ただ、そこにいるだけで   作:ふぃあー

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 とある日、

 

 

 

 湊は少し用事があるということで昼過ぎからどこかへ出掛けていった。

 

 

 

 今は、家の中には翔鶴一人だけになってる。

 

 

 

 しかし、縁側に座っている翔鶴の膝の上には、真っ白な毛玉が存在していた。

 

 

 

 それがもぞもぞと動く。

 

 

 

 尻尾が生え、三角の耳が飛び出た。

 

 

 

 猫だった。

 

 

 

 

 猫好きの湊が餌付けを繰り返した結果、

 

 

 

 家に入り浸るようになってしまった真っ白な毛並みをもつ猫だ。

 

 

 

 雪みたいな見た目だということで、

 

 

 

 「綿雪(わたゆき)」と、湊が命名してしまった。

 

 

 

 吹雪型駆逐艦の名前みたいだと翔鶴は思ったが、あえて口にはしなかった。

 

 

 

 現在、綿雪は翔鶴の太ももの上で丸くなっている。

 

 

 

 たまに翔鶴が撫でてあげると、上機嫌に喉をならしてくれる。

 

 

 

「私も、ついていっていいと思うんですよ……」

 

 

 

 大人しく、利口な猫のため、翔鶴がつい愚痴をこぼしてしまうことも多々あった。

 

 

 

 綿雪は、チラリと翔鶴の方へと目線を寄せる。

 

 

 

 綺麗な水色の瞳をしている。

 

 

 

 ……あの人と同じ色の瞳。

 

 

 

 少し心拍数が上がるのが意識できた。

 

 

 

 そして少し落ち込む。

 

 

 

 まさかそれだけのことだけでドキドキ出来るとは、

 

 

 

 自分でも少しあきれてしまうほどだ。

 

 

 

綿(わた)ちゃんはいいですよね、湊さんにくっつくことができますから……」

 

 

 

 頬を少し膨らませて翔鶴は呟く。

 

 

 

 綿雪の目が細められる。

 

 

 

 「何言ってんのよ、バカじゃないの?」と言われている気がして、

 

 

 

 頭を撫でる。

 

 

 

 少し雑な手付きになってしまったが、

 

 

 

 綿雪は嫌がることをせずに

 

 

 

 目を閉じて翔鶴の手のひらの感触を楽しんでいる。 

 

 

 

 

 何度目かもわからない溜め息。

 

 

 

 何時もなら「何処に」、「何をしにいくか」をちゃんと説明する湊が、

 

 

 

 何も言わずに、「ちょっと出掛けてくる……から……留守宜しくね」

 

 

 

 だけだった。

 

 

 

(まさか、別の女の人と……!) 

 

 

 

 そこまで考えてやめる。

 

 

 

 そもそも付き合ってすらいないのだ。

 

 

 

 そんなことを考えたところで、しょうがないと言うことは分かりきっていた。

 

 

 

 もしそうなったら受け入れられるだろうか?

 

 

 

 ダメな気がする。

 

 

 

 三年以上も何もできなかった自分を恨むだろう。

 

 

 

 太ももの上で猫の声がした。

 

 

 

 綿雪だ。

 

 

 

 また目が合う。

 

 

 

 鼻を鳴らされた。

 

 

 

 何となくまだバカにされている気がした。

 

 

 

 よく考えれば、あの湊の事だ。

 

 

 

 恋愛感情と言うものがそもそもあるのかどうかが怪しいあの人が、

 

 

 

 誰か好きな人ができる確率などとてつもなく低い。

 

 

 

 何の用事だったのか、

 

 

 

 帰ってきてから訊くことにしようと思う。

 

 

 

 湊の隠し事や嘘を見破ることなど、

 

 

 

 翔鶴にとっては朝飯前なのだから。

 

 

 

 ふと、綿雪が翔鶴の太ももから地面に降りた。

 

 

 

 何処かへ行くのかと思った矢先、

 

 

 

 綿雪が一声鳴いた。

 

 

 

 と思うと、庭の砂利を踏みしめる音が聞こえてきた。

 

 

 

 間違いなく人の足音。

 

 

 

 ひょこっと出てきた人影。

 

 

 

「あれ……翔鶴、ここにいたんだ……綿雪の声は聞こえてきたんだけどね……」

 

 

 

 いつもの眠たげな目と、

 

 

 

 意外にも透き通った良く通る声。

 

 

 

 間違いなく湊だ。

 

 

 

 手には何やら大きい発泡スチロールの箱を持っている。

 

 

 

 綿雪が翔鶴の方を振り向く。

 

 

 

 悪戯に、ニヤリと笑った気がした。

 

 

 

「湊さん、その箱は?」

 

 

 

 それをごまかすように湊に尋ねる。

 

 

 

 そうでもしなくては、羞恥心でどうにかなりそうだった。

 

 

 

 ああ、と呟いて湊が箱を開け、中のものを取り出す。

 

 

 

 それは、眩いばかりの銀の輝きを放つ秋刀魚だった。

 

 

 

「いっぱい採れたから、あげるって……流石にただは悪いから、買ってきた……」

 

 

 

 あまりもらってくれなかったけど……と湊は続けた。

 

 

 

 元艦娘の翔鶴、そして鎮守府勤務の湊は、

 

 

 

 よく「世界を救ったお礼」として、色々なものをもらう。

 

 

 

 最近も、米農家の方に、新米を分けてもらったばかりだ。

 

 

 

「全然、世界を救った実感なんてわかないですけどね」

 

 

 

「うん……」

 

 

 

 あ、

 

 

 

 笑った。

 

 

 

 改めてこうして見てみると、

 

 

 

 湊はかわいい顔をしていると翔鶴は思った。

 

 

 

(これも、惚れた原因の一つかな……)

 

 

 

「……翔鶴」

 

 

 

「わひゃい!!」

 

 

 

 すっとんきょうな返事をしてしまった翔鶴に、

 

 

 

 不思議そうな顔をして湊は首をかしげる。

 

 

 

「……大丈夫?」

 

 

 

 翔鶴は無言でうなずいた。

 

 

 

 何度も何度も。

 

 

 

「これ、下準備お願い……」

 

 

 

 渡された発泡スチロールの箱。

 

 

 

 秋刀魚は、六尾入っていた。

 

 

 

 秋刀魚の下準備なんてはじめてだ。

 

 

 

 うまくいく自信がない。

 

 

 

「……内蔵取って、頭を落とすだけでいいから」

 

 

 

「何だか、言葉だけを聞くとエグいですね、それ」

 

 

 

「そうかな……あと、塩もふっておいてね……」

 

 

 

 二人の足元で、一匹の猫が尻尾を振っている。

 

 

 

 犬が尻尾を振るのは上機嫌なときだが、

 

 

 

 猫が尻尾を振っているときは、大抵が機嫌の悪いときだ。

 

 

 

 翔鶴には、それが「いちゃいちゃしてないで、早くしなさいよ」と言っているように見えた。

 

 

 

 台所で、秋刀魚の頭を切り、内蔵を取り出す。

 

 

 

 思った以上にうまくいった。

 

 

 

 これも長い間料理を続けてきた結果だろうか。

 

 

 

 湊は取ってくる物があると言って作業場へと向かっていった。

 

 

 

 そうして目的地を告げてくれれば、

 

 

 

 余計な心配をしなくていいのにと思う。

 

 

 

 六尾すべての下準備が終わったところで、

 

 

 

 庭に湊が来た気配がした。

 

 

 

 庭に出てみると、

 

 

 

 何やら金属製の何かを下ろしている湊がいた。

 

 

 

 そして、その足元では綿雪がすりよっている。

 

 

 

 少し羨ましいと思ってしまったのは秘密。

 

 

 

「どうしたんですか?それ」

 

 

 

「何となく、余った鋼材で作ってみた……」

 

 

 

 どう見てもバーベキュー等で使うスタンド。

 

 

 

 とっくに備長炭を入れてあり、準備は万端だ。

 

 

 

 炊飯器の音が、ご飯が炊けたことを示す。

 

 

 

 時刻は夕方6時。

 

 

 

 この時期であれば、日はほとんど落ちてしまう。

 

 

 

 そして、お腹がすく時間帯だ。 

 

 

 

 湊が炭に着火する。

 

 

 

 普通ならここで手間がかかる筈なのだが、

 

 

 

 一瞬で着火してしまった。

 

 

 

 暫くすると、全体が赤熱し出す。

 

 

 

 翔鶴は、台所から秋刀魚を持ってきていた。

 

 

 

 六尾全部を。

 

 

 

 配分は、湊が二尾で、翔鶴が四尾だ。

 

 

 

(恥ずかしいけど……美味しそうだもん)

 

 

 

 「……翔鶴って、意外によく食べるね……」という湊の言葉を、翔鶴はいまだに覚えている。

 

 

 

 しかも悪気があるわけではないため、余計にたちが悪い。

 

 

 

 綿雪のために、頭と内蔵も持ってきた。

 

 

 

「え……翔鶴、頭と内蔵も食べるの……?」

 

 

 

「違います!綿ちゃんのためです!」

 

 

 

「あ……そっか……」

 

 

 

 綿雪まで「ばっかじゃないの?」という目線を飛ばしている。

 

 

 

「翔鶴、良いよ」

 

 

 

 鉄の網の上に手をかざして温度を確かめていた湊が言う。

 

 

 

 そこそこ広い金網だったため、六尾を一気に焼くことができた。

 

 

 

 いい香りが徐々に広がって行く。

 

 

 

 匂いを嗅いだだけで涎が出てきそうになる。

 

 

 

 ふと、翔鶴は湊を見た。

 

 

 

 膝の上に綿雪をのせ、右手で団扇を扇ぎながら、

 

 

 

 無表情ながらも体が左右に揺れている。

 

 

 

 それは湊が上機嫌なときのサイン。

 

 

 

 水色の瞳もキラキラと輝いている。

 

 

 

「……僕の顔、何か付いてる?」

 

 

 

 湊がまた首をかしげる。

 

 

 

 気づかれてしまった。

 

 

 

 じっと見すぎてたせいだろうか。

 

 

 

「な、何でもありません」

 

 

 

 慌てて誤魔化す。

 

 

 

 顔が熱いのは、きっと燃える炭のせい。

 

 

 

 暫くすると焼き上がった。

 

 

 

 湊が、大根おろしを用意していた。

 

 

 

 相変わらず、いつのまにかそういうことをしている。

 

 

 

「僕、多くても二匹しか食べられないんだけど……」

 

 

 

「し、んぱいしないでください!わ、私が四匹食べますから!」

 

 

 

 本当は好きな人の前では抑えておきたいが、

 

 

 

 こればかりはどうしようもない。

 

 

 

「本当に美味しそう……」

 

 

 

 一口運ぶ。

 

 

 

「~~~~!」

 

 

 

 頬がずり落ちそうになる感覚、というのはこういうことだろうか。

 

 

 

 湊も、彼にしては珍しく、目を見開いている。

 

 

 

「これは……」

 

 

 

「美味しい……!」

 

 

 

 見れば、綿雪も一心不乱に食べている。

 

 

 

 湊から分けてもらった半分も含めて。

 

 

 

「水洗い、さっきしたから大丈夫だよ。それにしても美味しいよ。今日とれたばっかりなんだって、これ」

 

 

 

 珍しく饒舌だ。

 

 

 

「可愛い……あ」

 

 

 

 しまった、

 

 

 

 声に出てしまった。

 

 

 

「そうだね……」

 

 

 

 湊は微笑みながら足元の猫を見る。

 

 

 

 翔鶴は胸を撫で下ろした。

 

 

 

 彼が超のつく鈍感で良かったと。

 

 

 

 翔鶴と猫の目が合う。

 

 

 

 「頑張りなさい」とその目が言っているように見えた。

 

 

 

 翔鶴があっという間に四匹食べ、

 

 

 

 湊が驚愕したのも、

 

 

 

 その夜のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 秋刀魚食べたい………………

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