ただ、そこにいるだけで   作:ふぃあー

13 / 22
十一

「ごめん、おまたせ……」

 

 

 

 翔鶴の元へ、湊が歩いてきた。

 

 

 

 左手に持つ袋を見て、翔鶴は不思議そうな顔になる。

 

 

 

 視線に気がついた湊は、軽く左手の袋を上げた。

 

 

 

 しゃらん、とキレイな音が鳴った。

 

 

 

「……翔鶴」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

「ちょっと後ろ……向いて……?」

 

 

 

 翔鶴は言われた通りに後ろを向いた。

 

 

 

「髪……触るよ……?」

 

 

 

「……?いいですよ?」

 

 

 

 直後に湊の柔らかい指の感触が翔鶴の首筋を撫でる。

 

 

 

 軽くびくついたが、声は出さずに済んだ。

 

 

 

 そのまま器用に翔鶴の後ろ髪を束ねていく湊。

 

 

 

 翔鶴の柔らかい髪を、楽しむようにしてまとめて行く。

 

 

 

「……やっぱり、キレイな髪だね……」

 

 

 

「え、あ、ありがとうございます……」

 

 

 

 湊は、いつもごまかしたり隠したりせずに、ストレートに感想を言う。

 

 

 

 それが翔鶴を振り回すことも多々あった。

 

 

 

 今もそうだ。

 

 

 

 癖がなく、水のようにまっすぐと伸ばした銀髪は、

 

 

 

 翔鶴の自慢である。

 

 

 

 それは(ひとえ)に好きな人に見てもらう為、

 

 

 

 いつも特に気を付けて手入れをしている箇所だ。

 

 

 

 褒められたことはすごく嬉しいが、

 

 

 

 照れ臭さもかなりあった。

 

 

 

 対する湊はいつも適当だ。

 

 

 

 風呂上がりに濡れたままだなんてことはいつものことだ。

 

 

 

 それなのに、翔鶴が羨むくらいにさらさらな髪の毛をしている。

 

 

 

 そうこうしているうちに、湊が翔鶴の髪を(まと)め終えた。

 

 

 

 秋の終わり、それも夜の風がむき出しになった首筋を撫で、少し冷たい。

 

 

 

 そして、翔鶴のすぐ後ろでしゃらん、とキレイな音がした。

 

 

 

「やっぱり……似合ってる……ね」

 

 

 

 湊は少しだけ微笑んだ。

 

 

 

 ほんの少しの表情の変化。

 

 

 

 恐らく他人には分からない。

 

 

 

 そのくらい微弱な表情筋の変化でも、

 

 

 

 翔鶴の胸を高鳴らせる。

 

 

 

 しかし、ここに大きな問題が存在していた。

 

 

 

「あの……湊さん」

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

「私、どうなっているのか見えません……」

 

 

 

「………………あ」

 

 

 

 この上なく間抜けな声を出す湊。

 

 

 

 そうなのだ。

 

 

 

 うなじを通り抜ける冷たい風の感覚から、

 

 

 

 後ろ髪を纏められたのは分かるのだが、

 

 

 

 翔鶴には、何があったのか分からない。

 

 

 

 すると、湊が少し大きめのコンパクトミラーを差し出した。

 

 

 

 いつも持ち歩いているのかと翔鶴は驚いたが、口には出さずに受けとる。

 

 

 

 そして、自分の首の後ろを確認した。

 

 

 

 えらく複雑に結われた髪と、

 

 

 

 それを固定するかんざしが鏡に写る。

 

 

 

 材質は竹だろうか。だがそれよりも、翔鶴はそのデザインに目を奪われていた。

 

 

 

 神々しい白き翼。

 

 

 

 頭の朱が白い身体との絶妙なコントラストを生み出している、その姿。

 

 

 

 『鶴』のデザインされたものだ。

 

 

 

 天を翔る鶴を(かたど)ったかんざし。

 

 

 

 思わず泣きそうになる。

 

 

 

 それくらい嬉しかった。

 

 

 

「……去年、瑞鶴に教えてもらった場所……なんだ。どう……かな……?」

 

 

 

「嬉しいです……とても」

 

 

 

 声が震えていた。

 

 

 

 涙は流さずに済んだ。

 

 

 

 すると、湊は袋からもうひとつ、物を出す。

 

 

 

 それは竹製の

 

 

 

「ヘアピン……ですか?」

 

 

 

「うん……最近、前髪が伸びてきて……」

 

 

 

 そう言って、水色の前髪をそのヘアピンでとめる。

 

 

 

 翔鶴は、そのヘアピンを見た。

 

 

 

 翔鶴と同じデザインをされたものだ。

 

 

 

 同じデザイン――――翔鶴は胸がいっぱいになる感覚をはじめて知った。

 

 

 

 伸ばされた前髪をとめたことで、湊の瞳が露になる。

 

 

 

 なんだかさらに女の子みたいな顔になっているので、

 

 

 

 翔鶴は思わず笑ってしまった。

 

 

 

「……何?」

 

 

 

 かなり怪訝な顔になる湊。

 

 

 

「湊さんも、可愛いですよ?」

 

 

 

 翔鶴は思ったことを包み隠さずに言う。

 

 

 

 男の人が言われてあまり嬉しい言葉ではないらしいが、

 

 

 

 本当にそう思ったので仕方がない。

 

 

 

 ――――ほら、少し怒った顔になった。

 

 

 

 瞳がよく見えるようになったからか、表情も幾ばくか分かりやすくなった。

 

 

 

 その時だ。

 

 

 

 ひときわ大きな音がして、空が光に包まれた。

 

 

 

 花火の音だ。

 

 

 

 なぜわざわざ秋祭りで?とは誰の言だっただろうか。

 

 

 

 その時、洋は一言

 

 

 

「夏は何故か深海棲艦が活発化する季節だっただろう?何だか嫌じゃないか」

 

 

 

 そう言った。

 

 

 満場一致の納得だった。

 

 

 

 そんなことを思い出していると、空を覆う巨大な花が咲いた。

 

 

 

 翔鶴はその光に見とれていた。

 

 

 

「綺麗だね」

 

 

 

 翔鶴に向かって湊が言う。

 

 

 

 翔鶴は、ばっと湊を見る。

 

 

 

 やはり分からない。

 

 

 

 顔も、声も、とても穏やかで楽しげなのに、

 

 

 

 何故“寂しそう”と思ってしまったのか。

 

 

 

 翔鶴には分からなかった。

 

 

 

 だが、自然と手を握っていた。

 

 

 

 まるで何処かへ行こうとする湊を引き留めようとするかのように。

 

 

 

 絶対に離すつもりはない。

 

 

 

 きゅっと力を入れる。

 

 

 

 この花火が終わり、騒音が何もなくなったときにすべてを打ち明けよう

 

 

 

 そう思った。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それは、守るための選択だった

 

 

 

 如何なる犠牲を払おうとも守る。

 

 

 

 そう思えるくらいにはなっていた。

 

 

 

 相手が幸せに生きることができるならば、

 

 

 

 それが一番の選択だと思った。

 

 

 

 その選択がどうなるかは、

 

 

 

 まだ誰にも分からないが。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 花火はどんどんと盛り上がって行く。

 

 

 

 色とりどりの炎が夜空を彩る。

 

 

 

 大きな音が、辺り一面に響き渡る。

 

 

 

 翔鶴はちらりと湊を覗き見る。

 

 

 

 その白い肌に花火の色が映る。

 

 

 

 その姿すら、翔鶴にはとてもきれいに見えた。

 

 

 

 まるで消え入りそうなほど、儚く美しい姿だと思った。

 

 

 

「今、失礼なこと……考えなかった……?」

 

 

 

「……う」

 

 

 

 湊はこういうとき、とても鋭い勘を発動する。

 

 

 

 せめて別のことにいかしてほしいと翔鶴は思う。

 

 

 

 例えばほら、

 

 

 

 ずっと胸にしまい続けた思いに気がつくとか。

 

 

 

 しかし、そのようなことには一切勘が働かないらしい。

 

 

 

 翔鶴にも、それがよく分からなかった。

 

 

 

 勘が鋭いんだか鈍いんだか。

 

 

 

 依然として湊は批判的な目を翔鶴に向け続けている。

 

 

 

 下手な誤魔化しは効きそうに無かった。

 

 

 

 誤魔化そうとすれば、一瞬でばれるだろう。

 

 

 

 ふと、湊に対する対抗心が芽生えた。

 

 

 

 いつも無自覚でこちらに攻撃をしてくる湊への対抗心。

 

 

 

「湊さんが、綺麗だと……お、思った……だけ……です……」

 

 

 

 不可能だった。

 

 

 

 湊みたいに一定のテンションでなど言えるわけがない。

 

 

 

 後半になるほど勢いが無くなっていった。

 

 

 

 手で顔を覆う。

 

 

 

 湊の顔を見ていられなかった。

 

 

 

 貸すかに笑い声がした。

 

 

 

 くすりと。

 

 

 

 湊のものだ。

 

 

 

「……ありがと……」

 

 

 

 更に恥ずかしくなる。

 

 

 

 この人に勝つことなど出来そうになかった。

 

 

 

 

 それとも意識していないがゆえに出来ることなのだろうか。

 

 

 

 何となくずるい気がする。

 

 

 

 三年以上も(くすぶ)り続けた思いは、

 

 

 

 翔鶴の中で巨大に育っているようだった。

 

 

 

 顔から手を離す。

 

 

 

 湊は、また花火を見ていた。

 

 

 

 ……ずるい

 

 

 

 やっぱり綺麗だ。

 

 

 

 やがて、花火はクライマックスへとむかう。

 

 

 

 沢山の華が夜の空に散る。

 

 

 

 砲撃を彷彿させる音が腹に響く。

 

 

 

 不思議と不快な感じはしなかった。

 

 

 

 むしろ心地よかった。

 

 

 

 似た音なのに、こうも違うものなのかと驚愕する自分がいまだにいる。

 

 

 

 最後の花火が空を飾った。

 

 

 

 光と音の余韻がしばらく残り続ける。

 

 

 

 どこからか起こる拍手。

 

 

 

 翔鶴と湊も揃って拍手をしていた。

 

 

 

 その余韻も暗い夜の空に溶けて行く。

 

 

 

 湊の横顔。

 

 

 

 興奮していたのか、少し赤らんでいた。

 

 

 

 かわいいと、そう思った。

 

 

 

 花火が終わり、しんと静まった夜。

 

 

 

 聞こえるのは人々のざわつきのみだ。

 

 

 

 それなのに、翔鶴は騒音を聞いていた。

 

 

 

 自分の心臓の音だ。

 

 

 

「……湊さん」

 

 

 

 勢いに任せる。

 

 

 

「私、」

 

 

 

 これ以上燻り続けるのは嫌だった。

 

 

 

「貴方のことが好きです。三年前から、ずっと」

 

 

 

 ずっと押さえ続けた思いを吐き出せた。

 

 

 

 それなのに、

 

 

 

 湊はひどく傷ついた顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




山風「あの、これ……整備、お願い……」


湊「そこ……置いてて。……やっておくから……」


山風「あの……い、いつも……あり、ありがと……」


湊「気にしないで。これが……僕の仕事……だから……」



 周りの人イライラしそう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。