間だった。

 

 

 

「……うん、洋ちゃんに、今年は泊まらないことを」

 

 

 

 

「あの……」

 

 

 

 湊が翔鶴の方へと振り返る。

 

 

 

 どうしたの?と、目が訴えかけている。

 

 

 

 さっきから聞くのが怖かったこと。

 

 

 

 思いきって聞いてみる。

 

 

 

「私と回るの……本当に嫌じゃ無いんですか?」

 

 

 

 今日は本当に湊の様子がおかしい。

 

 

 

 あまり考えたくはないが、原因がわからない以上、一番可能性がある原因はこれだった。

 

 

 

「本当に……嫌じゃないよ」

 

 

 

 少しだけ笑う。

 

 

 

 翔鶴にとっては、それだけで充分だった。

 

 

 

「すみません、本当に心配でしたから……」

 

 

 

 首を横に振る湊。

 

 

 

 「気にしてない」のサイン。

 

 

 

「……………………むしろ嬉しかった」

 

 

 

「!」

 

 

 

 驚愕の表情を浮かべる翔鶴に、

 

 

 

 気恥ずかしそうに頬を掻く湊。

 

 

 

「ごめん、忘れて」

 

 

 

 正直言って無理だ。

 

 

 

 湊の「おもわせぶり発言シリーズ」の中で一番嬉しい言葉だ。

 

 

 

 いつか、そのニュアンスが変わってくれることを切に願う。

 

 

 

 駅につくと、電車に乗り込んだ。

 

 

 

 鎮守府への行き方は、湊がしっかりとリサーチしていた。

 

 

 

 到着するのは大分遅くなってからだろう。

 

 

 

 そこで、二人でホテルに泊まることになっている。

 

 

 

 ……いやらしい意味ではない。決して。

 

 

 

 それでも意識せざるを得なかった。

 

 

 

 湊は翔鶴の正面に座って流れ行く景色を見ている。

 

 

 

 ふと、景色が急に開けた。

 

 

 

 海だ。

 

 

 

 沢山の漁船が行き来している。

 

 

 

 戦いが終わるまで考えられなかった風景だ。

 

 

 

 これを見ると、本当に平和が訪れたことを実感する。

 

 

 

「私たちの頑張りが、報われて良かったです……」

 

 

 

「そうだね……僕も、翔鶴たちには感謝してもしきれないよ……」

 

 

 

 その言葉が嬉しくて、翔鶴が笑う。

 

 

 

 湊の顔がほんの少しだけ綻ぶ。

 

 

 

 色々な人に感謝されるのは、とても嬉しい。

 

 

 

 でも、

 

 

 

 湊に感謝されることが、翔鶴にとって一番嬉しかった。

 

 

 

 本当に、恋愛は惚れた方の敗けらしい。

 

 

 

 窓の外を見つめる湊の柔らかい表情を見て、

 

 

 

 いつか勝ちをもぎ取って見せると誓う翔鶴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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