みなさんも体調管理には気を付けてください。
すっかり夜が更けてしまった。
早くホテルに帰らないといけない。
鎮守府からそう遠くないところにあるため、
二人は並んで、歩いて行く事にした。
大体二十分かそこらの道のりを歩いていった。
途中の会話はほとんどない。
湊の元々の性格からして仕方のない部分もあるが、
翔鶴も、湊と目を合わせようとしない。
どうも気恥ずかしかった。
あんなことがあった直後に、普通に接することなんて、
到底できることではなかった。
街の中、行き交う人々の姿を見る。
人目を気にせずに接し合う男女が嫌でも目に写る。
翔鶴は少し右上、湊の横顔を見た。
相変わらず、ボーッとしていて何を考えているのか分からない。
大体そういうときにはなにも考えていないということを、
翔鶴はちゃんと知っていた。
微かに笑ってしまう。
あまり、この人は近すぎる関係というものを好まない。
そんなことくらいは、翔鶴でなくてもわかると思う。
先程イチャイチャしていたカップルが隣を通りすぎる。
何となく、翔鶴も湊との距離はあんな感じではないとは思う。
近すぎず、遠すぎない関係なのが一番だろうか。
と言うか湊の方は、ずっと『そのつもり』だったのだ。
すなわちいつもとあまり変わらない関係とも言えるのだろうか。
……湊にはできても、翔鶴には無理な気がする。
と言うか絶対に無理だ。
断言できる。
「……翔鶴はさ……」
突然話しかけられ、翔鶴は心臓が跳ねるのを感覚した。
右上を見る。
澄んだ水色と目が合う。
「僕と……ああいうことが……したいの……?」
「ああいうこと」と言いながら、湊は視線を後ろに向ける。
それが何を意図するか、翔鶴は気づいた。
「いいえ」
目をつぶって否定をする。
やはり湊とは――――
「湊さんとは、今の距離感が一番心地いいですから」
湊の目が見開かれ、ふと反らされる。
指先でもみ上げ辺りのさらさらした髪をいじる。
何となく、翔鶴はしてやったりと思った。
いつもこちらの気持ちを掻き乱していたお返しを、
ようやくすることができた気がした。
少しすると、ホテルに到着することができた。
……別に変な場所ではない。普通だ。普通。
先に湊が荷物を部屋に入れていたので、そのまま部屋へと入る。
湊は部屋に入ると、先にお風呂に入った。
翔鶴はベッドに座り、天井を見上げる。
「……まさか、湊さんが私の事を好きだった……なんて……」
目を閉じて、その時の湊の顔を思い浮かべる。
初めて見るくらい真っ赤な顔をしていた。
湊でも照れることがあると知り、少し嬉しかった。
でも、
どうして今年の祭りは行かないと言ったのか、
どうして今年は鎮守府に泊めさせてもらわなかったのか、
その理由をまだ説明してもらっていない。
前に訊いたときには、悲しい顔をされた。
言いたくないことだとは分かっている。
それでも説明はしてほしかった。
折角、お互いの気持ちを理解することが出来たのだから。
自分の首の後ろ、髪をまとめている一本のかんざしに触れる。
引き抜くと、ぱさりと音がして翔鶴の髪が流れるように垂れ落ちた。
その時、風呂場の扉が開いて、中から湊が出てきた。
しっかりと、髪はドライヤーで乾かされている。
本人いわく、「将来……禿げたくなんか……ない……から……」らしい。
何気に髪は大事にするのが彼だった。
「上がった……次……いいよ、翔鶴……」
「はい、では行ってきますね」
「うん、行ってらっしゃい……」
ひらひらと、湊は手を振る。
翔鶴もそれに合わせて頭を軽く下げてから、風呂場へと行った。
お風呂、と言っても簡易的なシャワーを浴びながら、翔鶴は今日の事を考えていた。
自分の思いを、伝えることができた。
結果は予想していたどのようなケースとも違っていたが、
それでも、幸せをつかむことはできたと思う。
明日、取り敢えず洋に訊いてみようと思った。
湊の気持ちに気づいていたのかどうかを。
突然、脇腹に痛みを感じた。
まだ、古傷が痛むと言うのか。
血流が良くなったために痛みが走ったのか。
傷のあった場所をさする。
もうほとんど治療のしきった傷口。
湊と妖精の力が高め合うことで、人智を越えた力を手に入れられると言うことらしい。
次いで、胸に手を当てた。
心臓は、いまだに収まることを知らない。
体を洗い終え、シャワーを止める。
丁寧に体を拭いて、ドライヤーで髪を乾かす。
もう一度湊と顔を合わせるとき、余計にドキドキすることを防ぐために、
気持ちを落ち着かせる。
「私も上がりました、よ……湊……さん……?」
もう寝ていた。
布団に潜り込んで、気持ち良さそうに寝息をたてている。
何だかおいてけぼりを食らった気がして、頬を膨らませる。
我ながら子供っぽいしぐさだと思ったが、
実際少し怒っていたので仕方がない。
湊の寝ている脇に座り、その髪を弄る。
湊の柔らかい髪が、翔鶴の指の間を抵抗なくすり抜ける。
湊の子供のようなあどけない寝顔をみながら、
翔鶴は、先程まで感じていた怒りも忘れて笑ってしまう。
そうしているうちに少しずつ眠くなり始め、
いつの間にか翔鶴も意識を手放していた。
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次の朝、
いつの間にか湊のベッドで寝ていた翔鶴は、
今までにないくらい慌てていた。
湊はそれを必死になだめると、
二人は鎮守府に向けて歩いていた。
翔鶴の傷の最後の治療のためだ。
これが終われば、翔鶴も日常的に襲い来る疼痛と戦う必要もなくなる。
町を過ぎて少しすると、
近代的な真っ白の建物が見えてきた。
翔鶴の所属していた鎮守府だ。
二人はそのまま、工廠へ向かった。
「ああ、来たか。二人とも」
凛とした洋のたたずまいが翔鶴の目に飛び込んでくる。
しかし、次の瞬間に洋は、ニヤリといたずら心を隠さずに笑いながら湊と肩を組む。
「しかし、ようやく恋が実ったようだな。湊」
湊の柔らかそうな頬を人差し指で突き刺しながらニヤニヤしている。
「ようやく……と言うことはやっぱり洋さんは気づいていたのですか?」
「当たり前だろう?お前たちを見ていて本当に面白かったよ。全く、二人して鈍感なのだからな」
「僕は……すっかりそのつもり……だったけどね……」
じっとりとした目線を翔鶴に向ける湊。
居たたまれなくなって、ふいと翔鶴は目をそらした。
気づかなかったのだから仕方がない。
「まあ……いいや。翔鶴……そこに寝てて……」
洋から解放された湊は、側の治療用ベッドを指差す。
患者服になった翔鶴は、治療用ベッドに横たわった。
少しすると意識が微睡み、眠りに落ちた。
湊はそれを確認すると、翔鶴の腹の辺りにそっと手を添えた。
湊の体の周りを、妖精がふよふよと舞う。
すると、翔鶴の傷の辺りと湊の手のひらが淡い光に包まれた。
数十分そうすると、少しずつ光が終息していった。
「終わったよ……これで……翔鶴は完全に治った……」
「そうか。彼女の戦いも、これでようやく終わったんだな」
洋の言葉が終わったとき、湊は深く息を吐いた。
「ごめ……ちょっと……疲れた……から……」
「ああ、執務室の隣、私の私室を使ってくれ。あまり無理はするな」
ふらつきながら工廠から出ていく湊の背中を見ていた洋は、
ひどく泣きそうな顔をしていた。
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「やっぱり……無理……かな……」
執務室についた瞬間にごとんと大きな音が鳴った。
湊が、床に倒れていた。
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数時間後、翔鶴が目をゆっくり開けた。
隣には洋が座っていた。
「ああ、目が覚めたか。すまないな、目覚めた一目が湊じゃなくて」
翔鶴は少し眠そうな顔をして、洋を見ている。
「湊は疲れたと言って、今私の部屋にいる。何なら連れてくるが……どうした?」
翔鶴が眉を潜めたため、洋が疑問に思い聞いた。
その答えを予想すらせずに。
「あの……洋さん」
「ああ、何だ?」
「その、湊さんって……どなたですか?」