ただ、そこにいるだけで   作:ふぃあー

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 最初は貴方のこと、



 あまり好きではなかったんです。



 本当に、



 こんなことになるなんて、



 誰も思わなかったでしょうね。


番外編1

 艦娘と言うものになった。

 

 

 

 第二次世界大戦の軍艦の魂を受け継ぎ、深海棲艦と戦う存在だそうだ。

 

 

 

 たしかに昔から、人とは違う所はたくさんあった。

 

 

 

 名前も知らない友達が死んだり、ひとの形をしていない自分がどこか暗いところに引きずり込まれたり、

 

 

 

 そういった夢を何度も見た。

 

 

 

 知らなかったが、妹もそういったことがたくさんあったらしい。

 

 

 

 自らに与えられた名前を思い出すことが出来ない。

 

 

 

 何だったか……

 

 

 

 小難しい名前だったので、全く聞いていなかった。

 

 

 

 となりにいる妹は大興奮だ。

 

 

 

 元々軍艦やら戦車やらが大好きだった妹は、

 

 

 

 自分の第二の名前を一瞬で覚えてしまった。

 

 

 

 今も、「私、瑞鶴になっちゃったんだ……!」とか、

 

 

 

 「だったらお姉ぇは、~姉ぇだね!」とか言ってる。

 

 

 

 いま、私の名前を呼んだのだろうか。

 

 

 

 聞けば聞くほど人の名前とは程遠い、難しい名前だ。

 

 

 

 私には妹の興奮がいまいちよくわからない。

 

 

 

 適当に相づちをうつに留めておく。

 

 

 

 そうこうしているうちに、車が目的地に着いた。

 

 

 

 鎮守府。と、

 

 

 

 運転していた人は呼んでいた気がする。

 

 

 

 この人がそう言うなら、

 

 

 

 きっとここはそういう名前の建物だろう。

 

 

 

 赤レンガの建物、というイメージのある名前だが、

 

 

 

 そこは一面純白のコンクリートのようなもので固められた、

 

 

 

 いかにも現代風と言った建物だ。

 

 

 

 巨大な門の前で停車し、

 

 

 

 運転手さんに案内されるままそこにいると、

 

 

 

 向こうの方から人が歩いてくるのが見えた。

 

 

 

 堂々とした歩き方から、最初は男の人かと思ったが、

 

 

 

 髪の長さと、顔立ち。そして大きく主張する双丘の存在から、

 

 

 

 女の人だとわかった。

 

 

 

 ……隣で、妹が固まるのもわかった。

 

 

 

 女性が目の前に来た。

 

 

 

 私より少し高い背丈で、近くから見ると、とても凛々しい顔をしている。

 

 

 

「私が、ここの提督である河原洋だ。今日からきみたちと共に戦うことになるな。よろしく頼む、航空母艦翔鶴、瑞鶴」

 

 

 

 翔鶴。

 

 

 

 はじめて自分に与えられた二つ目の名をまともに聞いた。

 

 

 

 意外にも、心にすとんと落ち着く名前だった。

 

 

 

 司令官だと名乗った女性が手を差し出す。

 

 

 

 それを握る。

 

 

 

「よろしくお願いします、河原提督」

 

 

 

 妹――――瑞鶴もその手を握った。

 

 

 

「よろしく!提督さん」

 

 

 

 提督は笑った。その笑い顔すら凛々しかった。

 

 

 

 その後、秘書の方だという叢雲さんに連れられて、鎮守府の案内をされた。

 

 

 

 思った以上に広い建物だと思った。

 

 

 

 沢山の施設。恐らく、ほとんどが艦娘の戦いを支援するもの――――

 

 

 

 そして、最後に案内されたのが、

 

 

 

 工厰。

 

 

 

「入るわよ、湊?」

 

 

 

 叢雲さんが、一言断って入る。

 

 

 

 まるで、そうしろと何度も言われたかのように。

 

 

 

 工厰と呼ばれたそこは、油のにおいがする薄暗い場所だった。

 

 

 

 しかし、全体的に清潔なイメージも持てた。

 

 

 

「……居ないみたいね」

 

 

 

 叢雲さんが辺りを見回すが、誰も見当たらなかった。

 

 

 

「……あら?」

 

 

 

 よく見ると、艦娘になってから見えるようになった謎の小人――――たしか妖精とかよばれていた――――が、ここの空間にはたくさんいる。

 

 

 

「ああ、この子たちの本領が発揮されるのはここだから、沢山いるのよ」

 

 

 

 叢雲さんが疑問を読み取ったように話す。

 

 

 

 もう一度回りを見回すと、叢雲さんは腰に両手を置いた。

 

 

 

「全く……」

 

 

 

 呆れたような口調て呟く叢雲さん。

 

 

 

「何時もは誰か居るの?」

 

 

 

 瑞鶴が問いかける。

 

 

 

 叢雲さんは頷き、肯定する。

 

 

 

艦娘(私達)の整備員がね。」

 

 

 

 呆れ口調は変わらないが、そこには目に見えない“信頼”のようなものが見てとれた。

 

 

 

「信頼、しているんですね」

 

 

 

「腕が立つことは確かなんだけどね、いまいち掴み所がないのよ」

 

 

 

 やれやれと言ったジェスチャーで答える。

 

 

 

 私はもう一度、工厰を見回す。

 

 

 

 清潔に整えられたこの場所は、

 

 

 

 きっと主の性格がよく現れているのだろう。

 

 

 

 恐らく、訪れる機会はかなりあるはずだ。

 

 

 

 その時に挨拶をしようと誓った。

 

 

 

 秘書の叢雲さんからの案内が終わると、寮の部屋へと通された。

 

 

 

 私の部屋は瑞鶴と一緒なようだ。

 

 

 

 部屋に荷物を置いたそのときだった。

 

 

 

 私達は、提督の洋さんに呼び出しをされた。

 

 

 

 私は、瑞鶴と共に執務室のひときわ大きな扉を開き、中へと急いだ。

 

 

 

 扉の正面は巨大なガラス張りであり、

 

 

 

 それを背にする形で大きな机に座っているのは洋さんだ。

 

 

 

「近海で深海棲艦が数匹発見された」

 

 

 

 机の上で腕を組む形にして洋さんが口を開く。

 

 

 

 深海棲艦。

 

 

 

 その言葉で、体に力が入る。

 

 

 

 恐らく、隣の瑞鶴もそうだろう

 

 

 

 故郷を火の海にした人類の敵。

 

 

 

 忘れたことなど一度もない。

 

 

 

「着任初日で申し訳ないが、二人には出撃してもらう」

 

 

 

「え……」

 

 

 

「小手調べ、というやつだな。バックアップはこちらに任せておけ」

 

 

 

「でも艤装の使い方なんて、私達、知らないわよ?」

 

 

 

 そうだ。

 

 

 

 艤装は確認のために一度装着しただけで、使い方などまるでわからない。

 

 

 

「大丈夫だ」

 

 

 

 洋さんは、机の上で組んでいた手をほどくと、少し笑った。

 

 

 

「“記憶”が、君たちを導いてくれるだろう」

 

 

 

 出撃するとき、体に艤装を装着された。

 

 

 

 一度装着した時とは違い、

 

 

 

 身体にしっかりとフィットしていると思った。

 

 

 

 戦闘は順調だった。

 

 

 

 弓矢で攻撃すると、途中で飛行機に変わり、それに指令を下すことによって敵を倒すようだ。

 

 

 

 弓道など、一度もしたことないのに。

 

 

 

 何故だか、体の調子がいい。

 

 

 

 戦闘はすぐに終わった。

 

 

 

 こちらの圧勝だった。

 

 

 

 鎮守府に帰ると、洋さんから連絡が入る。

 

 

 

 先ほど無人だった工厰へ行けということらしい。

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

「……ん」

 

 

 

 扉の向こうから声が聞こえてきた。

 

 

 

 男性の声だ。

 

 

 

 提督を含め、女性しかいなかったから、少し驚いた。

 

 

 

 音を立てながら引き戸を開き、中に入る。

 

 

 

 薄い水色の髪をした人が、何か作業をしている。

 

 

 

 その人がゆっくり振り返った。

 

 

 

 それなりに整った顔立ちをしている中性的な顔。

 

 

 

 瞳も、髪の毛と同じ色をしていた。

 

 

 

「新入りの……翔鶴と瑞鶴……?」

 

 

 

 五月蝿いくらいに作業音が響く場所なのに、

 

 

 

 ぼそぼそと喋るため聞き取りづらい。

 

 

 

 妹も眉を潜めている。

 

 

 

「……艤装」

 

 

 

「え……」

 

 

 

 なんだか今日はこればかり言っている気がする。

 

 

 

「……点検の為に来たんでしょ……?ここに置いてて、やっておく……」 

 

 

 

 なんだこの人は。

 

 

 

 こちらに目を合わせようともせずに話す。

 

 

 

 もう少し、しっかりと話してほしい。

 

 

 

「あの、あなたは?」

 

 

 

 妹が堪らずに訊いた。

 

 

 

 彼は、露骨に嫌な顔をする。

 

 

 

「洋ちゃんとかから聞いてないの……?」

 

 

 

 私と瑞鶴は同時にうなずく。

 

 

 

 彼は長い溜め息を吐いた。

 

 

 

「艤装の整備員をしてる、緑川湊……」

 

 

 

 相も変わらず目も会わせようともせずに自己紹介をする。

 

 

 

 彼――――湊さんは、もう話すことなどないといった態度で、作業を再開する。

 

 

 

 取り敢えず、艤装を指示されたところに置いて、工厰を出た。

 

 

 

「全然何言ってるか分かんないし、目も合わせないし、なんなのあれ!」

 

 

 

 瑞鶴がぷりぷりと怒っている。

 

 

 

「まあ、人には性格がそれぞれあるし、彼はそういう性格なのよ」

 

 

 

 口ではそう言ったものの、

 

 

 

 苛立ちが全くなかったと言えば嘘になる。

 

 

 

 元々、男性に対してあまりいいいイメージを持ち合わせていないからかもしれないが、

 

 

 

 それにしても、ぶっきらぼうなあの態度はいかがなものかと思う。

 

 

 

 工厰を振り返る。

 

 

 

 そう言えば、挨拶が出来なかったことを思い出す。

 

 

 

 まあ、次の機会にするかと瑞鶴に手を引かれて自分たちの部屋に帰った。

 

 

 

 次の日、湊さんに呼ばれたため、私達はまた工厰に来ていた。

 

 

 

「艤装……着けてみて」

 

 

 

 よくわからず、着けてみた。

 

 

 

 違いはすぐにわかった。

 

 

 

 昨日より身体に合っている。

 

 

 

 動きが昨日よりスムーズに出来ることがわかった。

 

 

 

 隣の瑞鶴も驚いたような顔をしている。

 

 

 

「凄い……!」

 

 

 

 思わず声が漏れる。

 

 

 

「……良かった」

 

 

 

 はっと顔をあげた。

 

 

 

 安心したように笑う湊さんと目が合った。

 

 

 

 綺麗な笑い顔だと思った。

 

 

 

 ……何だろうか

 

 

 

 何となく心が落ち着かない。

 

 

 

 その後、湊さんに言われ、艤装をはずした。

 

 

 

「何かあったら言って。なるべく君たちのニーズに答えられるようにする……から……」

 

 

 

 その言葉にまた心がざわつく。

 

 

 

 その感情の名前を知るのは、

 

 

 

 もう少し先の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 番外編では、鎮守府時代のお話をしていきたいと思います。

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