ただ、そこにいるだけで   作:ふぃあー

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 藤野さんから、激励の言葉をもらった。

 

 

 

 翔鶴の思いがまさか筒抜けだったとは彼女も夢にも思わなかった。

 

 

 

 尤も、そう考えているのは本人だけで、

 

 

 

 回りの人たちから見たら、

 

 

 

「まさか気付かれていないと思っていたとは」

 

 

 

 といったところか。

 

 

 

 ふと、少し思い至る。

 

 

 

 私の傷が完治したら、あの人とは別々なのだろうか。

 

 

 

 ずきりと痛む。

 

 

 

 傷口ではなく、心が。

 

 

 

 傷が治らないのは嫌だ。でも、彼と離れるのも嫌だ。

 

 

 

 何となく、自分は嫌な女ではないのかと思う。

 

 

 

 こんなわがままな女は、

 

 

 

 きっとあの人は好きになることはない。

 

 

 

 そう思った所で、ふるふると首を振る。

 

 

 

 さっき言われたばかりじゃないか、

 

 

 

「絶対に最後まで諦めちゃいかんよ」と。

 

 

 

 その通りだ。どうも一人になるとネガティブ思考に陥りがちだ。

 

 

 

「あの人に振り向いてもらうために、私は、私のできることを……ですね」

 

 

 

 取り敢えず帰ってきたら、安心させてあげるように家の中へ迎えてあげよう。

 

 

 

 そう心に決めて、翔鶴は帰路についた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 湊は艤装を修理している最中だ。

 

 

 

 主な修理は妖精さんに任せているが、それも代償が無いわけではない。

 

 

 

 艤装に『適性』がある人間は『艦娘』となるが、

 

 

 

 妖精さんを『可視』できる人間は、艤装に手を加えることが出来るようになる。

 

 

 

 その為、大体の人間は提督になる道を選ぶ。

 

 

 

 だが、湊はそうではなかった。

 

 

 

 湊が選んだ道は、艤装の『整備員』。

 

 

 

 理由は二つある。

 

 

 

 一つは湊が昔から機械をいじるのが好きだったこと。

 

 

 

 昔、まだ子供の頃に自分の自転車を改造しまくったことがあるくらいに好きだ。

 

 

 

 もう一つは本人いわく「楽そうだったから」

 

 

 

 妖精さんを『可視』できる人間はそういないが、

 

 

 

 だからといって、『可視』できる人間を無闇矢鱈と提督にしまくるわけにもいかない。

 

 

 

 その提督を決めるテストがあるのだが、

 

 

 

 それが相当辛いと専らの噂だったのだ。

 

 

 

 元々面倒くさいことは徹底的に避ける性格の湊は、

 

 

 

 提督になる気は一切なかった。

 

 

 

 だが、周りの人間はそれを許さなかった。

 

 

 

 特に時を同じくして『可視』できるようになった友人、

 

 

 

 ……そちらは提督になった

 

 

 

 は、

 

 

 

 何があろうとも、それこそ天変地異が起ころうとも湊を提督にさせる気だったからたまったものではない。

 

 

 

 ということで妥協に妥協を重ねて、

 

 

 

 提督よりはましかと、ようやく整備員になったのだ。

 

 

 

 しかも、その友人の鎮守府に配属された。

 

 

 

 世間は狭いなと改めて思った。

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 そして艤装の修理は、ほとんど妖精さんが行う。

 

 

 

 それだけだとしたらとても楽なのだが、世の中そううまくはいかない。

 

 

 

 艤装を直すのは妖精さん、でも、それをするための体力は、

 

 

 

 湊本人から奪われる。

 

 

 

 要するに整備員自信はなにもしない代わりに、すごく疲れていくのだ。

 

 

 

 そして現在の湊は、

 

 

 

「やばい、キツイ……どれだけ、無理した、のさ……」

 

 

 

 かなり体力を消耗していた。

 

 

 

 だが、艤装の修理だけでここまでなったのではない。

 

 

 

 確かに依頼された艤装はボロボロだったが、現役の頃は、一度に十数人分を修理していたのだ。

 

 

 

 ならなぜこんなに疲れきっているのか。

 

 

 

 それは、

 

 

 

「おいおい、男がそんな情けないこと言うなって!」

 

 

 

「誰の、せい、だと、思ってるの……?」

 

 

 

「え~、いいじゃん。ここ、何にもなくて暇なんだよ」

 

 

 

「……」

 

 

 

「あ!無視は酷いぞ、無視は!」

 

 

 

 修理中の艤装の持ち主である、この艦娘が原因だった。

 

 

 

 短い黒髪が天然パーマでくりんくりんになっている女の子。

 

 

 

 吹雪型駆逐艦、四番艦の深雪。

 

 

 

 そして湊の苦手な艦娘トップ5に入る人だ。

 

 

 

 因みに、他に苦手な艦娘と言えば、摩耶とか涼風とかがいる。

 

 

 

 要約すると、元気はつらつな艦娘は大抵苦手だ。

 

 

 

 この目の前にいる深雪、

 

 

 

 「久々に顔を見に来たぜ!」等と言って急に押し掛けてきた。

 

 

 

 翔鶴に相手を押し付けようかと思ったが、生憎繋がらなかったので、

 

 

 

 仕方なく湊が相手をしている状態だ。

 

 

 

 分かっていたことだが、面倒くさい。本当に。

 

 

 

 別に嫌いな訳じゃないが、

 

 

 

 コミュ力の皆無な湊にとって、特にこちらが返事もしないのに

 

 

 

 「暇だ暇だ」喋り続ける深雪は、

 

 

 

 本当に元気だなぁとつくづく感じる。

 

 

 

 現在午後五時。

 

 

 

 夏が終わり、秋が始まろうとしている今では、

 

 

 

 外は大分暗くなってきている。

 

 

 

「……ねぇ」

 

 

 

 急に話しかけてきた湊に驚き、深雪は固まる。 

 

 

 

「……何さ、その、顔は」

 

 

 

「いや、湊から話しかけて来るなんて珍しいからな」

 

 

 

 で、どうした?と深雪は続きを促す。 

 

 

 

「そろそろ、夜に、なりそう、なんだけど……」

 

 

 

「そうだな」

 

 

 

「どうするの?」

 

 

 

「泊まってくつもりだけど?」

 

 

 

 やはりか。湊は思わず額に手をやった。

 

 

 

 こうなればもう手段はひとつしかない。

 

 

 

「深雪さ、この艤、装の状態、を見ると、結構、無理した、よね?」

 

 

 

 うぐ、と言葉がつまる深雪。

 

 

 

 ポリポリと自らの頬を掻く。

 

 

 

「み、湊まで説教するのかよ。もう散々司令官に絞られたんだぜ?」

 

 

 

 成る程、友人はとっくに深雪をしばいた後らしい。

 

 

 

 だが、実際に湊が言いたいことはそうではない。

 

 

 

「……最終、調整、手伝って、もらうから」

 

 

 

「は?」

 

 

 

「手伝って、もらう、から」   

 

 

 

「で、でもさ、機械いじりなんてこの深雪さまのキャラじゃないし……」

 

 

 

「外泊の、許可は、もらってる、んでしょ……?」

 

 

 

 息切れをしながらも、湊の視線は深雪を逃さない。

 

 

 

「洋ちゃん、に、君の、隠してる、こと、ばらしちゃっても、いいよ?」

 

 

 

 洋ちゃん。

 

 

 

 深雪の所属する鎮守府の提督だ。

 

 

 

「洋ちゃん、の、恐さは、僕もよく知ってるからね」

 

 

 

 止めの一撃が炸裂した。

 

 

 

 普段は温厚なのだが、怒るとあまりにも恐すぎる。

 

 

 

 それは、二人には周知の事実だった。

 

 

 

 「深雪の隠していることを洋ちゃんにばらす」湊はそう言った。

 

 

 

 正直心当たりがありすぎる。

 

 

 

「うー、分かったよ!やるよ、やる!」

 

 

 

 湊は深く息を吐き、

 

 

 

「ありがと。その代わりに、話し相手、には、なってあげる……」

 

 

 

 なんだかんだで甘い男である。

 

 

 

 深雪は、湊のその言葉を聞くなり目を輝かせた。

 

 

 

「言ったからな?いま、話し相手になるって言ったからな?」

 

 

 

 数刻後、湊は自分を呪うことになる。

 

 

 

 深雪の口から溢れ出すは、鎮守府の面々の近況。

 

 

 

 狂った機銃のように紡がれる言葉の数々に、湊は適当に相槌を打つに止めた。

 

 

 

 でも、それだけではない。

 

 

 

 ちゃんとかつての仲間の今を知れた。

 

 

 

 皆も元気なようだ。

 

 

 

 いつか、機会を見つけて翔鶴と共に挨拶しに回るのも良いかもしれない。

 

 

 

 そう言うと、深雪はポカンとする。

 

 

 

「なあ、湊」

 

 

 

「?」

 

 

 

「お前、ホントに気付いてないの?」

 

 

 

「何に?」

 

 

 

 かぁ~、こりゃ厳しいな!とか言いながら、

 

 

 

 深雪が見悶えているが、湊には全く意味がわからない。

 

 

 

 そんなこんな話しているうちに、

 

 

 

 艤装のほとんど修理が終わったようだ。

 

 

 

 これから湊は深雪と一緒に、艤装の最終調整にはいる。

 

 

 

 艤装の状態が完璧になったのは、

 

 

 

 夜の十一時頃だった。

 

 

 

 何時もなら日を跨がなくてはいけない量だったが、案外深雪の飲み込みが早く、

 

 

 

 想定よりも早く終わった。 

 

 

 

 どちらにせよ帰るには遅い時間であるから、今日はここで寝よう。

 

 

 

 そう思い、隣で寝息をたてる深雪を見る。

 

 

 

 作業場の奥にある質素な作りの寝室がある。

 

 

 

 今日はそこで寝かせよう。

 

 

 

 深雪の体を抱き抱える。

 

 

 

「……重い」

 

 

 

 女の子に対して失礼だと――――彼にも一応そのくらいの気遣いはある――――思うが。

 

 

 

 こういうことを軽々とやってのける友人を思い浮かべる。

 

 

 

 質素だが管理が行き届いている寝室は湊の拘りだ。

 

 

 

 そっと深雪をベットに下ろす。

 

 

 

 今日は布団かな。

 

 

 

 そうして湊も眠りに落ちた。

 

 

 

 翌日の朝、共に家に帰ってきた深雪と湊を見て、

 

 

 

 翔鶴があわてふためいたのは、

 

 

 

 また別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




深雪の、「提督」呼びを「司令官」呼びに修正致しました。

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